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2011年11月 8日 (火)

南信から北信へ戸隠の森へ

南信の大鹿村夕立神パノラマ公園から次の目的地である北信の戸隠までは200km以上ある、向学心や生涯教育に熱心な県民性が育んだのか長野県は美術館・博物館の数が多い全国でも有数な県である、長野県博物館協議会が編纂・発行した長野県ミュージアムガイドには広い長野県を長野市を中心とした北信エリア、上田市・佐久市などの東信エリア、松本市・塩尻市などの中信エリア、県境の天竜村から茅野市・岡谷市までの南信エリアの四つのエリアにそれぞれ30数ヶ所の美術館・博物館があり合計140所弱もある、生涯教育をモットーに余生をおくる身にとってはこのうちのまだ見学していない所を訪問したいと思いつつ、この広い長野県の南信から北信へのドライブ、鳥友が待つ戸隠へ向うがラジオから松本城でお城まつりが開催中であるニュースを耳にして助手席のナビゲーター(あまり役に立たない)の同意を得て、中信エリアの松本ICで途中下車して記憶が定かではないが二十数年ぶりに国宝・松本城に向う。

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お城まつりを開催中の国宝・松本城を久し振りに観光しました、駐車場からお城を見ながら、写真を撮りながら最初は赤い埋の橋を入れての撮影、プロの写真屋さんがススキを右横に配置してお客さんを撮影していたので、ススキを左に入れてお城をちゃっかり撮影、黒門前の券売所で松本市立博物館との共通観覧券を求めて入城、本丸広場からの国宝・松本城は観光客で人通りが絶えない。

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団体さんの後を六層の天守閣を最上階まで、四層から六層までは狭い急階段を上り下りする観光客が数珠繋ぎになりここだけで30分掛かり上りました、天守六階からの撮影写真二枚と天守六階の屋根裏に祀られていた二十六夜神

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城内の展示品は火縄銃などの展示が多いのは城の作りが刀・弓矢の戦いから鉄砲の時代に備えた作りに変遷したものと思われる、後から付け足した赤い欄干の見える月見櫓の下に二羽の白鳥が佇んでいた。二時から三時半まで松本城を見物したが松本市立博物館を見学する時間がなくなり戸隠へ移動する。

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松本城見物中に戸隠で撮影中の鳥友MさんからTELが入りお弁当とビールを依頼されたので残り30kmある長野ICで降りて夕闇迫る市内のコンビニに寄り戸隠へ急ぐ、駐車場に到着したのはすっかり日が落ちた5時過ぎである、お弁当とビールを届けて挨拶もそこそこに今夜の宿、越水ロッジに急ぐとお客は我々夫婦一組との事、日本野鳥の会会員証ナンバーを宿帳に記入して風呂に入り直ぐ食事であった(左の写真)信州の宿に共通している岩魚の塩焼きと野菜の天婦羅など料金の割りには一通りの料理が出る、翌朝朝飯前に野鳥撮影に出かける時に撮影した越水ロッジと宿前の景色。6時過ぎに鳥友と合流したが朝飯前には何も撮らず否撮れず7時半過ぎには宿に戻り8時に朝飯を摂り食後直ぐに会計を済ました家外(寺に住んで仕事しているのが住職さん、家にいるから家内と呼ばれるがいつもボランティア活動と称して家に居ないので家外、あるいはお外さんと呼ぶ)に奥社参拝を勧めるとまた行くの言われながら一緒に随神門まで歩く、三年前はまだ吉永小百合のJRのCMが登場していなかったが昨年から吉永小百合が入った杉の洞には注連縄が張られているが当時はうろの中にも入れて写真も撮れた。家外が奥社に参拝中に先週も撮影した木道や天明稲荷に行く。鬼のいぬまの野鳥撮影となる。

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左からツルマサキの実とコゲラ、マミチャジナイ、カシラダカなどが先月末は撮れたが・・・

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11月3日はマミチャもアカハラもカケスも全て枝葉の蔭にいたのしか撮れず仕舞いであった。

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天明稲荷この社の付近で懸命にムギマキを探したがイナリであった、これも天命なり。稲荷の近くで杖をついた女の石像と矢もった男の石像、しかも離れて相対しているので何か謂れがあるのか気になる二体の石像であったが何も文字が無いのか古くて見えないのか気になったいたが、ようやく戸隠観光協会のサイトで見つけた、昔から伝わる鬼女紅葉伝説とは平安の昔、奥州の会津で生まれた少女呉羽は子のなかった夫婦が魔王に願って生まれたためか輝く美貌と才知に恵まれ育ちました、やがて「紅葉」と名を改めた彼女は両親と共に京に上り美しい琴の名手として都中の評判になり、源経基公の寵愛を受けることになる、しかし紅葉は正妻を呪術で除こうとしたことが露見して信州戸隠に流されてしまいますが都への想いが絶ち難く配下を集め力を貯えます。これを聞いた朝廷は平維茂を追討に差し向けますが待ち構えた「紅葉」たちは美しく装って毒入りの酒を勧めたところ維茂に見破られ鬼女の正体を現したところを討たれてしまった。(サイトのあらすじ)前々からこの離れて相対する無銘の石像の由縁を知りたかったがこれでようやく喉に刺さっていた小骨が取れたような気がする。

この石像の近くで撮影中に鏡池方面から傘を杖がわりに柿色のダウンジャケットを着た熟女が天明稲荷から現われた、今に思えば鬼女紅葉の再来かと想われたがお外さんのお早いお着きであった。

この直後にご夫婦の鳥撮りが来られて思い出すのに少し時間が掛かったがこのブログに一年前からリンクしているケンケン&ミントの鳥撮りLifeⅡさんの仲良しご夫婦でした、思い掛けないところでの一年振りの再会でした挨拶してから平維茂像から離れて木道に戻り家外はそば屋へ予約に行き当方は朝の撮影場所に戻りました。

5420 11月3日文化の日の参道は混雑していました、奥社前食堂「なおすけ」は12時前に予約したが8組目で40分待って新蕎麦を食べました、待った甲斐がある旨さです、地野菜の天婦羅も美味しく、サービスのそば団子も旨かったがそれぞれ写真を撮るのを忘れるほどでした、「なおすけ」のHPにあるブログ「女将のたわごと」の愛想の良い女将さんに今年はムギマキの記事がないと話かけると鳥撮りのお客さん皆さんもムギマキが難しいと話しているとの返事が返ってきました、女将さんも今年はムギマキは撮れなかったようです、それほど今年はムギマキは難しい年でした。

そば屋を出てからまた元の木道で撮影していると二時頃鳥友が戻ってきたがこちらは次の目的地に出かける時間となりお先に失礼しました。本日は鬼女紅葉の資料調査で時間が掛かりブログ更新が遅くなりました、明日もこの続きがあります。

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