« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »
かねてより最北に咲く日本で一番開花が遅い千島桜の満開を見たいと願っていましたが、日曜日に幸運にも根室市・清隆寺の境内で千島桜の花見をしてきました、国後島より移植したといわれる低木の小さい桜はほぼ満開でした。同じ千島でもとちらの鳥はチシマウガラスの夏羽です、二月に来たときは近くで撮ろうと港の中で追い掛け回すやからがいて港外に飛ばれてしまい初撮りを逃がし苦い思いをしました。この時は冬羽で色気がありませんでしたが、今回の初撮りは色気がたっぷりあります。全体が黒っぽいので烏となっていますが、ペリカン目ウ科です。北海道野鳥図鑑によると無人島になっているユルリ島とモユルリ島で25つがいが繁殖しているのみの、国RDB絶滅危惧種IA類。L76cmW121cm
拡大しました、目の回りの裸出部は赤く、嘴の基部は青く黄色いくちばしです、前頭と後頭の二箇所に房状の冠羽があります、二枚とも同じ個体ですが、この後の一連の写真を見るとこれは雌のようです。珍しい鳥を撮影したので暫くこの鳥のシリーズが続きます。
時の経つのは早いもので、もう先週になりましたが表の桧舞台ではコマドリ・コルリ・キビタキなどがお立ち台のたんぱく質で食欲を満たしている時に180度反対側の裏舞台の砂防ダムの周りでは自然食を採食するアカハラとカケスがいました。地上を素早く走ったり、ピョンピョン跳び歩き落ち葉をひっくり返してミミズや昆虫を採食するアカハラと樹上でドングリなどの木の実を採食したり、冬には木の隙間などにドングリなどを貯蔵する知恵があり、また警戒心の強いカケスの接点はよく分かりませんが、もしかするとカケスは隠したドングリを捜しにきたのかも、この2羽が裏舞台での主役でした、当然の事ながら裏舞台を撮る人も少なくまた出演時間と出演者(鳥ですが)が不定期の公演でした。
「馬鹿と煙は高いところに昇る」のは人だけではありません、地元のオオヨシキリは葦の中に生える高い木にとまりギョシギョシギョシ・・・・行行子(ぎょうぎょうし)の俗名の通り濁った声で騒がしく囀り、5月13日の拙ブログのオオヨシキリと同じ日に撮影したものですが、こちらの方は葦よりもはるかに高い木の上での囀りです。バカと煙は高いとこが好きとは、目立ちがり屋のお調子者を揶揄する時の言い回しのようですが、オオヨシキリにも目立ちがり屋のお調子ものがいるようです、だみ声で仰々しく鳴いていました。このオオヨシキリを撮っている時にケーン、ケーンと呼ばれました「雉も鳴かずば撃たれまい」日本昔話の父と娘の悲話がある日本の国鳥の雉さんです、オオヨシキリの撮影を中断して公園工事中の現場近くにいた雉を撮りました「雉も鳴かずば撮られまい、雉も鳴かずば記事ならず」「喜寿にまで 雉を打ち撮り 記事を書く(恥をかく)」今日は揶揄と駄洒落と川柳のブログです。
小雨の合間に葦で鳴いていれば特徴ある口の中の赤橙色が写せるがこんな高いところでは見上げての撮影でよく撮れません
隠れる草木がない場所では何故か上を見る、木の上にいて行行子しく鳴くオオヨシキリを見ている訳ではなさそうです
巣立ち後三日目の梟の雛を三日前に撮りました、梟は木菟とも書きます、木の上にいる兎とはフクロウの足が兎の足に似ているからこのように木菟(ずく)と呼ばれ、フクロウには耳(羽角と呼ぶ)がありませんが耳があると小耳木菟(小さな可愛い耳)や虎斑木菟(大きい耳がある)などの耳木菟(ミミズク)となりますが、北海道にいる日本最大の島梟はフクロウと呼ばれているが耳がある、青葉の時期に渡ってくる青葉木菟(アオバズク)は木菟と呼ばれても耳がないように見えます、フクロウとミミズクの呼び方の違いは駆け出し五年には理解出来ませんでした。
枝絡みで風が吹くと顔が見えないところにいました、ここならばカラスんは襲われ難いところですが、撮影には難儀です。
