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2017年1月

2017年1月30日 (月)

中華街・春節・採青・紅包

 春節の初日(今年は1月28日)「採青」は中国語で『ツァイチン』と発音。採青とは、獅子が「野菜や葉を採る」という意味。
獅子舞が中華街の店舗を廻って店の繁栄を祈願する。店舗を去る時に獅子が軒先に用意された「青菜を付けた赤い祝儀袋(紅包:ほんぱお)」をパクッとくわえる瞬間を見たさに大勢の見物人が獅子舞のあとをついていきます。当日は獅子舞の後をついていく人で中華街大通りは入場制限もされて、大混雑で獅子舞の後をついて歩くのは老人・子供には危険な状態でした。前回は萬珍楼の採青のみを掲載しましたが今回は当日撮影した採青をアップします。

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廣東飯店の二階から吊るされた採青のご祝儀の紅包、正式には紅包に青菜を付けると言われますがここでは青菜は省略されていました。

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30分以上も獅子舞が廣東飯店にくるまで店のウインドウを眺めていた

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廣東飯店の店先にやって来た獅子舞の銅鑼・太鼓・シンバル・爆竹の一団と外国人観光客を含む見物人が取り巻き、身動きできない大混雑、獅子舞について歩くのは危険であった。ここで待ち伏せで二軒目の採青の撮影は老カメラマンには正解である。

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ご祝儀の紅包のあり場所を確認する獅子舞、随分と高いな~、斜め後方は一軒目に採青を撮影した萬珍楼本店、中華街大通りは大混雑で店舗から店舗への移動は困難を極め、移動できてもカメラ操作が出来ないほどの混雑である。

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紅包が風で揺れる、獅子の中では前頭の人の足を後足の人の肩に乗せて持ち上げる、紅包が高い時は前足の人はジャンプする荒技もある

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採青のクライマックス、爆竹が轟音で炸裂、銅鑼・太鼓・シンバルなどが一段と鳴り響く

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獅子舞の前頭がご祝儀の紅包を右手に握っての顔見世で終了

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廣東飯店の隣の背を向けていた鵬天閣酒家に来た獅子舞、この後は後ろから押しかけて来た人に場所をとられて写真がない、油断大敵なのか油断禁物であった。

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鵬天閣酒家の隣にある横浜博覧館への移動方法は獅子舞の銅鑼・太鼓などを載せた台車の脇を離れず移動した。

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横浜博覧館の業種は中華街の分類では観光・エンターテイメント

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横浜博覧館、獅子が口から手を出して紅包を取り込む

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横浜博覧館前で獅子舞が顔見せして隣の店舗へ

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横浜博覧館の隣は老維新、業種は衣類・雑貨・工芸の部類

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老維新 獅子の口から手が出て来た

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老維新では紅包を手に取る

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桂宮では本物の採青がありました!本物が珍しい時代になったのか?紅包にチンゲン菜が載っています。

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桂宮の店内に入る赤い獅子舞

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帰り際に桂宮の軒先に吊るした青菜と紅包を口に入れました、獅子舞の中では前足の人を後ろ足の人が肩にのせて獅子が背伸びする

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龍海飯店は食べ放題のお店 

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ここの紅包は紅色とは限りませんでした、ここはピンク色でした

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ピンク色の紅包を飲み込んだ赤色の獅子、この店を最後に中華街大通りから関帝廟通りに移動した

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関帝廟通りの山下町公園の近くで別の獅子舞に遭遇、たばこ屋の前で

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獅子舞が紅包を手にもっていた、銅鑼・太鼓・爆竹の一団は人混み整理用の棒を持っていた。

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関帝廟通りにある「占い」のまるた小屋の採青

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まるた小屋は入口が低いので紅包も取りやすい

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占い師も中から現れてのご挨拶

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まるた小屋の隣は横浜中華街の衣類・雑貨・工芸などの業種34軒の一店舗、「凸凹堂横濱」の軒先に吊るした採青

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白い獅子舞が軒先に吊るしたご祝儀の紅包をつかむ後姿

黄色・赤色・白色の三色の獅子舞と中華街大通りの七店舗、関帝廟通りの三店舗の十店舗の採青を見て、撮って来た。
二日目の1月29日はは山下町公園の春節娯楽表演を観て、録って、撮った。


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2017年1月29日 (日)

2017年横浜中華街春節の採青

 昨日から始まった1月28日(土)横浜中華街の「春節」は伝統の獅子舞「採青(ツァイチン)」がけたたましい爆竹や太鼓の音が鳴り響く中で行われた。採青は午後4時から開演と聞いていた(Web情報は3時30分)、29日から春節娯楽表演が行われる山下町公園で3時25分まで待機していたが、3時30分頃からけたたましい爆竹の音がするので、朝陽門(東門)の方へ移動したがこの一帯は、みなとみらい線元町・中華街駅から流入する大勢の見物客を警官が入場制限のロープを張って身動きが出来ない程の大混雑であった。既に始まっていた獅子舞に近づくことが叶わず、事前に下見をしてある萬珍楼で待機する作戦に替えた。裏道を通り中華街大通り入口の善隣門近くにある萬珍楼の玄関前で待機。待つこと10分ほどで獅子舞が萬珍楼にやってきた。急に一帯は華やかにまさしく「春節」独特の雰囲気に包まれ、黄色に彩色された獅子がやってきた。

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獅子舞が来る前の萬珍楼 

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15時47分予定時刻もより早く黄色い獅子がやってきた 

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目の前に来た!

