2009年12月18日 (金)
2009年12月17日 (木)
ツンドラ隼
ツンドラハヤブサは電柱に止まった写真しか見ていませんでしたが、やはり現地でも電柱の上に来ていましたが帰宅してから写真を整理してみるとかなり頭の向きを変えて周囲をキョロキョロと獲物を探しているように見えました。
止まった電柱からは一歩も動かず絶えずあたりの獲物を探している様子でした。
日本のハヤブサとの一番の違いは胸から上の横縞模様が
ない事と胸から下の横縞があいている事、薄いピンクのようなオレンジ色をしています、それに顎鬚と後頭の間の白地の部分が大きいの目立ちます、大きさも一回り大きいようです。
デジタル大辞典の解説では、ツンドラはユーラシア大陸、北アメリカの北極周辺に広がる凍結した荒原、短い夏の間に地面の表層が融解しコケ類や地衣類が生える。
2009年12月16日 (水)
大宰府天満宮の鷽(ウソ)
九州縦断の最終目的地は来年高校進学受験する孫のために大宰府天満宮に合格祈願のお札を授かりに行きました、現役時代に過去に二度観光でお参りしていますがそのうちの一度は今でも懇意にさせていただいている当時の福岡支店長のAさんです、その時は飛梅と牛と麒麟は記憶がありますが鳥の鷽は初めて認識しましたがこれも野鳥撮影を趣味にしているお陰です、鷽が天満宮の神事の鳥であったとはお陰様で知識が広がりました。
ここが受付、巫女姿の若いお嬢さんに孫の住所・氏名・高校受験などを記入して初穂料5000円を添えてお願して本殿左の受け付けに記入した用紙を持って順番を待つ
本殿に昇殿して約20分間脚が痺れましたが孫のためにこれも修行です
太宰府天満宮といえばこの御神木の飛び梅です、千有余年経った今日でも菅原道真の歌碑の通り健在です
学問の神様菅原道真と言えば京都をたつ時に詠まれた歌です。
東風吹かば
においおこせよ梅の花
あるじなしとて春なわすれそ
御神牛、丑年生まれの菅原道真が葬られた場所で牛車が一歩も動かなくなり、その地に後に太宰府天満宮が建ったと言われています
麒麟ビール発祥の麒麟像、長崎のグラバー邸で有名なグラバー氏が友人の設立したビール会社を引き受けた時に麒麟ビールに名前を変えたのが今のキリンビールになったとエピソードがあります、グラバー氏はこの麒麟像が好きだったようです、気のせいかキリンビールのラベルにそっくりです。
銅製鷽、鷽(ウソ)は天神様のお使いの鳥と言われているそうです。学問の学と鷽が似ていることからも学問の神様の鳥となったとか、道真公が蜂に襲われた時に鷽が助けたとか諸説があるようです。
石像の鷽、1月7日のうそ替え神事は一年間に知らずについた嘘やどうしてもつかなければならなかった嘘を清算し、ご神前で天神様の誠心に変えて幸運を戴く神事、凶事を嘘にして幸運に替える神事、悪しき事を嘘にして吉にトリ(鳥)替えて一年の幸福を願うなど諸説があるようです。
野鳥は時節柄話題のハトしか見えません、政権交代後の最近の鳩はなんとなく元気がないように見えます、背を向けているカエル?はどなたを象徴しているのでしょうか、そんな事をカンガエルよりも横浜に無事カエル事にして合格祈願の御神符を孫に届けるために天神様を後にしたのはもう三日も前の事です。
2009年12月15日 (火)
吉野ヶ里遺跡の鳥
