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2011年9月

2011年9月30日 (金)

白樺峠の鷹柱

タカの渡りの醍醐味は上昇気流に乗って旋廻上昇するタカが空いっぱいに舞い広がりタカ柱を作り、暫くしてからそのうちの一羽が渡りの方向に流れると一斉にその流れについて行く渡りが始まる、この一連の瞬間(とき)がタカの渡りの醍醐味。

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鉄塔の上でのタカ柱の始まり

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タカ柱は600mmでは全体が入らず迫力に欠ける

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松本市上空のタカ柱

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サシバとハチクマのタカ柱?

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サシバのタカ柱これ以上の数が入らず

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サシバのタカ柱の一部

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2011年9月29日 (木)

白樺峠の鶆鳩

初日の下山時にたか見広場管理者の中村さんにお願いして一番重たい三脚をテント倉庫に預けて来たので二日目の登山は楽をしましたupwardright。白樺峠の今季最高に渡った日の24日のサシバです、毎年楽しみにしている季節の変わり目に何年も撮影していますが一向に腕が上がらずむしろ加齢とともにピークは過ぎた感じですdown、季節の変わり目は体力と能力の変わり目、動態視力の低下と白内障の進行、飛蚊症などがその証左ですshock。 運良く今年の渡りのピークの日に鉢合わせたハチクマの大きさは♂57cm♀61cmW121-135cmに対して、今日のサシバの大きさは♂47cm♀51cmW105-115cmと大きさが違いがあり遠目からも分りますがサシバの雌雄と幼鳥の違いは何回見ても速断出来ず写真判定をしていますがいつも自信と確信がありません、判定は如何にの心境です~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

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サシバ♂成鳥

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サシバ♂成鳥 胸に黒褐色の小班が蜜にあり、つぶれているように見えるので雄と思われる、虹彩は黄色で喉に暗褐色の縦線が1本ある。

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サシバ幼鳥と思われる、翼の後縁が直線的、体下面に暗褐色の縦斑がある虹彩は暗褐色

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胸の太い縦斑からサシバ幼鳥と思われる

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サシバ♀成鳥と思われる。 胸の暗褐色の横斑状でつぶれていない。

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胸に暗褐色の小斑が蜜にあり、つぶれているように見える喉は白く中央に黒褐色の縦斑が1本あるので成長♂と思われる

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サシバ♂成鳥

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サシバ成鳥暗色型

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2011年9月28日 (水)

八角鷹

9月24日の白樺峠はタカの渡りを観察に来た過去7回延べ20日間の中で最高の渡りを記録した、速報によればサシバ4597羽・ハチクマ458羽・ノスリ53羽・ツミ9羽・その他のタカ9羽合計5136羽であった。写真を撮るには渡りの羽数よりもタカ見広場の真上を低く飛ぶ、あるいは近くの前方を横切ることが撮影条件であるがこの日は真上をかなり低空で飛ぶものがあり、テレコンを外した600mmとD300でノントリで充分見られる写真も撮れたがブログには見易いようにトリムしてあります、本日は24日撮影のハチクマです。ここ白樺峠や伊良湖岬でお会いした山形則男プロの二冊目の新訂ワシタカ類飛翔ハンドブックにはハチクマは雌雄と幼鳥の区別、羽の文様の違いや色の濃淡で淡色型・中間型・暗色型の区別が載っていますがこれを参考にしましたがどの型に当てはめるのかかなり迷いますので間違いもあると思います。(小話古話:鈴鹿サーキットのF1見物の帰りに寄り道した2005年10月10日に伊良湖岬恋路ヶ浜で山形プロに一冊目の増補・改訂版にサインを戴き記念になりました)

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ハチクマ♂成鳥・中間型

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ハチクマ幼鳥・中間型・嘴の根元に黄色味があり翼先が黒くつぶれている

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ハチクマ♀成鳥・淡色型

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ハチクマ♂成鳥・暗色型

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ハチクマ♀成鳥・中間型 虹彩が黄色

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ハチクマ幼鳥・中間型 嘴の根元が黄色い・羽先が黒くつぶれている

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ハチクマ♂成鳥・中間型 

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ハチクマ♂成鳥・中間型

下からの撮影に終止したので鬼に笑われそうだが来年は近くを横切るハチクマが撮りたいものです。

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2011年9月27日 (火)

白樺峠・鷹の渡り

台風15号に追われて18日にアカハラダカの対馬から帰浜後に白樺峠への遠征のチャンスを覗っていましたが台風15号の影響で白樺峠は19日~22日まで雨天で鷹は渡っていませんので23日からの晴天の予報で出掛ける事にしました。 今年で七年目七回目の白樺峠の鷹の渡りを観察に例年通りの三日間の遠征です、七年目になると体力と気力の低下が気になりましたがたか見広場への登山道は登りの急な方を喘ぎながらの初日です、10人くらいに追い越され追い抜きは零でしたが別名心臓破りの丘は今年も苦しい体験でした。それでも6時にはたか見広場の小屋の斜め後方前段から六列目に三脚と600mmをセット、青空を見上げると飛蚊症の目には蚊のような糸くずのような物が広がります、これは加齢とPCの遣り過ぎによる目の衰えです。このブログも遠征中と25日に帰浜しても三日間休みました、六年目のブログも気力の低下で歯抜けが酷くなりました。このような気力と体力の衰えを言い訳にして良い訳がありません。今日からお気づきと思いますが文字を中から大にして気分一新です、野鳥撮影の趣味よりも良い趣味がまだ見付かりませんので七年目の浮気はまだのようです、今後共このブログを継続出来るのか疑問が残りますが文字の変更は継続に多少の効果はあると思います。

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ハチクマ成鳥雄

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ハチクマ成鳥雄

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ハチクマ成鳥雄

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ハチクマ成鳥雄

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ハチクマ成鳥雄

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サシバ幼鳥

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サシバ成鳥雌

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サシバ成鳥雌

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ハチクマが足に何か持って渡る、お弁当かも?

