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2013年7月25日 (木)

森の巨人と蝦夷不苦老

2000年4月に林野庁が選定した国有林の次世代への財産として健全な形で残していくべき巨樹・巨木を中心とした森林生態系に着目し、代表的な巨樹・巨木を「森の巨人たち百選」として選定した。北海道から沖縄県まで森の巨人たちは100選であったが、2010年の調査では枯れ死とか台風などによる風倒で100選の全てが生きてはいない。人間が選定した100選の巨人たちも自然の摂理には逆らえない運命であった。
因みに南は珍鳥がみられる沖縄県竹富町の西表(いりおもて)島にNo.99(サキシマスオウノキ)とNo.100(オヒルギ)が健在である。
西表島に再び行く機会があったら今度はこれらの巨木も観光したいと思う。

「昭和の森のクリ」は100選のNo.2である、北海道にはNo.11まで選定されたがそのうち二ヶ所は既に枯れ死して現在は9ヶ所である。No.1の「浜益千本ナラ(ミズナラ)」は当別町から「ふくろう街道」を走り、青山で国道451号線を左折し終点の石狩市浜益から国道231号線との交差点を左折して札幌方面に南下し約Photo 10kmのところにある。日本海から吹き上げる風のため、枝が多数に分かれて空に向かって伸びている姿が、千本も生えているように見えることからこの呼び名がついた。この木に触れたり葉で患部を撫でると病気が治ったということから、御利益のある木、御神木としてテレビ報道され全国的にも有名になっている。

No.2の「昭和の森のクリ」は野幌自然休養林は天然のクリ林が多いところであった。明治 21年頃から始まった同地区への入植以 降は、水源林として大切にされるとともに、一部は木炭や家具材として伐採された。しかし当時から森林内で一番大きなこのクリの木だけは「ご神木」として取り扱われており、昭和29年に周辺を伐採してトドマツを植林した際もこの木だけは保存された。日本のクリの自生北限が石狩低地帯とされていることから、この天然のクリの巨木の保存は研究上からも貴重。(林野庁森の巨人たちより一部抜粋・転載)

今日も昨日の続きでこの昭和の森のクリの巨樹の洞に居住していたエゾフクロウ雛の兄弟である。

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これが「昭和の森のクリ」樹高18mの約2/3、地上から約12mの高さに洞がある、周囲は保護柵のロープで囲われて、ご神木には近づけない、触れない、撮るだけである。

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推定樹齢800年の洞の上下にある枝からは青葉が芽吹いている、ウロからエゾフクロウ雛が顔を覗かせていた。

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これが100選のNo.2の北限の自生するクリの木の表示板、ここのエゾフクロウは樹齢800年の巨樹に居住していたのである。鎌倉・室町・安土桃山・江戸・明治(開拓時代)・大正・昭和・平成の各時代の変遷を生き抜いてきたクリのご神木が今ではエゾフクロウとご親睦であり、カメラマンはエゾフクロウと親睦を深め、良い写真を撮りたいと群がっていた。

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ここはウロを見張る親のお気に入りの木に近く、親も撮れる場所であった。

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この日は前日のウロの正面はと異なり、場所を右奥へ10mくらいずらして撮影、毎朝早朝から場所取り競争がある、単独よりもtsuntsunさんとのコンビで何かと心強く便利であったが薮蚊が多いのには参った。地元の人達は全員が防虫ネットをかぶっていた。

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身を乗り出しての一番子の背伸びは巣立ち真近を予感させる

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17:33分、朝から同じ処で親が見張る様子が常時見られる場所であった。

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17:40分、羽ばたきの練習はお兄ちゃん

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17:42分ようやく二羽が並んだ

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18:30分 二羽並んだお兄ちゃんは森の賢者を彷彿させる横顔であった

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お兄ちゃんの欠伸と思ったらペリット出しの面白い顔であった

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18時52分 この日も巣立ちはなさそうである、これがこの日の兄弟最後の写真である

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