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2014年11月

2014年11月26日 (水)

箱根湖尻の野鳥

 神奈川県探鳥地50選の箱根であるが箱根と云っても広いですね。箱根といえば今まではビジターセンターの駐車場にとめて、野鳥観察舎を中心に探鳥していたがこの3,4年は成果が乏しく、霊峰富士と紅葉などの自然の景観には癒される恩恵を受けてたが探鳥は成果が乏しかった、鳥運にも見放されて今年も落胆の日々であった。昨年はアザミの種子やオオバヤシャブシの種子に来ていたマヒワはまだ早いのか?姿を見ることもなく、木々の冬芽がまだ早いのかベニマシコも見ることもなく、落葉をめくり昆虫を探すカケスは目撃したが写真は撮れず、留鳥も思うようには撮れずであった。
芦ノ湖は周囲21km、湖尻水門から先の西岸遊歩道は歩いたことがないが、芦ノ湖を一周する散策路は一部を一般道を歩いて健脚の方でも7時間以上はかかると思われる。芦ノ湖は広いのでまだ一度も見たことがない湖尻水門へも行ったみた。ここは暗いうちからキャンプ村の前にある無料駐車場に車をとめて、芦ノ湖のニジマスを狙う釣り人が行く場所とは聞いていたがここまで足を延ばしたことはなかった。

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再掲の湖尻園地の地図、湖尻水門は地図の左下である。

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11月15日撮影のマユミとメジロ

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無料駐車場の隣のマユミに来たメジロ

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下の草地にいたホオジロ♀

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下の草地にいたアオジ

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湖尻水門に向かう散策路で落葉めくりをしているカケスを見つけたが撮る前に逃げられた、直後にキジが散策路を横切った。

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箱根湖畔ゴルフコースの前から撮影した湖尻水門

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湖尻水門の脇、キャンプ場近くにある監視カメラ、カメラ方向は芦ノ湖の水位を監視している。水門前にはオオバンが番をしているかのように泳ぎ回っていた。

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湖尻水門から深良水門方向にはホシハジロなどの水鳥が群れていた

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遠め目の肉眼ではスギの木にオオタカが水鳥を狙っているように見えたがキジバトだった。

箱根・湖尻水門付近でもさしたる野鳥撮影の成果は無かった。

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2014年11月24日 (月)

五年間有効の肺炎球菌ワクチン

 昨日の日曜日午後五時半からの日テレの人気番組、”笑点”の大喜利で円楽が肺炎球菌ワクチンの話をしていた、円楽は来年三月までに65歳になるのか?東京都から肺炎ワクチン接種の案内が来ていたらしい。ワクチン注射代4000円とも話していた。
この番組を見て、土曜日にかかりつけのクリニックで2週間前に予約しておいた、肺炎球菌ワクチンを実際に接種してきたので備忘録のつもりでブログに記すことにした。
俳優の西田敏行がTVやWebのCMに出演して10月から啓発運動しているのは今年からの新制度である肺炎予防である。今回の対象者は平成27年に満年齢で65歳・70歳・75歳・80歳・85歳・90歳・95歳・百歳。今回接種すると5年間は有効の肺炎ワクチンである。

日本人の三大死因であった悪性新生物、心疾患、脳血管疾患であったが二年前から肺炎は、がん(悪性新生物)、心疾患(心不全など)に続き、日本人の死因の第3位で、肺炎で亡くなる方の約95%は65歳以上の高齢者が占めています。肺炎は第4位から3位になった経緯があります。

友達が今年の正月から肺炎で苦しんでいたのを思い出し、横浜市からの3000円で肺炎ワクチン接種の資料が来た際に、今月の初旬に掛かり付けのクリニックに接種を申し込むとワクチンの取り寄せに2週間程時間がかかるといわれて11月22日のいい夫婦の日に接種することになった。インフルエンザの予防接種を一度も経験したことがないので痛さの比較は出来ないがあまり痛くない注射であった、接種料金は東京都より千円安い3000円であった。後で赤く腫れる場合もあるとも言われたが三日目の今も異常なしである。ワクチン予防接種済証と接種日が記入されたシールを貰った、これは5年後の備忘録であるらしいがそれまで生きているかわからないと冗談なのか本気なのか減らず口をたたいて受け取ってきた。
接種後に医者にビールを飲んでもよいかとお尋ねすると今日はダメと言われ、この日に歯医者で麻酔をかけての歯の治療を予約していたのでこれも一週間延期の手続きをして帰宅した。

「酒なくて何の己が桜かな」この半世紀、日本酒は飲めないがビールを飲まない日はなかった。最近は缶ビールなので飲まない日は休缶日と呼ぶのだろうが体調の悪い日は年に一度か二度あるかないか、このような日が休缶日の休肝日となる。ワクチン接種後に医者からビールを禁酒と言われたのでノンアルコールビールを飲んだ。昔はゴルフプレーの帰りに飲んだのがキリンのノンアルコールであったがその当時よりも現在はビール各社がノンアルコールビール販売に拍車が掛かり、人気も出て販売量が増えて、味もよくなってきたがアルコールが入ってなく、酒税もかからないのに酒税のかかる第三のビールよりも値段が高いのが不思議あり、気になることである。
ノンアルコールビール>第三のビール であるが ノンアルコールビール<第三のビール が望ましい価格、ノンアルコール=清涼飲料水・ジュース が夢の価格。

話がとんでもはっぷんにそれたが話の筋は健康である。好きな時代劇に「剣客商売」がある、剣が強い親子の道場主が剣を商売として生業(なりわい)とする話である。野鳥撮影も足腰が強くないと成り立たない、箱根神社参拝の折に健康と健脚の心願成就祈願をしてきた。先月は戸隠神社四社と米子不動尊を参拝してきたばかり、老いては神社のパワースポット巡りで健康と健脚の維持らしい、本当に我ながらいじらしい。

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箱根神社へ参拝する杉並木の石段、石段は数えなかったが厄除けの縁起なのか八九段あるらしい。花粉症には花粉の時期には参拝できない神社である。

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箱根神社は戦国武将が武運長久を心願成就祈願した神社で有名であるが時代とともに祈願の内容が変化するのが時代の習い、その昔剣客が剣術の上達と武運を心願したと思われるが、長寿息災で足腰も丈夫にと健脚を祈願してきたのは10日前のことである。

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2014年11月23日 (日)

神奈川県の探鳥地

 今年のブログのサブタイトルに「地元神奈川県には探鳥地50選がありますので始めた頃の初心に戻り地元で原点回帰をします。」と007 の言葉を入れて11ヶ月が経過する前にようやく実現させたのが箱根・野鳥の森での探鳥であった。
この探鳥地も5,6年前は年に1回の探鳥でも、野鳥観察小屋でもベニマシコやジョウビタキ・マヒワなどの冬鳥がそれなりに撮れたがこ003_2 の3年間はこの野鳥観察小屋と一周550m約15分の周遊路では探鳥の成果はなかった。原因の一つは野鳥観察小屋の前にある池の周囲に小鳥が水飲みに来るように整備されていたのが荒れ放題のまま、水面が見えていた池のなかに雑草が生い茂り、野鳥が来る気配がなくなったのである。写真右上は野鳥の森・野鳥観察小屋、左は観察舎右にある案内板。

