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2013年7月24日 (水)

ふくろう街道

札幌市に隣接する江別市·岩見沢市·三笠市·美唄市·砂川市·滝川市を経て、旭川市 に至る大動脈の国道12号線、高速・道央道が開通してからはその役目を譲ったが今でも動脈としての重要度は継続している、この札幌から滝川に至る12号線を誰が呼んだか、名付けたか、北海道の鳥友Sさんがふくろう街道と呼んだ。6月初旬にこのふくろう街道の 江別市·三笠市·砂川市の三市を結ぶ、三ヶ所のエゾフクロウ営巣木を6月2日~11日にかけて往ったり、来たりした10日間であった。
ところが札幌市を始点として石狩川の対岸を通り、
Photo_2 国道12号線と平 行するように走る国道275号線(終点はオホーツクの浜頓別)が札幌から約25kmのところに位置する当別町に「ふくろう街道」と称する道道28号線がある。当別町の町の鳥は「ふくろう」であり、この Photo_5 ふくろう街道は当別町を通る国道275号線当別町樺戸町から日本海の石狩市浜益港へ通じる全長64kmの写真のような道案内もある、道道当別浜益港線(通称 ふくろう街道)である。また当別ダムによって最近出来た湖も「当別ふくろう湖」の愛称が付いている。この当別町商工課に実際にふくろうが居るのか確認したが詳細は不明であった、担当者の言葉からは町興しのシンボルとして「ふくろう」を前面に出しているような回答であった。
そして関東にもふくろう街道と呼ばれる国道がある、始点は
千葉県匝瑳(そうさ)市から終点の船橋市に至る国道296号線は296からフクロウ、フクロードと呼ぶ一団もいるがこの道の通称は江戸時代からの成田山参りで成田道と言われていたが現在は一般的に成田街道と呼ぶが「ふくろう」とはあまり関係ない単なる一部の人が296の語呂合わせで呼ぶ道である。

今日は45日前シリーズの続編、鳥仲間と呼んでいる通称ふくろう街道の始点に近い江別市にある野幌森林公園・昭和の森のクリの巨樹の洞(ウロ)に居住するエゾフクロウの兄弟である。
この場所で昨夏はワッカ原生花園でワッペン侍さんと二人で撮影していたtsuntsunさんと偶然にもお会いした、今回は単独での来道であったので巣立ちまでの四日間この場所で猛烈な藪蚊の大群に襲われながらエゾフクロウの撮影をご一緒してお世話になった。

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日の出の4時頃から待機していたが午前9時頃ようやく揃った兄弟、巨木の洞は僕達にはすみやすい処であるかのような顔と顔、右が兄、左が弟だろうか

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兄弟が立ち上がってもまだ余裕があるウロである、前日までは狭いウロで一羽しか撮影出来なかったがここは兄弟の揃い踏みが撮影できる。

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9時22分、これはチュウかな?人間では口づけでもこれは嘴づけ?江戸時代は「口吸い」とか口ふたつで口と口がくっつくから「呂」とか、商売女と「呂」はロハでは済まされない!チュウでありチューイすべきだったとか?神聖な巨木の形、洞の形から淫らな妄想をした、もうこんな妄想はよそう。

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9時26分、そろそろ巣立ちの時期も近づき、兄と弟のウロの思い出に仲の良い記念写真かな、それともまだ早いかな?

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兄に甘える弟、巣立ち後も同じ木の枝でね!とでも言っているのかな?

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9時27分、兄は巣立ちの練習かな?

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9時50分、ウロだけの殺風景の写真になるのでクリの木の青葉・若葉も入れてみたが逆光の中をうろつきながらの撮影

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お兄ちゃんのペリット出し、骨が飛んでこないように下を向いていよう!9時57分

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10時に あっ またチュウだ!この後は夕方まで二羽並びはみられなかった

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4時46分、正午過ぎから日差しが替わり、順光となり眩しくなってきた、まだ午後からの二羽並びはない、この子は兄かな?弟かな?

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5時33分、ウロで立ち上がるところを見ると兄のようです

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5時44分、また巣立ちの練習か、羽ばたきを始める

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日没は7時10分頃であるが日没を過ぎた7時17分、親が餌のネズミを持って来て?立ち去るところでした。 

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雌親を見送るお兄ちゃん、親のあとを追って今にも巣立ちしそうな様子、午後7時18分これがこの日の〆の写真、ふくろう街道の始点とも言えるこの営巣木の二日目、この日の巣立ちはなかった。日の出から日没までこんなに長時間の撮影は初である。

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