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2013年12月10日 (火)

都会の森の鴛鴦

09224_087s野鳥撮影の前の趣味は桜を5年間撮影していた、十年くらい前に弘前城の桜の老木にある樹洞や桜の花弁が浮くお堀で泳ぐオシドリの番を見た記憶があるがこの頃はまだ野鳥に興味が無かったので桜に絡むオシドリの写真が見つからない。水鳥のオシドリがリンゴ農家のリンゴの木の樹洞に営巣して孵化した雛が次々に樹洞から落ちて来る話を興味深く聞いたことがあるが見たことはない。今年の6月に北海道で水かきのあるカワアイサが樹洞に営巣するのを初めて観察したがオシドリが樹洞で営巣する処やナラやカシの木に登り、直接ドングリを採食するのを見たいものだ。
12月6日の日経の電子版に「東京都心で有数の緑を誇る明治神宮の森について、研究者らが約40年ぶりの大規模な動植物調査を行い、新種や希少種を含む計2840種を確認した。専門家は約100年前に造成した人工林が成長した学術的にも貴重な例だと話している。」

この情報の関連をネットで調べると明治神宮は大正9年(1920年)に全国から献木されたおおよそ10万本の植林により造営された人工の森であり、樹木を見ると椎や樫、楠が多く、伊勢神宮や日光東照宮のような杉や檜が少ない。出来るだけ自然のまま放置するという管理方法が採られ、人の侵入を禁止してきたことで木々の成長・枯死に伴って樹種は遷移し、森の姿も変わっていく。この間の約100年間に地に落ちたドングリなどが成長して、今日では17万本もの木々が豊かに生い茂る、人工林とは思えない貴重な自然林の姿をなしている。
写真は5年前の2月、6時20分の開門直後の代々木口から入った北参道鳥居の前にある北詰所から右へ宝物館に向う参道を1~2分の処、参道から見える樹洞に生息していたオオコノハズクである。人通りの多い参道から撮影出来た稀有のことであった。ここの杜は立ち入り禁止であり、参道近くの樹洞でこれ以外の野鳥の営巣は見たことがない。もしかすると一年半に及ぶ今回の40年ぶりの学術調査でオシドリなどの樹洞を発見したかも知れない。興味津々である。この40年ぶりの調査結果については12月12日に報告会があるようです。
「神宮の森・これまでとこれからの100年」―鎮座百年記念・第二次明治神宮境内総合調査から」調査の各班報告は樹木、植生、シダ植物、変形菌、鳥類、クモ類、土壌生物:12月12日13:00~17:00@日本学術会議講堂、入場無料

一週間前の神宮の杜のオシドリ、この時は♂♀のつがい、所謂(いわゆる)オシドリ夫婦の姿はまだ見られなかったが北池の北、倒木の周囲が彼らのたまり場のようであった。

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投げたドングリに向って池の奥から競って集まる銀杏羽のオシドリ

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ズームレンズを400から200mmへ

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♀を取囲むように♂の群れ、どこの撮影地でも♀より♂が多い、♂を選ぶ権利は♀にある、♂は自慢の銀杏羽を見せびらかす

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繁殖羽の銀杏羽を立てるオシドリ♂の大きさはL45cm、♀は♂よりも小さいL41cm

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ドングリを水中から取ってきた♂と見つめる♀

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ドングリを咥える♂を追いかける♀、まだつがいの気が無いのか♂が逃げるように泳ぐ、ドングリを空振りの♀、これってドンブリ?

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またも♂のドングリ採餌後のはばたき

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ドングリを追って潜る前

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ドンブリコと潜ったが・・・

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ドングリを啄ばんでいない・・・ドングリを空振りのようだ!これもドンブリ!