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上はビジターセンターで配付しているビジターセンター周辺地図であるがスタッフに野鳥のポイントを質問するとこの地図でポイントを案内してくれる。昨年の今頃は地図の白百合台園地に近接する昭和天皇の御手植えのヒノキの近くで枯れたアザミの種子を採食するマヒワを紹介されて撮影したが今年は(つどいの原っぱ)の水道(水飲み場)近くでベニマシコがスタッフが目撃したと案内されたが二日間の朝駆け夜討ちも空しく一度も見掛けることはなかった。餌になる草木も見当たらないので、どうやら通過の時の目撃らしい

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野鳥観察舎の観察窓から覗いた池縁の石にいたジョウビタキ♀

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ジョウビタキ♀の飛び出し

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枝の上のジョウビタキ♀

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野鳥観察舎の前に来たエナガの群れ

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池の上の枝にとまったエナガ

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今年はこの野鳥の森・野鳥観察舎から撮れたのは上のジョウビタキ♀とエナガだけでした。

神奈川県探鳥地50選として数々の恩恵を受けてきたこの野鳥観察舎はこの3,4年は落胆の日々を迎える寂しい観察舎(観察者)となりました。恩恵と落胆の観察舎となった。

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2014年11月20日 (木)

箱根の富士山

 富士山は2013年6月世界文化遺産に登録されました。当初、富士山は「自然遺産」への登録を目指しておりましたが、富士登山ブームでし尿は垂れ流し、裾野にはゴミが放置されていた環境保全の問題で登録はできなかったようです。昨年6月の「文化遺産」登録までには苦難の歳月があったようです。この富士山の世界文化遺産登録名は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として国内13番目に登録されました。富士山は日本最高峰として古くから信仰の対象になってきたのと浮世絵など芸術作品の題材として多く採用され、国内だけでなく、西洋の芸術思想にも影響を与えてきた点が評価されたそうです。
因みに14番目は今年6月に登録された「富岡製糸場と絹産業遺産群」です。日本の世界自然遺産は「屋久島」「白神山地」「知床」「小笠原諸島」の4ヶ所。富士山がこの自然遺産の中に入らなかったのも不自然な気もしますが遠見では美しい富士山も登山者によるゴミの山となっていては仕方がないことです。自分が出したゴミは各自が持ち帰る習慣が徹底しない限り、今は登山者から徴収した入山料でアルバイトを雇いゴミ拾いをしているそうです。
 風の強い日であった11月13日は野鳥撮影を諦めて箱根神社・箱根関所・恩賜公園湖畔展望館の観光と翌々日の15日に湖尻水門付近で野鳥撮影後に湯河原方面への帰路に芦ノ湖スカイラインを湖尻ゲートから入り、ドライブした際に富士山ビューポイントからの富士山を撮影した。
世界文化遺産富士山は静岡県と山梨県にありますが、静岡県との県境を走る芦ノ湖スカイライン(芦ノ湖は殆ど見えず、見えるのは富士山)の富士山と神奈川県箱根の富士山ビューポイントの写真です。手軽なコンデジとカメラまかせのD7100で撮りました。

最初は11月13日、この日は風が強く、桃源台の箱根ロープウェイも運転休止、芦ノ湖の湖面は波立ち、大型観光船以外の手漕ぎボート・足漕ぎのスワンボート、モーターボートなど小型のボートなどは全て休船していました。

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箱根関所の69段の石段を上った遠見番所からの芦ノ湖と富士山、下の建てやは番屋・江戸口御門付近、中央の紅葉は御番所茶屋

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江戸期の芦ノ湖は船の通行は禁止であった、遠見番所は芦ノ湖を監視する番屋でもあった、芦ノ湖の観光海賊船と富士山

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江戸口御門の御番所茶屋にはカメラ台に置いた自分のカメラでセルフタイマーで富士山を写せるサービスがあった。

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箱根町の観光船乗場からの富士山、この日は休業中

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箱根関所の杉並木の間からの富士山

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恩賜公園・湖畔展望館の二階テラスからの富士山、箱根一番の富士山眺望といわれ、庭で記念撮影の人々が多い処

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同じ処からコンデジの望遠撮影

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元箱根港からの富士山と観光船

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この日は風が強く小船は全て繋留されていた

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元箱根港からの富士山と箱根神社の鳥居

11月13日に箱根神社で初穂料の看板を受付で見たが15日は七五三のお祝いの日、遠い昔を思い出した。湖尻口より芦ノ湖スカイラインに入り、湖尻峠を過ぎると右手に富士山が現れた。

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芦ノ湖スカイラインからの富士山

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三国峠の駐車場

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三国峠の世界文化遺産記念と記念撮影

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三国峠の世界文化遺産記念とW富士山

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三国峠のススキと富士山

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杓子峠の富士山、この頃になると雲がかかってきた

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レイクビューの植物園にある二つ目の富士山世界文化遺産記念のあるパノラマ展望台では富士山に雲がかかりこれがこの日最後の富士山

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パノラマ展望台から13日に撮影してきた箱根関所・湖畔展望館・元箱根・箱根神社方面を一望した芦ノ湖を撮影して終了

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2014年11月19日 (水)

寡黙、哀愁、男の優しさ、名優 高倉健さん逝く

 奇しくも(くしくも)二日前に”人生80年どのように生きるか!”昨日は”平均寿命よりも健康寿命”のブログをUPしたが夕方にTVで名優高倉健さんの訃報を知った。今朝の朝刊一面に大きく、社会面全面に掲載された人気の名俳優である。

その昔、高倉健さんの人気にあやかり、氏名の漢字三文字が「倉」と「久」の一字違いなので「たかくらけん」の「ら」抜けの「たかくけん」と自己紹介していたのを想い出す。「ま」なら間抜けの「たかくけん」になるとオチまでつけての自己紹介であった。もうこの自己紹介に終止符を打つ時がきた。

各メデアの報道では高倉健さんの座右の銘として比叡山大阿闍梨(あじゃり)、酒井雄哉氏の言葉「行く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」・・・行く道(人生)は精進して(己を慎み磨き努力して)、辛抱して人生を終わり、それで後悔は無い。

心に刻んでいた座右の銘そのままに生き、名優を演じて、逝かれたように想う。
寡黙、哀愁、男の優しさがみられる映画、健さんを偲ぶTVの追悼番組がはじまった。 合掌

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2014年11月18日 (火)