ストレッチ、木の上にいる兎、木菟と呼ばれた足の表面と足の裏が撮れました、午前中の五時間の撮影で葉隠れの中で顔が見えた時の撮影でしたが、この程度の変化しか撮れません。
お立ち台に来る目的の小鳥を撮影する時に来て欲しくない、招かざる客の野鳥がいます、峠の沢ではコマドリ・コルリ・キビタキが目的の小鳥さんとすれば、付近の笹薮に棲む3,4羽のクロジと砂防ダムの水辺にいる筈の数羽のキセキレイがお立ち台の餌を横取りにきて、先客の小鳥を追い払います。追い払う方の全長はクロジL17cm、キセキレイL20cm、小鳥さんはコマドリとコルリはL14cm、キビタキL13・5cmです、大きい鳥には敵わないコルリさん達です。コマドリはお立ち台に他の鳥がいると近づきませがコルリさんとは一緒に出ることがあります。ところで昨夜の細い月と金星の大接近は滅多に見れない天体ショーなので食事を中止して家族全員で一番星の明るい金星が三日月の真上にあるを珍しい西の夜空を見ました、お隣にも声を掛けてこの金星と三日月を楽しみました。天体マニアには見逃せない日であったと思いますが、現役引退後の10年前から俄かに月に興味を持ち始めてから初サプライズの夜でした。
昨日とは別の写真です、もし生きている内にこのような機会が訪れるならば、もっとISO感度を落として撮影したいものです。
クロジのいる処に餌がないとクロジはキビタキの方に飛びキビタキは逃げ出します
青い鳥の小瑠璃です、今年も瑠璃鶲と大瑠璃に続いて三番目の青い鳥の小瑠璃です。一昨日の黄色と昨日の赤に続いて今日は信号機の青です、青色LEDが開発されてから信号機はLED式に交換が進んでいます、従来の電球式は太陽光の反射で青信号は擬似点灯(点灯しているように誤認する)の問題がありましたがLED式は太陽光の反射が無いので安全性に優れ、電球の交換が数年間無いので耐久性に優れ、電気代も約1/5に節約できるので環境にも優しい経済的な信号機です、信号の青は点灯中は緑色に見えますが青色のレンズであるが点灯した時の電球の色で緑色に見えるのが定説になっていますが、日本人は緑色の木の葉を青葉、緑色のリンゴを青リンゴ、ホウレンソウなどが緑色なのに青菜と言い緑色を青と言い回していますので、緑色に見える信号も青信号と言っているのは同様ことかと推察しています。ところで瑠璃色は紫味のある青色のようですが小瑠璃は全くの青色に見えます、この子はコマドリと同じヒタキ科ツグミ亜科で昨日のブログの写真と同じ沢で同じ日の同じ時間帯に撮影したものです。さて♪月がとっても蒼いから・・・月も青く見える日本人の感覚とは直接関係ありませんが昨夜の天体ショ-は三日月に接近した金星です、昨夜19時15分頃が月に金星が一番接近したものと思いますが食事中でしたので19時35分頃の撮影になりました。
昨夜は14日の新月から三日目の三日月の真上に光る明るい金星を初めて見ました、19:35分頃 ISO4000の撮影です。隣で携帯で写している人がいましたが撮れたでしょうか、600+D3のFXです、肉眼では夜空に三日月しか見えないがカメラには月の全容が撮影されていました。
今回は昨日の黄色信号の次の赤信号です、赤色のアカショウビンはまだ早いので赤橙色のコマドリです、野鳥写真を始めてから五年が経ち昨日よりも今日、今日よりも明日にもっと良い写真をもっと良い場面をと欲が出ますがなかなか叶いません、2004年11月からの5000円札の肖像は世界の平和に生涯をささげた新渡戸稲造から「たけくらべ」「にごりえ」の明治の女流作家樋口一葉に交代したが、このデザインの発表は2002年にあったので、まだ全国の桜を追いかけていた時分に一葉の文学碑がある慈雲寺の樹齢300年のシダレザクラを撮りに行ったことがある。