歴史ロマンの発祥地を訪れたのは先週土曜日に国の特別史跡に指定された約2000年前の弥生時代の国内最大級の環濠集落跡、巨大な墳丘墓、幾重にもめぐらせた大小の環濠跡は集落が最盛期を迎える「弥生時代後期後半(紀元3世紀頃)」を復元整備対象時期とした吉野ヶ里歴史公園を見学してきました。ここの発屈調査が開始された当時は「邪馬台国時代のクニ」や「魏志倭人伝に書かれている卑弥呼の集落と同じ作り」と報道されてため全国的な有名な弥生時代の遺跡となっています。いつもの癖で公園の入り口で案内係のスタッフにここにはどのような野鳥がいますかとお聞きしたら、「最近は白いカチガラスがカラスに負けて以前よりも少なくなりあまり見られなくなった」と言われましたが白いカチガラスとはカササギと直感しました。
西口から入園して手前の池でマガモと逆茂木(敵の侵入を防ぐ)に囲まれた集落
南のムラ、一般の人々の居住地
南内郭、王や支配者層が住んでいた場所一番高い塔がここにあった、逆茂木を見て昔見たアラモの砦を思い出した。
王の家と門、門の上に二羽の鳥
一般の人々の墓地甕棺墓列、左の土盛りの下に右の甕棺が埋葬されている
首長級など高い身分の人の甕棺の模型
歴代の王などの高い身分の人たちを埋葬した、北墳丘墓14基の甕棺で唯一の銅剣とガラスの管の玉が発堀された復元
まつりごとを行うもっとも重要な祠堂の屋根にも鳥
、良く見ると本物が一羽止まっていた。
入り口の門の上にも鳥がある、
重要な場所にこの鳥が飾られている理由を尋ねると、鳥は渡り鳥と思われていた・魔除け・魂を運ぶ・種子を運んでくるなどと考えられていた。
逆茂木の下にいた本場のカササギ、これは古代の鳥ではないようだ、17世紀に秀吉の朝鮮出兵に従った九州の大名が連れてきたという説がある。カシャカシャと鳴くので聞きなしがカチカチと縁起が良いと思われていた。このカササギを公園の案内係の人が白い勝ちガラスと今でも呼んでいた。
2009年12月14日 (月)
万羽鶴
12月12日(土)出水のツル羽数調査結果は11637羽と前回調査(11月14日)の10663羽よりも+974羽でした、この羽数調査は地元の中学校のツルクラブの生徒によって行われています。なぜこのように端数まで数えられるのか不思議に思っていましたがツル展望所の説明員の説明ではツル保護区域の塒近くで4か所で隠れて朝の塒立ちの時に数えるそうです、一斉に飛び立つガン・カモ類と異なりツルの塒立ちは家族単位で飛び立ちますのでこの時に各班の中学生達がカウンターでカウントするそうです、なかには飛び立った後に塒に戻る家族もいますのでこの戻って来たツルを専門に数える班があるそうです。ツル羽数=飛び立つ数-戻り数+朝寝坊(塒にいるツル)、この羽数調査は12月19日と来年1月9日も予定されています。
12月10日小雨のち曇りの日にこのツル展望所の二階から4人の説明員にクロヅルがどこにいるのか依頼しましたが、クロヅルと言っても羽色は灰色をしているので晴天では見やすいがこのような日には難しいと小一時間探してもらいましたが見られませんでした。
上の写真の飛来数の拡大写真です、これは11月14日の調査結果を12月10日に撮影、12日の調査ではナベヅル9695羽(-773羽)マナヅル1932羽(+1747羽)カナダツル6・クロツル3・ナベクロ1羽は変化なし
合計11637羽(+974羽)
写真中央の水田がツルが一本脚で休む塒(ねぐら)です、この水田が一万羽のツルの塒です、水の中では四足動物が侵入してくると振動が足に伝わるので危険を察知出来る。
12月10日は表示板の185羽しかいないマナヅルが非常に多いと不思議に感じましたが、12月12日の羽数調査で1932羽と増えていましたので実際は185羽ではなかったようです。
今朝早朝に九州遠征から戻りましたが12日からPCの通信機能が不調でブログを休みました。
2009年12月11日 (金)
2009年12月10日 (木)
2009年12月 9日 (水)