平均寿命よりも健康寿命

 今朝は出掛ける予定がないので朝日のTV版を見ていたら「救心」でワクワクする毎日を。晴れて手にした自由時間で、旅行やスポーツを楽しむ人が増えています。でも、はりきりすぎにはご用心。旅先では普段より長時間歩いたり、名所旧跡の長い階段を上ったりしてに負担がかかりがち・・・以下略、救心製薬の「求心」の宣伝がTV番組欄目立つところにありました。身に覚えがあることなので思わず見入ってしまいましたが求心はまだ飲んだことはありません。
 昨日は厚労省のデータで男性も平均寿命が80歳を越えたことから「人生80年をどのように生きるか」のタイトルのブログでしたが、今日は「平均寿命よりも健康寿命を延ばす」障害のない生涯学習の話です。
Webから引用した「健康寿命」は、健康で支障なく日常の生活を送ることができる期間またはその指標の総称を指す。生活の質(QOL)を重視する考え方に基づき、WHO(世界保健機関)が2000年(平成12年)にこの概念を公表した。平均寿命から介護や病気で寝たきりの期間(自立した生活ができない期間)を引いたものが健康寿命になる。つまり、何歳まで自立して健康に暮らせるかの指標である。
例えば80歳まで生きたとして、介護に3年そして入院に3年を要した場合は健康寿命は74歳となる。どんなに平均寿命が延びても、QOLが低ければ、満足のいく生活を送ることができない。したがって、平均寿命よりも健康寿命を延ばすことが重要である。 
 厚生労働省によると、2010年(平成22年)の健康寿命の平均は男性が70.42歳、女性が73.62歳であった。厚生労働省が具体的な推計値を公表したのはこれが初めてである。今回、厚生労働省が行った健康寿命の推計は、2011~2012 年度厚生労働科学研究(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」による算出方法を利用したものである。
 2010年(平成22年)の健康寿命を同じ年の平均寿命(男79.64歳、女86.39歳)と比較すると、
健康寿命は平均寿命より男性は約9年、女性は約12年短かかった。この期間が、自立して生活できない年数になる。女性は男性に比べこの期間が約3年長かった。これは、女性が骨粗鬆症や認知症といった疾患に罹患しやすいことが理由のひとつとして考えられている。
 昨日の男性の平均寿命が80歳を越えたと喜んだがこの厚労省発表の健康寿命で「こてんこてんにやられた」気持ちになった。
今日の写真13日に撮影した箱根関所の近く、芦ノ湖に半島のようにとび出した塔ヶ島にある県立恩賜箱根公園・湖畔展望館で江戸時代から親しまれてきたといわれる古典菊展が開催中であった。明治時代の歴史写真展示の中に江戸時代の独特な細い花弁の肥後菊や華やかな八重の江戸菊などが展示されていた古典のこてん菊のコンデジ写真である。

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明治天皇の箱根離宮のあった景観の良い場所にある。

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湖畔展望館

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湖畔展望館1Fの古典菊展の様子

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丘の春

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嵯峨45黄

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丘のもみじ

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勝本黄

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多摩のさざなみ

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肥赤

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江戸絵巻

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花守り(左) 瀬田の月(右)

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稲田の風雪

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多摩の夕焼け

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嵯峨の桜

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丁子菊九ノ三

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D7100の湖畔展望館

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湖畔展望館の2Fテラスより撮影、箱根外輪山の向こうに望む富士山の姿が美しく見られます。さすがは「かながわ景勝50選」の地である。13日はワクワクした日となった。

紅葉、富士山、古典菊などの日本の美を堪能して健康寿命を延ばした気がする。




 

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2014年11月17日 (月)

人生80年どのように生きるか!

 去る7月31日、日本人男性の平均寿命が初めて80歳を超えたと厚労省が発表した。2013年の平均寿命は2012年を0.27歳上回り80.21歳となり世界5位から4位に順位を上げた。女性も平均寿命が同0.2歳上がって過去最高の86.61歳となり2年連続で世界一となった。平均寿命の延びについて厚生労働省は、がんや心疾患、脳血管疾患、肺炎で亡くなる割合が下がったことや、医療技術、食生活、住環境などの向上を挙げている。
参考までに厚労省の「平均寿命」の定義とは「「各年における0歳児の平均余命」を指す。例えば2013年の女性の平均寿命は86.61歳なので、「2013年に生まれた女性は、社会情勢などの大きな変化が無い限り、平均的に86.61歳まで生きられる」ことを意味する。「2013年時点で亡くなった女性の平均年齢が86.61歳」では無い。また「2013年時点で86歳の人は、普通ならばこの一年間に亡くなってしまうだろう」という意味でもない。
 人生80年をどのように生きるか!現役引退後は3つのOB会に参加しているが一つは会社のOB会、二つの私的なOB会のうち横浜市在住有志のOB会である横浜会、既に二人が亡くなり会員は新規に二人参加して現在は11名。もう一つのOB会は若い時に同じ技術の釜の飯を食った仲間で始まったが当時はOB4名現役3名の四天王の会であった、メンバーは今年4月二つ年下の仲間に先立たれて現在は6名となった。この6、7年間は会社OB会は年1回の総会や各イベントに出席したことがなく、ご無沙汰を続けている。毎回楽しみにしてた四天王の会も幹事さんが脳血管疾患に倒れた後はアルコールが飲めなくなり、飲み会やその後のマージャンも何年も開催されていない。横浜会も幹事役の一番若いOBが5月の例会直前にゴルフでくも膜下出血に倒れて入院・即手術して幸いにも全快したが今でも酒が飲めないようで憐れである。メンバー全員と同じように「酒なくて何の己が桜かな」の人である。横浜会では毎年少し早めでがあるが箱根温泉で一泊の忘年会が6,7年継続されたが今年は「寄る年波に勝てぬ」メンバーが続出して、男の平均寿命をクリアした最長老も平均寿命を迎える会長も体調不良で他にも病や不調のメンバーが半数以上と多く、宴会は中止となったが毎年楽しみにしている箱根の自然が忘れられず、一人で探鳥がてらに錦秋の箱根に出掛けたのである。
生憎当日の箱根は風が強く、探鳥に不向きな日となり、箱根は若い頃から来ているが箱根神社には参拝した記憶がないので箱根神社の参拝と箱根関所の見学をして、参拝と歴史探訪の日に変更となった。

元箱根の大鳥居前の無料駐車場に車を置いて箱根神社本殿まで10分の道程

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箱根神社の鳥居と参道

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参拝前に手水舎で龍の口からの清水でお清め

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晴天の秋晴れにも関わらず薄暗い杉並木の石段を上る

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参拝石段の途中にある曽我神社

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曽我兄弟八百年祭の碑

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箱根神社本殿

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九頭竜神社の手水舎は九頭竜

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九頭竜神社の拝殿

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参拝道入口受付

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本殿前の階段を降りる西欧の外人観光客の一行、円安効果で外国人観光客が目立つ

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「かながわの名木100選」箱根神社の矢立のスギ。樹齢1200年(伝承)平安時代の征夷大将軍坂上田村麻呂の所縁のスギ

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元箱根大鳥居駐車場に戻り、次は杉並木を15分歩いて箱根関所跡に行く

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関所への道案内

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関所内の休息所の様子

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69段の石段を上ると遠見番所(街道筋と芦ノ湖を船の通行を昼夜見張っていた番所)

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遠見番所からの下は関所の江戸口御門、芦ノ湖と富士山の風景

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関所の大番所・上番所の内部

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大番所の武器、火縄銃と弓矢、旅人は何も悪いことをしていなくとも、これを見ただけで震え上がったそうです。

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京方面の京口御門、反対側の江戸方面は江戸口御門、箱根関所は江戸への入鉄砲と江戸からの出女の詮議が厳しかった。

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箱根関所資料館の出女改めの様子、出女はダミ声の老婆から髪を解かれて髪の中まで改めがある、大概の女は不安と恐怖を抱いたといわれる。

今も昔も箱根の旅はここから始まる箱根の関所、この日は2万歩以上歩いた。人生80年平均寿命よりも健康寿命、歩けるうちは歩くことで健康寿命を延ばす。しかし人生80年一寸先は闇、老力(おいぢから)労力をおしまず、老にして学べば死して朽ちず。

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2014年11月16日 (日)

