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2008年8月20日 (水)

伊達六十二万石の湯宿・不忘閣

歴代伊達藩主御用達であった「御殿湯」と「青根御殿」を擁する「湯元不忘閣」は約470年前にここに滞在した伊達政宗が、この感激と喜びを忘れないように「不忘」と名付けたことが由来とされている。花房山の中腹に往時の表情を残し、ひっそりとたたずむ風格ある老舗旅館にお盆休みに家族で贅沢な時間を過ごしてきました。

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国道457号から撮影した金泉堂(旧館)は藩制時代は伊達藩主を警護する家臣の控え室として使用、明治39年焼失後は翌年復元し後に、川端康成・芥川龍之介・与謝野晶子鉄幹夫妻など数多くの文人達が宿泊したと言われます

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日本の秘湯を守る会の提灯が出迎える玄関前に駐車した愛車、金泉堂の二階から撮影

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TVや雑誌の取材の時に使うインタビュールームがある部屋「一心」に泊まる、この部屋から青根御殿を写す、山間に建つ桃山様式の荘厳な佇まいを今に残す昭和7年の復元、伊達家ご宿泊の際に使われた建物で館内には伊達家ゆかりの書画骨董が数多く展示されている。夜間には殿舎には灯がともり、ここでしか出会えない純和風会席料理を味わいながら歴史的景観を楽しむことが出来た。

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明治初期から伝わる土蔵内にある「蔵湯浴司(くらゆよくす)」けやき・ぶな・栗などの広葉樹を使用し、柿渋・漆・、木泊と自然素材にこだわった源泉掛け流しの湯、ここは平成18年3月に完成した貸切で使用出来る。蔵の中を改造した広い空間であるがここには洗い場がないので専ら源泉掛け流しの癒しの湯である

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この春改築が完成した「大湯 金泉堂」土壁と天井の太い木材の空間で、ゆっくり温泉が楽しめる、よく見かける湯船の周囲にあるお湯と水の蛇口のある洗い場が一切ないので贅沢な温泉浴を楽しめる

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優しい自然光が差し込む400年前からの石組の新湯、この他に伊達一門が使用した御殿湯があり、癖のない単純泉は肌に滑らかな名湯である。

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翌朝は仲居さんが案内してくれた青根御殿の書画骨董品、写真は伊達政宗の父、輝宗の兜と甲冑

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伊達政宗をはじめ伊達藩主の座、前にあるのは伊達家の古文書

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藩主の座の後ろにある掛け軸は鳥であったが鳥名は不明である。伊達家の家紋も向き合う番の雀と笹の葉である「竹に雀紋」

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青根御殿から見た庭園にあるのは山本周五郎が伊達騒動の悪役とされていた原田甲斐を伊達藩を守った忠臣として描いた歴史小説の題名をこの木を見て題名を「樅の木は残った」とした逸話を仲居さんが説明されて青根御殿の見学会が終わる。NHKの大河ドラマ「樅の木は残った」は1970年の放送であったが毎週日曜日が楽しみであったがもう38年前の話である、温故知新・温泉快楽の旅であった。

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コメント

こんばんは。
今日は『NHKが設立』した日です。
湯元・不忘閣、伊達家ゆかりの由緒ある
建築物が素晴らしいです。
お料理も宿泊料金も良さそうです。
英気を養われた事と思います。beer

投稿: フーさん | 2008年8月20日 (水) 20:41

おはようございます

日本の秘湯を守る会の源泉掛け流しの癒しの湯は、
今回は岩手からの帰りに
宮城と福島で二泊しましたが
いずれも負けず劣らずの良い温泉でした。

投稿: kensan | 2008年8月21日 (木) 06:18

輝宗公の甲冑を某日に拝見したい旨、電話や手紙でお願いしましたが、電話で冷たくあしらわれ、挙句の果てに後日連絡してくれるとのことで待っておりましたが、何の連絡もありませんでした(電話対応者の方の名前も控えています)。いくら忙しいからと言って約束を破る行為は絶対に許せません。こういう対応しかできない宿は、笑顔でお客様をお迎えしていても、実際心の中では何を考えているのか分かりませんよ。

投稿: てるむね | 2009年12月26日 (土) 17:20

てるむねさん

返信が遅れました
ここは一昨年のお盆に泊まった日本の秘湯に加盟する温泉宿です、ここに陳列されている伊達家の歴史的貴重品は宿泊客だけが翌朝20-30分位希望者に見学会をしてくれます、当日は物知りの仲居さんに案内して頂けました。一年半振りに電話で確認したところ今でも宿泊客に限定して公開しており、貴重品の陳列をしているので宿の方針として外来の方はお断りしているそうです、素晴らしい掛け流しの温泉ですのでお泊りになれば輝宗の甲冑も見学が出来ます。

投稿: ken | 2009年12月27日 (日) 11:56

わざわざ事情を答えて頂き有難う御座います。多分、宿泊客限定ではないかと想像していましたが、それならそうと言ってくれれば済んだんです。当方の電話番号まで聞いておいて、後日連絡すると言ったのに、何の連絡もしてこないことに理不尽さを感じています。こういう小さな対応の不適切さの中にこそ、経営理念が見えると思います。
あと、甲冑の調査が目的である旨伝えていましたので、調査されるとマズイことでもあったのかもしれません。

投稿: てるむね | 2009年12月28日 (月) 22:19

陳列品の兜・甲冑は部屋の奥にガラスケースに入っているのを写したものです、一般客は兜と甲冑を傍では見られないので真贋の判別も遠目では難しいように思われます。戦国時代はこのような重たいものを着て戦をしていたようですが自分も鳥撮りでカメラ・レンズ・三脚で16kg以上を担いで山野を駆け廻りますがこれが現代の戦支度、趣味も決して楽な道楽ではありません。

投稿: ken | 2009年12月28日 (月) 23:20

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