2019年10月21日 (月)

日本100名城50 彦根城

 前ブログの小谷城跡(10月7日)から遠望された日本100名城50 彦根城は天守が国宝にされた五城(犬山城・松本城・姫路城・松江城)のひとつである。江戸時代には彦根藩の政庁が置かれた。三重三層の天守の他に多聞櫓は国宝、城跡は特別史跡である。幕末の開国の英雄”花の生涯”の井伊直弼の居城である。 

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国宝天守閣・彦根城案内図

 

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彦根城 三重三層の国宝天守、屋根は入母屋破風・唐破風・切妻破風と多彩

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二層目の金箔の飾金具が引き立つ

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天秤櫓

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天秤櫓下の堀切

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石垣と順路
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堀切からの天秤櫓の石垣(左)

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  太鼓門櫓

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天守入口

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天守内部の一部

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天守内部

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天守閣屋根瓦と景色
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天守の天井

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天守の国宝指定書
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西の丸三重櫓

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西の丸

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西の丸内部

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西の丸内部

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西の丸三重櫓からの景色

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西の丸三重櫓

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花の生涯記念碑

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1860年幕末の桜田門外で暗殺された開国の英雄”花の生涯”の彦根藩13代藩主・大老井伊直弼

一番大事なスタンプを捺す開国記念館の最終時間が4時半で終了するために大名庭園の玄宮園を見学する時間がなく、船でお濠を周遊する時間も無くなってしまいました。

 

 

 

 

2019年10月19日 (土)

日本100名城49 小谷城

 

 日本100名城49 小谷城は織田信長に滅ぼされた浅井家三代目の浅井長政は信長の妹お市と結婚して娘の三姉妹と暮らす居城であった。麓の清水谷と大広間・本丸・京極丸などが連郭式にならぶ曲輪群と大獄・山崎丸などの独立した曲輪で構成される巨大な山城で山の中には建物の遺構は残っていない。

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三重県松阪城址から滋賀県長浜市の小谷城址に移動して来ました。

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この日登城した人を山中で見かけた人は3,4人のみだった

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小谷城を攻撃する織田信長や羽柴秀吉の気持ちになって攻め上る、初めは番所跡
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番所の復元図
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更に攻め上る
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御茶屋跡
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馬洗池
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桜馬場跡

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琵琶湖 彦根城の遠望と長浜城があった処が見える

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黒金門跡

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大広間跡

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大広間跡から奥に本丸跡が見える

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本丸跡

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本丸を落とした後は山王丸を目指す

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大堀切跡
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中丸跡

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小丸跡

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大石垣

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山王丸跡

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ここまで攻めたがここから引き返す

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NHK大河ドラマ浅井三姉妹の放映記念

 

2019年10月15日 (火)

日本100名城48 松阪城

 松阪と言えば高級銘柄牛肉の松阪牛(まつさかうし)を連想するが松阪市の観光コースは蒲生氏郷が縄張りした石垣の城を巡る蒲生氏郷コースの「武将の道」、本居宣長コースの「国学の道」、三井高利コースの「豪商の道」などの松阪市の観光案内板が至る所にあり、豪華なパンフレットも充実しているので驚いた、流石は豪商の街である。今回は日本100名城に限定しての武将の道を観光した。

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松阪市観光情報センターでスタンプと観光案内を収集する。

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いつものように”日本100名城に行こう”スタンプ帳より

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松坂市役所文化課発行の国史跡 松坂城跡・表紙より(松阪城址の空撮と入口付近)

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国史跡 松坂城跡2頁目

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国史跡 松坂城跡3頁目

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国史跡 松阪城跡4頁目

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松阪城址の入口

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本丸の石垣
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本丸の石垣

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野面積の石垣

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本居宣長記念館手前の石垣

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本居宣長記念館

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中御門跡 屈曲した城内の通路が多い
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金の間櫓跡

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天守台跡

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天守閣跡
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天守台石垣に使われた石棺、古墳の上に建てられたので至る処に遺跡がある
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御城番屋敷の倉庫
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御城番屋敷 藩士の居宅が通路の両側に昔日の面影を残して20軒現存する

 

2019年10月14日 (月)

日本100名城47 伊賀上野城

 忍者の里と呼ばれる伊賀国、慶長13(1608)築城の名手藤堂高虎が筒井定次が築いた筒井故城を高石垣で囲み大拡張した城、現在の天守は昭和10年に地元の名士が私財を投じて木造の復興天守を再建した日本100名城47 伊賀上野城と伊賀上野は俳聖松尾芭蕉翁ゆかりのふるさとでもあります。

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伊賀文化産業協会パンフレットの表紙

 