 

 

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爆竹・ドラ・太鼓が鳴り響き、萬珍楼玄関前にやって来た

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店先で立ち上がる

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萬珍楼は店先に紅包は吊るしてないのを確かめた?

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獅子の前が顔を出しての入店

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フロントの方へ

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店長なのか支配人?の脇を通り過ぎて二階の客席へ

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萬珍楼フロントの獅子舞のお飾り

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客席からの帰りは、フロント前に置いてあるビール1ケースがご褒美、これを持ち上げると手に持つ赤いご祝儀袋が貰えるので獅子舞は足を踏ん張って床のビールケースを持ち上げる

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見事に持ち上げる、拍手喝さいとご祝儀をいただく

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萬珍楼の玄関前での演技

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獅子舞が立ち上がり中を見せてのお仕舞!

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仕舞の挨拶に顔を出す準備

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萬珍楼の獅子舞の終いの挨拶は15時53でした。

獅子舞の後をついて行けば見れるが、各店舗の商売繁盛や五穀豊穣を祈って披露する獅子舞、獅子は銅鑼や太鼓に合わせて激しく踊り、最後に後ろ足で立って伸び上がり、店先につるされた祝儀袋の「紅包(ほんぱお)」をくわえ取ると爆竹が鳴り響き、お客様からは大きな歓声が沸き起こる、見物客が多すぎて獅子舞の後にはついて行けない。萬珍楼ではご祝儀袋の「紅包(ほんぱお)」を吊るしてなかったので斜め前の「廣東飯店」の店先には紅包が吊るしてあるのでここで待つことにした。4,5軒廻って30分後に同じ黄色い獅子舞がやって来たが写真は次回にします。

 

 

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2017年1月27日 (金)

熱海梅園・来宮神社・糸川遊歩道

 時のながれは加齢とともに早やまる気がする!既に5日も前の熱海観光である。今頃の熱海の観光名所は熱海梅園・来宮神社・糸川遊歩道の熱海桜と想える。熱海温泉や熱海観光に来訪した温泉客と観光客と外国人の集まる場所である。
熱海梅園は第73回と梅まつりが1月7日~3月5日まで開催中。熱海梅園は来宮駅から箱根峠方面に坂を上り、徒歩では10分程度だが、当日は熱海駅から2,3分のホテルを出発したのが午前10時過ぎ、家族5人乗りの車だが、熱海梅園の駐車場は満車、車の中で五人で10分ほど待機してから入園、市民100円、一般300円のところ熱海宿泊客はホテルの領収書を見せると100円の梅園入園料、駐車料金600円払ってもおつりが来たと老妻の小さな喜び。
 

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熱海梅園チケット売り場前の早咲きの紅白の梅(紅梅:八重寒紅、白梅:冬至梅) 撮影日2017年1月22日(日) 

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入園時に配布された梅園マップ  

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梅園入園直後に目の前にある紅梅・白梅、ここは記念写真の撮影スポット

 

 

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この夫婦松は夫婦の撮影スポット「雨風にめげず寄り添う夫婦松」の俳句につい!一緒に来た娘夫婦に写真を撮ってもらう!注連縄の上から二股に分かれただけの松。英語・中国語・韓国語まで説明書きがある。

日曜日の人混みの中を5人で見物しながらはここまで、毎年来ているので、後は思い思いのスポットへ散らばる

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一人となって、熱海梅園内に併設されている「澤田政廣記念美術館」の庭園へ、ここは毎年あたみ桜とメジロを撮影するスポット、「傷ついた武人」像とあたみ桜。

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野鳥撮影用の望遠レンズを車に置いてきたので24-70mmのレンズの撮影、写真は4倍のトリム。

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「傷ついた武人」像の後ろにある熱海桜の吸蜜に来たメジロ(オリジナル)、桜の真下まで近寄るが、やはり野鳥撮影は400mm以上の望遠レンズが必要でした。過去に何回も撮影しているので諦めも早く、すぐ移動した。

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梅は早咲き、中咲き、遅咲きの三段階のうち、まだ早咲きの時期で梅はあたみ桜と違い地味であった。

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この時期は黄色い蝋梅が綺麗である。ロウバイは梅の種類ではないらしい、観光客に高齢者が目立つが、老婆がじぃつと蝋梅を見つめている姿に狼狽する、どこかで直近に見たことがある人であった。

