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2016年3月

2016年3月30日 (水)

法師温泉と塩原温泉の旅

 二週間前に出掛けた温泉旅の記録、過去ログも元気であった過去を顧みる時に日記の役目を果たす。
久し振りのドライブでETCカードの期限切れに気付かず、港北インターでトラブル発生、いつもの調子でETCレーンを前の車に続いてゲートを通過した途端に係員が大声を上げて追いかけて来たので不審に思い、左に寄せて停車すると、現金カードを持って係員が走り寄って来た、ここでやっとカードの有効期限切れに気付く、二ヵ月前に切れていた、以後全ての高速道路は現金カードの取り扱いで不便なドライブとなった。昨年の7月北海道から帰浜以来有料道路をドライブしていない事による旅の初めのチョンボであった。

旅の目的の一つに「道の駅」巡りがある、4,5年前に国道17号の道の駅「こもち」で4月にツバメの巣を撮ったことがある、ここは果物と農産物の特産品販売の道の駅でもあるので、関越高速の渋川・伊香保ICで下りて国道17号線を約10分で到着、往路であるので生物・農産物は見るだけであった、ツバメの巣はまだなかった。そのせいかここの写真は一枚の記録もなし。

17号をそのまま走り、次に寄ったのが猿ヶ京温泉・法師温泉の手前で湯宿温泉の信号を左折して「道の駅 たくみの里」へ、その昔野仏めぐりで9ヵ所の野仏を撮影した山里である。つるし雛の里でもある。3月1日~4月3日まで「つるし雛」が飾られていた。

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法師温泉の道すがら寄った、道の駅たくみの里香りの家、郷土玩具?のつるし雛祭りのメイン会場

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香りの家店内のつるし雛の数々

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座敷にあがりとつるし雛の部屋の隅々までつるし雛

 

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ひな祭り飾りの両脇につるし雛飾り

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ひな段飾りの右わきにこんな雛飾りもありました、4月3日までつるし雛

 

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たくみの里から戻り、17号線の湯宿温泉の石臼自家製粉のやまいち屋、二年前もここで昼食

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春場所中で大相撲が気になっていたが店内の力士手形、左から若乃花・貴乃花・琴稲妻(地元の力士で三人は同期らしいとここの主の話)

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名代 野ほとけそば、キノコ山菜・天ぷら・山芋・おろし大根にイクラの4種の蕎麦、ドライブ中の昼食は昔ゴルフ場で飲んだキリンのノンアルコールで蕎麦を食す。昔野仏を撮影した時も二年目にご近所さんと寄った時もこの野ぼとけそばを食らった味を忘れずにいた。ここから車で30分も走れば法師温泉。

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昼食後は17号線を下り、三国峠の手前で旧三国街道へ左折、法師温泉への途中で時間調整の遠回りした山道で猿の群れに合う、群れが山の中に消える最後まで車を見ていたのが大きなボス猿をコンデジの望遠撮影。電線にとまるチョウゲンボウを見つけたが撮る前に飛ばれた。

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16日に宿泊した法師温泉、2時頃に到着した長寿館の玄関前、昔建て替えた本館前の木造二階建ての法隆殿脇にある与謝野晶子の歌碑。 

草まくら手枕に似じ借らざらん 山のいでゆの丸太のまくら  与謝野晶子

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3年前に台風で倒れた樅の木がなくなり、そこには大石が置かれている、本館2階の右隅20番は与謝野晶子が宿泊した部屋。二階の部屋に泊まった時はここから餌箱に来る小鳥が多く、撮影にも興味が湧いたが今は画面右の餌箱のゴジュウカラしか来ない。

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餌箱には麻の実が入っている、中にゴジュウカラが啄ばんでいた

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翌朝6時、朝食前の三国峠方面への山道散歩で、ホオジロの囀りが聴こえた、チョッピィ ピーチューチュチッ・・・表現が難しい複雑な囀りを残雪が残る広い川原で元気よく鳴いていた

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法師温泉長寿館の駐車場から撮影、朝十時に次の目的地の塩原温泉に向かう

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法師温泉から二年前も寄った水沢観音に向かう、岡本太郎の写真がある水沢うどんの老舗大澤屋で昼にする。

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昼食はTBSラジオ大沢裕理のゆうゆうワイドのCMでお馴染みの水沢うどんの大澤屋、日本三大うどんと呼ばれるが秋田県湯沢市に本籍があったので細目のツルツルしたのどごしの良い「稲庭うどん」が一番好きである。讃岐うどんはその昔、金毘羅参りの時に食したコシのあるシンプルな釜揚げうどんの味を今でも舌が覚えている。
関東では日本三大うどんと称している「水沢うどん」だが地方によっては地元の”うどん”らしい。大澤屋で一番人気の舞茸の天ぷらとセットの”ざるうどん”を醤油だれで食す、やや太めのうどんはコシがあり、食べごたえがあった。