朝9時05分に鳥友のKさんから茨城で珍鳥が入った電話が入るもタカの渡りの観察を続ける方を選択してこの日は撮影を続行した。23日の速報ではサシバ450、ハチクマ334、ノスリ21、ツミ5、その他11の合計821羽でした。

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2011年9月23日 (金)

背白田雲雀

最後の日までアカハラダカの木とまりが撮れずに終わった17日の夕食はホテル近くにある地元の郷土料理屋「志まもと」で対馬最後の晩餐となった。志まもと御前は季節の刺身・さざえの刺身・大きなお椀の魚のみそ汁・茶碗蒸しなどにご飯はさざえ飯であった、生ビールの酔いもあり食後に町をぶらついていると「博多一番どり」の前で呼び込みにつられてお店に入るとなんと15日と16日に内山峠でお会いしたNさんとOさんがお二人が飲食中であったのでお二人の席に合流して二次会となりアカハラダカの撮影や対馬の鳥の話になり、小茂田の田んぼのセジロタヒバリが話題になった、お二人は撮影済みであったが自分は17日は空振りであったがお二人の情報ではまだ居るらしいことが分った有り難い情報である。

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志まもと御前、後から茶碗蒸しと魚の味噌汁が出た、お二人と偶然お会いした博多一番どりの店の看板。

翌朝5時15分にホテルを出発、目的地の小茂田郵便局をナビに入れた、国道382号より厳原トンネルの手前で県道44号に入り小茂田に向う、山道に入ると白霧が道路を覆い時速25km以下でガードレールの反射板や道路の白線を頼りに夜明け前の曲がりくねった峠道を進む、44号が死々号線と思えるような危険な走行、山道では対向来る車が来るとすれ違いが怖い細い道、こんな霧の中の狭い山道はを登るのは初めての経験、怖い思いをしながら峠をこえて目的地の小茂田郵便局には日の出前の6時に到着、初見初撮りも命懸けの撮影である。

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小雨降るまだ暗い6時半頃に田んぼの畦でセジロタヒバリらしき野鳥を撮る

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これがノントリの大きさ、ISO1600 SS1/50秒

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背中を見せたのでこれが数少ない旅鳥のセジロタヒバリと確認

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まだ薄暗い6時半頃に撮影したがその後は見付からず、アカハラダカ同様に証拠写真に動揺する、9時過ぎには雨も止みなんとか明るくなってきたので田んぼの通路を行ったり来たり探すが二度目は無かった。

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9時過ぎの田んぼの様子、この田んぼの道路の両側に左右に5本の畦道があり、セジロタヒバリはこの畦道の上に現われたが11時20発の二便に乗るために霧の山道では減速を強いられるので早目ではあるが9時半でこの撮影ポイントに別れを告げ対馬やまねこ空港に向った、空港手前のGSで満タン(二度目)にして吉永空港レンタカーに戻ったのは10時半であった、総走行距離596kmガソリンは26.4Lであった、流石に軽四は燃費が良い、走った割には野鳥の成果は少なかったが野鳥撮影の合間に観光名所や旧跡を巡った写真は後日に公開します。

明日からまた暫くブログを休みます。

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2011年9月22日 (木)

内山峠の鷹

今回も溜め込んだANAのマイレージで羽田・福岡と福岡・対馬の二区間の往復で遠征してきたが年々低下する体力の衰えは装備にも影響します、最近のレンズは200-400mmが空路で行く場合の専用になりました、座席の予約も自宅のPCから出来る限りドアの近くで通路側を予約して、荷物棚への収容もCAさんに手伝って貰う始末です、通路が混雑している時や近くにCAさんがいない場合は両手と頭を使って背伸びして荷物棚にやっとの思いで入れたのは復路のボーイング777でした。こんな思いをしながらも撮影現場では600mmを駆使して撮影している方を見ると小さいレンズを持って来た事が悔やまれます、高空を小さく高速で飛翔するタカを撮るにはテレコンを付けると合焦点時間が遅くなるのでテレコンを外しているが飛蚊症(空を見るとあちこちに蚊が飛んでいるように見える)の影響もあって周囲の鳥撮りの方より鳥の発見がワンテンポ遅れます。空には白雲が漂うが加齢と視力の低下は今後の鳥撮り人生に暗雲が漂いはじめました。

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16日の午後から渡りの途中に南下する先の天候が悪いと(沖縄近海で台風15号が停滞)内山峠の下にある山中に下りたアカハラダカの木止りを撮りに林道に入りました、落石が多い林道の前方木の枝からアカハラダカが飛び立ちましたので10-15分間そのばで待機していましたがアカハラダカは戻りません、それにしても気持ちの落ち着かない林道の落石です。

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大きな四角い落石の場所で同じように飛び立ったアカハラダカを待っていると前方から地元のご夫婦で鳥撮りしている正ちゃんの軽四が来ました、挨拶を交わすと今日は止り物が少ないねと言われこの日も木止りのアカハラダカは不発に終わりましたがこの日は前方の林道を横切るアカハラダカと前方に飛んで逃げるもの、最後がスギの天辺にいる胸の赤い目の黄色い成鳥雌のアカハラダカを双眼鏡で見つけカメラに持ち替えた瞬間に飛ばれました、距離30m位で最後に見たこのアカハラダカが目に焼きついています。双眼鏡で確認する前にカメラで撮れば良かったと蒼顔の心境です(蒼顔境)