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狼狽した蝋梅の次は木瓜(ボケ)の花を見つめる、惚けが来ない事を祈るばかりであった。

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帰り際に、梅園出口の近くで紅梅に飛んで来たヒヨドリを撮ると次の来宮神社に向かう。娘夫婦と中二の孫に、御神木の「大楠」を見せてあげたい。

梅園駐車場から5分も走ればJRガード下のトンネルから渋滞が始まる、来宮神社は目と鼻の先にあるが日曜日とあって神社の鳥居脇の右坂上にある10台程度の小さい駐車場に入るには20分程度の待ちであった。

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天然記念物、樹齢2000年以上の来宮神社の御神木を参拝する人々

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反時計周りにご神木を一周しながら御神木の撮影

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環境省の調査では全国第2位の幹周り24mの巨樹と言われる

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岩をも抱きかかえ威風堂々

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威風堂々の幹周り24メートルの迫力と形に畏怖を抱く、畏怖堂々に手を合わせる気に成る日本人の巨樹信仰

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御神木に 願いを秘めながら木の周りを1周すると叶ったりする上に寿命が1年延びる伝説があるそうです。本殿を参拝する人よりも御神木を信仰する人の列が長いのが来宮神社らしい。写真を撮りながら一周したので今年は喜寿を迎えて、来年は+1歳が確実になるのか( ^ω^)・・・
来宮神社駐車場からあたみ桜の見物に糸川遊歩道に向かう。
国道135号下り線の渚橋の市営駐車場は日曜日の午後でも空いていた、渚橋から始まる糸川桜まつりの遊歩道を柳橋、糸川橋(一方通行の国道135号上り線)、桜橋、ドラゴン橋、新柳川橋、御成橋まで約300mをあたみ桜を観賞しながら往って帰って来た。今年で第7回目のあたみ桜糸川桜まつりのお花見散歩であった。

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21日土曜日のライトアップ、国道135号上り線糸川橋の銀座バス停の脇の糸川遊歩道にある、あたみ桜基準木と石碑

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同じ場所、昼間は見物人や写真撮影のスポットであり、思うようには撮れない、アタミ桜基準木の付近である。

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銀座バス停のあたみ桜基準木にある、あたみ桜の説明板

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あたみ桜基準木付近のメジロ、車から野鳥撮影用の400mmを持ち出しての野鳥撮影

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あたみ桜の画面いっぱいのメジロの吸蜜、400mm+D7100X1.3の手持ち撮影

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あたみ桜の天辺のスズメ

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あたみ桜の中に吸蜜に来たヒヨドリ

5日前の熱海フォトぶら散歩、熱海梅園と糸川あたみ桜のお花見散歩と巨樹信仰、大楠の来宮神社の参拝でした。







 

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2017年1月24日 (火)

あたみ桜まつりと熱海芸妓の踊り

 早咲き日本一のあたみ桜と言われて、熱海市観光パンフレットにも見出しがありますが本当なのでしょうか、野鳥撮影を始める前は、16年前に現役引退後の趣味として4,5年間はサクラ撮影をしていた。その昔、1月下旬に沖縄の緋寒桜を撮影した経験から今年の「早咲き日本一」の確認をしてみました。

2017年沖縄の桜まつりの日程をWebで調べると、沖縄の桜は「寒緋桜(かんひざくら)」とか「緋寒桜(ひかんざくら)」と呼ばれてピンク色の濃色の桜です。沖縄本島での開花は、本州の桜の北上とは逆に桜の開花は南下していきます。
世界遺産・今帰仁城跡の「今帰仁(なきじん)グスク桜まつり」は1月28日~2月12日。「本部八重岳桜まつり」は1月21日~2月5日。「名護さくら祭り」は1月28日(土)から1月29日(日)。「なはさくらまつり」は与儀公園で2月8日~12日。「やえせ桜まつり」は八重瀬公園で2月5日。

このように沖縄本島の桜は気温の低下とともに開花しますので、桜は南下して開花します。
沖縄の桜まつりで一番早いのが本島北部の本部八重岳桜まつりで熱海と同じ1月21日(土)でした、パンフレットの見出しには誇張とか嘘はありませんでした。
熱海・糸川遊歩道のマップです。熱海駅から曲がりくねった坂道を徒歩で20分も下って来るとニューフジヤホテルの前あたり、本町商店街バス停にある糸川にかかる御成橋がある、この下流は新柳橋・ドラゴン橋・桜橋・糸川橋・柳橋・渚橋の七橋を巡り、あたみ桜とメジロを撮影後に糸川桜まつりのオープニングセレモニーの会場となっていたドラゴン橋に駆けつけ、あたみ桜まつり開催イベントの熱海芸妓の踊りを撮影開始です。

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初日は午後1時からドラゴン橋でオープニングセレモニーを行い、中島幹雄観光協会会長、斉藤栄市長、杉山利勝市議会議長、藤曲敬宏県議らが祝辞を述べた後の1時40分頃にドラゴン橋に到着した。既に熱海芸妓の踊が始まっていたので野鳥用の望遠レンズでの大写し、目白の撮影から顔白の撮影となった。

