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2007年11月13日 (火)

青空の雁行

青空と言えば高村光太郎の千恵子抄を思い出す、私が生まれた頃の作品ではあるが何か不思議な感じがするのである。それから5年後の昭和20年12月に旧満州から引き揚げてきた時は小学校入学前であったが、五年生まで住んでいた引揚者寮は雑木林と畑と田圃に囲まれた世田谷区千歳烏山のはずれ、すぐ隣は三鷹市であった。ここの秋の青空にも雁の群れが一の字やへの字やくの字のように見えて飛んでいた小学生だった頃のほんとうの青空の記憶がある、今ではV字型編隊飛翔とでも言うのか、これもあどけない幼少の頃の話である。 因みに昭和16年に刊行された千恵子抄の中の「あどけない話」は
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智恵子は東京に空が無いといふ。
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間《あひだ》に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多良山《あたたらやま》の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとうの空だといふ。
あどけない空の話である。
上の写真は大編隊を組む前の親鳥と前年生まれた幼鳥の家族の小編隊、これらの小編隊が集まって大編隊になる
_dsc0140s ネグラから飛び立ち直後の編隊を組む前の青空の家族
Dsc_7209s 青い空に白い雲が浮かぶ秋空に、まだ隊列が整わない二組の編隊が一つの大編隊になる直前
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ネグラから飛び立った直後の低空を飛ぶ編隊の正面
仲が良いつがいのマガンの飛行
あどけない話は高村光太郎が綴った妻千恵子との純愛物語、精神が病める妻への愛の詩、あどけない話に出てくる阿多多良山《あたたらやま》は福島県の千恵子の故郷から見える標高1700m安達太良山、今回のマガンは同じ東北の空でも宮城・岩手・秋田の三県にまたがる栗駒山(標高1627m)方面に飛翔するマガン、飛びながら家族を確認しながらクワハハンとかカハハンと甲高い鳴き声に聞こえる。

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コメント

こんばんは。
ご無沙汰です。
今日は『うるしの日』です。
1羽1羽の野鳥も素晴らしいですが真雁の編隊飛行、絵になりますね、お見事です。
高村光太郎と言えば『道程』が思い浮かんできます。
『僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る・・』
いいなあ~。


投稿: フーさん | 2007年11月13日 (火) 19:56

フーさん

こんばんは、久し振りです

今日は、子供には七五三・お菓子の日です、女性には着物の日、食通には昆布の日・かまぼこの日、そしてワイン好きにはボジョレー・ヌーボの解禁日です。

投稿: K-Ⅲ | 2007年11月15日 (木) 17:10

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