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倒木の周囲のオシドリの群れ、この時はまだ10羽程度の群れ

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倒木の付近(トリム)

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そろそろつがいの時期か、1月から2月にかけてつがいを形成しはじめ、4月頃から繁殖

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水面が明るくなった9時頃に羽繕い

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こんな形の羽繕いもある

今朝は2時半に半覚醒、眠れないので3時に起床、新聞はまだなのでPCを立ち上げると雨模様の天気予報。書き掛けの今日のブログを仕上げる。
一週間前からだんだん空気が抜けてきたタイヤ、車体の傾きがハッキリしてきた。今日は釘を拾ってパンクした右後輪の修理を予定していたが明日にする、明日がある、明日があるさ・・・大切な一日がどんどん過ぎていく、今年も残り僅かになってきたが昨日のタイヤは全く空気(窒素ガス充填)が抜けていた。野鳥撮影の気力が抜けていくように、錯覚であれば良いが・・・今朝はまだ半覚醒なのかそれとも過覚醒なのだろうか、明日が見えない。

2013年12月 6日 (金)

鴛鴦の雌

鴛鴦(オシドリ)の鴛(えん)は雄のオシドリでこの一字でもオシドリと読む。鴦(おう)はオシドリの雌を指し、この一字でオシドリと表わす。
「鴛鴦の契り」とは、辞書には夫婦の仲がよいことのたとえ。むつまじい夫婦の関係を結ぶこと、夫婦仲が良いと「鴛鴦夫婦」と呼ばれる。実際のオシドリは雌が卵を産んだ後は雄は巣から離れてしまい、雌だけで子育てをする、雄は翌年は他の雌と番になるといわれている。人間の思っている程オシドリは夫婦の仲が良いとは言えないようだ。たった半年ほどの仲良し夫婦がオシドリ夫婦。
今日はオシドリの雌、即ち「鴦」である。地味ながら他のカモ類の♀に比べて白いアイリングと切れ長の白線が綺麗である。繁殖期になると派手な色の♂もここに惹かれる?

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他のカモ類の雌よりも灰色味が強く、白いアイリングとそこから伸びる白線に特徴がある。

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地味な雌であるが風切に白い部分もポイントである。

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黄葉の静かな水面に映った顔に落ち葉が邪魔する

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ドングリを追って水中に潜った後に水切りの羽ばたき、雄が後ろから覗き見?

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覗き見から逃れる?まだペアリングには早いのか?

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水面に浮く黄葉の落葉とオシドリ♀

2013年12月 5日 (木)

団栗と鴛鴦

宮ヶ瀬・早戸川林道で観たオシドリのように森林に囲まれた山の湖・川・池などの樹木に覆われた木陰の水面を好むので、明るい処はなじまず、池の中央や水辺にいるカルガモやマガモなどの他のカモ類とはあまりなじまない、ここの池でも人通りから離れた池の奥、倒木の上や枝葉の付近でオシドリだけの群れをつくります。
他の水鳥にはなじまないドングリが大好物である、そのため、冬にはドングリのなる樹の落葉広葉樹が水辺まで繁茂しているような渓流や湖沼などの限られた場所、カシやナラなどのドングリが実る落葉広葉樹のある都市公園や神社などの池にも毎年実りの秋になると定期的に現れる。
公園の池の縁で落葉とともに落ちているアカガシのドングリを拾い集めてオシドリと戯れたのは今週の日曜日。噂通りのドングリが大好きなオシドリであった。

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小さなコナラのドングリの中に混在していた、大きいアカガシのドングリを拾い集めて、一つずつ池に投げ入れるとオシドリが近寄ってくる、水中から大好物のドングリを咥えてくる。

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カルガモやマガモが見向きもしない、大好物のドングリを咥えて喜んでいるように見えるオシドリ

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警戒心の強いオシドリもドングリを池に投げ入れてオシドリを誘い出すとドングリにつられて近づく

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投げ入れた水面で頭から潜るのは水鳥の証

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白い腹を見せてまっ逆さまになって水中へ

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潜った一瞬は波紋だけになる・・・・

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ドングリを咥えて浮き上がってきた・・・

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水面に出て水しぶきを払うように羽ばたく

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ようやく咥えたドングリが見えてきた!

