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2016年11月 6日 (日)

静態保存27・斜里町立知床博物館の59683号機

 北海道斜里郡斜里町本町49-2の斜里町立知床博物館の59683号機は9600形式の第584号機である。1922(大正11)年6月26日に川崎造船兵庫工場にて竣工され、1975(昭和50)年帯広運転区で廃車の後、釧路鉄道管理局より貸与され、斜里町開基100周年記念事業として、1978(昭和53)年斜里町町民公園に設置された知床博物館の野外展示物である。(知床博物館HPより)

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初心者には初めてのポイントレールの展示であったので、ウィキペディアで分岐器と転鉄器標識などを勉強した。
錆止め塗装のレール終端にトングレール(列車を分岐させる先の尖ったレール)と左にトングレールを入れ替える普通転轍機(ダルマ)、右に転轍機標識の信号機が展示されていた。SLの活躍した時代を彷彿する博物館らしい展示と思われた。

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博物館の展示とあって59683号機の履歴と仕様がSL脇の説明板に丁寧な説明表示がされていました。
この蒸気機関車は、大正2年(1913年)から昭和16年(1941年)までの間に量産された貨物用機関車です。キューロクとかクンロクの愛称で呼ばれ、合計784車両が川崎造船所などで製造されました。ボイラーの位置が高く火床の面積を広くとっているのは、たくさんの貨車を引っぱるために大きな馬力を必要としたからです。そのため煙突が短く、ドームが平たく、動輪が小さくなっているのが特徴です。四国を除いた全国で活躍していましたが、効率の良い電気機関車やディーゼル機関車が使われるようになり、使命を終えました。
蒸気機関車
形式 9600形
番号 59683号
製造 大正11年(1922年)6月26日
機関車重量 (燃料を入れた運転整備重量)60.35トン (空車重量)54.83トン
炭水車重量 (燃料を入れた運転整備重量)34.50トン (空車重量)15.50トン
最大馬力 980馬力
廃車 昭和50年(1975年)6月25日
運転総キロ数 2.084.672km(地球52周に相当)
<59683号の経過>
大正11年(1922年) 木曽福島機関庫(長野)所属し活動を開始。その後、金沢、福井、糸魚川機関庫に所属し、名古屋鉄道管理局内各線を走る。
昭和8年(1933年) 北海道へ移る。倶知安、長万部機関区に所属。昭和10年には、鹿児島での陸軍大演習に参加する。
昭和14年(1939年) 滝川機関区に所属。以後30年間、道央部を走る。
昭和44年(1969年) 帯広機関区に所属。広尾線で貨物列車のけん引、貨車の入換えに従事する。
昭和50年(1970年) 廃車
この蒸気機関車は、斜里町在住のSL愛好者の努力により整備され、昭和53年8月から町民公園内に、永く保存されることになりました。
斜里町

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この静態保存の連載をはじめた頃覚えた運転席側の名称は公式側、鉄道車両の形式図面で車両前を左にした手前側を公式側、逆を非公式側を勉強した。

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機関助士席側から見たキャビは窓と後ろの入口とも金網と鉄格子でガードされて中を見れない、中に入れない管理状態であった。

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公式側のテンダー

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非公式側、腕木信号機は赤だろうか?テンダーの側面は無数のリベットが打たれていた、上のアーチ型の支柱は今頃から冬期にシートを被せて保存するものと思われる。

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テンダーの照明灯も完全に装備

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非公式側

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連結器の下にあるスノープロウの形状が初めて見る複雑な形、名称はあるのか?わかりません。

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曇り空の59683号機正面と転轍機(ダルマ)・転轍機信号機・腕木式信号機

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レールの先にある建物は公園のトイレ

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コンデジ撮影の公式側、全体の保存状態は良好

この日のこの後は美幌町柏ヶ丘公園のC5882に移動

 

 

 

 

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