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夕方4時に到着した二軒目の温泉宿は塩原温泉伊東園グループのホテルニューもみじ、以前の温泉旅は日本の秘湯会員旅館専門だったが、最近は伊東園グループの安いホテルが多くなった、このホテルの近所では奥塩原温泉の渓雲閣や塩原元湯温泉の大出館(黒い色の温泉)など4軒の日本の秘湯を守る会の温泉を体験しているが今回初めて伊東園グループの宿にした。

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5階の露天風呂

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5階の大浴場

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天然温泉のようだが加水はしていないが加温と循環ろ過はしているらしい、温泉成分と適応症、一般的な温泉と同じく神経痛・筋肉痛・関節痛・疲労回復など腰痛には効きそうな温泉だったがやはり、丸太のまくらの法師温泉の方が長く癒された想いがする。

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温泉で癒した後の楽しみな食事、伊東園グループのバイキングとは異なり、同じグループでもここでは個別に用意されていた、皿鉢には7種の刺身、かご盛は十種の前菜、別注のズワイガニも並べられていた。

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この日は平日で飲み放題のビールは無料であった、台の物は那須三元豚のしゃぶしゃぶ、このあとに温かい茶碗蒸しが来た、食事はお好み釜めし彩山菜・きのこ・あさり・穴子などテーブルの上で炊く、ビールを飲みすぎたのか釜めしまで箸が進まず。

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朝飯前に無料の家族風呂で一風呂浴びる

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朝食は伊東園グループ恒例のバイキングだが鮭などの焼き魚は好きなだけ自分で焼く、年金生活者向けの一泊二食9800円の温泉宿であったが食事はまずまずであった。

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帰路は最寄りの西那須野塩原ICに戻らず、日光たまり漬けのお土産屋に向かう遠回りの帰路、日塩もみじラインの標高1100mの富士見台で日光連山をパチリ。

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男体山や女峰山などの日光連山は日光・結構であった。

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途中の今市の「きのこの杜」で地産地消の果物や農産物の販売所による、クジャクが5,6羽かわれていたのが珍しいのでカメラを向ける、ここでの買い物はお彼岸の花が市価の半額で販売。18日のお彼岸の花は地産地消というよりは地元では地産地使の花形になっていた。

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次に今市ICの手前で、たまり漬けの看板を発見

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たまり漬本舗の駐車場に停めて店内に入る

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店員に断ってたまり漬店内の撮影の許可を得る、家内がご近所さんへのお土産をゲットして満足顔、地方に出掛ける旅では停車の度に買い物、地方ではお土産・買い物の痴ほう症になるようだ。

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今市ICから高速に乗らずに旧日光街道の杉並木を宇都宮ICまでのんびり走る、IC近くの道の駅ろまんちっく村に寄る

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野鳥に興味を持つようになって、こんな餌台や巣箱に目が行く

 

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もっと目が行くのが、地ビールを製造販売するレストランもあったがここは我慢をして・・・泡立ずに下を向く

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蕎麦屋でもり蕎麦で昼食、蕎麦好きは本来はこのようなもりソバがツウの食べ方、この道の駅でも花形は花であったが「きのこの杜」よりも売価は高いが市価の2/3位と家内の評価であった。

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最後に休憩したのが関越道羽生PAの鬼平江戸処、毎日のように観ている鬼平犯科帳で見慣れた江戸の町がここにある

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「五鉄」や「さなだや」などBSやCSーTVで見聞きした店名が並んでいる

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鬼平江戸処内部の土産物屋

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平日の鬼平江戸処の街並み

 

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鬼平江戸処の正面の物売り店構え

ここから二時間後に帰浜した、自宅→法師温泉まで約190km、法師温泉→塩原温泉まで約200km、塩原温泉→今市経由自宅まで約220km、8ヶ月ぶりの長距離ドライブは600km以上であった。しかもETCカード無しの不便なドライブ、白内障術後の初ドライブでもあったが無事に2泊3日の旅を終えた。

 

 

 

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2016年3月28日 (月)

三ツ池の胴吹き桜

 3月28日天候は早朝小雨・曇り・午後から雨の日、港北区のソメイヨシノはまだ3分咲き程度ですが、日本の「さくら名所100選」の三ツ池公園のソメイヨシノの開花状況を自分の目で確認してきました。

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日本さくら百選の三ツ池公園の売店横の標準木、一番咲いている枝先の桜はこの程度、甘く見ても2分~3分咲き、花見にはまだ早い!

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標準木とあって三ツ池公園では老木・古木の部類、四日前に開花宣言されたが雨が落ちてきそうな寒空では今朝もまだこの程度、この標準木に満開前に「胴咲き桜」が幹から申し訳なさそうに咲いていた。

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染井吉野の代わりに標準木近くの「横浜緋桜」は見頃である、背景は中の池

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中の池からの中間から横浜緋桜と柳

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90mmマクロレンズで撮影した横浜緋桜

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丘の上広場に移動するとマンサクの花にヒヨドリを見つける

 

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満開のマンサクの黄色い花を啄ばむヒヨドリ、サクラよりも「まず咲く」が東北弁が訛ってマンサク?