以下の写真は14-16日の三日間に飛んだハチクマ13羽とハヤブサ5羽の証拠写真です、17-18日は内山峠は霧が出ていました。

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ハチクマ

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ハチクマ

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ハヤブサ

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ハヤブサ

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2011年9月21日 (水)

赤腹鷹の幼鳥

アカハラダカ撮影地・内山峠の展望台では地元の方が連日アカハラダカの渡りのカウントをしていましたが帰浜後の昨日は流石に悪天候で観察はされていないようです、滞在中は地元の方々皆さんは遠来の鳥撮りに親切に対応して頂きましたので気持ち良く撮影を楽しむことが出来ました。また大阪と静岡からマイカーで来られたお二人と15日に東京から来られたベテランのNさんOさん、同じくYBツアーガイドのMさんと顔見知りのIさんも来られたツアー客8人の皆さんと和やかに楽しく撮影出来ましたが心残りは木止りのアカハラダカが撮れない事だけです。

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厳原町から峠を上ってくると頂上に展望台が見えてきます

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展望台にある対馬全島と内山峠の現在地

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内山峠展望台から見たアカハラダカが飛んでくる北の方向、右に矢立山中央が鮎戻し公園、左に龍良山

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アカハラダカのタカ柱、キジバトよりも少し小さいアカハラダカはゴマ粒のように小さく見えますので写真はかなりトリミングしてあります。

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左後方が幼鳥前方右は赤っぽく見えるので成鳥のようです

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内山峠の真上で上昇気流に乗って五島列島の方向に飛んで行った幼鳥

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こちらも幼鳥です、ここは幼鳥の渡りが多いようです

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アカハラダカを獲物に狙うハヤブサが現われました、ハヤブサが出るとアカハラダカは更に高度上げて上空を飛びますのでアカハラダカの撮影のチャンスが少なくなります、アカハラダカを餌にする贅沢なハヤブサです。

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2011年9月20日 (火)

赤腹鷹

韓国から秋の渡り期に通過するアカハラダカの観察に長崎県対馬市厳原町のホテルに滞在してアカハラダカの渡りのポイント・内山峠に9月14日~18日まで遠征しておりましたが17、18日の両日は霧と雨で観察不能でした。対馬は九州最北端に位置する南北82km、東西18kmの細長い島で、沖縄本島・佐渡島・奄美大島に次いで日本で4番目に大きな島です、北は朝鮮海峡を隔てて朝鮮半島に面し、朝鮮半島までの最短距離は49・5km、南は対馬海峡を隔てて壱岐、九州本土に面し、博多までの海路は138kmです。

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内山峠展望台にある案内板

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案内板にあるアカハラダカの渡りのルート

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内山峠アカハラダカ展望台

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写真を拡大しても薄い白雲と青空の中にようやく見えるのがアカハラダカの渡りの大群の一部です

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山の頂上近くの彼方から続々と湧き出すように現われるアカハラダカの渡りです

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タカ柱、上昇気流に乗ってアカハラダカが舞う、陽光にキラリと羽が美しく光る

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アカハラダカの幼鳥

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白い雲から青空に抜けたアカハラダ成長雌(これが一番大きく撮れたノントリです)

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同じ個体のトリム

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2011年9月14日 (水)

摩周湖・阿寒湖・鶴公園

7月31日PM9時から放映されたNHK特集番組で摩周湖の霧の謎を放送していたが、摩周湖の霧は太平洋の三陸沖~北海道で湧いた海霧が風に乗って釧路の海岸から釧路湿原の川沿いを70kmも北上して流れてくる海霧がその正体であった。

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8月9日はその霧で湖面が見えなかった、最近は霧が少なくいつも湖面の島が見える機会が多かったがこの日は待望の霧が出て昔から呼ばれている文字通りの霧の摩周湖を見物出来た、ここは湖岸から急角度で水面に落ちるカルデラ湖、TV放送で見た海霧は周囲の山から滝のように湖面に流れ落ちる場面があったがこれを地元のカメラマンは滝霧と称して流れ落ちる瞬間の撮影機会を狙って毎朝湖岸に立つ姿が傑作を撮りたいカメラマン心理が垣間見えた。

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透明度が世界一級であるが注ぎ込む川も流れ出る川もない不思議な湖・神秘の摩周湖、この日は摩周湖のえくぼと言われる中島(カムイシュ島)が最初は全く見えなかったが時間が経つとホンの少し頂上の部分が見えたような気がした。写真は全て第一展望台からの撮影。

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摩周湖から摩周温泉に戻り阿寒湖に向う阿寒横断道路・国道241号を阿寒湖まで約40kmをスピードを出したらアカンと走り出す、阿寒湖に到着したが事前に観光船のダイヤを調べてなかったので1時間待ち、時は金なり時間が無いのでマリモ展示観察センターのあるチウルイ島へモーターボートに乗る、ボルボのエンジンが唸りを上げ船首を立ち上げスピードを出してマリモの繁殖地の手前にあるチウルイ島に向う、背後の雌阿寒湖と島の前方右に位置する雄阿寒岳を見ながらのスピード観光。

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チウルイ島からの雄阿寒岳、雌阿寒岳、まりもの展示などを見物する、湖岸にあるまりもの繁殖地は見える。まりも観察センターのまりもは昔見物に来た時と変わらない様子を見せていたが見る方はその時より二昔以上も齢を重ねている。まりもは年月を重ねて丸く大きくなるが最後は空洞の中が崩れて丸の形が崩れていくそうである。

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あまり大きくなると形が崩れていくまりも、マリモと記念写真、チウルイ島からの雄阿寒岳、行き帰りのボルボのモーターボートと記念写真のあとは釧路市丹頂自然公園に向う

