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2014年10月

2014年10月31日 (金)

一期一絵の麦蒔

 カラマツ林の上からあるいはハルニレやハンノキなどの原生林越しに見える戸隠連峰の峰々。山の天気は急変すると言われるが戸隠の山々の裾野に広がる豊かな山と高原の自然環境にありながら10月第四週末の三日間は天気がくずれない秋晴れの青空が続いた、いわゆる「一円玉天気」である。戸隠神社の神聖な場所で一期一会とも云えるムギマキとの出合いを楽しんだ。
「一期一会」とは茶道の心得を表わした語でどの茶会でも生涯に一度のものと心得て主客とも誠意を尽くすべきことを言う。「一期」とは①仏教からきた語で、人が生まれてから死ぬまでの間の意。②「いっき」の一期は任期・学年などの定められた期間のひとくぎり、長い期間を分割したひとくぎり。「一会」も仏教語、①一つの集まり・会合。仏教の法会。②一度会うこと。辞書を紐解くとこのように書かれている。タイトルの「一期一絵」は同じ瞬間が二度とない、野鳥人生の期間に今日という日は再びないように、一生に一度の貴重な出合いと心得た時のムギマキの飛びの瞬間である。この場所での、この瞬間(とき)を鳥撮り人生において永遠に残すの
は一期位置絵とも云えるかも知れない。

東南アジアで越冬を終えた春の旅は花が咲き緑萌える舳倉島で、大地の恵みであるツルマサキの果実を受け取りに、繁殖を終えたオホーツク方面からの秋の旅は戸隠で、その時期に行かなければ見ることの出来ないムギマキとの瞬間(とき)の出会いである。

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ツルマサキの果実に向かって上方志向の飛びつき

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一期一会の乗客を夢見た時もあった、マッハ2の超音速旅客機のコンコルドのように見えた

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わ~いツルマサキの実がいっぱいある、バンザイ飛翔

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赤い実を咥えて、次はどの実が木の実、好の実はツルマサキ

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赤い実を咥えての飛び下がり

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上とは形が似ても枝が違う、間違いとは言わず枝違い

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ムギマキがミギムキに飛ぶ

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♀が赤い実を咥えた直後の飛び

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♂のフライングキャッチの瞬間

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翌日の600mmとD300の撮影

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同じ日の樹間を実を咥えての飛び

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食後の休憩だがまた採りに行く目つき

 

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二枚目のとまりものでお仕舞い

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2014年10月30日 (木)

蔓柾と麦蒔

今年は例年よりもムギマキの情報が早く、10月二週末にはロシアや中国北東部などで繁殖を終え、東南アジアで越冬すると言われるムギマキが旅の途中に戸隠にも立ち寄ったWeb情報を見て、遠征を思い立ったが横浜市内でも浸水や土砂崩れ被害を発生した台風18号に続いて二週連続で接近してきた台風19号には横浜市災害対策警戒本部が設置され、横浜市内202ヶ所に、そのうち住居のある港北区内では7ヶ所の危険ヶ所が発表されるなど、更には携帯に緊急速報「エリアメール」が入るなど10月第三週も遠征を諦めた。第四週目は現地の天気予報では木曜日頃までぐずつく天候が予報されていたので23日からの撮影開始の予定で22日深夜から出発した。
23日の戸隠奥社前の駐車場で清清しい早朝を迎えた、気象業界の俗語と言われる「一円玉天気」の予感がした、一円玉はもうこれ以上くずしようがないことから「くずれようがない程の天気、安定した晴天」これが一円玉天気である。いち「一」と言えば戸隠には毎年楽しみにしているツルマサキの赤い実の他に同じように小鳥が食べに来る「一位の赤い実」がある。駐車場から約1kmの距離にある随神門近くである。
ムギマキが来るツルマサキのポイントも十数ヶ所もあるので初日は歩き廻る覚悟で軽い装備にした、三脚は3型とレンズは400mm、カメラは一番軽くて小さいD7100にした。
楽しみにしていた一位の果実は昨年と同じで無かった、ささやきの小径のツルマサキにもムギマキはたまにしか来ず、毎年のように撮影している小鳥の小径の木道ポイントも人影はなく、初日は入口園地から50m程のバリアフリーの木道上が一番ムギマキが来るポイントであった。

初日の23日に撮影した♀4羽♂若1羽、稀に成鳥♂が来た、静止した瞬間のムギマキ、レンズが小さいので全て大きくトリムしてある。結果的には軽装備の準備は失敗であった、大砲レンズと機関銃のように連写する高級一眼カメラに挟まれてパシャパシャと冴えないシャッター音での撮影となった、唯一の良いことは園地入口のバイオトイレが近いことであった。

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ツルマサキの複雑な枝葉にとまり、赤い果実を採餌するムギマキ

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稀に枝葉のない処にとまる

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ムギマキが来る度にムダ打ちを繰り返す

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上下に二羽のムギマキ、上は採餌下は顔が葉隠であり、採餌が見えない武士道精神、佐賀県経由で東南アジアへ旅をするのか?

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ムギマキ雄の静止はミギムキ、♀待ちとは考え過ぎか

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番の雌雄かは不明だが旅の途中の環境で二羽のオリエンテーションは向かってミギムキのムギマキ

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♂の採餌

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♂の採餌正面

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翌日の土曜日に別のポイントの一枚

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三日目の日曜日は11時頃の休憩は紅葉狩、この日は野鳥写真家の叶内拓哉氏ご夫妻にお会いしてお声を掛けていただきました。半世紀以上前に卒業した懐かしい調布中学校を思い出した、調布自然の会の探鳥会でした。午後から戸隠奥社・中社・宝光社を一日で一度に戸隠三社を参拝九拝する秋の三社参りでした。

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月曜日は一日米子大瀑布を観光して翌日火曜日、最終日午前中の一枚

PC不調で3時にUPの予定が全て消えてなくなる、ガックリしながら食後に再開して日本シリーズをTV観戦しながらトラが負けて親戚の忠ちゃんが悔しがる終了後に最初にして最後にしたい22時過ぎのブログのUPです。

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2014年10月29日 (水)

蔓柾は野鳥のレストラン2014

 今年もツルマサキの果実が熟して赤く四裂する頃にやって来る旅鳥のムギマキを撮りに戸隠に行ってきました。今年は例年よりもムギマキがやって来たのが早かったようで10月4週目の週末では最盛期が過ぎていたようです。

蔓柾(ツルマサキ)は野鳥のレストラン。こんな呼び名を付けるほどいろいろな野鳥がツルマサキの果実を採餌にやってきました。

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ツルマサキの果実を啄ばみに来たムギマキの雌雄、右が♂左♀