 

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丘の上の広場の老木のソメイヨシノの幹にも「胴咲きサクラ」、染井吉野のナンバー札の脇で枝先よりもお先に失礼!と可憐に咲く

 

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同じ様に隣の古木にも胴咲きの桜ちゃん

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三本目の胴咲き桜は5~6輪咲いていた、樹勢の衰えたサクラに多いと聞いていたがこの付近は老木が多い

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老木の下ではまだ下手なウグイスの囀りを見つける、SSが遅くクチバシが震えている

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鳴き止むと嘴のピントが合う

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老木近くではサクラがまだ1分咲きでは蜜吸うヒヨドリも花が散ったマンサクの木にも来た、マンサクの花が人気のようです?

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ここでも少なくなったマンサクの花ビラを啄ばむヒヨドリ、散ったのか食われたのか?

 

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サクラの根本ではガビチョウが餌さがし、このガビチョウが囀るとウグイスが鳴き止む、日本三鳴鳥のウグイスもガビチョウの声量には敵わない。

染井吉野の咲き具合を見にきて、胴咲き桜が気になってしまったが野鳥も撮れた今日のブログでした。

 

 

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2016年3月24日 (木)

舳倉島のヤマヒバリ

 一週間前に2泊3日の温泉旅行に出掛けた日の夜に、野鳥撮影を始めた時から仲間の鳥友からヤマヒバリを撮影した綺麗な三枚の写真を添付した珍鳥情報を送っていただいた、そのメールを3日後に気付いた。ハマヒバリはブログに貼った記憶はあるがヤマヒバリは無いと返メールをして、野鳥撮影に重い腰を上げることもなく今朝に至って、どなたがチェックしたのか2011年5月23日のブログ「山雲雀」の閲覧記録を発見した。自分では忘れていたヤマヒバリをへぐら島で撮影していたのである。しかもブログには初見初撮りとあった。400種以上撮影すると撮影時の強いインパクトがないと記憶に残らないようである、それとも加齢による惚けなのか、今日はその忘れていたヤマヒバリを7台のHDDより見つけて貼ることにしました。五月晴れの上天気以外は撮影当時の記憶がないので写真一枚一枚の解説は割愛させて戴いた。

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繁殖に渡って来た夏鳥と越冬を終えた冬鳥の渡りの交差点へぐら島、2011年5月11日に撮影した旅鳥・冬鳥の山雲雀(ヤマヒバリ)。
最近発刊された「日本の野鳥 識別図鑑 中野泰敬・叶内拓哉・永井凱巳 著」によると276頁イワヒバリの仲間として、イワヒバリ・ヤマヒバリ・カヤクグリとの3種の識別が掲載されている。


地上や岩上で昆虫類や種子などを採餌するカヤクグリやイワヒバリを見る機会が多かったが、舳倉島では深緑の中で木や枝の上で虫を採餌するヤマヒバリを撮影した。出来る限り5年前のブログに掲載していない写真をHDDより抽出して貼り付けたが、残念ながら図鑑に貼れるような写真は一枚も無かった。

 

 

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2016年3月23日 (水)

日本の秘湯・法師温泉・長寿館

 18年前から日本の秘湯巡りをはじめてから法師温泉は入泉回数が一番多いお気に入りの秘湯である。弘法大師が発見したと伝えられる法師乃湯に、弥生三月の自分の誕生月に日本の秘湯を守る会の法師温泉・長寿館へ。足元から湧出する丸太の枕の法師の湯と末はころり観音に魅かれて弥生の夫婦温泉旅。
3年前から見慣れた長寿館の景色が変わり、3年前の十年に一度の強い勢力の台風26号により、各地に甚大な被害を及ぼしたが、本館横の太い樅の木が倒され、3本の切り株だけが残った。二年前は大きな切株が残っていた処に3つの大石が鎮座していた。

先のブログに書いたように「末はころり観音」にお参りした後は法師温泉長寿館に入館する。

 

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本館玄関前の通路を隔てて、高台に建つ法隆殿(平成元年に建て替)のコンクリート基礎部分にある、日本の秘湯を守る会の挨拶文が二つ掲示されている。

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日本の秘湯巡りを始めた1998年に購入した「日本の秘湯 第十一版)の1頁にもこの文章がある。

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日本の秘湯第十一版にの2頁3頁に序文として朝日旅行会会長として執筆されていた同じ序文がある。

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3時前に到着すると玄関脇にある風情がある囲炉裏でお茶を飲みながらの休憩