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自分的には鶴公園は今夏3度目であるが匠君には初めてのタンチョウです、タンチョウの幼鳥も1ヶ月前と比べるとこんなに大きくなっていました今頃は親と同じ大きさになり飛ぶ練習をしている頃と思われます。

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タンチョウの模型と戯れる匠君でした、このあとは最後の宿泊地、芽登温泉に向う、ここはシマフクロウが棲息する森のエリアの中にある日本の秘湯を守る会の温泉旅館・芽登温泉、宿の前は野生生物の気配がある川、庭には魚が泳ぐ池があり、ロビーにはシマフクロウの写真がある。この続きはまたの機会に致します。

今朝はタンチョウの写真があるのでカテゴリーは野鳥にしました、本日から久し振りに野鳥撮影の遠征に出かけますので引き続き野鳥ブログと趣味の旅行記ブログは明日から暫くお休みにします。

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2011年9月13日 (火)

網走・知床・北の大地

この日が今回の北海道旅行で一番走行距離が多い日である。前日にノシャップ岬と稚内港と日本最北端の宗谷岬を見物しておいたのはこの日が一番移動距離があり500km以上あるためであった。朝6時に豊富を出発して浜頓別まで豊富北浜頓別線で山の中を走りクッチャロ湖からオホーツク海に出てオホーツクライン(国道238号)を紋別市のオムサロ原生花園まで170km走り、更に北海道最大のサロマ湖を左に見ながら網走まで国道238号線を130kmを6時間の走行であった。

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豊富のサロベツ原生花園から約300km走り12時過ぎから博物館・網走監獄を見学、ここは24年前に家族3人で来たことがあるので二回目である。

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今回は無料ツアーガイドの案内で見学した、明治の脱獄王・五寸釘の寅吉は6回も脱獄した日本の脱獄王、最後は網走で模範囚となりレンガ門の前で掃除する人形となっている。凶悪犯・政治犯の多い網走監獄の入浴風景の人形

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青森・秋田・網走監獄から3回脱獄した昭和の脱獄王、白鳥由栄の明り取りの天窓から脱獄する人形、最後は網走監獄の歴史館で明治政府が南下するロシアへの対応で旭川から網走に中央道路開削工事に網走監獄に政治犯(明治維新・薩長への反逆者)と凶悪犯など1000人以上を全国から集め、受刑者を工事に投入して僅か8ヶ月間で180kmの突貫工事で犠牲者を200人以上出しながら完成させた映像と話でツアーガイドを終わる、今まで知らずに北海道で走ってきた県道や国道333号と国道39号線などはその時の工事部分の一部があると聞き北海道開拓史の歴史の裏には網走監獄の看守と受刑者に大きな役割と悲惨な歴史があることを知る。

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知床へ行く途中のウトロの手前にある滝100景・知床八景のオシンコシンの滝、途中から二筋に流れるので双美の滝とも呼ばれる、2005年7月に世界自然遺産に登録されてから自然保護の強化か知床五湖の新しい高架木道、知床五湖の湖岸を歩く前にレクチャーがあるのは世界自然遺産になってからの違算。

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上流に川が流れていない崖の途中から滝が流れ落ちる乙女の涙と呼ばれるフレペの滝と断崖で草を食むエゾシカ、フレペの滝から見た知床連山、この日は世界自然遺産登録後は観光客が増えたのか知床五湖巡りの駐車場が満杯で一時間も待たされ宿にも予定した時間よりも一時間も遅れる始末でした。

1360_2 1310 この日の宿は弟子屈の民宿・北の大地、長旅の疲れをすべすべの温泉で癒したあとは珍しいクジラの刺身などで夕食です、今年は6月にクマゲラの撮影でお世話になり二泊しているので自分的には今年三泊目の温泉民宿となった。

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2011年9月12日 (月)

北北海道の旅

旭川を立ち旭川鷹栖ICから道央道を終点の剣淵ICまでそこから国道40号を士別・名寄・音威子府と走り、最初は下サロベツにある幌延ビジターセンターで長沼の木道で自然鑑賞です。

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木道の上でマクロレンズで花の撮影をする匠君です、この時季の木道は黄色いエゾカンゾウから紫色のタチギボウシやサワギキョウに主役が交替した。

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幌延から日本海オロロンラインを稚咲内海岸を走り、稚咲内西海岸で利尻富士が見える海岸で記念写真、ノシャップ岬へ向う

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野寒岬(ノシャップ)の次は古代ローマを彷彿させる稚内港の防波堤ドーム、稚内港北防波堤ドームの由来

0820 0830 宗谷岬の間宮林蔵像と日本最北端の碑、ノシャップ岬・稚内港・宗谷岬は孫には初めてではあるが我々夫婦には3年前の6月に芝桜見物で足を延ばして来た道北の観光名所

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最北の観光地を巡ったあとは豊富に戻りサロベツ原生花園での野鳥撮影、シマアオジの姿はなくノビタキやツメナガセキレイの幼鳥がみられる程度、このあとは最北の温泉・アトピーなどの治癒でも有名な豊富温泉で石油臭のする温泉で休憩する。旭川からの道北の観光地巡りのドライブはこの日も350km以上も走った。

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豊富温泉のあとは夕方サロベツ原生花園近くの民宿「あしたの城(ジョー)」がこの日の宿、バイクも6台駐車してあるのでライダーも多い宿、この日の旅人は18人、夕食は3ヶ所に準備されたジンギスカンを見知らぬ旅の道ずれが同士が5,6人が囲み和やかな夕食となった、我々のテーブルには横浜からこられた一人旅の中年ライダーと電車とバスの交通機関で一人旅をする中高年の方でした、袖擦れ合うのも旅の縁、旅には人それぞれの旅のスタイルがあるようです。