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ムギマキと同じ時期に戸隠にくる旅鳥のマミチャジナイ、この鳥がツルマサキレストランにやって来ると大食いの上に長居するのでツルマサキの赤い果実がみるみる内になくなる。翌朝に確認すると赤い実が見えなくなり、翌日はムギマキが来ないジンクスも生まれます。

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落葉の下を餌探ししていたアカハラも同じツグミ科のマミチャジナイに負けずにツルマサキの実の採食に来ます

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木の実も採食するアカゲラもやって来ました

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朝のコガラはムギマキ以上に頻繁に来店します。欲張りに一度に二つも頬張ります

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コゲラもかなり頻繁に来ました、二羽で来店の機会があります

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ツグミの群れもやって来ました

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ゴジュウカラはツルマサキの隣にやってきました

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2014年10月22日 (水)

新横浜パフォーマンス2014

 今年で22回目となる新横浜パフォーマンスが10月18日(土)19日(日)に新横浜駅前広場と日産スタジアムの二つの会場で開催された、今年は新横浜駅開業50周年、今年のキャッチコピーは「50(GO)!50(GO)!新横浜」。18日は新横浜公園野球場でも「2014ふるさと港北ふれあいまつり」も同時開催された、秋晴れの天気に恵まれ、地元を含めた大勢の観客で賑わった二日間であった、新幹線開業50周年の年でもあり、記念すべき地元のイベントに参加してきた。

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新横浜駅広場前北口東広場の新横浜駅開業50周年記念イベントの「新幹線ランド」では新幹線N700Aロードトレインが一周300円で子供連れの家族に人気をあつめていた。

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ジオラマ運転コーナーでは1回300円で5種類の新幹線の運転が出来るので子供達に人気があった。写真はドクターイエロー

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その他にペーパークラフト教室、プラレールランド、新幹線N700Aフワフワランドなど幼児から小学生まで1回300円の有料施設など、50周年記念グッズ販売ブースなどがある。047

無料の記念写真撮影ブースでは制服と帽子を借りて記念写真を撮らしてくれるサービスもある。

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新横浜駅前広場西広場の特設ステージの背景写真は50年前開業時の初代0系の疾走する勇姿、丸みを帯びた先頭形状と、青と白に塗り分けた流線形の外観で、初期の新幹線のイメージを確立した。

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引退した0系新幹線の前で踊るのは若過ぎるハワイアンダンサー、観客は親御さんたちでした。

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こちらの方は男の大人に人気があったが・・・

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18日(土)は新横浜公園野球場では横浜市港北区の「2014ふるさと港北・ふれあいまつり」も例年通り同時開催されていた。

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湖北区の爺会(自治会)毎にB級グルメを販売していた、我が地元の篠原地区は毎年特製のオデンを一皿200円(ボランティアの奥さんの話では赤字だそうです)で300食販売しているが午前11時までに売れきれるそうです。

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日産スタジアム東ゲートのメインステージで0系100系300系・・・N700系の新幹線が勢揃いした写真の前で踊るベリーダンサー

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コンデジを望遠にして100系前で踊るベリーダンサーをアップにした、昔はもっと若いサンバのダンサーが出演していたが22回目となると年をとったような気がする・・・気のせいか年のせいか?新幹線は時代とともにスマートになり、ダンサーは年々肉付きがよくなる・・・0系の後は100系も引退したことだし・・・

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キャラクター文化祭 in 新横浜2014 が日産スタジアム東ゲート4Fで開催されていた。左から横浜市交通局の「はまりん」三重県志摩市から遠来の「あおサー」トレッサ横浜の「とれおん」横浜市資源循環局3R推進課の「イーオ」

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左からtvk「カナガワニ」横浜市西区「にしまろちゃん」イッツ・コミュニケーションズ「コムゾー」

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中央が横浜F・マリノスの「マリノスケ」18日(土)はこの日産スタジアムのイベントのひとつであるホームゲームで清水エスパルスに1-0で勝った。

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中央は横浜F・マリノス(非公認?)のワルノス、左は横浜開港祭実行委員会の「ハマーくん」

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「イーオ」と「とれおん」に囲まれる中央が遠来の富山県高岡市から来た「利長くん」

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地元の新横浜町内会の「かもねくん」背中にネギを背負っています、鴨と葱はツキものの洒落、地元のキャラクターなど22のキャラクターの文化祭があり、記念写真を撮るのに行列が出来ていた

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日産スタジアム東口ゲートのB級グルメの出店

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東口ゲートに通じる通路のフリマの一部

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西口ゲート前に車で展示販売する名物のフリマの賑わい、日産スタジアムの外周部分(2F・4F)のBIGフリーマケットは日本最大級の出店数で古着やおもちゃ、アンティークもの、レアものハンドメイド品など買い物が出来るフリマである。
「日産スタジアム カーボンオフセット フリーマーケット」に出展車一台につき50円の協力金を集め 排出した分のCO2をオフセットしています。

無声映画の時代に映像をみながら活躍したのは活弁士、温泉の効能と薬の効能書きは能書士が書き、写真の説明を書くのは落書士なのか能書士なのか、能無士は考えたが・・・

 

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2014年10月20日 (月)

渥美半島の電照菊

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10月7日午前6時09分、タカの渡る前に最初の写真は渥美半島・渥美の森展望台から北の方向を撮影した白煙が上る御嶽山

  今年最強クラスの台風18号が5日静岡・浜松に上陸して東名、新東名の両高速道も通行止め、国道1号静清BPなども通行止めになるなど静岡県内の交通網が完全にまひしたした翌日6日の22時に東名高速で浜松ICに向かっていた、8,9割は大型トラックの通行時間帯、東名は通行止めは解除されていたが新東名と国道1号はまだ静岡県内で通行止めであり、新東名は長泉沼津IC~浜松いなさJCT間は通行止め、国道1号静沼バイパスも通行止めであった。この影響で深夜の東名下り、沼津から静岡間は大型トラックなどで大渋滞であったが静岡ICから流れはスムースになり、浜松ICから国道1号に出た頃の深夜零時過ぎになって新東名も通行止め解除の知らせがラジオから聞こえて来た。遠州灘沿いの国道1号浜名バイパスに入り、信号が全くなく、制限速度80kmの片側2車線を快走する、湖西市から継続する潮見バイパスを同じ条件で走り抜け、深夜の道の駅潮見坂で休憩してから国道1号から左に大きくカーブして渥美半島の表浜を縦断して伊良湖岬からフェリーで三重県鳥羽市と海上を繋ぐ国道42号に入ると道幅は急に狭くなり、制限速度50kmとなる。午前2時頃に道の駅あかばねロコステーションと赤羽魚港付近を通過すると秋の渥美半島の夜を美しく彩るイルミネーションが一段と増える。菊農家の電照菊ハウスの明かりがR42の両側で暗やみに浮かぶ、遠くの高台にはハウス群のモザイク模様の電灯色や赤色の明かりが幻想的な景観をつくりあげている。付近に高台があればモザイク模様の夜景を撮りたいが台風通過後の夜道では国道を外れるのは無用心とはやる気持ちを抑える。7日深夜2時の渥美半島の初日である。