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ドングリを咥えてUターンする気配

 

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ようやくこちらに向いたがこの後はドングリを丸飲み

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近くで水中からドングリを咥えてきた時、画面から尾がはみ出す

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消化の悪そうなドングリをまたも一のみに丸飲みです

オシドリの大好きなドングリの採餌の様子でした。

2013年12月 4日 (水)

銀杏羽の鴛鴦

0110 近所にある横浜の名木に指定されている銀杏(いちよう)の大木、先月中旬に撮影した写真です。銀杏の木の根元には黄葉した落葉とともに沢山の銀杏(ぎんなん)の実が落下していますが独特の臭いが嫌なのか誰も拾う気配がありませんのでこのように放置されていました。
イチョウ並木といえば明治神宮外苑が都内では最も知られた並木道のひとつです。黄金色に染まった銀杏が作り出す幻想的なトンネルは初冬の風物詩といえる。この時期になると都内在住の鳥友から都内の公園や森林のある池に繁殖期になると鮮やかな銀杏羽のオシドリの来訪を告げる情報が入ります。情報とは「情けを報せる」と書きますが♂が何羽、♀が何羽いるという、暮れになると「情勢を報せて」呉れます。情勢を併せ持つ情報とは有り難いものです。鳥友にいつも感謝です。

日曜日に都内の池で撮影した早朝のオシドリ

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まだ暗い落葉の漂う池に銀杏羽のオシドリ♂

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池の水面に映るイケメンのオシドリ♂

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静かな波間に立つ正面顔、二枚の銀杏羽が立つ

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横からも大きな三列風切の銀杏羽が目立つ

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嘴は紅色で、先端が白色、頭頂は金緑色、頸側には栗色の細長い羽毛がある

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黄葉が映る水面に幻想的なオシドリ

この続きはまたの機会に

2013年12月 1日 (日)

天命・宿命と運命の悪戯

辞書を引くと「天命」とは天が人間に与えた使命。天の命令である。
孔子が「五十にして天命を知る」と論語にあるが孔子は50歳の老境に悟ることが出来たが「天命」は人間の力ではいかんともし難い神の領域、七十を過ぎても凡人には天命は知る由もない。
昔から好きな言葉に「人事を尽くして天命を待つ」この言葉はビジネスマン時代に辞令が出る度に心に念じたものである。自分の能力のできる限りのことをしたら、あとの結果は天の意思に任せることであった。同様に「天は自ら助くる者を助く」は人に頼らず自分自身で努力する者には、天が助け、成功や幸福をもたらすということのようだ。いまだに運を天を任せて小さな幸を求めている。

「宿命」とは「宿る命」と書くように、変えることができない。この世に命を授かったときに、既に自分の中に宿っていたものである。酒と煙草が好きだった父は胃から肝臓に転移した癌で71歳で他界しました。母は父の没後10年後に心不全で78歳で急逝しました。叔父(父の兄)も胃癌で亡くなりました、両親と叔父は日本人の平均寿命よりも短い生涯でした。私のDNAは両親の胃癌と心不全の遺伝子を持っていますのでこれも宿命です。

宿命は変えられないが、運命は変えられるという。「運命」とは、「命を運ぶ」と書く、自分の意思で、授かった命を運んでゆくという意味がある。場合によっては、不都合な宿命を背負っていても、運命を変えることでよりよい人生へと変えることが可能といわれる。
運命を変えるといえば、野鳥撮影に生き甲斐を求めて今年で9年目になる。この間に年賀状の挨拶をする鳥友も増えたが新年欠礼の挨拶が来る年もある。今年は先月末に幾多のご厚情を戴いた鳥友の奥様から喪中のご挨拶が届き驚愕の境地、熱心な野鳥愛好家であり、真面目なブロガーでもあったので鳥撮り仲間に驚天動地の出来事であった。
天命なのか、それとも宿命なのか運命の悪戯としか思えない訃報でした。
ここに心から哀悼の意を表し、ご冥福をお祈りいたします。合掌

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