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美保さん

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小夏さん

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静さん

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美保さん

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小夏さん

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左 小夏さん 右 美保さん

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左・小夏さん 中・美保さん 右・静さん

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扇子から桜の小枝に舞う演目が替わったので休憩する

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ドラゴン橋の左手袂でミス熱海桜娘の桜茶無料サービスへ、写真撮影を申し込むとこのポーズでした。

稲生薫子さんの職業は日本で唯一の(水中レポーター・ダイビングモデル・ライター・MC)でイベント女王の選歴も数々ある、彼女のブログを見ると

・第25期 「日本テレビ」イベントコンパニオン


・第11~12期 「スバルスターズ」(2010~2012)


・第33期 宝くじ「幸運の女神」(2012~2013)


・第23代 ミス椿の女王(2014~2015)


・第29代 ミス熱海 桜娘(2016~2018)

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傍らにいた熱海市職員がご一緒に写真を撮りましょうと言われるので、即応諾したのが双眼鏡をぶら下げてその場にそぐわない姿となった

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ドラゴン橋の袂(たもと)での撮影に戻ると熱海芸妓の演技は続いていた

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後ろから帯姿の撮影

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こちらを向いた熱海芸妓三人、手前小夏さん、中美保さん、左静さん

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あたみ桜の咲く舞台(ドラゴン橋)宴の終わり

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終演後の小夏さん(新柳橋)

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踊の後は腹が空く?美保お姐さんは新柳橋で出店の焼きそばのお買い物

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初日の1月21日から17:00~23:00にライトアップ、昼間の舞台となったドラゴン橋も静かな夜桜のそぞろ歩きとなる。
夕食後のホテルから往復45分、往きは下り坂で宵の熱海を酔いながら酔い良い!帰りは登坂をぐったりグッタリと薬石岩盤浴を楽しみに歩く。



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2017年1月23日 (月)

あたみ桜と野鳥

 1月21日(土)~2月12日(日)の第7回糸川遊歩道 あたみ桜 糸川桜まつり の初日に「あたみ桜と野鳥」の撮影です。

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糸川遊歩道を通りすがる見物客の半分はウグイスと誤認識しています。「梅にウグイス」の影響が記憶に残っているのでしょうか。

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花蜜の好きなメジロはこの時季は、この格好で「梅」「桜」などの吸蜜にやって来ます

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甘い!人の食感は美味い!

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花を替えてまたの吸蜜

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九回吸うのが吸蜜?それとも三回の吸う三つ!

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青空を背に吸蜜

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メジロよりも群れが大きい地元のスズメがメジロから学習したのが桜の吸蜜

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昆虫や草木の種子を採餌する雀の嘴は、短い黒い嘴でサクラの上から花蜜を吸う

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メジロになったつもりのスズメです

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L28cmの大きなヒヨドリが来るとメジロ(L12cm)やスズメ(L14cm)が飛び散ります

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あたみ桜まつりの主役にピント

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昆虫から小型の爬虫類、時には小鳥の雛まで、嘴は花蜜・花芽・花弁・萼片など木の実も採食する先の尖った便利なクチバシでなんでも食べる雑食のヒヨドリです

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先客のメジロやスズメを蹴散らして、熱海桜の吸蜜、黒い嘴が時には花粉で黄色く染まる

糸川遊歩道の58本のあたみ桜の花蜜に群れる野鳥達でした。次回は糸川桜まつりのイベントの一部をご紹介します。

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2017年1月21日 (土)

目白と白梅と白椿の三白に想う

 今年の野鳥の初撮りは、近所の白梅に目白です。一羽のメジロが白梅に吸蜜に飛んで来ました。横浜市港北区篠原町974-1番地の私道脇の所有者不明?の白梅です。撮影中に通りかかった人が、毎年300個以上の梅の実が生り、これを楽しみにしている近所の〇〇さんがいるよと声を掛けて通り過ぎました。まだ5分咲きくらいの白梅とメジロです。

目白と白梅と白椿、白が三つ重なると思い出す・・・


戦後の三白景気は「肥料」「セメント」「砂糖」の三白、その後の朝鮮動乱特需は「紙」「パルプ」「繊維」の三白景気。高度成長期の白物家電は「洗濯機」「冷蔵庫」「白黒テレビ」の白物御三家の昔があった。

あれから七十数年。我が身の三白。髪の毛は薄く白くなり、頭の中は時々真っ白になり知恵が浮かばず、一年前に左眼の白内障手術、右眼も白内障で視力低下で三白病が進行中・・・これが白昼夢ならばと願うばかり・・・世間がトランプで騒々しいがトランプ占いでもして、自分の老い先と健康寿命でも占うか。


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まだ花よりも蕾が多い上の方です

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この三連写の三枚はフライング吸蜜のように思える写真です

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吸蜜です

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どれにしようか迷い嘴、人間ならば迷い箸

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今度は逆さ吸蜜

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かと思えば~~~フライングチュウチュウ?