地面近くまで糸のように枝垂れた小さい花のシダレ桜はそれはそれは見事でした、その境内の一角に樋口一葉の文学碑があった。またこのお寺から大菩薩峠方面に登ると宝物殿に風林火山の旗と武田家代々の戦勝祈願をしてきた雲峰寺の峰の桜、樹齢数百年の一本桜エドヒガンがある、この寺に滞在した中里介山が大菩薩峠を著したのも有名な話である。野鳥撮影をはじめる5年以上前に由緒ある桜を撮りに訪れた甲斐の国の峠で今度はコマドリなどの野鳥撮影に訪れた、5年前の趣味と今の趣味の交差点が甲斐の国の峠にあった、急坂の登り降りで通り過ぎた峠の景色に過去・現在・未来を思い出し近い将来を見たような気がする、体力は下り坂だがやる気と気力はまだまだ上り坂、気になるのは甲斐源氏武田家滅亡のような真坂の出来事。
今年二回目のコマドリなので、このように尾羽を上げて尾羽が開き、囀るコマドリが今回の期待であったが・・・・写真は四月下旬のへぐら島のコマドリ。
5月14日笹薮の中から赤い落ち葉の中をピョンピョンして現れたコマドリ
お立ち台の枝にとまり尾をあげましたが、それ以上の事はありません
午後一時に撤収するまで尾を上げて開き囀る姿のコマドリは撮れませんでした、囀りはいつも笹薮の中から聞こえていましたが、お立ち台では声高く囀る様子は一度も見られません、期待と現実の違いは良い思い出を彷彿させます、何年か前に伊香保の苔の岩で見た声高らかに囀るコマドリの姿を見たのが最後の思い出です。
黄鶲は今シーズン初めてと思われる、キビタキの黄は交通信号では注意、停止線から先に進んではいけない信号ですが、直前に黄色に変わった時など安全に停止出来ない場合(急ブレーキは危険)はそのまま進んでよいが、これが当たり前になってくると赤信号に変わった直後でも進む人がいる、昔熱海の早咲きの桜を撮りに行く途中で黄色に変わり前の二台はそのまま進んだ三台目であったが赤になったので停止したら後ろで急ブレーキを掛けた音がした途端に四台目の車に追突された事があった、後ろの車になぜ追突したのか詰問したら車の流れから当然進むものと思っていたとの答えが返って来た、この時は新車のバンパー部分が凹んだ程度の軽い追突被害で済んだが、それ以後は黄色はトラウマとなり本当の注意信号になり交差点を渡り切った時には信号が赤になっている状態でも進入するようになった、そのお陰でそれ以降は追突された事がない。黄色は注意の他に目立つ色、車から見て目立つように小学生のランドセルの黄色いカバーと黄色い傘、工事現場の黄色いヘルメット、黄色と黒のストライプも目立つ、踏切の遮断機の黄色と黒の縞模様、危険な箇所に設置されている柵に貼ってある黄色と黒のトラテープ、そして一番目立つのは阪神タイガースフアン横浜スタジアムも阪神戦が巨人戦よりも観客が多い、観客動員数が多いありがたい阪神ですがトラフアンは過熱すると暴走するので注意信号も必要な時がある、鶲の仲間で目立つのはこのキビタキです。
ノントリ型(これだけがノントリ)これより近くに来た時も2,3回あったが最小焦点距離内でボケました、この甲斐の国のキビタキはまだ黄色が薄いように思われたがそれでも黄色と黒は目立つ色でした。
水戸黄門のうっかり八兵衛ではありませんが、一番動きが少ないない抱卵中の緑啄木鳥の営巣場所にウッカリ行ってしまいました、平日とは言えやはりカメラマンも思っていたよりも少なく、この時期は出が少ない事を承知しているものと思います。案の定五月晴れの中で3時間以上も待たされ痺れを切らした時分の12時50分頃に抱卵中の雄と交替する雌に最初にして最後の鳴き声を聞き、二羽の姿をようやく撮って午後一時には早々に引き上げました。現場ではここの野鳥の会のOさんにいろいろと撮影の心得などをご指導いただき大変お世話になりました。税金の無駄使いを放置していた天下り温床を根絶する事業仕分人も重要ですが、野鳥撮影の現場で秩序を保つボランティア活動の仕切り人もご苦労様です。Oさんありがとうございました、次回は6月中旬過ぎにまた宜しくお願いします。