2009年12月 8日 (火)
2009年12月 7日 (月)
2009年12月 6日 (日)
福島潟のオオヒシクイ
11月28日(土)の朝日池は朝からの小雨であったので福島潟に往復260km4時間を掛けての中抜けをしてきた、ここにはサカツラガン1羽ハクガン1羽とシジュウガラガン35羽が入っているとの情報であったが、天候は晴れで天運はあったが鳥運はイマイチであった。どこに行っても周囲の風景がモノトーンのこの時期に稲刈り後に成長したひこばえが青々として冬の田んぼには見えないそんな田んぼでオオヒシクイの群れがコシヒカリの落ち穂拾いをしていましたが、目指すシジュウガラガンは見つかりません、毎日来ると言う地元の人の車の後について行き広範囲に広がる田んぼの中をを走りましたが見つかりませんので諦めました、たぶん福島潟の葦の中に潜んでいるようです。約2時間の滞在で当然1羽しかいないと言われるサカツラガンもハクガンも見られませんでした。
久し振りに見た青々とした田んぼ、刈り取った後に出てきたひこばえ
警戒心が強いと言われるオオヒシクイ
に車で静かに近づいての撮影です、沢山いたコハクチョウは人慣れしているのか、近づいても逃げません がオオヒシクイは車からどんどん離れていきます
福島潟はオオヒシクイの飛来数が日本一です
シジュウガラガンを探している時に農家の庭先にいた柿をついばむムクドリ
柿大将のムクドリ君です
嘴の先が柿色に染まっています(いなサンからの投稿でムクドリに訂正、嘴が柿で柿色になったと勘違いでした)
2009年12月 5日 (土)
瓢湖の白鳥
冬の使者、白鳥で有名な瓢湖の一週間前の日の出時刻の様子ですがこの時刻は生憎の曇り空でした、地元のカメラマンが山の風景写真の中に白鳥を入れていましたので、山の名前をお尋ねすると五頭山と教えていただきました。確かに山の峰が五つある山でした。ネットで調べると809年に弘法大師によって開山されたと伝えられる。標高は912mで新潟市近郊の山として県内屈指の登山者を誇るとありました。ご一緒した若いカメラマンもこの五頭山に愛着があるのかこの山を背景に白鳥の飛び立ちを撮影していました。(遅くなりましたタイマー設定がされていませんでした)
雲の中から日の出直後に僅かな光が湖面を照らす様子です
早起きの番いが曇り空の五頭山をバックに飛翔していました、今の時期の日の出は五頭山よりも向かって右手(東)の山から日が上るが生憎の曇り空であった。
雲間から出た朝の光が湖面を照らす
曇り空に五羽の家族が目の前を飛ぶ
朝の曇り空に白鳥が五頭山の麓の田んぼに向かって飛翔、
白鳥像と五頭山などの山々、山々の雲間からの光が瓢湖に七すじの光を照らす朝の光景です。
2009年12月 4日 (金)
ミサゴとブラックバス
ハクガン撮影中に内職でミサゴを撮りましたが地元の方に獲物を確認するとブラックバスと教わりました。この池も全国の湖沼で行っている在来種の保護の為に外来種の駆除をしているようです。今年はハクガンが入る前の11月14日に地曳網での駆除のお知らせが期日を過ぎても残っていました。ここの在来種は鯉・鮒(ギンブナ・ゲンゴロウブナ)モツゴ・タモロコのようですが稚魚のうちに殆どバス・ギルに食べられて鯉以外は大きいのは僅かな数しかいないそうです、以下はその案内です。
皆さんも参加してみませんか。
日時:11月14日(土)午前10時~午前12時
場所:朝日池(大潟区)
ホバから飛び込みまで追っていましたが動きが急でボケましたのでブラックバスを捉えた後の写真です
ミサゴの後ろ姿ですがブラックバスの形がわかります
カラスやトビを警戒する目つきでしょうか?