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難しそうです、お手上げならぬ羽上げです

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あんた見てたのね!

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時々7~8m離れた民家の庭に飛んで行きます

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お庭に咲く、白椿の残り花が一つ、この椿に吸蜜に行きます、白梅の蜜から白椿の蜜へ、デザートのようです。

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すぐ戻りまた白梅を吸蜜するメジロでした。例年は二羽の番の吸蜜ですが今年は何故か一羽でしたが残り花の白い椿の花にも未練があるようでした。

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2017年1月20日 (金)

注意信号は黄色い鳥

 冬鳥を交通信号機の色で例えるならば、独断と偏見の見解(ケンカイ:健怪)ではオオマシコが赤信号、青信号がルリビタキとして既にブログアップ済、この段取りで行くと黄色信号はミヤマホオジロと言えるだろうか。
人によっては黄色の冬鳥は大群のマヒワを挙げる人がいるかと思われるがマヒワは平地・山地・林・草原・川原などのハンノキ類などで採餌する大きな群を見かけるが大きさは、L12cmの小形の小鳥、ミヤマホオジロはL16cmの野鳥です。

黄色味の野鳥として、キセキレイ・アオジ・カワラヒワなども通年で見られる留鳥であるが黄色い夏鳥の一番人気はやはり、キビタキです。北海道で繁殖するツメナガセキレイもお腹の黄色が目立つ夏鳥です(沖縄では冬鳥)。サロベツ原生花園で繁殖するシマアオジも頸から体下面の黄色が美しい夏鳥である。
数年前に日本海側の島々を経由して渡来してくる、シマアオジを5月の舳倉島(へぐら)で観察したことがあったが、全身が真っ黄色の珍鳥コウライウグイスと上面が赤茶色で体下面が黄色い珍鳥、シマノジコを夏鳥と冬鳥の交差点ともいえる5月の舳倉島で撮影したことがある。幸福の黄色いハンカチのような黄色い鳥の想い出はいろいろ。

冬鳥のミヤマホオジロは頭頂と顔、胸は黒く、頭頂は冠羽となる。眉斑は黄色で前後は白い、喉は黄色。上面は茶褐色で黒褐色と灰褐色の縦班がある。大・中雨覆の羽先は淡色。体下面は白く、脇腹には茶褐色の縦班がある。嘴は黒く、鉛色味がある。足は肉色。成鳥冬羽雄では、頭頂、顔、胸の黒色部分に淡色の部分がある。
成鳥冬羽雌と雄はあまり変わらないが雌は雄よりも黄色味が少ない、腰は雌雄ともに灰色。


過去に関東周辺5,6ヶ所で撮影した ミヤマホオジロです。

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成鳥冬羽雄

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手前♀、奥のボケは♂

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枝止まりの成鳥冬羽♂ の背羽

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古木の上の成鳥雄 

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角度を変えて  

 

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ミヤマホオジロの習性を知る人は、岩のような古株にアワの実で呼び寄せる

 

 

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地元の相模の林道、草地の上

 

 

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岩場の上

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この木の実は好みの木の実かどうか?

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不安定な枯れススキの上でもお好きのようです

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5月の舳倉島、珍しい季節に撮った岩場のミヤマホオジロ

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夏鳥と冬鳥の交差点のへグラ島、5月のミヤマホオジロ

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5月のへグラ島のシマアオジ、岩場で草木の種子を採餌していた。

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5月のへグラ島で撮影したシマアオジ、サロベツ原野への渡来の途中と思われる

冬鳥の黄色い鳥、黄色信号のミヤマホオジロがいつの間にか、シマアオジに変わる。

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7月のサロベツで榛の木で囀るシマアオジ

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7月のサロベツ、ハンノキで黄色い体下面を羽繕いのシマアオジ

やはり信号色はオオマシコやルリビタキのように上面や体下面の色に目が行きます。ミヤマホオジロの冠羽のような眉斑や喉の部分だけの黄色では物足りませんので、北海道の夏鳥、想い出のシマアオジを助っ人に出しました。

ところで直前に黄色信号に変わった時に「ブレーキ」派と「アクセル」派がいるが、若い頃はアクセル派だったが運転が下手になった今はブレーキ派になった。最初の頃は追突される危険を感じたが今は平気になった、歳とともに運転も変わる。



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2017年1月17日 (火)

真っ赤な大猿子(オオマシコ)

 青信号のように青い瑠璃鶲(ルリビタキ)の次は赤信号のような真っ赤な赤い鳥オオマシコの出番です。
40年位のかなり昔に、三人組の「コント赤信号」がTVで活躍を始めた時代があった。リーダーの渡辺正行、メンバーのラサール石井、小宮孝泰のコント赤信号の三人組が売れ出した時代であった。
渡辺正行とラサール石井は今でもピン芸人として活躍しているがコント赤信号が解散したとは聞いていないが
小宮孝泰は今頃どうしているだろうか?
赤信号と言えば、「赤信号みんなで渡れば怖くない」が流行った時代があった!
30年前頃の1980年代に流行語になった。ツービートのビートたけしとビートきよしによる漫才コンビの懐かしいギャグであった。その後はビートたけしは映画監督の北野武としても有名になったがビートきよしは、先日CSの麻雀番組に出ていたが遊びで仕事ではなかったようだ。普段は何をしているだろうか?