ISO800では飛び出し場面はSS200では無理でした。抱卵交替瞬時の飛び出す雄のぼけぼけの証拠写真です。
巣穴に入る直前の雌、入る前に2,3回巣穴の中に顔を入れて中の様子を見ていました。この写真が最大のトリムでした。今回は暗い写真をかなり補正・拡大した証拠写真の羅列に終わりましたが次回はリベンジしたいと願っています。
緑の中で緑色の緑啄木鳥(アオゲラ)の番が青葉の中で古い穴をリフォームして巣作り中の様子です、五月も半ばになると若葉・青葉が生き生きと生い茂り、毎日成長しています、そんな緑の環境の中で巣作り中の木まで距離も約40m有り、撮影ポイントも青葉・若葉の中から見つけるのも容易ではありません、しかも視野が限定される場所である、10cmずれるだけで青葉が掛かり撮影には厄介なピンポイントの場所でした。
五月の爽やかな緑の窓から巣作りを覗いた気持ちです、穴掘りしながら空を警戒しています
これが巣作り中の様子です、背中を向けて無防備なので木を彫る時間よりも警戒する時間の方が長い気がします。
青葉が茂る森の中でカワセミが飛び交う池でカイツブリが抱卵中に交尾です、いろいろな場所でカイツブリを5年間撮影してきましたが、交尾は初見です、この池のカイツブリはこの営巣が三度目です、このブログでも過去に一度4月19日に記事にしましたが、その時は笹の下でようやく卵が見える場所で番が交互に抱卵中でしたが、その後に巣が二度流され、いつもは亀が甲羅干しする沈木に三度目の営巣です、皐月の池面に青葉が映り沈木が左下から右央に斜めに見える上に浮き巣がありますが、この巣の周囲で潜って池に沈んでいる枯葉を咥えて来ては巣の補強をしています。ここはカラスに狙われ易く浮き巣も不安定なところで子育てにはあまり適切ではないような気がします。
浮き巣に♂が近づいた時に抱卵中の♀がおかしな姿勢です、♂は鳴いて応えます、♀は頸を下げて受け入れ体勢です
D300で連続でシャッターを切っていたのでこのような体勢が57枚もありました、かなり長い時間です、終了後に♂が池に戻る瞬間はSS1/125ではぶれました
♀が巣を離れる時♀の股の下に卵と反対側に回って見守る交替の♂
卵二つが見えます、卵の点検中、そして卵に枯葉を乗せ始めました
暫くすると 交替した♀が様子を見にきました。二度も抱卵に失敗したので心配で来たのでしょうか、それにしても抱卵中に交尾するとは、まだ卵が少ないのでしょうか?
鳥撮りを初めて既に五年が過ぎたが目標未達の五月病か、今日は桜の思い出、現役を引退した十年前は桜の花を追いかけていた、数多の桜の思い出の一つに、一月末頃から見頃の沖縄の濃いピンク色の南国の桜、カンヒサクラ(寒緋桜)、桜は冬の寒さを経験しないと開花しない、そのため沖縄では北から南下する桜前線は那覇よりも北の桜の名所、本部八重岳が先に咲く、桜の思い出での一番は日本三大桜の思い出、中央高速・須玉ICを降りて北杜市武川町山高・実相寺境内(鳥と違い場所を明記出来るのが痛快)山高の神代桜はエドヒガンザクラ、樹齢2000年、根回り13・6m枝張り東西20m南北20m、日本武尊が東夷征定の際に立ち寄り植樹したと伝えられる、桜を撮影して時分は幹に四角い屋根があった(その写真を保有)が3年前に立ち寄った時にはこの屋根が外されていた。次は岐阜県本巣市根尾谷のヒガンザクラの淡(薄)墨桜、この桜は蕾の頃は薄いピンク色、満開の時は白色、潔くよく散際に淡い薄墨色に変化する。樹齢1500年といわれるこの桜は過去に幾たびか枯れ死の危機が訪れたが、その都度に再生の名人、樹木医、保存会の努力で山桜の若い根を接木して回生している。桜を撮っている頃は往くたびに淡墨桜の囲いの柵が根を守るためか大きくなり近づけなく、樹を支える支柱が増えていく気がした。