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玄関にある座敷は国登録有形文化財

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毎回撮影する国鉄時代の上原謙と高峰三枝子のフルムーンのポスター

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国登録有形文化財の昭和15年建立の別館、抱翠閣二階の弐号室、炬燵が入っていた

 

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部屋にスズメの額が部屋にあったが法師温泉の周囲の野鳥はゴジュウカラ・シジュウカラ・ヤマガラ・ホオジロ・ミソサザイなどであった。

 

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部屋からの風景、真下には法師川、向かいは長寿の湯、法師の湯、玉城の湯と三つの温泉棟の屋根が見える

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部屋から見えた長寿の湯は三年前は女性専用でしたが二年前に来た時から男性も入浴できるようになり、男女の不公平感はなくなりました。3時からの男性専用時間に一番目に行くと既に欧米人が3名入浴中には(@_@)ビックリマーク、右手前の角にいた外人に奥に移動していただき手前右角に入泉、四人が角々の位置になり、お国を聞くとフランス人でした、こんな山奥の法師温泉も国際的になりました。(写真は二年前の撮影)

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会社のフランスの製造会社や販売会社の所在地が思い出せず、フランス人とは会話が続かず、ただ長寿祝を眺めていた。還暦と古希祝いの次は来年は喜寿祝い、数えで祝うならば今年であった。男の平均寿命は傘寿の八十歳を超えたが自立して生活できる健康寿命は9歳も若い71歳とか。この差は介護されるか寝込んでいる期間である。
フランス人3人より先に長寿の湯を出たが3人はバスタオルとタオルを湯船の外に置いたまま温泉に夢中であった。

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久し振りの部屋食はコタツの上に

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この日のお品書き

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あとからの煮物、揚物(岩魚南蛮漬)、焼物(川ふぐ味噌焼)

夕食後は、山奥の一軒宿は周囲に商店はなく、木造建ては音が漏れるのでカラオケも遊戯設備もなし、あるのは山のいで湯が三つと露天風呂がひとつ有るのみ

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夜の玉城の湯、ここの源泉名は「寿の湯と官行の湯」

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玉城の湯の夜中の露天風呂、源泉名は「官行の湯」てられている建物のため、階段が多くエレベーターがございません。
 足の悪い方がいらっしゃいましたらご予約の際ご相談下さい。
②自然環境に恵まれた立地条件ですので虫などが部屋に遊びに来ることがございます
③一部携帯が繋がらない場合がございます。
④付近はお店や商店がございません。。・゚゚・(>_<)・゚゚・。
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深夜の無人の法師の湯、鹿鳴館風の窓に140周年の歴史を知る

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湯殿の上にかかる法師の湯の源泉名「旭の湯」の効能

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法師の湯の源泉名として「旭の湯」とある

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翌早朝のまだ無人の法師の湯、石底から時々プクプクと温泉が湧出してくる

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日本の秘湯の提灯と法師の湯殿、法師川側から男女の入り口方向の撮影

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早朝の玉城の湯野天風呂

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早朝の玉城の湯

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朝湯の後は部屋のコタツで朝食、味噌汁の他に湯豆腐が付いてきた

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朝食後に混浴時間の法師の湯では人が入浴中なので撮影は遠慮した、今年は例年になく欧米人が多く、フランス人の夫婦が堂々と混浴時間に入浴していた。フランス人五名の他にも外人の入浴シーンが目立つ、ニューヨークから来たアメリカ人だろうか?

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入り口に英語・中国語・ハングル語でカメラ撮影禁止の張り紙がある。掲載した温泉の写真は人のいない深夜と早朝に撮影した。

らっしゃいましたらご予約の際ご相談下さい。
②自然環境に恵まれた立地条件ですので虫などが部屋に遊びに来ることがございます
③一部携帯ががらない場合がございます。
④付近はお店や商店がございません。。・゚゚・(>_<)・゚゚・。
⑤全館木造で音が漏れるためカラオケの設備がございません。(^-^;
⑥コンパニオンの手配は出来ません。

立地条件ですので虫などが部屋に遊びに来ることがございます

③一部携帯が繋がらない場合がございます。
④付近はお店や商店がございません。。・゚゚・(>_<)・゚゚・。
⑤全館木造で音が漏れるためカラオケの設備がございません。(^-^;
⑥コンパニオンの手配は出来ません。

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2016年3月20日 (日)

健康寿命と「末はころり観音」

 弥生の月初めに春告鳥(ウグイス)の初鳴きを聞いたが今日は春分の日、お彼岸前の3月16日に二年ぶりの法師温泉長寿館へ温泉旅行、2時に到着したが3時のチェックインまでに時間があるので入館前に敷地内にある「末はころり観音」へお参りした。