20年前の1996年に仕事の繋がりでIBMの招待により、夫婦でアトランタ・オリンピックを見物した年に、アトランタの前に入国した、ニューヨークの観光した時に横断歩道を「赤信号」でも平気で渡るアメリカ人をガイドの説明では「自己責任」で赤信号を渡ると説明していたがこの時は「事故責任」と聞き間違いと思った。日本人はみんなで渡れば怖くない赤信号を個人主義の米人は一人でも自己責任で渡る気質の違い、人種の違いを知った。

10年前に筑波山の梅林で萩の実を啄ばむ赤いオオマシコを初めて撮影したが、その後は相州宮ケ瀬林道と甲州嵯峨塩林道の道沿いの草むらで萩類の種子を採餌するオオマシコを撮った、どこでも撮れるベニマシコと比較すると一回り大きい、オオマシコは撮影機会が極端に少なかった想いがある。
オオマシコ L17cm(ベニマシコ L15cm)

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ハギ類の種子を採餌する♂と下は若い♂それとも♀なのか、正面だけではよくわからない?分かるのは朱色とオレンジ色の違い!

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冬将軍がやってくると小さな群れで大陸から渡来してくる冬鳥のオオマシコ、林道の道端で落下したハギ類の種子を採餌する小さな群れの「冬小群」

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ハギの種子とオオマシコ♂  平べったい鞘(さや)の中に種子が1つ入っている。 オオマシコはハギの実をさやごとくわえては、中身の種子を嘴で取り出してさやを器用に捨てる。

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二羽の抱負はハギの種子が豊富よりも、中身を取り出したあとの、鞘(さや)を捨てる時の鞘あて~~

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雄成鳥冬羽、額、喉に淡紅灰色の班があり、他はほぼ全身が深紅色のオオマシコが種子を咥えている。

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鋭い棘(トゲ)のある木、メギ(目木)?でも平気のようです。

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ハギの丸い種子が入っている平べったいさやとオオマシコ♂

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 オオマシコはハギの実をさやごとくわえては、さやを捨てて、 嘴と舌で器用に採餌する

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狙った萩の鞘から種子を取り出しての採餌

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ハギの中では保護色?若鳥の雄と似ているが雌と思われる

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頸を伸ばして雌の採餌

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真っ赤な雄と熊笹の緑の対比、前頭と前頸の銀白色も目立つ♂

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残雪の上で落ち種子を採餌

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大陸育ちは雪の上でも平気の平左

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雄と雌か

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雄と雄

赤信号のような赤いオオマシコでした。次は黄色信号!


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2017年1月10日 (火)

瑠璃鶲(ルリビタキ)と紫式部

瑠璃鶲と紫式部

 青い鳥のコルリとオオルリは、夏期しか見れないがルリビタキは冬になると高山から平地の公園や森林などに訪れる冬の青い使者、青い鳥の瑠璃鶲(ルリビタキ)。頭部からの上面は青色。風切りは黒褐色で、外縁は褐色と青色。耳羽は黒っぽく、眉斑は白くいが、胸側と脇腹は橙黄色。嘴と足は黒くて足には赤味がある。

紫式部は日本全国の山野に分布する落葉低木です。高さ2~3m。葉は先がとがった長めのタマゴ形で、長さは6~13cm、幅2・5~6cm。基部は狭いくさび形になり、縁には細かいギザギザがあります。裏面には淡黄色の点が散在します。花期は6~8月、花は径5mm弱で淡紅紫色です、果実は秋から冬に光沢のある紫色の小さな果実を葉の付け根あたりにまとめてつけるのが特徴です。


鶴は千年・亀は万年の縁起が良いと言われる鶴の実際の寿命はどのくらいでしょうか、ネットで見た情報では野生のタンチョウは20~30年と思ったほど長生きではないようです。
今回は千年前・平安時代の女流作家・紫式部の源氏物語よりはかなり新しい4,5年前の地元の自然公園の
瑠璃鶲です。 

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紫色に熟した美しい紫式部を啄ばむ青い鳥のルリビタキ(撮影地横浜市12月)

 

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自然公園の赤紫色から紫色に熟したムラサキシキブを見せびらかすように咥える

 

 

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ルリビタキは夏は高山などで繁殖、冬期に平地や森林に生息する。群れは形成せず、単独で生活する。食性は雑食で、昆虫類、節足動物、果実などを食べる。地表や樹上を移動しながら、獲物を捕食する。 

 

 

 

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紫色に熟した紫式部の果実を採食する写真撮影はこの一度だけである。

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すっかり落葉した師走の頃は昆虫も少ないのか、ムラサキシキブの果実をあさる

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紫式部を追いかける光源氏の雄姿のように見えた?