渥美の森展望台からの10月9日曇り後雨、日の出前5時25分の電照菊ハウスのイルミネーション、ウィキペディアによると菊は、日照時間が短くなると花芽を形成し、やがて蕾となり開花するという性質がある。その性質を利用し、花芽が形成される前に人工的に光をあてることにより、花芽の形成と開花時期を遅らせる方法が電照菊である。

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左:東南方向、右:南西の伊良湖岬方向

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暗闇に浮かぶ電照菊ハウスと5:39分のタカが渡る伊良湖岬の方向

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10月10日晴、午前5時25分の展望台からの月と伊良湖岬方面

10月7日田原市も台風被害で土砂崩れなどの被害が出たニュースを聞いているので丘陵地帯を走る国道42号はアップダウンが多い道を慎重に進む、どうやら土砂崩れは並行して走る渥美湾側の国道259号(田原街道)の近くらしい。深夜2時過ぎに国道42号線の赤羽根付近走行中に国道の両側で暗闇に浮かぶ電灯色や赤色の電照菊ハウスの路肩に車を停めて撮影した。

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赤羽根付近の国道42号道端から撮影した真夜中の電照菊ハウス

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コンデジのフラッシュを焚くと道路際の電照菊ハウスの全景が浮かぶ

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国道の反対側からハウスの側面を撮る

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電照菊ハウスの内部を覗くとまだ花芽のない背の低い秋菊が見える。秋菊は秋になって日照時間が短くなると花芽が付き蕾がふくらみ開花する性質がある。花芽ができる前の時期に電照して人工的に日照時間を長くして,開花時期を遅らせ,需要が最も多い正月から春の彼岸の間に花を出荷できる。最近は技術の向上により電照菊発祥地の愛知県の出荷量は全国第1位,その半分以上が電照菊で渥美半島が主要生産地でこの赤羽根がその中心地。菊の出荷量の二位沖縄県、三位鹿児島県、4位福岡県、5位長崎県と愛知県以外は南が多い。

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電球も省エネで進歩しているようです、E26口金は同じでもタングステン電球から蛍光灯タイプへそしてノーベル賞を受賞した青色LEDを応用した白色LED電球まで幅広く使われているようです。電球は沈んだ太陽の代わりとなって菊の花芽を遅らせ丈を高く高級品の菊を育成する。

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電灯色の他に道路際にも赤色の電照菊ハウスがありました

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赤色の電照菊ハウスの内部、電灯色が伝統色と思われるが赤色電照菊ハウスも赤色以外の栽培条件違いがわからない?路地栽培の菊は一般的には背丈が低いが商品価値が高い菊は90cm以上の丈がある高級品、花芽がつかないように夜間も照らし菊の茎を高く成長させると高く売れる。キクと高くが合言葉。

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電照菊ハウスも高級品菊の栽培なのか、総ガラス張りの立派なハウスもある

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この日は夜間でも気温が高いのか、道路端には扉を開けたままのビニールハウスもあるので内部の菊が丸見えの処もあった。

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出荷時期の調整のため電照栽培の菊を更に植え付け時期も写真のようにずらしている。秋に咲く品種の開花を遅らせ冬から春にかけての開花時期を人工的に調整して出荷日も調整している。愛知県は自動車出荷額日本一であるが農産物の出荷額は全国第六位と以外にも高い、冬でも暖かい渥美半島の自然条件のもとでいろいろ工夫した農産品の栽培、野菜の占める比率も高く、キャベツと菊の出荷額は全国一である。伊良湖岬に行く途中にはメロンやイチゴのハウス栽培もあり、観光客を集めている。

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愛知県田原市・豊橋市で全国の30%の菊の出荷量である。9月中旬から11月中旬にかけて、市内のあちこちで電照菊ハウスを鑑賞できるが、主に赤羽根地区を中心に伝統的な電照栽培が夜景として観賞できる。電照は沈んだ太陽の代わりとなる。

10月10日帰路に道の駅あかばねロコステーションの特産品売り場で安価(市価の1/5)で販売する地産の菊は一人10束までの購入制限があります。白菊は仏壇とお墓参りに、翌日は父の祥月命日の10月11日のお墓参り、赤や黄色の菊はお土産に買い求めました。仏心は加齢ともに思う気が増し、仏花の花といえば菊のイメージが否めない、ご近所へのお土産に赤色や黄色の菊がどう思われた気になる。何方に聞けばよいのか、隣の駅名は菊名である。

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2014年10月18日 (土)

鳥と蝶の鳥蝶天国

 鳥は羽で飛び、蝶は翅で飛ぶ、鳥と蝶でもチョウチョウである、漢字では鳥蝶とこんな感じである。9月下旬の標高1600m041 の白樺峠・タカ見の広場で盛りの過ぎたマツムシソウの残花を吸密していた渡り前の栄養補給していたアサギマダラ♀を観察した。その後
040 10月初旬には愛知県の南に位置して太平洋(遠州灘沖)には黒潮も流れる
気候温暖な伊良湖岬のタカの渡りや恋路ヶ浜などの有名な観光地の近く、渥美半島の標高100mの渥美の森でシロノセンダイグサを吸密していたアサギマダラの♂♀を見た。白039 樺峠も渥美半島もどちらもタカの渡りの名所、冬でも温暖な渥美半島はたくさんの草花がみられる蝶々の天国でもある。
038 鳥と蝶を撮影したのはタカの渡りを撮影した渥美の森展望台、この周囲にある桜の木にとまる野鳥とセンダイグサなどの草花に集まる蝶々である。この標高100mの展望台に上るには伊良湖岬に向かう二本の国道、259号線(田原街道)と037 国道42号線(表浜街道)に挟まれるようにある田原市渥美運動公園(アリーナ・柔剣道場・弓道場・野球場・テニスコート・多目的広場などがあ036 る)の弓道場前の駐車場から上り始める。登り口には展望台へ300Mの標識がある。この道を上り始めると毬栗(いがぐり)の中身の栗がない殻が落ちている、日の出前の暗闇でこれを踏みつけると「ふあ~」とした感じで気味が悪い。名づけて毬栗坂、この右曲がりが最初の曲がり角、次の左曲がりは二番目の曲がり、曲がった先に柿の葉と柿が落ちていた、ここは名づけて柿の木坂。この突き当たりが三つ目の右曲がり。035_2