 

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高さ30m日本一高いと言われる有名な高石垣

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高石垣の上まで恐々(こわごわ)近寄り撮影するが石垣と壕の界面まで写らず

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高石垣側よりの伊賀上野城

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正面からの二つの天守閣

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伊賀上野城の天守閣への入館は登閣料 金600円也

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天守閣への入口

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鯱の展示

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鯱の左脇・藤堂高虎の由緒

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一階の展示品

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豊臣秀吉から藤堂高虎が拝領した唐冠形兜(とうかんなりかぶと)

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一階の展示品の数々

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一階展示の兜

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一階の展示品 藤堂家の家紋・屋根瓦・鯱・槍など

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3階の格天井
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3階からの景色
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天守閣3階からの景色

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伊賀上野城登城の後は芭蕉翁記念館に立ち寄る

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展示室前のこの奥の細道の芭蕉翁旅姿以外は撮影禁止であった

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スタンプのみが芭蕉翁記念館の記念となった。

 

 

 

 

2019年9月30日 (月)

日本100名城39 岐阜城

 お城の人気ベスト10の岩村城を9時頃後にして、中央道・恵那ICから次に向かったのは同じ岐阜県の天下布武を宣言した信長の城、東海北陸道・関ICを降りて金華山トンネルを抜けると、金華山頂上にそびえる岐阜城近くの立体駐車場に到着したのは11時であった。岩村城登城と大黒岳登山の痛みと疲れが残っているので山頂の岐阜城まで登山の気持ちはあったが麓からのロープウェイの魅力には勝てず、山頂駅までの往復ぎふ金華山ロープウェー乗車券売り場に直行してしまった。15分間隔で発車するロープウェイは観光客で賑わい、登城してきた岩村城では夫婦連れ一組しか会わなかったがここでは城好きというよりも外国人を含めて一般の観光客で溢れていた。岐阜城はどうやら信長の遺産ともいえる観光の楽市楽座の賑わいと思われる。

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コンクリート造りの岐阜城

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金華山頂上に建つ岐阜城、右はロープウェイ頂上駅
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11時30分発のロープウェイからの岐阜市内
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天下第一の門 を通り本丸天守閣に向かう

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天守までの山道

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二ノ門

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狭間の壁と岐阜城

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コンクリート造りで復元された四層の天守

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天守への石段を登る

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野面積の天守台と天守閣

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左の登城口と正面のお城時計

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信長公

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信長公

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斎藤道三

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天守望楼からの岐阜市内を流れる清流長良川

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天守からの長良川と岐阜市内

1時間後の12時30分発ロープウェイで下山して、上郷SAで昼食休憩して名神・新東名などを走り、新横浜まで380kmの高速ドライブで18時30分頃に野鳥撮影と二ヶ所の日本100名城スタンプラリーを終えて、総走行距離970km六日間の旅を終えて帰浜した。因みに愛車は2年9ヶ月を経過して今年の北海道で1万3千キロを含めて総走行距離は5万キロをオーバーしている。

 

 

 

2019年9月27日 (金)

日本100名城38 岩村城

 バス乗り場標高日本一2702mの乗鞍岳畳平周辺で7時~13時まで大黒岳登山や野鳥撮影などで足を棒にしながら5時間を過ごした後は、下山もアルピコ交通のバスで乗鞍高原に戻りマイカーに乗り換えて、乗鞍高原から移動距離180km以上の日本一標高の高い地に築かれた岐阜県の日本100名城38岩村城に向かう。

登城日は大黒岳を登山した9月20日の翌日に日本一高い地の山城を攻城する。

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長野道の松本ICから高速に入り中央道中津川ICの手前の神坂PAで車中泊、翌早朝に中津川ICから263号で岩村城跡に向かう、スタンプ押印場所の岩村歴史資料館の開館までの間、7時~9時に岩村城址へ登城する。

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大和高取城(奈良県)備中松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城のひとつに数えられる。岩村城址の最大の見どころは本丸の六段に構える雛段状の石垣であった。
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恵那市観光協会岩村支部資料より、この岩村城跡の案内を頼りに登城開始

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山麓の藩主邸跡に復元された太鼓櫓と表御門
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登城口から7時に登城開始 本丸まで800m 前日は大黒岳登山この日は標高日本一の岩村城を攻め上る

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藤坂 登城口から続く石畳の急坂

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藤坂の石畳と急坂 本丸まで600mの標識

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本丸まで500mの標識

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所々に曲輪

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一の門跡

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土岐門と本丸まで300mの標識

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畳櫓 石畳から山道

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左手に八幡神社

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本丸まで100mの標識と石垣

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岩村城跡の説明板 菱櫓と俄坂

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六段の石垣(正面)