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2011年9月11日 (日)

富良野の花絨毯

旭山動物園の後は富良野の花畑です、旭川から北海道のへそと言われる富良野へ花人街道(富良野国道237号)を美瑛の丘を通り上富良野からラベンダー畑で有名になったフアーム富田のある中富良野まで左右の丘に展開する花畑を眺めながらのドライブである。

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本物のスコップを片手に麦藁帽を背に赤い花畑に空色の作業服、最初はモノホンと思いましたが微動だにしないので人形とわかりました、絵になります。ここの農場主のユーモアでしょうか?撮影日は8月6日午後12時半

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赤いサルビアとブルーサルビアの花のじゅうたん

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ファーム富田に行く花人街道で見つけた色とりどりの花畑、人のように見えた人形の花人と周囲の花畑

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ファーム富田の案内図とムラサキ色の花畑、サルビア・ファリナセア(ブルー・サルビア)とラベンダー・ラバンジン

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真ん中がブルー・サルビア、右はケイトウ

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くもり空に十勝岳、フレンチ・マリーゴールド、ニチニチソウ

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ラベンダー・ラバンジン、コリウス、ペチュニア(紫色と赤色など)

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2011年9月10日 (土)

旭山動物園

新札幌のホテルで四日目の朝を迎えると七時にチェックアウトして駐車場を出てからひと際目立つ高層のシェラトンホテル札幌の前を通り高速道を旭川に向う、この日の行程は約150kmである、日本最北にある北海道旅行で人気の高い旭山動物園に向かうが二時間も走ると開園時間の9時半に駐車場に到着、北海道でも8月晴天の夏日は暑い気温も26℃を超えている。夏休みの土曜日とあって親子連れも多い、日陰や涼しい屋内展示のぺんぎん館あざらし館ほっきょくぐま館などの親子連れが多い行列に童心にかえり3人で一緒に並ぶ。

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入口近くの看板・標識類、園内の全体図や人気動物の給餌時間(モグモグタイム)が示されている

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動物の行動展示の典型的な例としてゴマフアザラシのマリンウェイ(円柱水槽)はカメラを持った観客で賑わっていた

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ホッキョクグマも人気が高い、水中遊泳は撮れなかったが水から出た直後や観客に愛嬌をふるう場面などが撮れた

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水中を飛ぶペンギンは迫力があった

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オオカミの森ではオオカミ少年ケンを思い出す、オオカミのオスとメスがいる

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旭山動物園には137種730点の動物がいるそうです、鳥類は写真を撮るのに網越しになってしまうのであまり撮影する機会がなかった。

猛獣舎の珍しいウンピョウ・クロヒョウ・ユキヒョウなど屋外ではレッサーパンダの吊り橋とオランウータンの空中運動場など見物してきたが写真が無かった、開園時間の9時半から11時半まで見物してから次はラベンダーの富良野へ行く。

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2011年9月 9日 (金)

札幌観光

初めて家族で北海道観光に来たのは今から24年前の盆休みであった、青函トンネルが完成し青函連絡船が最後の就航を終えたのは1988年3月、この前年8月に会社の夏休みに家族3人で車で北海道を目指した、当時の東北道は盛岡ICの次の滝沢ICが終点であった、ここから4号線を青森まで一般道を走り横浜から約740kmを徹夜で走り続けて青函連絡船に乗船してから函館に着くまで4時間以上もドライバールームで疲れ果てて熟睡していたことがあった。 今回の札幌では匠君が本場のみそラーメンとジンギスカンを腹いっぱい食べたいとのリクエストであったので小樽観光の帰りに寄ったのは昼食時間でも有り、すすき野のラーメン横丁が札幌観光の皮切りであった。12年前に羊が丘展望台のクラーク像有名な「BOYS BE AMBITTOS」の前で記念写真を撮った時に後方ではサッポロドームの建設工事中であったことを今になって思い出す。 

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最近はビルの中にある新ラーメン横丁の方が人気があると聞いていたが車のナビに入れたラーメン横丁ではススキノの元祖ラーメン横丁来々軒本店が出てきたのでここに来た、12年前にも来た見覚えのあるラーメン横丁、昼間のススキノの有料Pに車を駐車、ラーメン横丁でも時代の流れか店主が若い国光が満席であり、店の入口にTV東京アド街ック天国に出たと張り紙のある空席のある来々軒に入った、匠君はみそ、我々は醤油にした、店内にはここに来た芸能人・有名人の沢山のサインが貼り出してあったがどれも黄色く変色していた。

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札幌時計台、北海道大学構内のクラーク像、北大図書館前の緑地、それぞれの記念写真の匠君。

札幌の宿泊は新札幌駅と同じ駅ビルにあるJRが経営する新さっぽろアークシテイホテル、このホテルに来る前にサッポロドームに寄ってみたがこの日はイベントがあるのか貸切で中に入れなかった、ホテルにチェックイン後に観光名所になっているサッポロビール園に予約を入れて地下鉄新札幌駅から大通り乗換えで東区役所で降りて徒歩10分のところを目の前に止ったタクシーでサッッポロビール園に向う。

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天気予報では雨が予報されたのでジンギスカンホール、名物キングバイキングの食べ放題+飲み放題+ごま塩御握りで一人3770円の若者向きコースです。生ラム&トラデッショナルジンギスカンと焼き野菜は御かわり自由の食べ放題、昼間のみそラーメンの次は本人が札幌で希望した腹いっぱいのジンギスカンでした。

084_2 0900_2 未成年はオレンジジュースやウーロン茶などの清涼飲料、ビール好きにはサッポロ生や黒生、これにハーフ&ハーフの注文も有りです、となりの人は小さなジョッキーで1/3も飲めない人です、もったいない話ですね!