真弓の実と目白

 大相撲九州場所は昨日の結びの一番で白鵬が高安に勝ち通算872勝とし、大鵬に並ぶ歴代7位に勝ち星となった。結びの後は打ち出しの前に、聡(さと)ノ富士の弓取り式が行なわれた。弓取り式は結びの一番の勝ち力士に与えられる弓を、弓取り式の力士が代わりに受け取って、頭上でまわしたり、土俵をはらい清めたり、弓を担いだまま四股を踏み、横綱の土俵入りと同じように右→せり上がり→右と行い、この時客席から「よいしょー!」と掛け声が掛かる。この弓は竹製の長い本物の弓であるが古代の弓は丸木弓で真弓などの木をそのまま弓にした、この木を真弓と呼んだ。実りの秋、ピンク色に実った真弓の果実は四角形で、秋も深まり紅葉した葉の中に、淡紅色の実が熟すと四つに裂け、赤い仮種皮に包まれた種子が顔を出す。ここにメジロの群れが「チィィ」などの鳴き声を出しながらで集まり、採餌に来たところを至近距離で撮影した、全てノントリのマユミの実とメジロである。11月中旬小春日和の箱根で撮影。

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白いアイリングに黒い影の眼鏡が映る

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マユミの紅葉と四裂した実、メジロがどれにしようかと迷う?

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マユミの紅葉と四裂した実とメジロの5連写

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二枚目で摘む

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三枚目で取り出し

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四枚目

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五枚目で青空に赤い実が映える

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この一枚目は摘んだところ

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二枚目で啄ばむ

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三枚目でごっくん


 

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2014年11月11日 (火)

薩摩川内の想い出

 戸隠神社五社詣でと日本三大不動の米子不動尊奥の院、日本の滝百選の米子大瀑布、奥の院のご神体でもある不動滝と権現滝の癒しとともに霊験に触れたのは二週間前である。
三日前の11月8日の朝刊に川内再稼動 県も同意の大見出しに続いて、鹿児島県の知事が九州電力川内(せんだい)原発(薩摩川内市)1,2号機の再稼動に同意する考えを表明した。この記事を読んでいろいろな想い出と思いが過(よ)ぎったのである。
2009年と10年の高速道路土日祝日千円の時代に鹿児島県まで 2年続けて車で遠征した。鹿児島県薩摩川内市高江町の干拓地の田んぼの中の山林(干拓前は海の中の小島だったと思われる)にカラフトワシが20年も越冬で渡来して来た時期である。2931_2
カラフトワシがどこかに飛んで行った時間帯に 江戸時代に薩摩藩が人柱で完成させた悲しい謂れのある、干拓地の長崎堤防から車で5分程度走ると県道43号線を川内港と火力発電所へ渡る方向の川内河口大橋を渡らず、直進して隣町の久見崎町にある九州電力川内原発1991_2 の前にある「みやま池」にオシドリを撮りに行った。この池の畔に安全神 話PR用の原発展示館があり、誰もが原発施設の構造を見学出来る施設であったが「みやま池」には数回ほどオシドリを撮りに行ったがこの施設の見学はしたことがなかった。みやま池の周囲に車が近づくとここのオシドリの群れ1663 は飛んで逃げ出す警戒心の強いオシドリであった。なぜ直ぐ逃げるのか?この池はバスフィッシングでは知る人ぞ知る所らしい、そのためか原発警備会社のパトロール車が池に近づく車をチェックに来るので県道を降りて、野鳥撮影のレンズ・カメラを担いで県道を外れて、池の1301 奥の森に近づくと警備会社の車に不審車(不審者・不審写)と疑われた記憶がある。この池は九州電力の私有地で密漁を見張っていたのか、あるいは原発施設を警備して原発の周囲をどこかで監視している気配を感じた。結局オシドリの群れはドングリを投げて届く距離で撮れることはなかった。0131
8日の朝刊で薩摩川内市の原発再稼動の記事を読んでこの川内原発みやま池での野鳥撮影を思い出した。楽しかった事が電発再稼動の記事で重い想い出となった。(写真は上二枚は2009年と2010年撮影のカラフトワシ、2010年のカラフトワシの近くにいたツンドラハヤブサまたはシベリアハヤブサ、下の二枚は2010年撮影、みやま池のオシドリ、いずれもトリムしてある)

「ブレない人」とは、他人の意見に惑わされない人、自分を曲げない人、主義・主張を貫く人。あの人は一貫性があって終始ブレない立派なものだと「ブレない人」とは褒め言葉であったと思ったが本当にそうだろうか、最近はこの「ブレない人」に疑問を持つようになった。「ブレる人」の代表は政治家、党利党略・私利私欲でブレることで周知である。だがいまだに自宅に戻れない被災者を抱える福島の原発事故、安全神話の崩壊後も原発再稼動は危険であるとの反対に耳を貸さず、終始一貫して原発再稼動を推進する政府与党は「ブレない人」の集まりである。
 初めは誰にも束縛されない自由を満喫し、自己の実現を目指して開始したこの鳥撮りブログも、何か目標をと変節したのがベテランの鳥撮りの会話から耳にした400種類を目標に掲げた。その後は年々初見・初撮りのペースが落ちる中で鳥撮り5年間で360種までやっとの思いで来たが古希を過ぎた6年目は12種であったことから6年目からは情報が入っても、晴天の日も毎日の鳥撮りも出掛けなくなり、400種の達成後は更にブログに対する熱も下がり、鳥撮りブログの軸もぶれて今日に至る。
人間は生まれながらの健康はいつまでも続かず、齢を重ね加齢とともに老化が起き、調子の良いときもあれば調子の悪いときもあり、身体も心も揺れ動く、ブレない人などいないと思う年になった。
原発神話の有効期限は3・11で切れたと同じように、野鳥人生にも賞味期限がある、心が揺れ動くのはそれがいつ来るのか自分では計り知ることが出来ないことである。人生には元気で自足歩行出来る有効期限がある、これが健康寿命というものか、ピンピンコロリのPPKで人生を終える意気込みが果たして最後まで揺れ動かず、ブレずに往けるかどうか。選挙で公約したマニフェストはブレてはならないが加齢とともに人の心はブレるのが当たり前の世の中と思う。そうゆう心が弱い齢となった。

麦蒔を待っていた蔓柾にブレブレの写真となったジョウビタキ♀なのかそれともルリビタキ♀なのか判断もブレる写真となった。

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ムギマキを待つ蔓柾に飛んで来たのは・・・

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ムギマキと違いバタバタと動きがない

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それなのに鮮明に撮れないブレ模様

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ジョウビタキ♀のように思えるが

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それにしてもムギマキと較べて動きがない変化のないブレない鳥なのにブレなのか甘ピンなのかハッキリしなかった。

今日のブログは今までで最も前書きが長い拙文となったが原発再稼動の記事に触発されて福島原発事故の教訓が活きていない、後世に禍根を残さずの思いの本筋がブレて力の至らぬことを知った。



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2014年11月 9日 (日)

七十柄と五十雀

 五十雀と書いてゴジュウカラ、数え年では後期高齢者と呼ばれる七十柄が迷彩柄を着て撮った五十雀。四十雀の名前の由来は沢山群れるから、四十には沢山の意味があるらしい。スズメ40羽分の値段であった説もある。群れを見たことがない五十雀は価値が50羽の雀に相当する?雀の姿焼きの焼き鳥が赤提灯で飲む06611_030s_1酒の肴に出た昔の話かな?あれこれ由来が見えないゆうれいのような由来の妄想はもうよそう!
森進一の”襟裳岬”で♪襟裳の春はなにもない春です♪。と歌われその後観光客増えた襟裳岬。三年前の夏にも孫を連れて北海道一周旅行した時も襟裳岬に寄り、岬の先から岩礁が沖に連なって北の海に沈む光景を見たこともある。ブログを始めた9年前の6月に襟裳岬近くの豊似湖で撮影したのは北海道で繁殖するシロハラゴジュウカラ、日本には亜種ゴジュウカラとキュウシュウゴジュウカラの三亜種がいるがシロハラゴジュウカラは上面が亜種ゴジュウカラよりもやや淡色で胸腹部が純白、眉斑が不鮮明と日本の野鳥図鑑にある。写真は2006年6月このブログに初登場した豊似湖で撮影した懐かしいイナバウアーのシロハラゴジュウカラ。イナバウアーも2006年トリノオリンピックでの荒川静香の流行語大賞であった、時の流れは早い!。あれから九年次々と流行語が生まれ流れ去る、今年の流行語は何だろうか、もう直ぐ発表されるがケン等もつかない!