鳥撮りを始めても毎年ように親友の家にお邪魔して訪れていた福島県田村郡三春町の滝桜、紅枝垂桜は今年は天候不順で満開の頃にへぐら島に居たので機会を逸した。野鳥撮影を開始した2005年1月17日に雪の重みで滝の天辺にあたる枝が折れてから滝の部分が寂しくなったが、この滝桜の折れる前の写真も持っているのが自慢の一つである。今日は何故か桜花の思い出に慕ってしまったが、四月末のへぐら島の大島桜(ソメイヨシノの片親の一種)の満開を見て、「花は桜木 人は武士」を想い、ぱっと咲き散ってゆく桜の儚さ潔さを思い出し、五年も経ってまだ目標未達成で鳥撮り人生のはかなさをおもい知らされる今日この頃。四月下旬のへぐら島で満開の大島桜、同じ桜に三種類の雌が来た一番威張っていたのはジョウビタキ♀、ジョウビタキの隙を狙いやってくるルリビタキ♀、人が桜に近づくと桜木の下で採餌中のアトリ♀が桜に避難する、こんなサントリーの様子です。
白い花びらがピンク色に変化してきた頃の大島桜、雄蕊も役目を終えたのかピンク色に変わる。
撮影位置は上から下からそれぞれ違いますが同じ大島桜の木。
今日はフクロウの雛です、梟の城は伊賀の忍者が時の権力者太閤秀吉の命を狙う歴史小説は司馬遼太郎の出世作であったが、梟の洞はかなり大きくなってもまだ洞穴から出ないこどもの日の梟の雛の写真です。真実の話洞が小さく見えるほど育った雛を朝から日が落ちるまで一日中見ていました、洞がある木の周囲から適当な距離をおいて雛の巣立ちする瞬間を見たくて30人以上のカメラマンと見物人がいる中の一人でした、雛の梟の城とも言えるこの洞穴を一日中撮り続けた写真です。夕方6時過ぎまで現場にいましたが最後の3人になり現場を離れましたが、一日中いた境内に「二十三夜 講中」の石塔が気になっていましたが5月5日は奇しくも十五夜から八日の二十三夜でした、二十三夜は午前零時過ぎに出る月、真夜中の月でこの月に願い事をお願いすると叶うとも言われています、二十三夜 石塔 は信仰とかかわりのある講中の石塔と思われますが、二十三夜の月が出る前に熟睡してしまったので願い事は翌日7時までの朝も雛の巣立ちはありませんでした。
立寝の性質もあります、上のFX版と比較する1・5倍のDX版です
洞の縁にまだ爪を掛けませんので出る気配は皆無です、カメラマンを凝視しているようです。
ハテナ?いつ巣立つのかなと・・・此方が???ですが、雛がハテナと頭を傾げるとは、早く広い外に出て来いよ、と声を掛けたくなります、この後は菖蒲湯のきぬの湯でIさんにお会いした時に7時まで待ったが巣立ちは無かったとお聞きしました、日の出前から日の入り以後までIさんお疲れ様でした、皆さんお世話になりました。
茨城のフクロウさんです、巣立ち後の第一子(3日前に巣立ち?)と巣立ち前の第二子(昨日午後7時までは巣にいました)の巣立ち前と巣立ち後の様子です。5月5日端午の節句の日に、10日ぶりの撮影は今日は巣立ちかと思われたフクロウの雛に朝から夕まで12時間も粘ったが勝負に負けたような気がする、その疲れをきぬの湯で尚武の湯・菖蒲湯に浸かり、菖蒲で香りで邪気を払いツキを戻そうとしたが今朝も7時までまだ巣の中です、二番目はいつ巣立つのか気がもめます、三番目もいると言われていましたが、私は確認していません。江戸子は気が短いのか諦めも早く朝7時で撤収しました。今朝の二十三夜の下弦の月を眺めた時はツキを期待しましたが、いいかげんに終わりました。
先週へぐら島の帰りに戸隠の次に寄った初めての日本海のハヤブサです、ここでは初撮りでしたが先客に猛禽類やコミミの場所でお会いするtsuntsunさんが居られ、ここでの撮影方法などを教わりましたが海上を猛スピードで飛翔するハヤブサの撮影は難しいものがあります、当日のハヤブサがヒヨドリとネズミを捕獲して海上を飛翔する写真を拝見しましたが流石でした。今回は難しい海上飛翔は撮れず仕舞い、断崖の木どまりと飛び出しの写真にとどまりです、ハヤブサの背面を撮る海上飛翔は次回のお楽しみになりました。