厚生労働省の発表したデータで気になっていたのは、介護を受けたり寝たきりになったりせず日常生活を送れる期間を示す「健康寿命」が、2013年は男性71.19歳(同年の平均寿命は80.21歳)、女性74.21歳(同86.61歳)の記事。この記事から「平均寿命」-「健康寿命」=介護を受けたり寝たっきり期間
男性80.21-71.19=9.02
女性86.61-74,21=12.4
このデータを見て願うのが
「元気よくピンピン生きて、最期は寝込まずコロリと逝く」 ピン・ピン・コロリのP・P・K 

玄関前から長寿の湯・法師の湯・玉城の湯の前を通り、聖観音にお参りして法師川を渡り三国峠方面へ約15分の敷地内の高台への山道の散歩道を往く。

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赤い郵便ポストのある玄関の前を通り過ぎると4年前は大木が3本あったが今はなく、3つの大石が置いてある、木がなくなると景色が変わるものだ。

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手前が昔からある法師の湯、奥が玉城の湯の横を通り抜ける

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玉城の湯露天風呂の先にある聖観音像にお参りしてから法師川を渡る

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法師川を渡ると右手に道しるべ、三国峠と末はころり観音方面へ

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末はころり観音への一合目

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二合目は「弱冠」古代中国では男子の20歳を「弱」といい、元服して冠をかぶったことから、「弱冠」と言うようになった。

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お花畑の道しるべ、三国峠4km80分、逢初(おうせ)の滝八分、ころり観音五分

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三合目は論語の「而立」三十にして立つ

吾十有五而志于学、
三十而立、
四十而不惑、
五十而知天命、
六十而耳順、
七十而従心所欲
不踰矩

論語読みの論語知らず、どころか論語読めずの論語知らず

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散歩道の途中にあるお散歩マップ

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四合目は「不惑」四十にして惑わず 

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五合目は「知命」五十にして天命を悟る

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六合目は「耳順」六十にして何を聞いても動じない

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七合目は「従心」 心の思うままに行動しても人としての道をふみはずすことがない

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道をふみはずすと咲いている福寿草を踏むことになる、雪解けの野にも遅い春がやって来た

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八合目は「正則」 74歳で亡くなった孔子の言葉かどうか、正則とは規則に従っていること

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9合目は「清浄」花粉症には必需品の空気清浄機の清浄と同じ、清らかで穢(けが)れのないこと。周囲の森は杉の木、スギ花粉症には地獄のような処、ここで左に入ると「末はころり観音」、前進すると逢初の滝へ3分

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末はころり観音にお参り前に逢瀬したのは対岸の逢初(おうせ)の滝

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逢初の滝から戻るとここは、末はころり観音の十合目「満願」の前に積み上げられた小石が山積となっている 

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「末はころり観音」と入魂記念碑

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ピンピン生きて末はころりと旅立ように願いを込めてのお参り

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曹洞宗管長、慈光圓海禅師(じこうえんかいぜんじ)、永平寺七十七世丹羽廉芳貫首による入魂記念碑 

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平成元年7月吉日 長寿館主岡村隆造建立 

生きているうちは元気に暮らし、時には温泉巡りして、寝込まずに寿命の尽きたときにころりと死にたいという、満願成就はいつになるのか、男の平均健康寿命71歳は5年前に通過、76歳男性の平均余命は統計では約11年あるが健康余命は神のみぞ知る。

 

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2016年3月16日 (水)

クロサギと白浪

 葛飾北斎の名所浮世絵・富嶽三十六景の中で人気がある一枚に「神奈川沖浪裏」がある。巨大な波と翻弄される三隻の船の背景の中央に小さな富士山が描かれている有名な版画である。
地元の神奈川で撮影した写真の中で気に入っているのが荒れ狂う磯の白波が採餌中のクロサギを襲う中で波の波頭を避けるクロサギがいる。波浪が押し寄せる風の強いの日の磯で餌さがしのクロサギよりも大浪の潮の動きに合わせてシャッタースピードを2500分の1秒の高速で切った時の写真はカラーにも関わらず、黒いクロサギと白い波のモノクロのような写真となった。

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磯で魚類やエビやカニなどを採餌する灰色味を帯びた黒色のクロサギに一筋の白波が生き物を追いかけるように迫る

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後頭に見える飾り羽が砕け散る波頭を背にしている静の瞬間

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黒い海上に黒い岩場のクロサギの世界、画面が暗いがこれでも一連の写真は午前10時過ぎの写真、好天ならば釣り人のいる岩場も荒天にはクロサギの独断場。

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岩場の左端でUターンして戻り、餌探しを続ける

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岩場の上のクロサギを襲う白い大浪、ジャンプして避けるクロサギ、砕け散る白波の1/2500秒の世界、このモノクロのような写真が地元のお気に入り、神奈川探鳥地50選の江の島の出来事

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岩場の上まで飲み込むように襲う波の形が並みではない、跳び上がるクロサギ