時は紅葉の秋、
日は朝(あした)、
朝(あした)は七時、
蔓柾赤実に麦蒔舞う、
眉茶鶇赤実を食べ尽す、

秋楡に五十雀枯木に這う、

人には秋味は新米と新蕎麦、鳥には実りの秋の木の実、好みは蔓柾か、ツルマサキの赤い実を探しての探鳥を行なう。紅葉の信州で日・月の二日間、戸隠神社五社詣と米子大瀑布、臥竜公園の菊花展を観光した翌日の28日(火)に戸隠の森に戻り、麦蒔を探し眉茶を追い、写したのは五十雀だった。

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ハルニレの木に気根でよじ登ったのか這い上がったかツルマサキ、ゴジュウカラは赤い実に目もくれず苔の中を餌探し

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ツルマサキの枝下でハルニレの木肌の裂け目を探す

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ふと気付くと何の実か種子か?嘴の先に餌を咥える 、小さく白い眉斑、脇腹は淡い橙色、下尾筒は茶色に見える、シロハラゴジュウカラとの違い

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直ぐには採食せず!貯食でもするのかな?

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まだ咥えたまま、尾の下から丸いもの?が落ちてゆく、何だろう?

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枯れ枝で得意の態勢で餌探し、少し反った嘴が長く見える

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幹でも餌探し、上面は暗青灰色、チョット上に反った嘴と過眼線は黒く、眉斑と頬・体下面は白い

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斜を写、シャーシャーするやはりゴジュウカラには下向きが似合う

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最後は大トリム、ゴジュウカラはスマートに見える筈がこの子はLが雀と同じ14cmでもメチャクチャにズングリムックリに見える、メタボ?のゴジュウカラ

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2014年11月 7日 (金)

信州須坂市臥竜公園の大菊花展

 前にも記したが野鳥に嵌る10年前までは現役引退後の余暇に桜を追いかけていた。「さくら名所100選の地」である信州須坂市臥竜公園の桜開花情報を得るために須坂市メールマガジン「信州須坂観光イベント」に登録していたが信州には野鳥撮影で遠征する機会が多いので桜をやめても登録を残しておいた。この当時は会員となっている日本野鳥の会と同じように「日本花の会」の個人会員となり279季刊誌「花の友」を愛読していたのを思い出した。サクラに関するもう一ヶ所のメルマガは青森県弘前市観光協会のメルマガである。弘前公園の桜には深い想い出が残り、オシドリなどの野鳥撮影にも出掛けたところである。ここは日本一のサクラの公園と決めているので野鳥撮影の趣味になっても未練がましくメルマガは登録したままである。さて戸隠に出かける前に届いたメルマガは・・・
★10月25日(土)から臥竜公園で「信州須坂大菊花展」を開催いたします!
10月25日(土)から11月11日(火)まで臥竜公園内特設会場にて、第27回信州須坂大菊花展を開催いたします。
大作り菊や懸崖作りなど、500鉢余りの見事な菊が会場を埋め尽くします。圧倒的な菊庭園やユニークな造形菊も必見です。そして、今年は須坂市制60周年を記念した菊も展示します。
このメルマガを受け取っていたので米子大瀑布を観光した後は特設売店のおばちゃんに信州名物の「野沢菜のおやき」を勧められたので、おやきで腹を満たしてから午後からは同じ市内にある「さくら名所100選の臥竜公園」に一時間程で到着、菊花展会場に駐車してからカメラをぶら下げて人影がまばらな平日の午後、のんびり菊を楽しんだ。

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この看板の下をくぐり池を周回するさくら並木沿いに大菊花展の会場をそぞろ歩く

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最初に即売会場の一鉢500円からの菊を手始めに写す、10月初旬に渥美半島で電照菊を勉強してきたので売店のおじさんにこれは露地栽培かハウス栽培かと尋ねると即売用に間に合わせるためにハウス栽培と答えがあった。付け焼刃も会話の足しになる。

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須坂市市制60周年記念「小菊ミニ花壇」の標示がある。この中に文字があると書いてあったが多分60周年だろうがよく読めなかったがこれが菊花展実行委員会の趣味の手つくり?この後はコンデジと12-24mm+D7100の乱撮り(日付入りがCOOLPIX S9700)撮影順も前後入り乱れている。

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一鉢に三本作り、時代劇の見過ぎか剣客ならば一太刀三人切り

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一鉢に七本作りもある

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見物客が少ないので写真撮影は楽であった

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県外から来た私を迎えた心の懸崖作り、展覧会ではないので圏外はない、米子大瀑布では携帯は圏外であった。

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木作りと名札が付いていたが菊花展なので値札は付いてない、趣味の手作りなので作者の名札が付いていた。

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菊人形展ではないがお地蔵様、これには造形菊の表示があった。

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鶴と亀の造形菊

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盆栽菊の貼り紙があった

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くだもの? 花びらが管のようになっているので管物(くだもの)と呼ばれるお菊さん

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千輪作り、実際は?後ろが見えないので数え切れないが百以上はあるようだ、撮影日は10月27日だが期間中(10/25~11/11)どの日に菊の盛りを予定しているのか聞くのを忘れた

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「巴錦」と呼ばれる葛飾北斎が好んだといわれる古典菊の千輪作り、隣町の小布施に北斎館があるので個展にも出品はどうかな?

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芭蕉の句がここにあった訳ではないが「早く咲け 九日は近し 菊の花」 菊がまだちらほら咲くばかりの千輪作り

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懸崖作り、米子の不動瀧か権現瀧か花の滝が垂れ下がる、育成には場所も必要である。下に夏目漱石の俳句「黄菊白菊 酒中の天地 貧ならず」文豪の俳句は凡人には意味わからず?酒中が焼酎ならば貧だろうと冗談に思う。撮影日より一週間後の11月の3連休に合わせたのか人影はまばら、菊花は斑(まだら)であった。

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頭でっかちの姿から福助人形を連想させるので「福助」の名がついている、作者に女性の名前があり姿を勝手に連想?

