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2013年8月25日 (日)

運命を知った日

昔、学んだ孔子、よく耳にした論語。

三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順がう。
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

古希を過ぎて立たず、判断に惑い、天命も知らず、心の欲するスタンプ帳の押印ですべり、転び、音もない運命の足音を感じ、矩を踰えた。何一つ孔子の論語には及ばない凡人、自分の宿命を知る。

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今日は自分の備忘録となるブログである。6月27日の早朝6時前に道の駅「オホーツク紋別」でPC検索して見つけた、3kmの近くにある紋別の医療法人社団・幸栄病院・整形外科に車で移動、乗る前に左手でエンジンキーを回し、ウインカーは左手の操作、片手運転で病院の玄関脇に駐車、玄関は開いていたので掃除中の待合室で待機、早出の看護士さんが応対してくれた、右手の指が魚肉ソーセージのように赤く太く腫れて、手の甲はアンパンのように膨れていた、一晩中出血していた右眉を押さえていたタオルは血だらけであった。旅行中に携帯している保険書を見せて、右手が使えないので全ての書類は看護士さんの代書であった。治療開始時間前に何故救急病院に行かなかったかと詰問した整形外科の先生が右眉を5針縫い、右手首のレントゲン写真は関節が立てに折れている、ギブスの代わりに手背屈装具を装着して、右眉の消毒薬を一週間分渡された、一週間後の7月4日に抜糸に再来院を指示され、隣の薬局で2週間分の痛み止めの内服薬を受け取り治療は終わった。さて毎日消毒するようにスワブスティックポビドンヨードの消毒剤を7本支給されたので抜糸までの一週間をどう過ごすか、どこに行くか、右手の指は腫れたままシャッターも押せない程であったが鳥友のSさんとEさんが27日からサロベツのシマアオジを撮影に行くと聞いたので、上のドライブマップの黒線を入れた紋別から238号線を稚内方面に北上して興部町の道の駅「おこっぺ」、雄武町の道の駅「おうむ」枝幸町の道の駅「マリーンアイランド岡島」の三ヶ所で懲りずにスタンプをゲットしながら浜頓別町から豊富浜頓別線の道道84号線の山道を走り、紋別から豊富温泉まで約200kmを5時間掛けて制限速度内の片手運転の安全走行?で夕方に無事到着した。

翌朝の4時にサロベツ原生花園の駐車場に行くとSさんEさんが撮影の仕度をしていた、右手の指の腫れと痛みはやわらいだが重たいものは持てないので、Sさんに三脚の雲台にレンズ・カメラを装着して戴いた、左手で三脚を担ぎ、利尻富士が背景となる撮影ポイントに到着して撮影を開始した。

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満開のエゾカンゾウ、サロベツ原生花園とシマアオジ♂(中央)

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早朝5時の利尻富士を背景にハンノキで囀るシマアオジ(右端)

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10:45分コバイケイソウの上で囀るシマアオジ

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シマアオジのさえずり(トリム)

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囀るシマアオジの背後に虫が飛ぶ

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虫を追いかけてハンノキから飛び出したシマアオジ

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日没前の18:43分にコバイケイソウの上で囀る、夕暮れ時のシマアオジ

撮影終了後に三脚からカメラ・レンズを外して戴き、この日の夕食は鳥友のSさんにジンギスカンを振る舞われ、朝から晩までこの日はお世話になった、到底出来そうもない状態で撮影出来たのは鳥友の御蔭である、鳥撮りの不自由な身には感謝・感謝の一日となった。運命を知った日は鳥撮りの運命を叱咤された日となった。

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コメント

本日のブログの文章を拝見すると、怪我をされた様子が生々しくそして痛々しく感じます。その後の回復は順調でしょうか、ご自愛ください。また何処でお逢いできることを…。

投稿: 健康法師 | 2013年8月25日 (日) 19:08

健康法師さん
こんばんは 
今日のブログは不甲斐ない自分の備忘録、のつもりで書きましたのでご心配をお掛けして申し訳ありません。
いつも元気と勇気をいただきありがとうございます。子供の頃は一寸法師の絵本と影法師で遊び、ツクツク法師を追いかけ、大人になってからは西行法師を学び兼好法師の徒然草に憧れました。
これからは北海道での撮影は健康法師さんを見習いたいと思います。
二ヶ月経過した骨折はほぼ完治致しました。
ありがとうございました。
今夜のライターは不健康法師でした。

投稿: 不健康法師 | 2013年8月25日 (日) 21:10

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