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2012年2月 7日 (火)

林住期を愉しく生きる

今朝は強い雨風の中を血圧とコレステロールの薬が切れたので薬疹以来の1ヶ月ぶりの通院である、血圧測定では二度目が138でまあまあの調子であるので従来通りのジェネリックの血圧降下剤、コレステロールは薬疹事件時の血液測定結果でも善玉・悪玉とも基準値内であるので10mgから5mgに下げたこれもジェネリック、それにスギ花粉症に備えての内服薬と点眼液を薬局で受け取る。朝飯を食べながら好きな番組の「ちい散歩」を見ていたら今日は昭島市東中神でカメラマンが晴れた日の富士山の撮影に拘っていた、これは当然録画である『晴れてよし 曇りてもよし 富士の山」は晴雨(人生の幸・不幸をの執着をはなれる)に関係なく観る人の心に依るのである。69歳の俳優地井武男さんはテレビ朝日で月から金曜日ちい散歩で元気良く歩き回っていたのが先月末に急に目が見えなくなったと緊急入院したとニュースを見たが今まで元気に散歩する地井さんからは想像だに出来ない出来事である。暫くは録画済みを見ることになる。 「日々是好日」の生活に入り7年前から鳥撮りを始めてからそれまでの晴耕雨読の生活から「晴撮雨編」晴れで撮影、雨の日は撮影した画像の編集・整理で全くと言っていいほど本を読まなくなってしまった。趣味はと問われると読書とゴルフと答えていたのが両方とも鳥撮りに没頭してから縁がなくなってしまった。それまでの読書の内容は50代後半から仏心からなのか親不孝を恥じるこころなのか「生と死を見つめる、暗い小説である」と感じていた五木寛之の著作を読む機会が多かった、自分よりも8歳年上の小説家の五木寛之氏は敗戦後は12歳であった北朝鮮・平壌から昭和22年14歳の時の引揚者である、自分はもっと北の中国東北部・旧満州・牡丹江からの昭和20年末の5歳の「引揚者」が共通点・出発点。14歳の多感な少年には敗戦後の引揚者としての記憶は鮮烈であったに違いない、5歳の幼児には異国でひもじい思いしか記憶が残っていないのは致し方ない。横浜市在住も共通点であったので身近に感じた作家であった。最初に本屋の店頭で手にしたのは「こころ・と・からだ」1996年7月であった、本の帯が凄かった、<大世紀末>を生き抜く、衝撃の死生観、人は「死」をいかに生きるか、自分らしい「大往生」を迎える準備、あなたはしていますか? 書き出しを引用すると、私は最近、自分に残された時間はそう長くはないのでないか、ふっと感じることがある。考えてみると、若い頃からずっと自分の死を意識しながら生きてきたような気もしないではない・・・こんな暗い「告白的まえがき」から始まる。北朝鮮のピョンヤンで敗戦を迎えた五木寛之の母は戦後まもなく41歳で外地で亡くなり、父親も引揚げ後55歳で世を去り、直ぐ下の弟は幼い時に死に二番目の弟も42歳でガンで死んだ短命の家系にあって体験した64歳の時の作品であった。この本を56歳の現役の時に読んだが暗い内容で決して元気が出る本ではなかった。次に読んだのが幻冬舎のベストセラーとなった「大河の一滴」である、1998年4月15日第一刷発行であったが手にしたのは8月5日の第20刷であった、私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある。最初は中学二年生のときで、二度目は作家としてはたらきはじめたあとのことだった。だが現在、私はこうして生きている。・・・これが本文の書き出しであった。1998年11月に刊行された「他力」では「もはや現在は個人の自力で脱出出来るときではありません。法然、親鸞、蓮如などの思想の核心をなす「他力」こそ、これまでの宗教の常識を超え、私達の乾いた心を劇的に活性化する魂のエネルギーです、日常的に自分でも他力本願を願う時が多々ある「他力」について仏教思想から来るパワーを秘めた生きる力として位置づけている。1999年11月に出された「人生の目的」の中で書かれている内容は人生は苦である、思うにまかせないものである、人生に決められた目的はなかなか見つからない、確実に見つかるのは「目標」である。年初からブログに書いていたその目標400種も看板を下ろした自分である。講談社創業100周年企画第1弾!2003年6月「百寺巡礼(第1巻)奈良」「百寺巡礼ガイド版(第1巻)をセットで購入してそれぞれ2005年3月に発刊された第8巻までセットで購入した。当時はTV朝日から放映されて五木寛之が百寺巡業する姿を愉しみに観ていた、1981年から休筆して龍谷大学で仏教史を学び1985年から執筆を再開した作者とあってTVでは一般客が拝観できない秘仏や普段ではご開帳していない仏像などが画面に出てくるをわくわくしながら観たものである。ところが2005年3月から現在に至るまで野鳥撮影と2006年6月からのブログ開始で読書の時間がなくなったのである。10巻シリーズの百寺巡礼の第9巻は2005年6月、第10巻は9月に刊行されたがこれらの二巻は百寺巡礼ガイド版とともに本棚には無いのである。それだけ鳥撮りに夢中になり各10巻シリーズを不揃いにしてしまったのである。その他に2004年4月「元気」は大河の一滴の続編のような感じで「人は元気に生まれ元気の海へ還る・・・これがサブタイトルであった」2004年5月「気の発見」は野鳥撮影前に最後に読んだのがこの本である、気功家望月 勇氏との対話形式で書き下ろしエッセイ+トークで平凡社の帯には「いま心身の悩みを抱えるすべての現代人へ!」知の格闘・衝撃の対決とあった。鳥撮りをしてから唯一購読したのが2007年「私訳・歎異抄」である、親鸞の思想と信仰を語りつくす本であったが修行が足らないのか読んでもさっぱり分らなかった、心が鳥撮りに行っていただけではなさそうです。こんな訳で読書から遠ざかっていたので2008年9月に出版されて流行った「林住期」という五木寛之の本はまだ未読である、近日中に読破したいと思っています。

林住期(りんじゅうき)にいながら先日は雪の山道で息も絶え絶えの中国から持ち込まれて野生化した飼い鳥(篭抜け鳥)の臨終期のガビチョウをUPしたが今日は先日の晴れた日に富士山麓の湖畔で草木の実を漁る特定外来生物に指定されているガビチョウです、生態系や在来種に与える影響はL24cmと大きいのでここに渡って来た冬鳥や留鳥のヒタキ類に少なからずあると思います。

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低木の木とつる性の草木と二種類の赤や橙色の実を採食していました。ウメモドキとツルウメモドキなのか、ガマズミやニシキギの木の実か全く葉の落ちた草木の実は名前がわかりません。

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