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黒い海上に白泡となって砕け散る浪、跳び上がった淡い黄緑色の足がカラー写真を証明している、写真は天候に左右されるが荒れた天気だからこそ撮れた写真、荒れた磯には二度と行くことが出来ない昔日の写真。それと奄美大島以南に多い白いクロサギでは絵にはならなかったと想う。

撮影日 2007年3月12日午前十時、神奈川県藤沢市


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2016年3月14日 (月)

日本の野鳥 識別図鑑 との合縁奇縁

 四字熟語の合縁奇縁の合縁は愛縁や相縁とも書き、男女の仲以外にも使われる、お互いに気が合う縁。奇縁は機縁とも書き普通の常識では考えられない不思議な縁。とあるが不思議な縁は人により解釈が異なる。
十一年前の弥生3月から野鳥撮影をはじめてから、自分勝手に合縁奇縁と思っているお三方がいます。野鳥撮影で有名な方々なので自分では合縁鳥縁と言い換えたが良い方々です。

北海道へ遠征をはじめた十年前から撮影地でガイドされる様子を何回もお会いしている内に挨拶や情報交換をするようになり、二年前の白樺峠ではいつものガイドのIさんに替り、タカの広場で初めて中野さんとの挨拶は、ガイドが多忙になったと言われていたのを思い出す。
七年前のへぐら島でシマゴマの撮影でコルリ♀も同じ場所に来るので偶然にも一緒に撮影していた叶内プロから見分け方を教わり、風が強くなり帰り舟が欠航になった日に、民宿つきの食堂で同宿者のリクエストに応えて野鳥談義を披露して戴いた、記憶に残る話の一部にフクロウの耳は左右の位置が上下にずれていて、微かな物音を聴くのに優れていると身振り手振りでの経験豊富な野鳥談義に花が咲いた楽しい夜話であった。調布自然の会などの探鳥会で北海道や戸隠でお会いしたが、自分が調布中学出身なので親近感を人一倍感じ、野鳥に関する講演と多数の本や図鑑の著者です。

永井さんには初めての与那国島や対馬の撮影地でお世話になり、昼間の野鳥撮影後に対馬では夕食後の飲み屋で同席させていただいた奇縁があります、毎年野鳥写真の勉強をさせていただく今年のカレンダーも既に3枚目のハヤブサとなり、フクダ電子のカレンダーはお二方の名コンビによる監修・叶内拓哉/撮影・永井凱巳 を毎日目にして、早く野鳥撮影を再開しろと呼びかけられている気がします。

これからもなかの(中野)よい、鳥もつ縁でかのう(叶内)ことをながい(永井)こと合縁鳥縁を願ってやみません。

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3月12日に登録してあるアマゾン・プライムから配送されたこの図鑑には、愛縁鳥縁というべきの三人の著者名を目にしたときは感無量の思いでした。

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はじめに ワイバードの中野泰敬さんの三十数年のバードウオッチグの経験からの発刊の経緯や野鳥の色彩表現の難しさなどの御苦労など、写真は叶内氏と永井氏の協力で用意されたなどが明記されていました。へぐら島でシマゴマとコルリ♀の見分け方を教わったこの図鑑でも同じ頁に掲載されている。


私が野鳥撮影を始めて入会した日本野鳥の会の野鳥図鑑フィールドガイド 日本の野鳥 が最初の野鳥図鑑でした。見開き1ページの挿絵はモノクロでしたがこれが色付きであったらもっと使い易く便利であったろうと思います。その意味ではこれからバードウオッチィングや野鳥撮影をはじめた方には必携となる野鳥図鑑としてお薦めです。

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図鑑の帯にあたる表紙裏部分にある図鑑の編集方針です。他の野鳥図鑑とは一線を画した特徴の図鑑です。それがこの図鑑のサブタイトル”知りたい野鳥が早見チャートですぐわかる!
「識別に役立つ早見チャート」
です。

巻末にある著者3名のプロフィールをコピーしました。

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2016年3月18日発行

発行所 株式会社 誠文堂新光社

定価 本体3000円+税

昨年の7月以降は白内障の手術で四ヶ月待機して12月に手術、本年は術後の経過診断やその後に患った腰痛と毎年発症するスギ花粉症で本格的な野鳥撮影は既に8ヶ月も開店休業です。著者3名の野鳥歴から見れば、歳は十分にとっていますが、未だに駆け出しの域をでませんのでこの識別図鑑は野鳥撮影再開の折には必携本になります。

永井さんからはフィルードで会えればサイン入りを頒布してくださるとお声を掛けていただきましたが、まだ当分の間は野鳥撮影を控える予定でしたので、登録してあるアマゾン・プライムから取り寄せました。永井さんをご存じの方はフィールドでお声を掛ければ宜しいかと思います。

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2016年3月10日 (木)