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食べ放題・飲み放題の後は記念写真、右は入口前で観光客相手の一枚1000円の撮影時にサービスで手持のカメラで撮影した、手に持っているのは小道具の空ジョッキー

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食事後はタクシーで札幌駅に戻り、涼しい風が通る大通り公園を散策、今度は夜の時計台やテレビ塔など見物してからJRで札幌駅から乗車して新札幌駅で降りると改札口の目の前が北海道三泊目のアークシテイホテルの入口である。明日は旭川に向う。

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2011年9月 8日 (木)

小樽運河

小樽運河も12年振りの観光ではあるが小樽には3年ぶりである、2008年6月8日~13日まで五日間、小樽運河からも手宮(北海道鉄道発祥の地、交通記念館のある場所)からも約2kmの場所にあるサクラの名所でもある小樽長橋なえぼ公園でシングルマザーのクマゲラ雌が4羽の雛に給餌している写真を撮影した思い出の場所である。翌年にはこの営巣木は公園の都合で切り倒された後にはこの公園のクマゲラは人目に付く場所では営巣していないようである。朝から暗くなるまで五日間雛の巣立ちを追い続けて3羽まで巣立ちを見とどけたが4羽目は他の野鳥写真も撮らねばの想いで少ない後ろ髪を引かれながら岩見沢方面に移動した記憶がある。今回は運河の裏にある有料駐車場に停めて運河付近の散策、北一硝子の見学などで昔見学した北のウオール街と呼ばれた日銀小樽支店など道内最大の商業都市として栄えた当時の銀行など建造物の観光などは割愛した、昔実物大写真の裕次郎と記念写真を撮った石原裕次郎記念館などもスルーして札幌に向った。

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見覚えのある蔦が繁る昔と変わらない小樽運河でした

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観光客が集まる橋の上も変わらずの風景、車は左の建物の後方のPで2時間駐車。

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小樽運河の匠君、両側に花でこれでどんな運が向く

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運河の橋の前交差点、白い恋人も見える

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イケメン車夫で有名な人力車のえびす屋さん、家内は京都嵐山総本店のえびす屋さんの人力車に娘と一緒に乗ったことがあるそうだが、鎌倉や浅草雷門ではよく見かけるが昨年は九州旅行の途中で宮島や湯布院でも見かけた全国組織の人力車のえびす屋。

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団体の記念写真を撮っている運河の上の広場、午前11時の時間帯か猛暑なのかそれとも風評なのか外国人観光客も少ない感じがする。

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運河の裏にある小樽倉庫No.1小樽ビール醸造所の入口、中にもビアホールがあるが観光客向けに入口右側で生ビールを販売中、最近見るようになったTV番組に毎週月曜日PM9時からのBS-TBSの「吉田 類の酒場放浪記」がある、日本全国を廻る毎回の放送は4軒の酒場を紹介、飲むよりも食べる店自慢の肴の種類が多さにひかれる、その真似ではないがビール好きにはビアホール放浪記となる。店先で4種類の小樽ビールを販売していたが昼間なので新鮮な一杯のピルスナーで喉を潤して北一硝子を見学に行った二人をここで待っていた。

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飲んだ後は小樽倉庫No.1・小樽ビール店内に飾られているジョキーの数々、ビアホールの中や醸造所の見学で時間をつぶす。

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2011年9月 7日 (水)

小樽市の交通博物館

上野→札幌間に豪華寝台特急カシオペアが運転開始したのは今から12年前の1999年7月16日、この年の9月にカシオペアで上野から札幌駅まで17時間の寝台特急カシオペアの旅をした、この時に当時は小樽市交通記念館と呼ばれていた時にここを訪れている。現在は小樽市総合博物館に名称が変わっていたが鉄道好きの匠君と夫婦3人での再訪である。

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日本の鉄道の開業は明治5年の新橋・横浜間、明治9年の京都・神戸間そして三番目が明治13年にこの小樽手宮・三笠幌内間である、今は大阪・交通科学博物館の義経号一号機と大宮の鉄道博物館の弁慶号二号機、ここに展示してある静号6号機は北の大地で活躍したアメリカから輸入した8台のH・Kポーター社製の蒸気機関車で現存しているのは義経号・弁慶号・静号の3台のみである。昔よく見た西部劇に登場する蒸気機関車そのままの姿をここでは静態展示している。ここでは北海道の内陸部への貨物輸送で活躍したようだ。写真は鉄道院・貨物駅夫の法被を着た匠君と駅長帽を被り正服を着て見た、静号のスカートのような障害物(牛)除けの横で記念写真、男二人と静御前と孫達に評判のウルサ御前?

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旧手宮機関庫と転車台は鉄道記念物、準鉄道記念物・気動車キハ031、蒸気機関車大勝号

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ジョルダン式除雪車キ752、キ718、ロータリー式除雪車キ601、動態展示のアイアンホース号は静号と同じH・Kポーターの蒸気機関車、午前11時から転車台で方向転換して客車を牽引して西部劇に登場する勇姿で構内を走ります、12年前は実際に乗車したが今回は乗車する時間が無かった。このアイアンホース号は2年前には生誕100年の式典が行なわれた。

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北海道らしくいろいろな除雪車を展示、機関車に押してもらうラッセル式除雪車キ1567、ディーゼル機関車DD1617、DD13611、プラットホームに停車するキハ56-23

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電気機関車ED75 501、C126の運転席の匠君、蒸気機関車C126

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救援車オエ61とスエ78の内部、脱線事故などの救援に駆けつけるため資材と道具が準備され長時間対応に宿泊設備と炊事場所も設置されている。

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蒸気機関車C5550、運転台、運転台の匠君が汽笛の紐を引っ張る、機関手になりきっているようだ

