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2014年3月26日 (水)

あれこれ、それぞれの「終活」

一年365日一週間は52回もある。先週の18日が彼岸の初日を「彼岸の入り」、国民の祝日である21日の春分の日が「彼岸の中0230_2 日」といい、一昨日の24日の最終日を「彼岸の明け」、一週間あった春のお彼岸もあっと云う間に過ぎ去り、今年も早や13週目に入った。週の初めは日曜日か月曜日かはさて置いて、週の初めに一週間をどう過ごすか、どう活動するかの計画を立てるのが「週活」などと呼ぶことを暇人は考えた。
1300 学生期を終わり人生をどう生きていくか、人生の職探しの活動は就職活動の「就活」。無事に就職すると普通の人は結婚して家庭をもつ、家住期にはいり、やがて60~65歳で定年を迎えて、自分の人生を楽しむ林住期に入る。
余生を楽しく過ごした林住期から遊行期に入るのは75歳。国はこれを後期高齢者と法2810 律で定めたが高齢者からは極めて悪評である。人生をどのように終焉するか、人生の最期を迎えるにあたって行うべきことを総括する言葉として、人生の終わりのための活動を「終活」と言っている。この流れの中で派生語として考えたのが「週活」ではあるが流行るかどうか、年間五十二週もあるので週活の習慣は生活のなかで根付くかどうかは自信がない。
自分的には「孫は就活、爺も終活」これが現実のようだが来年からは75歳という年齢で差別され、保険医療も制限される別枠に囲い込まれ、「平成の姥捨て山」とも呼ばれる後期高齢者医療制度が適用される年齢となるが平静ではいられない。
0300 こんな齢になると「仏壇仏具、石材屋、霊園・墓地」などのTVコマーシャルや新聞折込広告が目につくようになり、なかでも最近は電話による墓地の勧誘がボチボチ来るようになった。電話の相手は女性が多い、顔が見えないので声で年齢・容姿などを想像しながら聴いている、暇な時は相手の話を全部聞いてから「お墓はあります」、時間がない時はお墓の勧誘と分り次第「お墓はあります」と電話を切る。

昭和59年に亡くなった父から生前に聞いた話では、祖父は秋田県雄勝郡湯沢町(現湯沢市)の出身で造り酒屋の三男坊で一度も職につかず、実家からの仕送りで一生を過ごし、昭和9年に他界している。祖母は道玄坂のお産婆であったが戦後間も無く亡くなったので祖母の面影も知らない。どうやら祖父は「髪結いの亭主」であったらしい。ルーツ探しが流行った頃に湯沢市の東山寺に過去帳を見に行ったが祖父の実家は没落して黒い板塀に囲まれた大きな駐車場だけが昔の面影を残していた。父は大正3年東京府渋谷区道玄坂の生まれで次男坊であったので祖父のお墓は無かった。祖父のお墓は多磨霊園にあり、小学生の頃父に連れられてサクラ並木を歩いて祖父と祖母のお墓参りの記憶があるが叔父(父の兄)が建てたお墓であった。父の没後は所縁のある多磨霊園の墓地が空くのを待ちながら六年間納骨堂に安置させていただいたが何時になるか検討が付かず、多磨霊園の墓地を諦めて七回忌の法要前の平成2年1月に自宅近くの曹洞宗・天宗山東林寺の墓地土地の永代使用権の購入と壇信徒入壇契約をして指定の石材店にお願いして春の彼岸にお墓を立塔しました。本籍地の秋田県湯沢市の檀那寺の寺名は東山寺であり、似ているのも気に入りましたが一番の気に入りは現役時代は職住近接を願望していたので職場まで電車で50分、車で30分であったがお寺まで徒歩4分の処にある。職住近接が定年後は寺住近接になりましたが住職さんには誰もかないません、寺に住む仕事なので住職と呼ばれる職住一致です。話のついでに医住近接でかかりつけのクリニックまで3分、同様に歯科と薬局も3分。足の複雑骨折と手首の骨折で何回も通った成形外科と眼科・皮膚科は地下鉄ブルーラインの篠原駅前までの6分。新横浜駅まで8分、篠原郵便局まで5分、篠原消防署(救急車)まで3分の至便の距離です。これからの後期高齢者の生活と終活にはますます便利な処です。

上の4枚の写真は上から2013年8月13日お盆入りの日に撮影した山門、左手前にある百日紅が咲き、山門の後ろには横浜市の名木に指定されているイチョウ、旧盆のお墓参りに撮影。
二枚目は2013年9月24日秋のお彼岸に亡き母の祥月命日のお墓参りに撮影。野鳥撮影に没頭する親不幸の毎日であるのでせめてこの日だけはお墓参りと決めている。前日の23日は輪島市舳倉島からの徹夜での帰浜で9時までセグロサバクヒタキを撮影した超多忙の日であった。門前に墓地販売の幟がはためいていた。
3枚目は父の祥月命日の2013年10月11日の山門、百日紅は残花であったが名木のイチョウの木の下は落ちた銀杏が燦爛するように参道に散乱していた。
4枚目は先週の春のお彼岸中日の山門、イチョウは全ての葉を落として春の芽吹きを待つ、この日も墓地販売の幟がはためいていた。

以下の写真は昨年の旧盆・秋のお彼岸(母の祥月命日)・父の祥月命日・今年の春のお彼岸に菩提寺の天宗山 東林寺へのお墓参りの時に撮影したコンデジの写真である。

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平成25年8月13日撮影の本堂の遠景と本堂の額

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同じ日に撮影の本堂

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平成25年9月24日秋のお彼岸・母の祥月命日にご本尊の十一観音菩薩像を撮影、お盆とお彼岸の日はご本尊を参拝できるように本堂の扉が開いている。

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先代の住職が体験したB29の空襲の恐怖と奇跡の体験談が境内に掲示されている。平成25年10月11日父の祥月命日の墓参りに撮影

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山門の内側から参道に銀杏が落ちている実りの秋、横浜市の名木に指定されているイチョウの木 撮影日 10月11日

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平成26年3月21日撮影 お彼岸中日のご本尊

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墓参りに連れて来た近くに住む娘の小5の翔君(外孫)のご本尊の参拝

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帰り際に本堂前の石段の上から山門方向を撮影、白梅が残り花 、春の芽生えはこれから始まる


自分の場合は「終活」のなかで費用と手間暇かかるお墓の心配は幸いにも現役時代に済ましたが、お墓がない人は墓地とお墓の入手は時間と費用がかかると思われるので「終活」の重荷になる虞があると思われます。人それぞれ人生それぞれ終活もそれぞれ。

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