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六段壁の石垣と手前は本丸への石段

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長局埋門

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本丸跡

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岩村城址 登城口から800m自分の足では約40分で登城する、案内図では20分

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岩村城歴代城主

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2018年岩村城跡は人気ベストテン入り

 

 

 

2019年9月16日 (月)

日本100名36 丸岡城

 丸岡城は、天正4年(1576年)、柴田勝家の甥の勝豊が丸岡城を築き、城下町を整備したのが起源とされています。丸岡城は現存する12天守の一つで国の重要文化財です。外観は二層、内部は三層の望楼型天守閣で石垣は”野面積(のづらづみ)”という古い方式です。

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登城日7月15日
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天守入口への石段右脇に天守にあった石の鯱

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天守石垣の前に一筆啓上の碑がある

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天守入口、瓦は笏谷石を加工した石の瓦

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一階内部

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石造りの鬼瓦が見える

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天守天井の骨組み

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丸岡城の模型

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日本一短い手紙の碑
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一筆啓上賞と日本一短い手紙の館
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初代丸岡藩主 幼名仙千代の本多成重の見送りを受けて退城

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越前 丸岡城

 

 

2019年9月14日 (土)

日本100名城34 七尾城

 新潟県上越市の上杉謙信の居城、全山要塞化された山城の春日山城から謙信が攻め立てて落城させ能登畠山氏を滅亡させた、巨大な山城の石川県七尾市の日本100名城34 七尾城を謙信の気持ちになって攻め上がった。
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石垣・土塁・空堀の山城の標高300mの本丸跡を目指す

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森の中を登る

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森の中に野面積の石垣が数段重なり高石垣のように威容に構える

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七尾城跡の森の中を攻め上る

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山の中で三段の石垣に圧倒される

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ごつごつ積まれた石垣もある

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本丸を目指して登る

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山の中に桜馬場跡

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屋敷と曲輪の跡が方々にある

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石垣の積み方で築城の変遷が見える

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右は本丸へ登る道、堅固に積まれた本丸の数段の石垣

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本丸跡にはCGで描かれた本丸のみ

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標高300頂上の本丸跡に建つ七尾城址碑

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七尾城跡から七尾湾の遠景、天正五年(1577)能登畠山氏は上杉謙信に攻められ七尾城落城、謙信が愛でた七尾湾の眺望で謙信の気持ちになる

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城下と七尾湾

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登城してきた山道を下山して七尾城攻略を完

 

 

2019年9月13日 (金)

日本100名城32 春日山城

 新潟県上越市の日本100名城32 全山要塞化された上杉謙信居城の春日山城は頂上の本丸まで多数の土塁や空堀の曲輪のある山道を登る難攻不落の山城であった。
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スタンプが枠からはみ出すOBとなった最初から不吉の予感
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スタンプを捺した「春日山城址ものがたり館」
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春日山城址ものがたり館の周囲は柵・壕・土塁などが再現されている

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本丸は標高180mの山の上、麓まで連続する空堀と土塁と屋敷などで総延長1.2kmに及ぶ巨大な総構の春日山城址が展開する

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山の中腹から上杉謙信が春日山城下を臨む

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上杉謙信公銅像
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春日山城址には現代のボランティア武士が迎えてくれる

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こちらは旗じるしから上杉謙信かな?

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上杉謙信を祀る春日山神社

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本丸まで山道をハイキングする活力がなくここから頂上を眺めて下山する。この日の春日山城の攻略は失敗した。

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駐車場で見かけた上越市の公用車?

2019年9月12日 (木)

日本100名城31 新発田城

 東北六県の日本100名城の次の目的地は7月14日冬の白鳥の飛来地、新潟県阿賀野市水原の瓢湖の水鳥(バンの親子、7月22日掲載のブログ”次はバン親子の番です!”)を撮影後に7月15日新潟県新発田市の新発田城に登城しました。

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三階櫓をデザインしたスタンプは綺麗に捺印出来ました!

 

 

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本丸表門(二階建ての櫓門) 雨上がり9時開門前の表門

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旧二ノ丸隅櫓
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表門の右隅の辰巳櫓

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辰巳櫓の内部

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辰巳櫓の上棟記念

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辰巳櫓の二階から自衛隊敷地内の三階櫓

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再建三階櫓 自衛隊の敷地内なので見学は出来ない

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再建三階櫓の三つの鯱が珍しい
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櫓は再建三階櫓、新発田城の実際上の天守だった
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赤穂義士 堀部安兵衛の像

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安兵衛の誕生地、父は新発田藩士であった。

 

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