十年一昔の鳴白鳥

 10年も経つと、世の中の人やものなどが移り変わってしまう、野鳥撮影で過ごしたこの十年も、今年の誕生日で黄金の林住期から終活の遊行期に入った。時の流れは様々な物事を忘れさせてしまうが決して忘れることが出来ない出来事もある。

十年前の弥生三月の誕生日に往復1500Km、運転時間20時間を要した長距離と長時間で撮影してきた鳴白鳥は忘れることが出来ない、当時から日本に稀にしか飛来しないと言われる「ナキハクチョウ:トランペットスワン」のクロちゃん(岩手県久慈市では愛称で呼んでいた)を3月の北帰行直前に撮影した十年ひと昔の想い出。
野鳥撮影は2005年3月から、ブログは1年3ヶ月後の2006年6月1日から、まだブログを始める3ヶ月前の物事であった。


ウィキぺディアの岩手県久慈市の概要に「2006年平成18年12月末には長内川で日本への飛来が非常に珍しい「ナキハクチョウ」が羽を休め、全国各地から愛鳥家が観察に訪れた」と記載されているが2005年11月に北海道に飛来して、長内川にはその後の2005年12月か2006年2月?に飛来したどちらかの誤記と思われる。私が現地を訪れたのは2006年3月7日の誕生日。林住期の鳥撮り人生でモチベーションも高い時期で、決して忘れることが出来ない出来事であり、出来ない日でもある。

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トランペットスワン、鳴白鳥(ナキハクチョウ)

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トランペットスワン(ナキハクチョウ)が渡来した岩手県久慈市の久慈川支流の長内川、久慈市(くじし)は、岩手県北東部に位置し、北上山地を背に太平洋に面する市。市の中心部は久慈湾の奥部にある。因みに市の鳥はウグイス

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2006年3月7日は川辺に久慈市が記帳台帳を設置してあり、私の前に記帳した人の住所は鹿児島県となっていたが到着した午前9時頃は、コハクチョウにエサをあげる地元のおばあちゃんと孫の二人だけであった。

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鳴白鳥の嘴は黒く、目と嘴が繋がっているように見える

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全体が白色で大きさはL152cmでオオハクチョウとほぼ同じ大きさ

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手前が恋人のコハクチョウらしい、ナキハクチョウの本来の生息地は北米ですが、何故か一羽だけが最初は北海道のクッチャロ湖から帯広川へ、その後に岩手県久慈市の長内川に来たようです。

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こんなラブラブシーンもあった

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クロちゃんの黒い嘴の大写し、鳴白鳥の鳴き声は図鑑によると低い声で「ブーッ」と鳴くそうですが聴く機会がなかった。

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コハクチョウのクチバシ

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長内川清流の自然食で朝の採餌

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朝食後の毛づくろい

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毛づくろいの成果は黒い嘴に白い羽毛

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長内川の遥か上流の渓谷は秋になると紅葉の名所となっている

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対岸に上陸したクロちゃんにカモ達がカモーン!

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川の中でもカルガモやキンクロハジロに囲まれて泳ぐ、この川で一番大きな白鳥

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北米方面から迷い鳥?ヤンキーのクロちゃんを追っかけするサハリン方面?からの渡り鳥コハクチョウ、クロちゃんも恋人のコハクチョウとの時間が楽しそうに見える、北帰行直前の2羽であった。

三月七日午前〇時に新横浜を出発してから9時間ドライブの9時過ぎに長内川に到着して、約2時間の撮影で帰路も新横浜へ750Km、9時間のドライブ、日帰り往復20時間、1500Kmのドライブ。稀に渡来する日本で四例目のトランペットスワンを撮影した十年前の想い出は忘れ難し。

 

 

 

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2016年3月 7日 (月)

大倉山観梅会港北芸能協会の日舞

 

 楽しいことは長続きできる。好きなことは長続きする。気持ちのよいことも長続きする。8ヶ月間も野鳥撮影から遠ざかっているがブログは週一程度で継続している。ブログは楽しいことなのか、好きなことか、気持ち良いことか、どれだろうか?現役時代の座右の銘は「継続は力なり」・・・それから15年も経つ、今日から林住期の次の遊行期に入った。

 

先週の2月28日(日)大倉山観梅会プログラムの続きです。3月3日のブログは観梅会の邦楽鑑賞会に出演した横浜市港北区三曲会(筝曲・三味線・尺八のブログを貼ったが今回はその後に出演した港北芸能協会の日本舞踊です。

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開演前に撮影した梅園の特設ステージ

2月28日(日)のステージ
11:00~  港北三曲会(筝・尺八等の演奏)
12:00~  港北芸能協会(日本舞踊)
13:00~  港北三曲会(筝・尺八等の演奏)
14:00~  港北芸能協会(日本舞踊)
15:00~  港北三曲会(筝・尺八等の演奏)

一週間前の日曜日の港北三曲会と港北芸能協会は1時間交替で特設ステージに出演していた。

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日本舞踊の開演の演目は「ぼたん」三弥寿会の5名

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二番目はひとりで踊る「笹舟」寛紫郎の会

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翠会の三名による「祇園の女」

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派手な股旅姿の男性による「風雪峠」は夢月会

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三弥寿会の二人による「影をしたいて」に子供が飛び入り「母を慕いて」舞台前で親を探すのか?オヤオヤ!