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「ダルマ」全体が丸こっくダルマのような形からが名前の由来、福助よりも少し花の下が長いが薬品で丈を低く抑えている。田原市の電照菊は背丈の高い高級菊に育てるために花芽が出ないように電照している、趣味の道楽と商売は真逆ようである。

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最後は庭園作りとある、これが一番大仕掛け

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背景の絵と菊作りの庭園、紅白の手すりに芭蕉の俳句が貼ってあった。「草の戸や 日暮れてくれし 菊の酒」
Webで調べると重陽の節句には菊花酒という酒を飲む風習があった。長寿を祝うものであったという。世間で祝われている菊の節句の酒も隠遁の自分には無関係とあきらめていたところ、思いがけなく日暮れになって一樽届いた。来年の9月9日の重陽の節句(菊の節句)にビールが届けば一句ひねりたい気分である、菊を見ながら俳句の勉強も乙である。

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「この庭園は背景画として臥竜山を配し、手前は臥竜公園の様子あらわしたものです」と赤枠の説明書にある。

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この庭園作りの俳句は「御立ちやるか 御立ちやれ新酒 菊の酒」漱石 結核に冒された子規が、夏目漱石の松山での宿・愚陀仏庵に寄宿して小康を得て、東京に行く時、漱石が送別の句として詠んだものだそうです。「 お立ちやるか お立ちやれ 」 は、松山弁で「 発たれますか。お発ちなさい 」 という意味で、新酒と菊の花を並べ、楽しい雰囲気の句なんだそうです。

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松尾芭蕉の句を中心に菊の展示の下にこのような菊に関する俳句が貼られていたので勉強になった。
昔、結婚披露宴のスピーチで「菊作り 菊見るときは 陰の人」作家の吉川英治さんが詠ったこの句を披露宴で聞いたときに情感が心に響いたことを思い出す。生涯教育の旅は続く、帰りにおぶせ温泉・あけびの湯で旅の疲れを癒して翌日に備えた。

 

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2014年11月 6日 (木)

紅葉の米子大瀑布を二周する

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最初は駐車場から100mの地点で時計周りに急坂を登り、あずまや・展望台から渓谷越しに遠望した二条の滝への見物方法は一般的ではないらしい、地図では時計周りに案内があるので、まだ元気が残っていたのとまだ1万歩歩く予定の半分程度である。
二周目は案内書通りに時計周りに登ることにした。観光案内には静寂な谷あいに轟音をたてて流れ落ちる不動滝と権現滝。権現滝は水量が多く真っ直ぐな直瀑、轟音とともに豪快に落ちる男性的なイメージに対し、不動滝は水量が少なく霧状に流れる落ちる姿が女性的。柔らかなシルクの布を扇状に広げて幾重にも落としたような霧状の滝。滝のしぶきが舞い上がる様は昇龍のごとく、あるいは天女の羽衣にも見え、大自然の驚異の世界を目の当たりにできるとあるので二つの滝を見比べる興味が湧きます。

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朝はこの案内板の後ろにある石坂を上って、あずまや・展望台に登って行ったが二回目の出出しは平坦な山道から始まる、不動滝まで0.7km・30分の登山道を8時30分に出発した。

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歩き始めた落葉の道、根子岳と四阿山の麓、米子不動尊奥之院と不動滝へ歩き始めたこのあたりまだ紅葉が盛りであった

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歩き始めて直ぐに案内図に載っていない炭焼窯跡があった

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第一休憩ポイント、不動尊まで600m

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第二休憩ポイント、不動尊まで400m

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第二休憩ポイントの地図の場所にあった炭焼窯跡、写真を撮りながらここまで25分の8時55分

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途中二ヶ所にある熊避けの鐘を鳴らして進む

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清水不動、渓流の横に宝剣を持った不動明王像が祀られた足元にはまだ新しい修験者の修行記念のお札が奉納されていた。

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不動尊が近づくと渓流も早くなり、上り道も辛くなる

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崖にへばり着くように建つ、米子不動尊は日本三大不動の一つ、奥之院の山号は瀧山とあるので御神体は滝である。この不動瀧と権現瀧の中央に建つ奥之院本堂は江戸中期に再建されたものいわれます。

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お堂には不動明王の宝剣が奉納されている、本堂の右奥へ200m奥に不動滝がある

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境内にある不動滝へ200mの案内板と米子大瀑布と米子不動尊の説明

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不動明王は代表的な矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制咤迦童子(せいたかどうじ)という2人の従者を連れた3御体の姿で絵に描かれたり仏像に刻まれることが多い(不動三尊像と言われる)が境内にあるのは不動明王を宝剣で二人の従者は石塔に文字で矜羯羅童子と制咤迦童子を表わしていいる

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米子大瀑布景勝地の観光案内

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ようやく辿りついた落差85mの名瀑、ご神体の不動滝に到着、滝に見とれて足を滑らすと滝に落下する危険がある

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滝の下を見下ろすと上って来た登山道方向へ滝の流れが落ちていく様子、この時に初めて一人目の男の方に山での挨拶をする、時に9時30分。

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誰もいない静寂の中で轟音をあげ風に舞った水滴が降りかかる気がする、不動滝が不動明王の宝剣の如く、白く空を切り水飛沫をあげる、今でも夏には修験者がこの滝にうたれて修行している聞く、朝早く対岸から眺めた不動滝よりもいっそうの霊験あらたかであるのパワースポットと思える。

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不動滝から権現滝へ移動中に二組の夫婦連れとすれ違う、不動滝から3分、紅葉の中に権現滝があらわれる。しかし不動滝と異なりこれ以上近づくことが出来ない。

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落差75mの権現滝、不動滝よりも水量が多く直線的に落ちるので飛沫となって落ちる不動滝に比べて男性的といわれている

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急な階段を下り橋の上から見た、権現滝の下流は落差の少ない滝が連なって流れてくる

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権現滝のビューポイントから二つの橋を渡り15分で対岸に来ると壮大な二条の滝が眼前に、右が風になびく不動滝、左は勢いよく落ちる権現滝、二条の米子大瀑布の景観となる。

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ここにも米子大瀑布標柱があり、ここは記念写真ポイント、後から来るご夫婦を待ってシャッターを押してもらう

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鉱山跡地にある登山道案内図

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案内図のトイレ脇にある米子硫黄鉱山跡の表示板

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一周目と同じあずまや・展望台から落葉の山道を下る、900m30分の案内通りに無事下山した

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お世話になった杖を一番手前において杖の無料貸し出しの杖とストックの記念写真、ぐるっと一周3km弱を約5時間かけて2周相当を歩いた

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11時過ぎには十人乗りのジャンボタクシー3台でこられた観光客、平日でもこの時間になると70台の駐車場は満杯

日本の瀧百選の「米子大瀑布」と日本三大不動尊の「米子不動尊」のパワースポットを二周も巡りましたので余生の運勢と鳥運にパワーを得た気分でした。

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2014年11月 5日 (水)

紅葉の深山に二条の滝を見た!

