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2010年6月16日 (水)

不老不死温泉と赤翡翠

北海道での最終地は函館の戊辰戦争の終焉地五稜郭である、5月28日桜の時節は終わっていたが八重桜や染井吉野の古木には幹に直接なごりの桜が可愛いく咲いていた、暫く五稜郭を散策する勝った官軍よりも負けた新撰組副隊長土方歳三や幕府軍艦奉行榎本武揚らの五稜郭に於ける負け組みが歴史を刻んでいる現実を偲んで後、近くにある北港から11:35発の青函フェリーで青森港に着いたのは定刻の15:20、この間4時間近く船室でまどろむ。二昔前に青函連絡船が廃止される20数年前に当時夏休みで中1の倅を連れて家族で青森から函館まで乗船した記憶はあるが景色の記憶がない、当時は横浜を出てから東北道は盛岡ICの次の滝沢ICまでしか開通していなかった、滝沢村から国道4号を十和田湖経由で青森まで横浜から一晩中運転してきたので青函連絡船のドライバーズルームでバタンQで4時間寝ていた記憶がまどろみの中で駆け巡る。昔から長距離ドライブは苦にしていないが最近は寄る年波には勝てないようだ。その足で竜飛岬に直行する、竜飛岬灯台(風の岬灯台)は青函トンネルの真上にある、岬には吉田松陰・大町桂月・太宰治などの文学碑があった、あの有名な「津軽海峡冬景色」の歌詞がある碑の左には日本で唯一の階段国道339号があるが写真だけにする。霧の中峠を登ると野猿の群れに遭遇、霧の峠を下る途中で前方にキジのような大型の野鳥が山道を散策、近づくと山鳥であったが撮り逃がす、津軽の自然は豊かである。青森の由来はネットで見ると江戸時代にさかのぼる、津軽藩が現在の青森の地に港をつくったときに、松林が青々として印象的だったために「青森」とよんだのが地名の由来とされる。緑が多い青森の峠を下り日本海沿いを走り、夕方には赤い夕日の名前が気に入った有名な温泉に入りましたが曇天で夕日は撮れず、翌30日久し振りの晴天、早朝にアカショウビンを撮影後の夕方に、麦茶色のショッパイ温泉で一日の疲れを癒した、黄金崎不老不死温泉の海岸にある混浴露天風呂で赤い夕日を撮る。

2060 海岸に簾で囲まれた露天風呂、右が女性専用(夕日が真上)、左混浴、日没5分前の18:55、この夕日の時間になると宿泊客が大勢露天風呂に押しかけるので露天風呂の中で撮影していたが、中止して露天風呂の右横から撮影したのが下の写真です

3231 黄金崎不老不死温泉からの夕日、1/3海に沈む夕日とカモメ、時間は19:02、7時過ぎないと日没にならない青森の日本海

2503 早朝のアカショウビン

3003 交替で巣の見張り

3013 交替を呼ぶ、交替する時

3192 番のアカショウビンが並ぶ時もある

3472 洞の方を見る番

4031 相手を呼ぶ見張り交替の合図か

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コメント

赤ショウビン!!しっかりと子育て中なんですね!その様子をケンさんの写真で見れるだけで嬉しくて涙が出ます!私は未だ赤ショウビンには出会えてませんが、数少ないながら日本にまだ飛来し、繁殖して無事に渡ることを常に願っています(^O^)3日前から今年三度目の函館に用事で出かけ、もちろん大沼も寄ってきました。夕方にいきなりのサプライズで、手で触れられる目の前を、まだ寝呆けているのかフクロウがゆったりと横切り、さらに真横の枝に止まり目が合ってしまったので私が首をかしげると、むこうも同じく首をかしげたので笑ってしまい、滅多にないことなのでまだその場にいたいのをこらえて、そっと離れていき振り返ると、もういませんでした(o^o^o)福をいただきました! 私の母が北檜山の方面での登山中、赤ショウビンの声がしたと言うので近々また出逢えるように出向きたいと思っています(^^)v
ケンさん、ではまた!

投稿: 赤々ショウビン | 2010年6月17日 (木) 05:22

赤々ショウビンさん

フクロウが目の前を横切り真横の枝に止まり、目線が合う・・・鳥撮り始めて六年目、北海道に夏・冬通って五年になりますが、こんな至福の時間をまだ過ごしていません、まさしく福来郎さんです。
おめでとうございましたhappy01

投稿: ken | 2010年6月19日 (土) 11:37

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