4つ目の曲がりは階段状の左曲がりである。

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4つ目の曲がりの上には展望台とテニスコートへの距離を表示する標識がある 、それぞれ160Mと150Mである。033_3 この上は5つ目の曲がり角がある。

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その上は分かれ道、直進は近道だが急な上り階段が続く、手前の左に曲がれば少し遠回りだが登り坂は右よりも遠いが緩くなる女坂のような感じの6つ目上り坂となる、このあたりで030ようやく道半ば、足は背中のザックの重みで棒になり、突っ張る感じ、背中にも重く圧し掛かり、喘ぎながら休みながら上るが、肩の三脚も老体には重量過多、時々は肩から下ろして杖代わりだが手首の関節を傷めた古傷には重過ぎるので又肩に戻す。
029階段の先に休憩のベンチが見えるのでほっとする、ホットスポット、登る時のベンチマークでもある。七つ目の左曲がりの横でこのベンチで休憩しながら眼下の景色を撮影、まだ夜明け前には伊良湖岬方面に点在する暗闇の中に028_2 幻想的に浮かびあがる電照菊ハウスを撮影することが出来る ポイントでもある。七つ目の先に八つ目の右曲がりのカーブが突き当たりに見える。

027_3 八つ目の先に見えるのは九つ目の右曲がりの上りがある。026_2最後の10ヶ目の曲がりは直角に曲がると展望台への最後の上り坂、途中から左に少しカーブする階段になる、一段一段数えながらゆっくり登る。

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逆光の中に展望台が見える、最後の展望台真下の最後の石段まで74段あった、齢と同じ74段である、来年になれば一段増えて75段になっていればこれは階段ではなく怪談である。来年の話をすると鬼が笑うが後期高齢者となればこの階段へ辿り着くには、一段と辛くなると思われる、下り坂の人生でマサカと思うが上り坂の階段が逆に楽になればそれはタカ望みか渥美の怪談話である。写真は10月9日南風(タカが渡る一番の風向きは北西風)と小雨で地元の人が一人も上らない日に10時まで粘り一羽のタカも見ず、バカを見た展望台から下りながら写したコンデジの写真。

10月10日渥美の森展望台の野鳥と蝶々の鳥蝶天国、鳥の羽と蝶の翅(ハネ)の漢字の違いの意味もわからず、鱗粉の綺麗な蝶の翅は雨に濡れたら鳥のように雨覆いがないのでどうなるのかもわからず・・・蝶名もうちょうっと勉強してから書くべきでした。

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メジロ

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ホオジロ♀

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ヒヨドリ

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シロノセンダイグサと思われる花を吸蜜、後翅に暗色の性斑が見える浅葱斑(アサギマダラ)♂

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アサギマダラ♂ こちら向きなので珍しく裏翅が撮れたが透き通っているので表裏同じでした。鳥との違いを撮り違いました。

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アサギマダラ♀海を渡る前の栄養分の補給のようです

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ナミアゲハ 漢字では並揚羽、並は普通のアゲハ、ちょうかな 

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ナミアゲハ 紙ヒコーキのようにヒラヒラ飛んでいた

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アオスジアゲハ 青筋を立てるほど珍しくはなかった

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アオスジアゲハ

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キチョウ そんなに貴重品でもない黄蝶

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キチョウ 蝶は色・形・大きさ・模様・産地などから命名のようだが黄蝶にも種類はあるようなので単なる黄蝶でよかったのか?

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ヤマトシジミ 地面近くを舞う

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ヤマトシジミ

蝶々の種類はよくわかりませんので参考までに一般的に多いと思われる蝶名を入れましたが間違いがあればご教授願えれば幸いです。

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2014年10月17日 (金)

渥美の三羽の緋秧鶏

 タカの渡りを撮りに来た渥美半島・渥美の森展望台では今年は時期を逸したのか思うようにはタカは渡らず、皆既月食の日に替わりにオオアジサシが撮れたが、タカの渡りを撮影に来られた神奈川の鳥友からオオアジサシの翌日にはヒクイナの場所が近くにあると教わり、顔から胸・腹にかけて皆既月食と同じような赤銅色のヒクイナが撮1028 れたが警戒心が強いのとそうでもないのがいた。
緋秧鶏(ヒクイナ)は雌雄同色、成鳥は頭頂から尾羽までの上面が暗緑褐色で喉は白い。額・顔・頸から腹までは暗赤色。下腹部と下尾筒は白黒の横斑。虹彩は赤く、嘴は黒い、足は赤い。暗赤色の濃い成鳥一羽と色の薄い若いと思われるのが二羽がいるとの現場での情報であった。このアシ原には数え切れないほどの無数の名も知らぬカニがいた、蟹葦原とでも呼びたいほどのカニが蠢(うごめ)いている。日本昔話では猿がいればサルカニ合戦、ここは漁港なのでヒクイナとカニの替わりにシギとカラス貝ならば「魚夫の利」になると勝手な日本昔ばなしと中国の諺を思い出す。

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葦原の中から突然出てきたのは色の赤いヒクイナであった、ここには赤色の薄いヒクイナもいる。

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アシ原の中から出てきて素早い動きにここまでカメラを追うがピンボケも何枚も

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沢山のカニには目もくれず、警戒心が強いのか物陰のない餌場に出てくると動きが早い

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ここから駆け足で葦原に入ってしまった、ヒクイナは警戒心が強いと聞いていたがアシ原の外に出るとなお更である。

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葦原の中からあたりを伺うようにしながら出てくる

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葦原から出てきたのは赤色の薄い方、特徴のある尾を立てながらの餌探し

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灰色の沼地の真ん中に出てきた赤色の薄いヒクイナ、若いのか雌なのか、色と同じで警戒心も薄い

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色の薄い方が近づいて来た

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尾を立てながら動き回る色の薄い方

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葦原の中に沢山の蟹がゆっくり蠢(うごめ)く、下尾筒の白黒の横斑が時々見える

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16時過ぎに葦原の中の水場で水浴びを始めた(トリム)

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水浴び後の羽繕い

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水浴び後の羽繕いのストレッチ

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黒と白の横斑の下尾を見せながら、手入れ後には左奥に消えてしまったのでここで終了

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2014年10月16日 (木)

六羽の大鯵刺

 三日目の渥美の森展望台は風も吹かず雨であった。赤羽港で探鳥したが目当ての鳥がいないので前日に8羽のオオアジサシの群れがいた馬草港に午後から行ったみた。同じようにタカの撮影で成果のないビューホテルの駐車場から来た鳥友がオオアジサシを撮影中であった、鳥友からこの日は6羽に減っていると情報を戴く、前日は動きがない、芸のないオオアジサシを撮ったのを反省して、動きのある写真を狙った日であるが「ありゃーこりぁ撮った」がその成果は有りや無しや。

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飛び出しの構えかな?