二枚目、翼の背面がよく見える、過去には危険な磯を渡り空を見上げて首が痛くなるほどの姿勢で写真を撮ってきましたが、ここは打ち下ろしで撮れる場所でした。
「目には青葉 山郭公 初松魚」この字余りで季語が三つもある名句ではありませんが今回は青が主役です、先月撮影した青い鳥の写真が未公開で沢山在庫がありオオルリさんのリクエストもありますので、今回は大瑠璃と瑠璃鶲です、オオルリは青い背羽の写真を、ルリビタキはタンポポなどの花の咲くところで撮ったへぐら島の青い鳥です。世の中は広いようで狭いものです、昨年ワイバードの小笠原・硫黄島三島ツアーで、母島でパパイアの実を食べるメグロを二人で撮影した枚方市のIさんがご夫婦がへぐら島に探鳥で来られていました、コマドリのポイントで相部屋のUさんと二人で撮影中にまだコマドリを撮影されていなかったIさんと奥様にご一緒しました、撮影場所のGPSを駆使する彼は駒鳥のいななきまで録音する成果を上げていました、見習いたいものです、また29日の大瑠璃と天道虫の記事について、このテントウムシはヒゲ(触覚)あるのでイタドリハムシではないかとご丁寧にメールでご教授を頂ましたのは、同じ小笠原・硫黄島ツアーでご一緒した昆虫好きでご自身の名刺にテントウムシを入れているNさんでした、今回は同じツアーの参加者お二人にお世話になるとは鳥撮り人生奇遇の連続ヒットです。さて今日から二泊三日の毎年恒例の春季キャンプです、キャンプと言ってもプロ野球のような戦力強化が目的に非ず、孫3人を含む一族9人で県内のキャンプ場で目には青葉を癒し、小鳥の鳴き声で起床し、昼間は釣り場で岩魚を太公望もどき、夕餉に岩魚のバーベキュをWに楽しみ、孫どもにアウトドアの川遊びやボール投げなどを満喫させ、大人どもは電気とTVが無い非日常を楽しむ?夜はランタンの灯りでUNOやトランプで婆抜き・爺抜き抜きで騒ぐ、高速渋滞を避けてアンポンタン一族のGW安・近・短です。今年で3年目の皐月キャンプです。今日から留守中の三日間のブログを作成して横浜市の水源の一つ道志川へ出発します。
オオルリの綺麗な青い背中がこの鳥の魅力の一つです、羽を広げて尾羽も見せてくれました
今日から皐月ですがブログの中身はまだ卯月です、今朝は舳倉島遠征で撮影したハチジョウジョウツグミです、胸の淡いレンガ色が少ないと四畳半とか六畳とか悪口を言われる事がある、あのハチジョウツグミです。四月の満月・十五夜は28日の6時20分頃予定でしたが曇り空で眺められませんでした、29日の十六夜(いざよい)は七時半頃から少し丸みがなくなった月は物思いを誘いました、夕べの十七夜の立待月は八時半頃に出るはずの東の空を見上げましたが星が見えない曇り空を六畳間の窓から立って月を探しましたがありません、5月1日は十八夜の居待月、5月2日は臥待月、3日は更待月と十五夜の後に上る月は時間がだんだん遅くなります、十六夜・立待月・居待月・臥待月・更待月と月が出る時間が遅くなるので立って待てた月も居待ちとなり臥して待ち、そして更に待つほど出が遅くなります、狭い六畳間で見た月の話がつきないので口をツグミ、ハチジョウツグミの話に戻します、天候不順で寒く鳥も少ない時期の島内を歩き回り右足の親指に豆が出来ましたが(昨年は右足にギブスをしていたので島内一周は諦めて鳥の出るポイントに定着、横着かも)、このハチジョウツグミは観察場所で鳥待ちで休憩していた時に撮れました、最初の三枚は22日あとの四枚は23日に撮影したものです、24日の五日目には抜けたのか見られませんでした。
このハチジョウツグミは眉斑は淡赤褐色よりも白っぽいが喉は淡いレンガ色、胸から脇も淡いレンガ色の斑が蜜に有る、ハチジョウツグミでした。
最近のコメント