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 野鳥に嵌る10年前までは余生の楽しみに桜を追いかけていた、「さくら名所100選」の地である信州須坂市臥竜公園の桜開花情報を得るために須坂市メールマガジン「信州須坂観光イベント」に登録していたが信州には野鳥撮影で遠征する機会が多いので桜をやめても登録を残しておいた。春は桜、秋には紅葉と菊の情報メルマガが今でも届く、戸隠に出かける前に届いたメルマガは・・・

★米子大瀑布 10月25日(土)・26日(日)のマイカー規制にご協力ください★(※この後に11月で規制解除と中旬には冬期閉山となるマガジンがあった)
米子大瀑布(日本の滝百選)の交通混雑対策のため、今週末の10197 月25日(土)・26日(日)は終日マイカー規制(二輪車除く)を実施します。マイカー規制中は、湯っ蔵んど発着のシャトルバス(有料)またはタクシーをご利用ください。ご協力お願いいたします。
26日は午後から戸隠神社五社詣をして山道を歩くことに自信をつけた勢いで土日には交通規制するほどの人気のある「日本の滝百選、紅葉の米子大瀑布」を見たさに山を歩き目指す、歩きメデス。

 アルキメデスの原理は、古代ギリシャの数学者・物理学者のアルキメデスが発見した物理学の法則「流体中の物体は、その物体が押しのけている流体の重さ(重量)と同じ大きさで上向きの浮力を受ける」、というものである。王冠を作成した金細工師が金に銀の混ぜ物をして、王さまからあずかった金の一部を盗んだのをこの原理で見破ったことで有名である。
198_2 アルキメデスの原理とは異なり、アルキ目指す法則とは、歩けるうちに行きたい所へ、なにがなんでも目的地まで歩き通す、他者を押しのける気持ちの勢いで重たい足を上向きにしてアルキ目指す。これがアルキメデスの法則ならぬ「歩き目指す歩則」であると勝手な妄想をしている。
 前日26日(日)午後からの戸隠神社五社詣で坂道と階段を2万 201_2 歩近く歩き、歩くことに自信から確信を持ったので歩き目指す。朝6時過ぎの平日の月曜日とあって駐車場には一台の車もない(70台の無料駐車スペース有り)仮設テントの案内所や土産品売り場にも誰も見えない、登山口の熊出没注意の看板に熊鈴を忘れたのでチョット腰が引けたが売店脇のストック無料貸し出しの場 所から手ごろな杖を一本持って山道を二条の滝の不動滝と権現滝を目出して歩きメデス。最初の写真と下の地図は須坂観光協会の資料をスキャナーで読み込んだもの。

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誰もいない山道で上の地図で最初は平坦な道の右から行くところを左のキツイ上り坂を選択して海抜1480mのあずまや・展望台を目指した。

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これが左の登山道

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ここまで10分とあるが多分それは健脚の人、ケン脚では15分以上掛かった。

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ここは不動滝が見える穴場スポットだよ!につられて紅葉のスキマから写真撮影、6時57分。

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最初のクマ避けの鐘がある、27日は同じ長野県で一ヶ月前に御嶽山で多数の登山者が亡くなられた日でもあり、ご冥福を祈りながら生き残るために鐘を鳴らす。

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7時28分展望台の手前で紅葉の谷間の先にある右不動滝、左に権現滝

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24mm+D7100で北向きの晩秋、米子大瀑布を写真を撮る

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7時48分あずまや・展望台から撮影、いくら待っても山陰にある二条の滝には無情にも陽が射す事はなかった。

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岩の上にコンデジを置いて大瀑布と日本の滝百選標柱と記念のセルフタイマー撮影、ここから地図のあづまや・展望台から引き返した。

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下りは上りよりも楽だった!

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山道を上り始めた急坂の入口に降りて来たのは8時30分、上りは40分下りは30分とあったが上り約1時間下り30分、途中の休憩と展望台の休憩25分を含めて約2時間近く経つがまだ誰にも合わないトレッキングであった。まだ元気なので今度は一般的な周遊方法の右の山道を登ることにした。(次回のその2)

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2014年11月 4日 (火)

戸隠神社詣

 10月26日(日)の午前中は戸隠森林公園の入口園地でムギマキの撮影で夢中になって上を見ている時に高久さんと声をかけられたのでフアインダーから目を離して顔を上げると、野鳥写真家の叶内拓哉プロがおられた、代表をされておられる調布自然の会探鳥会の日であった。ムギマキの様子などを会話しているうちに猿の親子が近くに来たのでコンデジで猿を撮影、カメラで小猿を追ったが近くに来ざるであった。この日の朝6時に奥社の大鳥居の前で二礼二拍手一礼の参拝して、午後から久し振りに奥社参拝する予定を決めていたので午後1時40分から奥社に向かって歩きメデス。

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 戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史がある神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。
明治になって戸隠は神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。(戸隠神社のHPより)

Togakushi

戸隠神社は今まで奥社・中社・宝光社の三社と思っていたが案内図では五社となっていたので半日での五社参りを思いついた。

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早朝6時まだ参拝客や登山客の少ない時間に撮影した奥社の大鳥居

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午後1時40分頃から12-24mmレンズを装着したD7100を首にぶら下げて、ポケットにCOOLPIX S9700のコンデジ入れて野鳥撮影と比べると格段の軽装で歩きだした15分後、随神門前を歩く幼児連れ、大鳥居から常に前を歩いていた。健脚も齢をとるとこんな幼児も追い越せない!

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コンデジで大写しの随神門の額、茅葺の赤い門は江戸時代までは仁王門だったといわれる

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随神門脇にある奥社参道杉並木の由来

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2時頃随神門を過ぎた左横にある戸隠奥社の社叢(しゃそう)の説明.

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明治の廃仏棄却前は三千坊の壮大な院坊が建ち並んでいたものと思われる、 もったいないことをしたものだ。

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日曜日午後2時過ぎ杉並木を歩く参拝客、随神門から約500mに400年前の200本のクマスギの並木が鬱蒼と続く

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2010年9月この杉の洞から顔を出した吉永小百合のJRのCMでパワースポットブームとなり観光客が急激に増加した。この3年前(今から7年前)に奥社参拝で訪れた時はこの洞の中で記念写真を撮ったが今はご神域となった貴重な写真となった。

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上り階段がきつかったが幼児連れの参拝客に勇気つけられる、突き当たり左の方向に奥社への階段が続く

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奥社の手前の階段左に戸隠山への登山口がある、写真の左は入山記録を記入する処、中央の建て屋は奥社と九頭竜社の札所、日曜日とあって行列が出来ていた。

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奥社本殿内部は撮影禁止、日曜日で参拝者が途切れない、顔を写さないように後方から斜に構えての撮影を心掛けたが・・・。ここで参拝してから左下にある九頭竜社にも参拝する。

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参拝した奥社本殿前の紅葉と山々

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九頭竜社も拝殿内部は撮影禁止、創建は奥社よりも古いといわれる

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帰りの杉並木、参拝者がまだ登ってくる午後3時スギ

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帰路は随神門から右折して森の中を散策しながら鏡池方面に向かう、3分で小鳥のこみちから園地入口方面へ15分歩き、朝撮影していた園地入口に戻ると自分のイスがポツンと置いてあった。朝の忘れ物を見つけて奥社参拝のご利益があったのは午後3時半。次は中社の参拝である。

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中社鳥居の前は門前町、戸隠蕎麦や土産物店が並ぶ

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鳥居の後ろにある階段を上ると右手に三本杉

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三本杉の御神木、この裏に御神木に頭や額を付けている人を見掛けた、パワーを戴いているのだろう。

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更に階段を上ると紅葉の中に中社拝殿

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中社の中は撮影禁止、菊のご紋の後ろに見える鎌卍の垂れ幕は戸隠神社社紋、社紋は鎌卍(かままんじ)、四本の鎌を卍型に配置にかたどった物。

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中社の由来

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写真の左は階段を上がった参道、ここで御神木に額を付けていた参拝者を見た