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飛び出し前の万歳体勢かな?それともフン出し?ふ~ん

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飛び出し

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何に驚いたのかウミウ・ウミネコ・オオアジサシの全てが杭から飛び出す、思わず空に向けて撮った写真にウミネコと重なるオオアジサシの飛びが入った。

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その後の二枚目はウミネコの上を飛ぶオオアジサシ

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静止のオオアジサシとその横を飛翔するオオアジサシ

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杭の上での羽繕い、悔いを残さず丁寧な羽繕い

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飛び出しであって跳び移りではなかった

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飛翔直後

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近くを飛ぶウミネコに警戒しての身構え

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飛ばない羽ばたきはグルーミングの一種かな?

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15時43分西日にあたりながらの飛込み姿勢に見えたが・・・

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西日の光の中でのセーフのバランスの体勢でした

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近づくウミネコに前頭がゴマシオ頭の毛が逆立つように見える

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羽先でセーフ

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羽繕いの様子、冬羽の頭がマンガチックに見える

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唯一前列の朽ち始めたコン杭にとまったオオアジサシの羽繕い(何の変哲もないように見えるがこれは大発見であった)42本ある後列の新しいコン杭には空席があった。

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冬羽はゴマシオ頭に見えたと書いたが戦に破れた落ち武者の頭にも見える、秀吉に敗れた光秀が落ち延びていく時の頭もこんなザンバラ髪だったとの歴史のヒトコマを想像した・・・

 

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羽繕いは続くが15時45分で撮影を切り上げた。

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2014年10月15日 (水)

一週間前の皆既月食

 月が地球の影にすっぽり隠れる皆既月食が8日夜、タカの渡りを撮影に行った渥美半島の田原市赤羽根の「道の駅あかばねロコステーション」で観測した。赤銅色に染まった満月が秋の夜空に浮かび、幻想的な天文ショーを楽しんだ。この日は新横浜の自宅に連絡を入れると新横浜では雲が邪魔して赤黒い月が黒い雲の中から僅かにしか見えない怪奇月食を悔やんでいた。
 道の駅あかばねロコステーションで夕食を済ましたあとに、ふと見上げた東の空に白い薄雲が流れ、顔をのぞかせた月は時々黒い雲に隠れてしまい、折角の天体ショーが完全には見えないが月の食が進んでいる感じがするので昼間のタカの渡りや午後からのオオアジサシの撮影に使用した600mmと三脚、カメラD7100をトランクから持ち出して駐車場にセットした。
観測地の赤羽根は電照菊の産地でもある。7日早朝に国道42号を浜松ICから伊良湖岬に向かう途中で暗闇に浮かぶ電照菊栽培のビニールハウスをいくつも見てきた、中には赤色の電球で暗闇に浮かぶ赤色のハウスもあった処である。駐車場の隣は赤羽根漁港であり、漁を終えた漁船が繋留されていた。
ここで見上げた月に白い薄雲が流れ、時々雲が月にかかる。撮影開始したのは午後6時40分ごろ既に半分が欠けた月であった。7時20分すぎには地球の影にすべて入る皆既状態になり約1時間、赤黒く光った後、再び元の満月に戻った。9時40頃まで約2時間野鳥撮影の器材で久し振りの天体ショーの撮影であった。この日は観測しやすい時間帯ということもあり、赤羽根の駐車場ではサーファや若い男女が車の中からスマホで皆既月食を撮影している姿もみられた。

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最初の一枚目は18時50分既に半分以上欠けた月。昼間遠いオオアジサシを撮影していたので600mmX1.4倍XD7100(1・5X1.3)

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18時56分、半分以上欠けた月に白い薄雲がかかる、テレコンを外して撮影

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19時03分 D7100をDXに戻す(x1・3を外す)

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19:03 暗くなった月にISO感度を調整

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19:08 5分後には更に暗くなる(雲のせいかも?)

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19:47 撮影再開既には見事な皆既月食になっていた、これが所謂(いわゆる)ブラッドムーン、赤く染まった皆既月食、皆既月食になってから約20分後

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20:02 大きくトリムしてみたら赤銅色のバスケットボール

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20:25 1時間後の皆既月食の終わり

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20:28 3分後

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20:30 雲が皆既月食の邪魔をする、月に叢雲(むらくも)、花に風とはこのことか

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20:35

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20:50 赤黒かった月も明るく白く写る

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21:00 半分以上食が戻る

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21:11 月食にむらくも

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21:25 満月にそろそろ戻る

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21:37 皆既月食の終演が近づく

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21:38 またしても雲が月にかかる月雲半平太

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21:39 本来の満月

新横浜では見られなかった皆既月食を渥美半島・赤羽根で赤い月が見られてツキがあった。月食とは太陽と月の間に地球が入り、太陽・地球・月の順番に一直線に並んだときに地球の影に月が入り、月が欠けて見える現象。月が完全に地球の影に入る場合を皆既月食といい、月がブラッドムーン(赤色)に見えます。

それにして相変わらずの過去ログで恐縮です。

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2014年10月14日 (火)

渥美の森の蝦夷鶲

二日目の渥美の森展望台でタカの渡りを撮影中に展望台の前にある桜の木にとまったエゾビタキ。
蝦夷鶲(エゾビタキ)の名前の由来は、蝦夷(北海道)よりも更に北のシベリア南部やカムチャッカ半島で繁殖し、蝦夷から渡ってくるヒタキという意味のようです。日本には春と秋(秋の方が多い)に渡って来て東南アジアやニューギニアで越冬する

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渥美の森展望台から東の方向にある大山の朝焼け(10月8日Am5:54分 撮影)この後の朝日は雲の中で上ったので日の出は撮れない朝であった。

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4時間後の10時頃に初めは右側の桜の先端にとまるエゾビタキ

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上手に撮って!と気取るかのようなエゾビタキ

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最初の枝から展望台左側の桜に移動したエゾビタキのトリム

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桜の新芽を見つめるようなエゾビタキ

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正面顔

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更に大きくトリム

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桜の葉が二枚残っていました。

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同じ桜の枝

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飛び出し前のトリム

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飛び出し

10時03分~04分の1分間のエゾビタキでした。

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2014年10月13日 (月)