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ムラサキシキブの基部は熊笹が繁る、紫に光る果実は上流社会にある

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見返り美人型で上流を覗き見、目指す紫式部はどこにあるか?

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師走の中頃過ぎても紫式部はまだおわす

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嘴の紫式部は何個目かな?

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残り少なくなった紫式部をじっと見て

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まだ、ここにも、あそこにも、紫式部がある!

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喜び勇んでフライングキャッチ!

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英名(flanked=脇腹、側面)の由来になっている、脇腹のオレンジ色が全開の飛翔

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動きが俊敏でピンアマになったがフライングキャッチも魅せます、昆虫よりは楽天です。

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虫が少ない冬期は紫式部の果実で腹の虫がおさまったようです。

三種の青い鳥(小瑠璃・大瑠璃・瑠璃鶲)は冬場でも観察出来るのはルリビタキだけです。

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2017年1月 5日 (木)

2017年新春放鷹術実演は中止でした!

 2017年1月2日・3日に浜離宮恩賜庭園にて開催予定でした「新春放鷹術実演」は全国的な鳥インフルエンザの流行に伴う予防的な措置として中止となりました(2017.12.25) 諏訪流放鷹術保存会のHP(鷹匠の庵)より、動揺しているのか日付が間違いでした。

浜離宮恩賜公園のHPでは、【放鷹術中止のお知らせ】

◆新春の空に鷹が舞う!放鷹術(ほうようじゅつ)の実演
◎中止になりました

国内での高病原性鳥インフルエンザウイルスの確認に伴い、今後の状況の変化を考慮し、浜離宮恩賜庭園で実施を予定していました「新春の空に鷹が舞う!放鷹術の実演」は中止になりました。

皆様には大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解ご協力のほどお願い申し上げます。(浜離宮恩賜公園HPより)

最近の正月2,3日は家でゆっくり箱根往復大学駅伝をTV観戦するか、浜離宮の放鷹術実演を撮影に行くか迷いますが、今年は放鷹術実演の中止が事前に分かりましたので、青学大の箱根3連覇と地元の神奈川大学の5位入賞を観戦しましたが8年前に両方とも現地で観たことがあります。
2009年1月3日の浜離宮恩賜公園の写真です。

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2009年1月3日 男性の鷹匠の中央にいるのが大塚紀子鷹匠、この年度までは諏訪流の男性鷹匠が実演に参加していたが翌年からは浜離宮の実演会場では見られなくなった。諏訪流放鷹術保存会の分派化が表面化したようです。2010年からは17代田籠鷹師以外は女性鷹匠による実演会が昨年(2016年1月2,3日)まで継続している。この年に実演会場で大塚紀子鷹匠が諏訪流18代を允許(いんきょ)されたと発表があった。

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2009年1月3日 午前11時の実演開始前の挨拶、以下当日の実演の一部

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諏訪流17代宗家・田籠鷹師の実演

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オオタカを木の枝に渡らせる

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振り鳩に目掛けてオオタカが飛ぶ

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あっという間に振り鳩を押える

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ハトを傷つけづ鷹匠の指示を待つ

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2009年1月3日、メインイベントの電通ビル屋上からのハヤブサの放鷹、大塚紀子鷹匠が屋上からの放鷹実演

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電通屋上から一度空中に飛び上がり

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地上の振り鳩目掛けての急降下

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諏訪流17代宗家の田籠鷹師が地上で実演する振り鳩を取り押さえる

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田籠鷹師の指示を待つ(ご褒美の鳩肉を待つ)

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メインイベントの終了後は鷹匠が拳に据える鷹を見物客に見せて午前中の実演会が幕となる。

この後に新橋駅付近を通過する箱根駅伝の様子を撮影する。

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2009年1月3日 午後1時21分、新橋付近を東洋大が1位で通過する

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2009年1月3日 午後1時21分総合優勝の東洋大の通過

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2009年1月2日 午後1時0分 新・山の神となった東洋大・柏原竜二選手が箱根路を3位(1位通過 早大、2位通過 日体大)で通過した時の写真。

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2009年1月2日 午後1時 目の前を通過する東洋大柏原竜二選手、この後は前を走る日体大、早大を追い抜いて往路逆転優勝する。この年から東洋大の黄金時代が始まる。
箱根温泉に泊まり、夜明け前に駒ヶ岳に登り、初日の出を遥拝して、2日の午後から箱根大学駅伝を観戦して、3日は11時より浜離宮の放鷹術実演を見物後に午後から新橋駅付近で箱根大学駅伝の復路を見物した。8年前はまだ気力・体力が充実して行動的な新年でした。今年は楽しみにしていた酉年の初撮りが鳥インフルで中止となり、寝正月となった。