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御神木の下は参拝に上って来た階段、左手下に三本杉の御神木、中社は御神木のパワースポットである。階段を下りて四時半スギに宝光社へ向かう

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宝光社の鳥居と奥の階段前に狛犬

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宝光社由緒

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ここも階段からのお参り、最初は51段で左に女坂、次に56段上り、最後は86段の三段構えで神殿前に付く計193段、お参りにイ(1)ク(9)ゾ(3)ーの算段があった。

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上って来た階段を振り返ると怪談話も出来そうな~暗闇が近いのでフラッシュを焚く

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紅葉の中に宝光社本殿、神様にお参りして心も高揚

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神輿庫に金ピカの神輿が展示してある、宝光ってこれかなと思うほど立派でした

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宝光社拝殿を見上げるショット

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帰りは急階段を避けて女坂を下ることにしたが5時ともなれば、秋の日はつるべ落とし、フラッシュ撮影。

宝光社の近くに鎮座する五社目の火之御子神社は神仏習合された時代にも神社として終始していた、古来より舞楽芸能の神、開運の神、火防の神として崇敬され、その道に志す者の尊信を集めていたと由来にあるが時間切れで四社巡りで火が落ちた。
火之御子神社は別の機会に参拝することにした。

スギ花粉症がスギのパワースポットを3ヶ所以上も巡り、今後の鳥運はどうなるのだろうか、元気を貰ったがスギのエキスも貰うと運勢はXエッキスとなる。昔高校の数学の先生がXをエッキスと読んでいたのを思い出した・・・

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2014年11月 3日 (月)

麦蒔雄若

 赤い表紙のグルメガイドとしてお馴染みの、フランスのタイヤメーメーカーの「ミシュランガイドブック東京2015」が今年は12月5日に刊行・発売されるらしいが年金生活者となってからは縁がなくなり、昔ほどの興味がなくなったが日本では大都市毎や地域毎にレストランを評価するグルメガイドは世間の話題の一つである。一つ星~三つ星にランク付しているが因みに、三つ星は「そのために旅行する価値がある卓越した料理」、二つ星は「遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理」、一つ星は「そのカテゴリーで特に美味(おい)しい料理」。だそうだ!
 野鳥にとっては昆虫の少なくなった実りの秋、野鳥の好きな赤色の木の実に人気があつまる。人には赤い表紙のミシュラングルメガイドがあるが野鳥の木の実、好みの赤い実はどれだろうか?
戸隠で見掛ける赤い実は、ナナカマド・マユミ・コマユミ・ミズキ・ツリバナ・イチイ・ツルマサキなどが見られる。人が食べても甘いイチイ(種は有毒)にはヤマガラ・コガラ・ゴジュウカラなどが採餌と冬に備えた貯食に来る様子を過去に見た。ムギマキの好きなツルマサキには同じ旅鳥のマミチャジナイやツグミ類・留鳥のヒタキ類やキツツキ類など今年もその人気の程を見た。ツルマサキは野鳥の三ツ星レストランといえるだろうが人によっては見知らんと思われる。
野鳥と木の実の関係は野鳥写真家の叶内拓哉氏の著書「野鳥と木の実ハンドブック」文一総合出版が豊富な事例の専門書があるのでそちらをご参考にしてください。

今日は一週間程前に撮影したツルマサキの木の実を好むムギマキであるがCMにはムギマキ♂に人気があるが撮影日はチョット見分けの難しい♀と♂若を撮影した。

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朝ぼらけのような寝惚けたような写真にも関わらず朝からムギマキが可愛く撮れました

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目の上後方に白斑が見えますので若♂と思われます

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青空の下で眉斑がよく見えた♂若

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一葉落ちて天下の秋を知る。冬が近づくとパラパラ落ちて誰もが知る枯れ葉が全て落ちるともっと鳥が見易くなります。

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その前に紅葉の秋、ムギマキ♂若も楓が赤いうちに南に帰るで

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複雑に絡み合いハンノキやハルニレの高木に気根で這い登るツルマサキの枝葉の中で全身が見えるのは稀のこと

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眉斑が見えるのでこの子もムギマキ♂若と思われる

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2014年11月 1日 (土)

鷦鷯と赤腹

 人は自分の分に安んじるべきであるというたとえに「鷦鷯(しょうりょ035_2 う)深林に巣くうも一枝(いっし)に過ぎず:中国の古典(荘子)」
ミソサザイは林に巣を作るが必要なのはただ一本の枝である。
鷦鷯とはミソサザイの漢字名である、他に「三十三才」とも書く、そのミソサザイが戸隠森林公園みどりが池の縁に建つ、野生生物観察施設の中にいた。25日ムギマキの探鳥で朝の6時
012_2 40分に重たいカメラを持たずに下見に来たツルマサキの傍にこの施設がある。中の様子を見に内部に入るとガラス窓に何かがぶつかる音がした。常時開放されている入口から迷いこんだのかミソサザイがコンクリート床に気絶したように暫く動かずにいた。国内の野鳥のなかでも最小種のひとつである「ミソサザイ」は、床に動かずにいたが最初に見た時は濃褐色の蛾が落ちていると錯覚するほど小さかった。全長10cmのキクイタダキと同じように日本で一番小さい鷦鷯が一枝どころか、冬期には低地に移動して越冬するといわれるが、人が大勢入れる野性生物観察施設の広い空間にいたのだ。持っていたメモ帳代わりのコンデジで写真を撮った。

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近づいてのコンデジの接写でも動かず、ガラス窓に衝突しての気絶だろうか?

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直接野鳥に触れることが出来ないので、外に出て落ちていた枝葉で覚醒させるとまた飛んでガラス窓にぶつかる音がした、葉よりも小さく尾を立てるのでなお更小さく見えるので全長は7cm程度に見える程小さいので最初は褐色の大きな蛾と見間違えたのだ。

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今度は施設の中から外を観察する窓の縁に落ちる、近づいても動かず、シャッター速度の遅いコンデジ撮影でも嘴をあけたまま動かずにいた

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この野生生物観察施設の内部にはいろいろな野鳥巣箱の展示があるがミソサザイは巣箱に入る選択はしなかったは、自分の分に安じる巣箱がなかったのかな?鷦鷯に1箱はいらないのだ。

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何度もガラス窓に衝突するので早く外に出るように、人が来ないうちに一枝で尾の後ろから出口方向へ追い出すとやっと開放された出口から外に無事に飛んでいった。野生生物観察施設内で迷い込んだミソサザイを観察しながら野鳥の保護をした気分に浸る。

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ここから迷い込み外に出て行った野生生物観察施設の出入口

翌朝も二匹目のドジョウを見たい気分でカメラを持たずにコンデジだけを持って観察施設に行くと今度は外周の窓下でアカハラが落葉の下を採餌中であった。

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まだ薄暗い6時41分にあまり人を恐れないアカハラの採餌の様子をコンデジで迫った

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観察窓の下にある石楠花(しゃくなげ)の木の下で落葉をひっくり返す

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カラマツの根元でも餌探し

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観察施設の周りを半周しての採餌

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6時48分に観察施設前の木にとまり、そして笹藪の中に去っていった。コンデジで7分間のアカハラ撮影であった。

戸隠森林公園では留鳥のミソサザイは春先には小川のこみちなどで森中に響き渡るような高音で囀るが秋の今時分にはあまり姿を見たことがない稀有なことである、アカハラは年中見られるが両鳥ともコンデジでの撮影は初体験であった。

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