8羽の大鯵刺

 二日目の渥美の森展望台もタカの渡りは僅かしか見られなかった、期待したタカの観察で不完全燃焼の悔いが残った。今日は悔いはくいでもオオアジサシがとまる杭の話である。
午後3時で切り上げた渥美の森展望台から馬草港に移動した。
昔は海岸に無数の竹竿が海に刺さっていたが撮影日の10月8日は最近の台風で飛ばされたのか、あるいはとっくに無くなっていたのか、竹竿は一本も残っていなかった。竹がなくて悔いが残る竹杭の話でもある。海中にあるのは一見して腐った木杭に見えたが全てがコンクリート製のコン杭であった。台風などにも飛ばされず、塩害にも耐えて海中の杭が残っている、前後二列あり、前列は古く朽ちているものが多く、後列は前列に比較して新しい杭、前後二列を数えると84本あった。84本の杭の両端には航行の安全に黄色いライトのある背の高い杭が二本あるので海鳥が86羽とまる景観は壮観だろうと想像。この日はウミウ、ウミネコに混合してオオアジサシが8羽が杭にとまっていた、8羽のオオアジサシは全て前後二列のコン杭に何故か後列にとまる。

杭には頭頂が白い羽毛で被われ黒い斑紋が入るオオアジサシの冬羽がみられた。全長46cm。翼開張100-130cm。尾羽には浅い切れこみが入る。額から頬、頸部、胴体下面は胴体下面は白、背中は暗灰色の羽毛で被われる。尾羽の色彩は暗灰色。嘴の色彩は黄緑色や黄色。夏季は頭頂が黒い体毛で被われるが今の時期は冬羽のゴマシオ頭である。
図鑑によれば尖閣諸島の魚釣島近くの小島で繁殖、南西諸島や小笠原諸島などでは夏期には少数が毎年観察されるが、本州近海などの記録は迷行例とある。

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コン杭は前と後ろの二列に並んでいる、オオアジサシは常に後列の杭にとまる

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夏羽は前頭から後頭にかけて黒く、頭全体が黒く見えるが冬羽は前頭が白い毛で覆われ、黒い斑紋が入る、一見すると前頭はゴマシオ頭に見える。

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ウミネコは杭の周りでも浮いているがオオアジサシは杭の周りでは海に入らない

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地元のウミネコや鵜に遠慮してか?常に後ろの杭にとまる

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オオアジサシは8羽とも静止状態、潮が満ちてきてもただ杭にとまってあたりを見ている、写真に動きがないのである。ウミネコと較べると全く芸がない!

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嘴の黄色い色を確認するために色を濃くした

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後頭の冠のような形を確認するためにトリムしてみた

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満ち潮になってきたがそれでも杭にとまるオオアジサシ、ウミネコが遊びに来たがそれでも知らん顔、潮が満ちてくると砂浜の撮影が徐々に堤防へと後退してレンズの距離計は90mを越える。遠いオオアジサシであった。

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2014年10月12日 (日)

渥美の森の差羽

 伊良湖岬・恋路ヶ浜の手前、259号線の伊良湖シーサイドゴルフクラブの入口前にある「芭蕉の句碑公園」に「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良湖崎」の芭蕉句碑が建っている、裏面「この句は、芭蕉が愛弟子の杜国の衝心を慰めようと、貞享4年(1687)冬越人を伴い、保美に杜国を尋ね馬を並べてこの地に清遊したとき詠んだ句である 昭和五十八年三月建立 渥美町」と刻まれている。現田原市伊良湖町。
月に遠征した信州白樺峠・タカ見の広場はタカの渡り観察は1989年に前方に松本平を望む、後方は乗鞍岳の眺望、この白樺峠が、タカの渡りのルートであることがわかった年から始まって歴史はそほど古くはない。それに比して伊良湖岬は芭蕉の句にも鷹が詠まれるほどタカの歴史がある場所である。

伊良湖岬恋路ヶ浜の手前約8kmある渥美の森展望台へ10月7日から今年も登った。弓道場の上にある駐車場から330m、海抜100mの展望台にカメラ器材を担いで喘ぎ喘ぎ、休み休み携帯の万歩計で700歩の山登りは今年で4年目であるがあまりタカが渡らず、既に最盛期が過ぎた感じであった。

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サシバ成鳥♂

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サシバ幼鳥

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上と同じ個体、サシバ幼鳥

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サシバ幼鳥

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上と同じ個体、サシバ幼鳥

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サシバ幼鳥

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上と同じ、サシバ幼鳥

   

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2014年10月 6日 (月)

大瑠璃・鮫鶲

 久し振りの小鳥のブログである、半月前に撮影した小鳥である。もっと近くで撮れればツキがあったが、遠いので半ツキと言える。
タカ見の広場の周囲にある白樺林や唐松林の枝や天辺にタカが飛び始める前の早朝に小鳥がとまった。タカが舞いはじめる上昇気流の起きる前、9月21日(日)7時頃から20分間に4ヶ所の木に小鳥が飛んで来た、タカと同じように東南アジアへ越冬に帰る前の中継地なのか休憩地なのか。翌日も翌々日も同じ時間帯には見られなかった。ここは小鳥の撮影が目的で来た訳でないのでいずれも遠く写真は全てトリムしてある。

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タカ見の広場にある売店側の白樺の木にオオルリ若がとまるのを見つける

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なかなか全身を見せてくれない

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全身を見せぬうちに飛び去るオオルリ若

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オオルリ若がとまった同じ白樺の樹にこんどはサメビタキがとまる

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サメビタキが羽をひろげてのサービス

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さらにトリムしたサメビタキ

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タカ見の広場の前方にあるカラマツにエゾビタキ

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これが前方50mくらいのオリジナルの大きさ

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太陽が昇る鉢盛山方向のカラマツの天辺にとまる、逆光の中のサメビタキなのかエゾビタキなのか?

オオルリもサメビタキもサシバやハチクマと同様に越冬地がそれぞれ違うようだが来春には繁殖地でもっと近くで撮りたいものだ。

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2014年10月 5日 (日)

登山道・定点観測・白濁温泉

"人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し、必ず急ぐべからず"
タカ見の広場への山道を登る時はいつもこの家康の家訓を思い出す。昔は後から登ってくる人には余程の健脚の人でなければ抜かれたことがなかったが70歳を越えてからは後から来る人に道を譲るのが常道となった。家康の家訓は昔は暗誦していたが加齢のボケでこの後はうろ覚えであるのでWebで確認すると次の家訓が続く。


不自由を常と思えば不足なし

心望み起こらば、困窮したる時を思ひ出すべし

堪忍は無事長久の基

怒りは敵と思え

物好きは末に歎くことありと知れ

勝つことばかり知りて負くることを知らねば、害その身に至る

唯だ己を責めて人を責むるな

何事も及ばざるは過ぎたるに勝れり

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5時42分頃から登りはじめて最初のつづら折は3本の白樺がある、ここで5時55分、ここを左に登りながらつづら折を曲がると急坂が待ち受ける

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二つ目のつづら折を右に登る、階段を上りきると「タカ見の広場」の案内板を見るとホッとする時は6時8分、残りは20mの登りで展望広場