池の上を半周して森の方に消えました
ゴルフ場の横を獲物を持って飛ぶ(フルサイズ)
曇りの時の別の写真です、更に大きな獲物を獲った時、地曳網から逃れてもミサゴの狩りによってブラックバスは餌になる食物連鎖がおきています。
2009年12月 3日 (木)
2009年12月 2日 (水)
米山さんとハクガン
柏崎の民謡三階節♪米山さんから雲が出た♪でおなじみの米山993メートルは中越と上越の境にある日本300名山のひとつです。その米山さんに向かってハクガンが飛び立ちました、これは11月30日の紅葉とハクガンの続きの写真です。
飛び出しの5分前にはアオサギ・ダイサギ・カワウ・ハクチョウ・オオヒシクイ・マガンなどの中央でハクガンの群れがいました、FX版のノントリです
DX版に変えた時にホワイトバランスが上の写真と異なりました
6:55に東の山の上、雲の中から上った日の出
6:56に飛び立つハクガンの群れ
北の方角へ遠方の米山の裾から
中腹へ
米山さんの頂上に見える凸凹は避難小屋です、ここから東へ方へ進路を変えました
目指すはコシヒカリの田んぼで落ち穂の採食です、31羽の飛翔の後ろ姿です。どんより曇った上越の空はこれから毎日のように続く冬空です。
2009年12月 1日 (火)
ハクガンと水鳥
地元の人から聞いた情報ではハクガンは11月19日に22羽の群れが入り、その二日後に9羽の群れが来て、二つの群れで合計31羽になったそうです、このうち幼鳥は13羽を数えますが朝の塒立ちや塒入りは31羽が一緒に群れで行動します。昨年は24羽でしたので年々数が増えていますが気候が暖かくなると北に移動するそうです、昨年も渡来してから3回もいなくなったようです、昨年の実績からこれから暖かい日が続くと一時的にいなくなる日もあると思われます。
何かに驚いて飛び立ったハクガンの中に鵜も一緒に飛んでいました、下の飛翔はマガン
オオヒシクイの群れと逆立ち採食の横を横切るハクガンの群れ
カワアイサの群れとハクガンの群れのしんがりですハクガンの黒い尾羽のように見えるのは初列風切り羽
ハクガンの成鳥二羽と幼鳥三羽です、幼鳥は全体が灰褐色で嘴も黒っぽい
2009年11月30日 (月)
2009年11月29日 (日)
三日月とマガン
満月とマガンならばもっと見栄えがありますが三日月よりも太い七日月ですハーフムーンよりは細い月とマガンですこれでガマンです。これは勤労感謝の日に蕪栗沼の塒(ねぐら)入りの夕日が思わぬ雲隠れでしたので夕日がだめなら月があるさとプラス思考で撮りました。いい加減に撮りましたので良い下弦の月と思いましたが、この月は下弦ではなくご覧のように上弦の月でした、この月の写真でローパスフイルターの汚れが判明したので成果はこれが上限でしょうかそれとも下限でしょうか、そんなこといい加減にしろとお叱りを受けそうです。大相撲の千秋楽の今夜の月は十三日月ですが今年の千秋楽の満月は十二月二日がむすびです。
三日月と薄い雲の中に塒入りマガンです
三日月の下を飛翔
三日月の上下を飛翔するマガン
このブログは朝日池から約4kmにある「ほくほく線のくびき駅(無人駅)」でAC電源と電波が確保出来ましたので約2時間掛かりました、モバイルでのブログ作成は通信回線が遅いので手間暇かかります(疲れたのか愚痴が出ました)
2009年11月28日 (土)
ハイタカ成鳥雌でした