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郵便車の中、電気機関車ED76509、ED76509の運転台、大規模な屋外展示の博物館には約50両の車両が展示されているが中には錆付きや塗装が落ちているものがあり、この日も炎天下に錆落としや塗装作業などが開業前からボランティアの人達が活動していたので頭が下がる思いであった。

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蒸気機関車C5550の再登場です、1937年汽車製造製の3つ年上のC5550脇役の「爺GOGOGO」はどこえ行くボトル片手にボーとして蒸気機関車に熱中、釜を炊いていなくても30℃以上で熱中、孫の前で照れくさい熱中爺でした。

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静号の後ろに連結されている鉄道記念物 い1号客車の内部、静号、帰りに撮影した本館の改札口(入館口)開場は午前9時半なので約1時間弱で見学終了。前日の8月4日は小樽市でも30℃を越えこの日も晴天でお茶のボトルを片手に暑い中での見学であったが鉄道フアンの孫と良い思い出を残した。

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2011年9月 6日 (火)

定山渓ホテル鹿の湯 花もみじ

2008年の北海道洞爺湖サミットの開催地でG8の意味・サミットの意義・サミットの目的など地球環境サミットとも言われたCO2の排出削減目標などが話題になった当時の環境問題を復習した匠君であった。 北海道の雄大な景色を堪能しながら中山峠を超えて、定山渓ホテル鹿の湯花もみじの玄関前に到着したのは8月4日午後3時半であった。この日が旅行中唯一の余裕のあるスケジュールであったが途中で過去に野鳥撮影した思い出の大沼公園を一周したり、洞爺湖畔を散策したりそれでも五稜郭を9時半に出発して6時間半で270km以上走行している。

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ホテル鹿の湯 花もみじの後方がフロント、ロビーに座る北海道の温泉旅館に初登場匠君です

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早い到着後まずは最上階の掛け流し展望温泉で汗を流す、隣の展望露天温泉から定山渓温泉の全貌が見渡せる

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入浴後部屋に用意されていたお茶受けの蓬饅頭を温めて食す

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夕方6時から食事処で匠君は北海道の温泉旅館の初めての夕食となる

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料理長からの御献立表には食前酒 ハスカップ酒、前菜 季節の山海珍味盛り合わせ、御吸物 ブィシソワーズスープ、御造り 旬の盛り合わせ、煮物 鯛かぶと潮仕立て、火の物 牛カッステーキ

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洋皿 夏野菜のコンソメゼリー寄せ、蒸し物 海鮮茶碗蒸し、御食事 季節の釜飯(道産米)、止め椀 鉄砲汁、香の物 三種盛り、デザート ブランマージュ

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高校二年生には贅沢な献立表でした、肉好きの匠君には牛カットステーキは廻しました。

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宿泊した部屋には館内にある貸切家族風呂の予約権が付いていたので午後八時から九時まで予約した角風呂、ここは匠君には遠慮してもらった。

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カラオケの舞台とバーはこの後に団体の二次会がありました。

匠君の朝食です

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翌朝、花もみじ玄関で出発前の記念撮影、これから札幌経由小樽に向うのだ!

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2011年9月 5日 (月)

大沼公園・洞爺湖

横浜と同じ開港152年の歴史を持つ函館、8月6日まで名物のイカ踊りと港まつり中の函館・五稜郭を出発したのが8月4日午前9時半、一週間で全道を巡る忙しい旅の二日目である、初日とは逆に国道5号線を大沼公園に向う、鉄チャンでもある匠君にSL函館大沼号のC11 207、C11 171 を見せたかったが運転日ではなかったので、特急ス-パー北斗 FURIKO 283 が大沼公園駅に停車したので記念写真を撮る 

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大沼公園駅前でSL函館大沼号の幟の前

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特急スーパー北斗のグリーン車、車掌さんもこちらを見ていた

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FURIKO 283のロゴが大きく目立つ振り子式特急スーパー北斗

振り子式特急はカーブが多い路線でも高速で走れるように開発された列車、列車の車体を傾けてカーブでも高速で駆け抜ける

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クマゲラ・アカショウビン・ヤマゲラの撮影経験のある大沼湖畔を一周した、写真は湖畔のキャンプ場、3,4年前に付近でアカショウビンを撮影したこともある、近くの駒ケ岳神社境内で北海道に生息するヤマゲラを初めて撮影した記憶も蘇る

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大沼湖畔一周した後は5号線に戻り落部ICから高速道を八雲・長万部と走りぬけ豊浦ICで高速を降りて洞爺湖に向う、この日も約260kmの行程である、写真は昼食休憩した洞爺湖畔

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ここは2008年7月に当時の福田康夫首相が議長となった「北海道洞爺湖サミット」G8の開催地、一度は宿泊してみたい白亜の瀟洒な国際高級ホテル ザ・ウインザーホテル洞爺が会議場となった。

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遊覧船からも目立つ桟橋近くのポプラの巨木、いのちの樹の前

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ポプラの巨木にある「いのちの樹」の由来

二日目の宿泊地は洞爺湖から約60km中山峠を越えて札幌の奥座敷と言われる定山渓温泉である。

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2011年9月 4日 (日)

函館・五稜郭

苫小牧港から函館まで約250kmを苫小牧西ICより高速・道央道を走り、白老・登別室蘭・伊達・虻田洞爺湖・豊浦・長万部・八雲・落部ICまでが建設中の高速道の終点、11月には森まで延長予定の看板があった。落部は11年前に寝台特急カシオペアが開通した年に札幌まで乗車した帰りに泊った上の湯温泉・銀婚湯を思い出す、なんでも大正天皇の銀婚式の日に温泉を掘り当てたのでこの名が付くこの日本の秘湯を守る会・銀婚湯に宿泊した当時はまだ現役であった。国道5号線を森そして大沼公園を経由して港まつり中の函館の街に着いたのは夕闇がせまる6時過ぎであった、苫小牧から約4時間で函館駅前のシテイホテルで旅装を解いて波止場にある赤レンガ金森倉庫のレストラン街に繰り出す。