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ここを左に曲がると展望広場に到着、この日も寒く霜の降りたツリガネニンジンが出迎える、登山道入口からここまで30分も費やす。

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タカ見の広場の白樺林の中から陽が昇る

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展望広場には花が終わった後の白いシモツケソウ?が8月の花の盛りにはピンク色の花が群生していたと思われる

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後ろを振り返ると乗鞍岳は晴天の中に浮かんでいた

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コンデジの望遠で写した摩利支天岳のコロナ観測所

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展望広場の案内板

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タカ見の広場周辺図の大写し

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タカ見の広場の眺望図と朝6時16分の到着した時間のカメラマンはまだ少ない

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6時57分、まだ上昇気流がないのでタカは飛ばない、タカ見の広場からの眺望、V字の向こうは松本市

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13時46分、午前中に昨日の最大のタカ柱の残りが渡った後は暇つぶしに定点観測所を見物に向かう

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タカ見の広場から15分山を下るとこのような定点観測場所の表示板

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13時50分頃の定点観測所の様子、タカが渡っていない時間なので暇そうでした、日曜日なので応援の学生も来ていました、右端の二台の観測用のスコープと撮影用カメラの他に左側に十台くらいのスコープがセットされていた。

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タカ見の広場からは見えないダム湖と斜面に見えた八の字がここでは八の字が正面に見える

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定点観測の右約50mの枯れ木にオオタカが止まっていたので定点観測のスタッフが望遠レンズで撮影していた

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定点観測付近にあるテントとテーブル、宿泊と食事の場所?

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タカ見の広場に戻るには山道を20分登らなければならない、往きはよいよい、帰りは辛い。

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帰りに撮ったタカ見の広場、土日の天気予報が雨(実際は晴天となった)だったので最盛期にも関わらず300人も入る広場にはまばらな200人程度

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4時半頃にタカ見の広場を降りて、スーパー林道を10分位下ると乗鞍高原に出る、正面の観光センターを右折する左手にバス停が見える、バス停横に2,3台の駐車スペースに車を置いて、道路を渡りジャリ道を1分も下ると沢に面した無料の温泉「せせらぎの湯」がある。砂利道の途中で駐車スペースに停めてあった千葉ナンバーの観光客一人とすれ違う。

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浴室は4畳半程の大きさ、木造りの感じが良い、正面の下はせせらぎの流れ、右側は大きな岩が視界を遮る。半露天のような造り、浴槽は3人も入れば一杯、4人入れば窮屈。丸太をくり抜いて造られた湯口から投入される湯は乗鞍高原温泉特有の白色の濁り湯、野趣満点の中に「硫化水素型」の単純硫黄泉白濁湯がある。日曜日の割りには空いているので貸し切り状態で登山後の温泉を楽しむ気分、三日目の疲れが癒された。

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温泉小屋の下を流れるせせらぎと温泉小屋 から流れ出る白濁の掛け流しの温泉

白樺峠に最初に来た頃は夕方になるとタカの渡りを撮影に来た人達で賑わったがその中にYプロの姿もあった、今は昔の喧騒がなかったように侘しい佇まいを見せる静かな温泉であった。

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2014年10月 4日 (土)

タカ見の広場の想い出

 今年で10回目の白樺峠・タカ見の広場、来年も登れるかどうか先のことがわからない年になった。タカの渡りの想い出はサシバやハチクマの写真以外にコンデジで撮った現場の風景も想い出となっている。001
初日の9月19日は白樺峠の夜明け前に到着した駐車場で快晴の朝を迎えたが車のフロントガラスに霜が降りて温度計は2℃の寒い朝であった。後で確認した上の定点観測地点では1℃が記録されていた。明るくなってきた5時40分からタカ見の広場へ上り始めて、30分後タカ見の広場の手前にある003 展望広場で霜の降りた草原に咲く花を1枚目に撮影したツリガネニンジンと思
われる花の写真です。 マツムシソウもここで最後の花を咲か005_3 せていた、ゴマナのような野花も咲いていた展望広場付近の草木の紅葉も始まり、ススキも咲いていた。
 

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タカ見の広場の白樺林の中から朝日が昇り、草の上に降りた霜が白く見える遊歩道を照らし始めた。

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展望広場の後ろを振り返ると長野県松本市と岐阜県高山市にまたがる乗鞍岳の山々が晴天の空の下にあった。

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コンデジを更に望遠にすると乗鞍岳の主峰剣ヶ峰(3026m)右に見える麻利支天岳(2873m)に見えるドームの建物(旧乗鞍コロナ観測所)が白く輝く。

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7時頃逆光の中で撮影したタカ見の広場の眺望図

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太陽が視界から見えなくなった8時頃のタカ見の広場からの前方の眺望

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10時過ぎに地元の小学生が先生に引率されてタカの渡りを見学に来た、売店近くで中村さんの話が中心の郊外授業である。

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麦藁帽が欲しくなる陽の強さでおもいっきり陽に焼けた日になった。

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暑さに蝶も花に出てくる、イチモンジセセリかな?拡大したので日付の部分が割愛された。

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中村さんが小学生への説明に使ったサシバの実物大の写真の切り抜き(小学生が帰った後でカメラマンの一人が記念撮影していた)中村さんの小学生への説明が勉強になると大人達も父兄参観のように聞き入っていた。

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こちらも中村さんが小学生に説明したサシバよりも更に大きいハチクマの写真の切り抜きである。

この日は平日の金曜日、大野川小の小学生が1~3年生と4~6年生がそれぞれ6、7人のグループの二班に分かれての校外授業、合わせても14、5人が全生徒の地元の小学校であった。流石に上級生はタカ見の広場を活発に駆け回っていた。
小学生の見学していた午前中はタカはあまり飛ばなかったが帰った午後からは午前中よりも飛ぶ、この日はサシバ約900羽とハチクマ40羽以上の900羽以上のタカが渡った日であった、初日としては満足する数であった。

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2014年10月 2日 (木)

