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2015年2月 1日 (日)

老人力の回顧録は沢鵟の回想録

 今年早くも睦月が去り、如月が来たり、一年の1/12の月日が過ぎ去り、早くも加齢が流れるようにうつろいゆく。未年も諸行無情の齢をかさねてゆくと思わざるを得ない。一週間前の朝日デジタルで直木賞作家の赤瀬川隼(あかせがわ・しゅん)さんが1月26日、83歳で肺炎で死去した情報に心が曇る。1995年 に「白球残映」で第113回直木賞を受賞した作家である。「捕手(キャッチャー)はまだかなど野球小説を数多く残した作家だった。この記事を見てからこのブログを書き始めた。Roujinnryoku_001_2
2014年10月に77歳で死去した作家の赤瀬川原平さん(芥川賞受賞)は弟であった。3ヶ月間に兄弟が亡くなられたのである。兄は直木賞作家、弟は芥川賞を受賞したカメラマニアの画家・作家ある。
弟の赤瀬川原平さんの著作は表も裏も赤い表紙の「老人力」は1998年のベストセラーとなり、流行語大賞を受賞している。この本を久し振りに書棚から取り出した。表紙は写真のように赤地に金色の文字が変わらなかったが、陽が直接には当たらない部屋だが本の背表紙は室内灯に褪せて、赤色が淡いピンク色に退色した本は「老人力 赤瀬川原平」の黒字がまだ元気に浮かんでいたが17年間の時のうつろいが本の背中にもあらわれていた。まだ現役だった頃なので当時は斜め読みしたが老人力とは、物忘れも、繰り言も、溜め息も、老年域に達してこそ身につく新しい力の一つ。人間も世界ももう少しボケたほうがいい。「ゆとり」や「遊び」をもって、「肩の力を抜いて」生きることの大切さを説く著作であった。17年前はまだ能力主義・成果主義の真っ只中にいたので深読みはしなかったが今読んでみると毎日の老人暮らしで同感することが多い、物わすれを「忘れる力」「老人力」が付いたと称するユーモラスに描いた著作である。目次にもある「宵越しの情報はもたない」は名言といえる。この著作を作者は還暦の頃に世に出したのである、あれから17年読者である自分も十分に老人力が付いた、作者は亡くなったが自分の物忘れは「貫禄がついてきた」後期高齢を迎える齢となり、物忘れは好機高齢者か、好期高齢者と言われるほど物忘れには、決してぶれない「老人力」がついてきたと思わざるを得ないのである。
「物わすれ」といえば昨年12月から歯痛で近所の歯科に通い出した、歯が痛む日は通院日を忘れないが痛まないと忘れてしまう。今年になって2回も予定日をすっぽかした、29日は歯医者から3回に1回は忘れるね!忘れるのは歯が痛まない証拠だね!と揶揄されたが「老人力」が付いた証だと歯医者には判らないような言い訳をしてきた。受付嬢から次回は2月5日の予定と診察券に印字されていたので「また、いつか」と挨拶してきたが今は覚えているが2月5日まで記憶がもつかどうか。2月のカレンダーに大きく書き込んであるがそれでも忘れた前科がある。
1月28日水曜日PM7時のBS朝日「日本の名曲」で顔を覚えていたが名前が出てこなかった老女の歌手。頭の天辺から声を震わせて出す記憶があったが名前を忘れていた。「え~と、ほら、あの、あれを歌った・・・」「そうそう、あれでしょう、あの、ほら、あれ・・・」60年前にヒットした「月がとっても青いから」を歌った「菅原都々子」さんの名前を思い出すのに夫婦で時間がかかった。夫婦揃って老人力に実力と貫禄が立派についた。

10日前のTVの歌番組で伊東ゆかり「小指の想い出」から「小耳の想い出」を連想して小耳木兔を回想したが、コミミと同じようにアシ原を低空飛翔でネズミなどを採餌するチュウヒを思い出した。今回は同じフクロウ顔で平面顔の猛禽のチュウヒである。顔はチュウヒと判っても国内形なのか大陸形なのか、♂なのか♀なのか、成鳥なのか幼鳥なのか、顔だけでは判らないタカの仲間のチュウヒである。中飛とも書くチュウヒから脳血管障害の後遺症の中気(中風)を覚醒させたならば申し訳ないと思います。

沢鵟の国内繁殖地のひとつ、夏の北海道サロベツ原野でシマアオジを撮影中に、ふと見上げた空に両翼を浅いV字型に保つ滑翔と羽ばたきを繰り返しながら飛ぶチュウヒがいる。遥か彼方には利尻富士が浮かぶ中空を低く飛んで地上の獲物を探す。時々停翔飛行も行なう。チュウヒの顔はフクロウと同じで平面的であり両眼視できる。やはりフクロウ類と同じく顔盤は耳が大きく集音しやすくなっており、獲物を探すときには視覚だけでなく、聴覚も利用しているといわれる。同じようなフイールドで見掛けるコミミやチョウゲンボウ、ノスリと同じように餌はネズミ類が共通している、その他には鳥類・両生類・爬虫類・昆虫など。撮影地は三年前の2月に茨城県で撮影した回想録である。
この10年間のブログは2500頁(回)、2万5千枚以上の写真を掲載している、過去は豊富にあるが現在の抱負がない、未来は行方不明である。

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アシ原のチュウヒとコミミ、チュウヒの顔にピント、手前のコミミのピントが甘いのはこの日の主役ではないからである、チュウヒの上尾筒の白帯が目立つので♂のようである

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アシ原のチュウヒとコミミのバトル、共通の獲物であるネズミ捕りの争い、同じ猛禽でもタカ斑模様が違う

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虹彩と足が黄色い綺麗な鷹斑のチュウヒがアシ原からにゅーっと舞い上がる。垂直離着陸可能な唯一の猛禽といわれる。英名のハリアーは、ハリアーVTOL(垂直離着陸)戦闘爆撃機の名前となっている。因みに沖縄では歓迎されていない大形ヘリのオスプレイはミサゴの英名。トヨタのSUVのハリアーの車名はこのチュウヒである。

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アシ原で足を出してネズミ捕りかな、腰の白帯が目立つ

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得意の浅いV字飛翔が斜めの正面顔

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浅い逆V字の餌探しの低空飛翔

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獲物を見つけたチュウヒの停翔飛行、いわゆるホバである

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沢鵟(チュウヒ)の和名の由来は宙飛からきているといわれるが野擦からの由来のノスリよりも低く飛び、ノスリの方が高く飛ぶ、名前の由来が逆のようである。宙飛は人の名前では「そらと」「ひろと」「ちゅうと」と呼ぶらしいが鷹の名前には宙飛は、ちゅうとはんぱである。

 

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参考書と図鑑ではチュウヒは、全長:雄48cm~雌58cm、猛禽類はノミの夫婦が多い。翼開長:雄 113cm~雌 137cm。
雄:国内型は個体による色彩の変異が大きい。胸は灰白色で、茶褐色の縦斑がある場合とほとんど無い場合がある。体上面も茶褐色で、淡色の羽縁がある。足は黄色。嘴は黒く、ろう膜は黄色い。虹彩は黄色いが淡褐色のものもいる。尾羽の横帯は雌に比べると明瞭。腰は白く幅広い。大陸型と呼ばれるものは頭、首、肩羽、外側初列風切、小雨覆が黒いほかは灰色で、腰が白い。
雌:色合いは雄と大きく違わないが、やや褐色味が強い、腰は白くなく、尾羽の横帯は見えずらい。幼鳥(若鳥):齢の識別は非常に難しいが、成鳥に比べると全体が黒褐色である。

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