« 名月の里と篠ノ井線姨捨駅 | トップページ | 蝦夷梟、福路でえ~ぞふくろう! »

2015年8月21日 (金)

大河ドラマ「真田丸」ゆかりの地、上田城

 7月17日戸倉上山田温泉・リバーサイド上田館に宿泊した翌朝は、来年のNHK大河ドラマ「真田丸}のゆかりの地、真田幸村が生まれ育った上田城址を先撮りして来た。2016年NHK大河ドラマは戦国武将真田幸村こと真田信繁の波瀾万丈の生涯を描いた「真田丸」が主人公の真田信繁(幸村)を演じる主役が、俳優堺雅人に決定している。あらすじは信州の小さな領主・真田家に生まれた信繁(幸村)は、家族とともに戦国の世を必死にサバイバルしていく。そして迎えた大坂の陣、知略と武勇を武器に抜群のリーダーシップを発揮、胸のすくような活躍をした真田信繁(幸村)のNHK大河ドラマである。

Epson0021

現在は公園として整備されれいる上田城は、幸村の父親である昌幸が築城した平城で戦国末期に、徳川の軍勢を2度も撃破した名城。築城当時からの建物は西櫓のみ、復元された東虎口櫓門と両側にある南櫓と北櫓を見物。添付は上田城ガイドマップの拡大コピー

Dscn72371

正面から写した東虎口櫓門と左の南櫓と右の北櫓、この櫓門と二つの櫓の内部が見物できる。

Dscn48450_3

南櫓の入り口から見学開始、真田家の家紋瓦

Dscn4847

南櫓の二階から西櫓の方向、芝生広場・尼ヶ淵、昔はここまで千曲川が流れて掘割の役目をしていたそうな

Dscn4855

櫓門の火縄銃で記念写真

Dscn4860

種子島で狙った方向は櫓門から入城してきた方向

Dscn4861

上田城址から発掘された金箔鯱瓦の復元品、昔は本丸跡に天守閣はあったのか?

Dscn4865

上田城瓦

Dscn48680

種子島御筒を入れた箱とその説明

Dscn48691

櫓(やぐら)は矢倉・矢蔵とも書く、櫓の説明書き

Dscn4870

挾間(はさま)でも鉄砲挾間よりも弓挾間のようだ?

Dscn48742

天井の一部

Dscn48750

櫓門内部の一部

Dscn4877

櫓門からの北櫓

Dscn4879

北櫓の内部 

Dscn48800

北櫓の陳列品ケース

Dscn4889

真田赤備えの大きな兜、兜の前に6,7人が一緒に記念写真が撮れるカメラポイント、来年の大河ドラマ真田丸の文字が見える

Dscn4891

真田神社社務所には来年の祝・真田丸放映

Dscn4892

真田神社

Dscn48821

真田神社の由緒

Dscn48980

真田井戸、抜け穴があって城北の太郎山麓の砦に通じていた

Dscn48990_2

逆光の中の西櫓(上田城にあった7つの櫓で唯一築城当時の姿を見せる県宝、内部は非公開

Dscn49040

真田神社参道から櫓門(内側)の方向

Dscn49081

真田石、城の玄関である大手門に城主は権威を示すために石の大きさを競ったといわれる。

Dscn49130

堀の一部

Dscn72321

上田城・大阪城友好城郭提携記念碑。真田丸は慶長19年(1614)大坂の陣(冬の陣)において、豊臣方の真田信繁(幸村)が大坂城の平野口(現大阪市天王寺区)に構築した曲輪である。両城は真田幸村を通じた深い関係がある。

この他に真田幸村ゆかりの地は真田正幸・幸村父子が関ヶ原後に上田城が廃却され、和歌山県九度山に配流された地がある。大阪の陣がはじまると九度山を抜け出して大阪城に入城する。



 

.

..

« 名月の里と篠ノ井線姨捨駅 | トップページ | 蝦夷梟、福路でえ~ぞふくろう! »

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 名月の里と篠ノ井線姨捨駅 | トップページ | 蝦夷梟、福路でえ~ぞふくろう! »

2023年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
顔文字教室
無料ブログはココログ
フォト