花蝶風月

 十日前のお彼岸の中日に白樺峠に居た、この日のタカ見の広場の眺望は295  雲海の中にあった、これも運かいと洒落れも出る程見事な雲海であった。タカ見の広場からの日の出前の5時40分から日の出と6時6分までの東の鉢盛山方向の眺望。鉢盛山の南西にある野麦峠から程近い御嶽山が戦後最大の火山災害が起きた、誰もが予測出来ない不幸な出来事の五日前のお彼岸の日であった。
170_2  爽やかな季節の花鳥風月と言いたいところだが今日は花蝶風月と洒落神戸(頭:こうべ)を垂れる。タカ見の広場の階段状になっている前方の見物席は空からタカに見られないように人影を隠す花が咲いている、その花の中に盛りを過ぎた藤色のマツムシソウの花がまだ咲いている。 226_3 夏から秋にかけての花の時季はとっくに過ぎたが、この頃のマツムシソウの大半の花は、花のあとに海坊主のような形の種子になっているが日溜りに咲く残り花に蝶や昆虫が往く秋を惜しむかのように花に群がる。名も判らない蝶々の中にこれだけは知っている大形のアサギマダラがこれからの長旅の準備なのか、残り少なくなったマツムシソウの密を探して、花から花へ吸密を繰り返すので写真が撮れる、普段は青空をヒラヒラ鳥の様に飛ぶので巧く撮れないが花にとまると上手に写真を撮ってと言わんばかりに色々なポーズをとるモデル嬢の様に写真が撮れるが人間とは違いポーズは要求出来ない、翅が左右に開いた時はカメラマンのシャッター音が一斉に聴こえる。
アサギマダラは前翅長5~6cm羽を広げると10cm以上になる大型の蝶です。前翅の黒い筋の中に透き通るアサギ色の部分がこの蝶の名前の由来になっている、浅葱(アサギ)とは青緑色の古称、蝶の名はこの部分の色に由来する。後翅は茶色の地色。表翅の中央部から基部にかけてアサギ色の透き通るような部分に日付と場所と名前などの記号をマーキングして渡りの調査をするグループの記録によると、標高1000メートルから2000メートルほどの涼しい高原地帯を繁殖地とし、秋、気温の低下と共に南方へ移動を開始し、海を渡り九州や沖縄、さらに八重山諸島や台湾にまで海を越えて渡る1000キロ以上の大移動をする。今までに台湾や中国大陸まで2000キロ以上飛んだ個体も確認されているそうです。

このアサギマダラを知ったのは10年前に白樺峠のタカの渡りを撮影中に海を渡る日本唯一の蝶であると学習して、その渡りのすごさを知って以来、春の北上、秋の南下繰り返す世代を越えての渡り、毎年タカの渡りと同じ季節の9月に標高1600mの白樺峠と10月の渥美半島・伊良子岬の平地で見掛けるようになり、タカの渡りと同じように青空を舞うその優雅な姿を毎年楽しみにしている。

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最初にマツムシソウの花に来た蝶はミドリヒョウモン?のようなヒョウモン族の蝶々

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後翅の外縁が欠けているヒョウモン族の蝶の名前が判らない、蝶が専門でないのでチョウがないことか。

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アサギマダラは4枚の翅を閉じて吸密する時間が長いが時々翅を開く

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4枚の翅(はね)、前翅・表翅の黒筋の中の浅葱色と後翅・表翅の茶色、後翅の表にある黒い性斑がないので♀のようだ。

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吸密する様子を側面から写した半ば開いた4枚の翅

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前翅と後翅が重なった時の右の茶色・後翅・裏面

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反らすように持ち上がった基部、交尾前か後かは定かではない、触って硬ければ交尾後らしい。

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四枚の翅をずらした瞬間

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上のマツムシソウにウラナミシジミ?のような小型と大形の二頭の蝶

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翅(はね)縁がオンボロロのヒョウモン族の蝶

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一番上にいるのはイチモンジセセリ?のような蝶、右下はヒョウモン族の蝶、横綱はアサギマダラの三頭揃いの吸密

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葉陰が映るアサギ色の半透明の前翅の裏翅

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触覚と前脚・中脚もハッキリ解る、前翅と後翅の両方ともどこにも疵や欠けがない無傷の綺麗な蝶

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同じような空の色に映えるアサギマダラとマツムシソウ・花のあとの海坊主

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秋に咲いた薄い紫色のマツムシソウとアサギマダラも去る時がきた。

花鳥風月は美しい自然の風景や、それを重んじる風流を意味するが花蝶風月もそれに準じる創作の四字熟語と思う。花よ鳥よ風よ月よ・・・が鳥(ちょう)が蝶(チョウ)になった、蝶よ花よの語呂も良い。

思い出せば野鳥撮影を始める前の趣味は花を追いかけていた。

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2014年10月 1日 (水)

タカ見の広場の八角鷹

 駐車場の登り口からタカ見の広場までの三つのつづら折の登り坂、普通の人が20分位の道程を30分以上掛けてヨチヨチ上る、歩幅はシューズの長さの25cm、喘ぎ喘ぎ休み休みながらの登山である。喉が無性に渇くので水分補給しながらの登山であった。こんな思いで上ったタカ見の広場で青空を見上げると目の中に虫が飛ぶように見える飛蚊症、昔は糸くず状であったが今年は丸い物が浮遊しているようになった、オタマジャクシのような、@のような形のモノが動く、視野の中にタカの渡りのように見えて邪魔をする、視線を動かす度に表れては消えていく、白い雲の中にも表れる、黒い山を見ると消える、加齢とともに飛蚊症もひどくなる。タカ見の広場で見知らぬ人?によく挨拶されるが名前が思い出せない、昨年は駐車場で隣に停めたとか、二年前に戸隠で会ったとか、名前どころか顔さえ思い出せない時もある、こんな時は単なるモノ忘れどころか痴呆症にでもなったのかと思い知らされる、年々ひどくなるモノ忘れである。体力・脚力の衰え、飛蚊症の拡大、モノ忘れの悪化、年々酷くなるこの三つを克服しながらのタカの撮影であった。

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6枚の風切羽先が枠からはみ出した、上嘴の蝋膜は黄色、虹彩は暗色

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上と同じ個体、下を入れたら上が枠からはみ出した、鼻孔まではっきり見える、6枚の風切の羽先が黒い、胸から腹にかけて褐色の縦斑、体色が中間型の幼鳥

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黒い太い尾の横帯が二本、風切にも横帯が2,3本ある、虹彩は暗褐色の♂

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虹彩は赤黒褐色

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淡色型成鳥♀

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虹彩は暗色、嘴基部と蝋膜は黄色、淡色型幼鳥

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虹彩は黄色、淡色型成鳥♀

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虹彩は暗色、翼先は黒くつぶれている暗色型幼鳥と思われる

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虹彩が暗色の中間型♂のように見える、ピンが甘いがそのうが膨れているので採餌直後

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淡色型♀成鳥?

写真を貼りながら一番酷くなった加齢の症状は、脚力・飛蚊症・健忘症の三つの症状よりも、もっとひどいボケがピンボケであったと今頃になって気付く事の顛末。佳麗に歳をとる秘訣はないのか、妙薬はないのかと思い巡らしながらお粗末な過去ログをセットしたが心のうつろいがいつしか四季のうつろいとなり、今日からはやおろずの神が出雲にあつまる神無月である。

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