網走・知床・北の大地
この日が今回の北海道旅行で一番走行距離が多い日である。前日にノシャップ岬と稚内港と日本最北端の宗谷岬を見物しておいたのはこの日が一番移動距離があり500km以上あるためであった。朝6時に豊富を出発して浜頓別まで豊富北浜頓別線で山の中を走りクッチャロ湖からオホーツク海に出てオホーツクライン(国道238号)を紋別市のオムサロ原生花園まで170km走り、更に北海道最大のサロマ湖を左に見ながら網走まで国道238号線を130kmを6時間の走行であった。
豊富のサロベツ原生花園から約300km走り12時過ぎから博物館・網走監獄を見学、ここは24年前に家族3人で来たことがあるので二回目である。
今回は無料ツアーガイドの案内で見学した、明治の脱獄王・五寸釘の寅吉は6回も脱獄した日本の脱獄王、最後は網走で模範囚となりレンガ門の前で掃除する人形となっている。凶悪犯・政治犯の多い網走監獄の入浴風景の人形
青森・秋田・網走監獄から3回脱獄した昭和の脱獄王、白鳥由栄の明り取りの天窓から脱獄する人形、最後は網走監獄の歴史館で明治政府が南下するロシアへの対応で旭川から網走に中央道路開削工事に網走監獄に政治犯(明治維新・薩長への反逆者)と凶悪犯など1000人以上を全国から集め、受刑者を工事に投入して僅か8ヶ月間で180kmの突貫工事で犠牲者を200人以上出しながら完成させた映像と話でツアーガイドを終わる、今まで知らずに北海道で走ってきた県道や国道333号と国道39号線などはその時の工事部分の一部があると聞き北海道開拓史の歴史の裏には網走監獄の看守と受刑者に大きな役割と悲惨な歴史があることを知る。
知床へ行く途中のウトロの手前にある滝100景・知床八景のオシンコシンの滝、途中から二筋に流れるので双美の滝とも呼ばれる、2005年7月に世界自然遺産に登録されてから自然保護の強化か知床五湖の新しい高架木道、知床五湖の湖岸を歩く前にレクチャーがあるのは世界自然遺産になってからの違算。
上流に川が流れていない崖の途中から滝が流れ落ちる乙女の涙と呼ばれるフレペの滝と断崖で草を食むエゾシカ、フレペの滝から見た知床連山、この日は世界自然遺産登録後は観光客が増えたのか知床五湖巡りの駐車場が満杯で一時間も待たされ宿にも予定した時間よりも一時間も遅れる始末でした。
この日の宿は弟子屈の民宿・北の大地、長旅の疲れをすべすべの温泉で癒したあとは珍しいクジラの刺身などで夕食です、今年は6月にクマゲラの撮影でお世話になり二泊しているので自分的には今年三泊目の温泉民宿となった。
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