今朝の朝日池は夜半からの雨が降りやまず今日の撮影が思いやられます。26日にUPした稲藁のハイタカは止まっているのを観たのは初めての経験でした、また背羽の白斑が見えたので若と判断しましたが実は半信半疑でした、この二日間どこからもクレームやら反応もありませんが、昨日の朝日池で確認がとれました、4年前に初めての白樺峠で購入した旧版と今年購入した増補改訂版の二冊を所有しているワシタカ類飛翔ハンドブックの著者・野鳥写真家の山形則男さんが現場におられましたのでPCの画像鑑定ではハイタカ成鳥♀と教えていただきました。昨年はここで真木広造さんにお会いしましたが二年連続で野鳥写真のプロにお会いしたことになります。26日は日の出とマガンが撮れないので伊豆沼を撤収して9時過ぎから新潟・白鳥の瓢湖に向かい夕方4時に着いて、ここで一泊してから昨日は日の出と白鳥の塒立ちを狙いましたが、ここでも五頭山頂上付近からの日の出は雲に覆われ見られませんでした、月曜日から金曜日まで連続五日間も日の出なし、七時半に瓢湖を出発して130km先の朝日池には10時半に到着、この日のハクガンは夜明けに飛び立ち八時半には朝日池に戻って来てそのまま四時過ぎの暗くなるまで約30羽の群れはそのままでしたのでハクガンの飛翔も撮れません。江戸の敵を長崎ではありませんが、相模川のミサゴの飛び込みを朝日池で敵を取ろうとしましたが、ここでも車を止めた近くには飛び込みません、全てが遠くで鯉を獲りに飛び込んで重たそうに遠くに持ち去ってしまいました。昨夜のPC作業は難行でした、朝日池から一番近い信越線の潟町(かたまち)駅まで約2kmを道に迷いながらやっと辿りつくと待合室にはACコンセントが有りませんのでバッテリー駆動でPCを立ち上げたが通信回線が繋がりません、普通はどこのJR駅でも繋がりますが潟町駅は5;45まで有人改札の駅ですので駅員に大きな駅はどこかと聞くと二つ先の直江津駅を教えてもらい8号線を下る途中に有る一つ目の土底浜(どそこはま)駅があるのでもしかするとの思いで寄りましたら、ここは潟町よりも小さい終日の無人駅でしたが、勿論ACコンセントは有りませんがなんと通信回線が繋がりましたのでエンジンを掛けたまま車のAC電源に繋ぎ、メールの確認とブログの作成を済ませましたが写真が一枚なので今朝5時に再度の土底浜駅に来て夕日のマガンと夕焼けのマガンを追加しました、二枚とも未編集の写真です。二日掛かりのブログ作成になりました。
山形則男さんにハイタカ成鳥♀と鑑定をいただきました、尚ハイタカも地上に下りているそうです。
25日の蕪栗沼の夕日とマガンを見つけました、カメラの時刻は3時59分でした
夕焼けとマガン
まだ未編集の伊豆沼・蕪栗沼の写真と27日撮影の瓢湖と朝日池の写真は未整理ですので明日以降になります。
2009年11月27日 (金)
夕焼けのマガン
今週は月曜日から朝日(新聞)を見ていません、伊豆沼に来てから日の出の朝日も見ていません、昼間のお天道様は毎日のように見ていますが日の出が見れないのでこのお天道様が綺麗な夕日になる事を毎日願っていましたがその結果は次の写真です。
蕪栗沼に落ちる25日の夕日です、上の黒い雲の中から綺麗に出ました、時間はマガンの塒入り前の午後3時57分です、朝は二万羽以上がいたと思われる蕪栗沼のこの時間は手前のオオハクチョウがチラホラと散見される程度で大いに期待が高まります。
と思ったらまたしても期待が裏切られました、夕日が落ちるのが早く3時59分には雲の中に沈んでしまい意気消沈です、10名ほどいたカメラマン全員がこんな筈ではなかったと思われた瞬間です、夕日とマガンが夕焼けとマガンになり、この写真は4時3分です、この時間帯から塒入りが始まる一番のハイライトにこのような夕日が入らないマガンにガマンを強いられました。東南の天空に見事な半月が出ていしたがこれも薄い雲に覆われ半月とマガンのシャッターチャンスも半付きでした。


































































































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