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寛紫郎の会のひとり踊り「大川くずし」

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夢月会のひとり舞いは「鶯(ウグイス)」会場ではまだ春告鳥のウグイスの鳴き声はなく、代わりに観梅会本部の司会のウグイス嬢の声が響いていた。

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男性の格調高い踊りは「峠越え」常盤会

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12時から始まった日本舞踊の〆は女性の踊り手一人で「ふたり咲き」で最後の舞台に咲いていた。

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ステージ前の野点会場では高木学園茶道部の野点、熱海芸者の野点と比べると作法にぎこちなさを感じるが初々しいのが良い。

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ポカポカ陽気に誘われて、介添え役が居眠り?これは茶番かな

 

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日本舞踊終了後に野点の席は満席で順番の列が長かったので一回り観梅して戻ると予定数400名は売れきれでした(抹茶と和菓子の販売、300円)、熱海観梅会の芸妓の野点(無料)とのお点前くらべが出来ずに残念。

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午後一時過ぎには野点は売り切れ、案内をしていたJK3名は既に売り切れか?上が逆光、下が順光の撮影でした。

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2016年3月 3日 (木)

港北三曲会

 今年も時のうつろいは早く今日は「♪うれしいひなまつり」の弥生3月3日となった。スギ花粉が飛散する今日この頃は花粉症を患う者としては悲惨な毎日を過ごす、閉じこもり症候群がますます加速する。「♪うれしくない避難まつり」である。そんな日々をおくる弥生3月に徒然なるまま、先日の28日(日)大倉山観梅会の写真をまとめてみた。題の「港北三曲会」とは観梅会の邦楽鑑賞会に出演した横浜市港北区三曲会(筝曲・三味線・尺八)から頂だいした。

 

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2月28日(日)のステージ
11:00~  港北三曲会(筝・尺八等の演奏)
12:00~  港北芸能協会(日本舞踊)
13:00~  港北三曲会(筝・尺八等の演奏)
14:00~  港北芸能協会(日本舞踊)
15:00~  港北三曲会(筝・尺八等の演奏)

三曲会は箏と尺八、三味線はなかったが箏より大形の十七絃の低音の魅力が聴けた

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東屋の梅林内ステージを梅林入り口の階段から撮り下ろし

毎日観ているTVの時代劇では箏はお姫様、百八は虚無僧の奏でるものであったが、観梅会のステージでは昔のお嬢様と昔の若者が立派な名前で出演していた。

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一.星のみずうみ 第一箏 外山 香、第二箏 塩澤真里緒、一七絃 渡邉勝代
尺八 藤井誠山 根本貴凛


司会者の説明で低音域を担当する楽器として宮城道雄が開発した多絃箏(絃が13本よりも多い17本の箏)、十七絃の簡単な説明があった。

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司会の永井文琴佐さんは二、「六段の調」と五、「春のうた」でも箏の演奏をしました。

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二.六段の調 八橋検校作曲 箏替手 渡邉勝代 箏本手 永井文琴佐

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二.六段の調 尺八 宮澤 徹

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三.もののけ姫 箏 網野日左江 一七絃 田中美智子
尺八 梶 疏江山 鈴木寂宇山

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四.シルクロード 喜多郎作曲 
尺八Ⅰ 根本貴凛 鈴木涼雨山 鈴木寂宇山
尺八Ⅱ 梶 疏江山 宮澤 徹 藤井誠山

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五.春のうた 箏Ⅰ塩津真里緒 箏Ⅱ永井文琴佐
尺八 鈴木涼雨山 根本貴凛

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六、北海民謡調 箏高音 外山 香、箏低音 網野日左江
一七絃 田中美智子、尺八 鈴木寂宇山、 
梶 疏江山

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六、北海民謡調を演奏する白梅越しに撮影した三名の筝演奏者、ピントは白梅

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演奏終了後に重そうに一七絃を運ぶ演奏者、一七絃の全体的な構造は通常の箏と同じであるが、全長約210cm、幅約35cm、重量約8kg(通常の箏は全長約180cm、幅約25cm)と一回り大きい。楽器の機構において通常の箏との最大の相違点は、奏者からみて右側の絃の留めかたである(出典:ウィキぺディアより一部抜粋)

邦楽の演奏はこのような観梅会などでしか聴く機会がないが音痴にも演奏曲目と箏と尺八の合奏が約1時間琴線に響くものがあった。この後に12時から港北芸能協会の日本舞踊が始まったがその写真日記は後日としたい。

 

 

 

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