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11年前にも来た金森倉庫の函館ビアホールで名物のイカ刺しや男爵いも料理などで適当に腹を満たすが若者は肉料理がお好きのようだ。

 

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食後は夜の波止場散歩、11年前に登った函館山の夜景は曇り空と節電?で次回のお楽しみにした。

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朝食は朝一に朝市で、イカの活作りと三人はウニイクラ丼・カニ丼・海鮮丼を食べ比べ

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函館駅にて匠君、この後はホテルに戻り五稜郭へ

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日本初の様式城郭五稜郭跡にて記念写真、気分は土方歳三か?

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復元された函館奉行所

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五稜郭から五稜郭タワーを望む

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五稜郭の展望室から真下の五稜郭と遠くに函館山 、この後は時間がないので大沼公園に向う。

 

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2011年9月 3日 (土)

さんふらわあ さっぽろ

これから暫くは夫婦と孫連れで観光旅行した北海道のスナップ写真の趣味ブログです。初回は19時間乗船したのフェリー さんふらわあ さっぽろ 船内のスナップの一部です。

011 8月2日大洗港18時30分に出港直後にレストランでバイキングの夕食、左は高2の匠君です。一路平安を祝してビールとジュースで乾杯、撮影はトイメンの家内です。

012私はバイキングでは肉類をさけて 野菜と魚の中心の小食?

0020_2 8月3日午前4時、日の出を撮りに起きましたが・・・

003 進行方向右側の東の空は曇り空

0091 船内のビデオ映像

0061 午前4時30分ごろは岩手県宮古沖

0111 8月3日4時35分頃の三陸沖航海中の映像

0120 12時半頃に撮影した匠君の船長服と船長帽、少しハニカンデいるように見えます。小6の頃は菊名池・三つ池・四季の森などの公園での野鳥撮影について来ましたが今は小3の翔君に替わりました。

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2011年9月 2日 (金)

野鳥の戯言

スオ池に水飲み・水浴びに来た野鳥はハシブトガラ・シジュウカラ・ゴジュウカラ・センダイムシクイ・エゾムシクイ・メジロ・キビタキ・アオジなどを撮りましたがこの時期にはウトナイ湖サンクチュアリ周辺では林で観察出来る鳥はヤブサメ・エナガ・クロツグミ・アカハラなど、シマアオジの小径から草原の観察小屋とイソシギの小径から湖岸の観察小屋などではコヨシキリ・オオジュリン・ベニマシコ・ノゴマ・ノビタキ・エゾセンニュウ・カッコウなども観察出来ると鳥のリストにありましたがエゾセンニュウは観察出来ずその代わりにアリスイを見つけました。クロツグミは暗い木道の上を横切るのを見つけただけです。本日で北海道シリーズを終了して野鳥のブログを暫くお休みにします。

3780_2 タスオ池は野鳥の社交場かな

3860 社交場の中心はセンダイムシクイ?

3760 センダイムシクイ・ハシブトカラ・シュジュウカラの3種混合

3720 たまにはお互いのネクタイを替えようか!俺は蝶ネクタイが似合わないのでイヤダよ!!

Senndai_5100 混浴もいいが誰もいない処での水浴びが一番!

5330 今度の新内閣は環境保護にも力をいれるのか?この池にもドジョウが入閣!それは困るよサギ四羽が来る・・・サギ四羽とは? サギ師が来て四羽あわせがなくなる・・・井戸端ならぬ水端会議

5670 いつ頃この池に・・・先代からです

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2011年9月 1日 (木)

野鳥の水浴び

昨日の8月最終日は野菜の日でした「や(8)さ(3)い(1)」の語呂合わせからの記念日、夕べは久し振りの顔合わせでした、横浜在住のOB仲間による飲み会が川崎駅前の屋上ビアガーデンであり、ジョッキーで乾杯した後も心配された台風前触れの雨は落ちずに皆さん元気な顔ぶれが全員65歳以上500円割引の優待席で暴飲暴食暴言の嵐の中で一人の落伍者もなく無事閉会でした、普段は第3のビールを飲んでいるせいか久し振りの生ビールに酔い今朝は寝坊しました。 今日は果物のキウイの日「キュー(9)イ(1)」の語呂合わせ、顔ぶれと言えばまだ どじょう新内閣の新閣僚の顔ぶれはまだ見えませんが新内閣は闇からの声に惑わされずに心を合わせて国難に立ち向う勇気を期待する・・・したい・・・したが・・・。どじょう首相も福島の子供達のためにどじょう(土壌)を早く片付けてほしいものです。今日は防災の日、我が家でも防災グッズや転倒防止などの防災点検が必要ですが政治と同じでいつも言動と行動が一致しません、せいぜいする事は掃除です、これでは政治と相似です。まだ酔いが醒めてないのかこんな駄作を書いて冷汗かいて冷や水を浴びそうです。 今日も昨日の続きでタスオ池の野鳥の水浴びです。

622 メジロも来ました

Shijyuugara_3560 ここではシジュウカラが一番多く名前に反していつも居ました

6091 ハシブトガラの後ろにセンダイムシクイ

6111 お前センダイの癖にいつも俺の後ろに来るなよ! どうもすいません!!

6440 ゴジュウカラの水浴び

4520 キビタキ♂がタスオ池の周辺来たが水浴びを魅せなかった

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