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2017年1月 1日 (日)

酉年に 瑞鳥七種 慶賀なり

”酉年に 瑞鳥七種 慶賀なり”
「鶴は千年、亀は万年」と言われるように、鶴は長寿の象徴とされ、長生きを祝う、おめでたい慶賀の鳥です。目出度いことの起こる前兆とされる
瑞鳥とも言われる。「鶴の恩返し」など日本の昔話や地方の民話など、鶴見・鶴岡や舞鶴など鶴の付く地名も全国に多くある。江戸時代までは日本各地で普通に見られた鳥のようです。鶴にまつわる人生の格言や俚諺「鶏群の一鶴」「鶴の一声」[掃き溜めに鶴」などに登場する日本人には人気の高い鶴です。

世界には15種のツルが知られていますが国内には七種のツルが観測されています。鹿児島県出水市に「冬の使者」として毎年秋から冬にかけて大陸から越冬に渡来するマナヅル、ナベヅル、カナダヅル、クロヅル、ソデグロヅル、アネハヅルの六種の鶴と北海道東部で繁殖する留鳥のタンチョウと合わせて七種の鶴です。

ツルの仲間
日本鳥類保護連盟「ツルを守ろう」パンフレットよりコピー転載

大きさ順に並べるとタンチョウ、ソデグロヅル、マナヅル、クロヅル、ナベヅル、カナダヅル、アネハヅル。渡来数順では万羽鶴のナベヅル、三千羽前後のマナヅル、約1500羽留鳥のタンチョウ。毎年数羽が飛来するクロヅル、カナダヅル。稀にシベリアから迷行するソデグロヅル、繁殖地のモンゴルから迷い鳥と思われるアネハヅル。

2005年の酉年に日本野鳥の会に入会して野鳥撮影を始める。日本全国を旅して、再び酉年が巡ってきた。この間に鹿児島県出水市に3年連続3回の訪問、シベリアや中国北東部、モンゴルなどの大陸からの冬の使者、万羽鶴のナベヅル、三千羽前後のマナヅル、毎年数羽が飛来するクロヅルとカナダヅル。稀に迷行して来るソデグロヅル、迷い鳥のアネハヅルなど、初年度は釧路のタンチョウから始まった。野鳥撮影の「目標400種」を七年目の2012年に達成したが七種の瑞鳥のツルも仲間入りして、林住期の野鳥撮影”真に慶賀なり”である。

神奈川県足柄下郡真鶴町は真鶴半島の地形が鶴が羽を開いた形に町名が由来する。先端部分は黒松・楠などの巨木が原生林を成していて海面に影を作ることにより、魚を育む魚付き保安林となっている。野鳥撮影の際には、磯で釣り人を見掛けることが多い、サギなどの餌場となっている岩礁で時々クロサギが撮れる。神奈川県の景勝地のうち代表的なものを50ヶ所選んだ。かながわ名勝50選に真鶴岬と岬先端の三ツ石が入っている。かながわの探鳥地50選には真鶴岬が選定されています。神奈川県の観光地であり、探鳥地でもある真鶴町ゆかりのマナヅルとはどんなツルでしょうか。本当のツルと名付けられた真鶴(マナヅル)です。

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つがいのマナヅルの飛翔、上♀下♂ (撮影地 出水市 12月) 

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マナヅル親子、左端から♀、幼鳥、一番大きい♂(♀よりも一回り大きい)、右端幼鳥のマナヅルの一家 (撮影地 出水市 12月)

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マナヅル L127cm翼を広げると210cmの大形のツル

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マナヅル 顔の前面は黒く、目のまわりは赤い皮膚が裸出している。頭頂から後頭、喉は白い。頸側から前頸と体下面は灰黒色。背と肩羽は淡い灰黒色。雨覆や三列風切は灰白色。虹彩は赤橙色。嘴は淡黄色。足は赤味のある肉色。(撮影地 出水市 12月)

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ナベヅル成鳥の飛翔、 鍋の底についた煤(すす)のように黒い色をしているので鍋鶴と名づけられた。(撮影地 出水市 12月)

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ナベヅルの飛翔 (撮影地 出水市 12月)

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成鳥のナベヅルの中に幼鳥は頭から頸の色が淡褐色の幼鳥も2,3羽見える。(撮影地 出水市東干拓 12月)


鶴見・鶴岡や舞鶴など日本各地に鶴の字が地名に見られるが記録によると江戸時代までは日本で越冬する鶴が見られたようです。現在はナベヅルは出水市(いずみし)と山口県周南市(旧 熊毛町八代:やしろ)でのみ越冬しています.他は数家族が不定期に越冬する程度です。世界には15種類の鶴が生息して、世界全体を見ても,ナベヅルは8~9割が,マナヅルは5割前後が出水周辺で越冬する集中化が進んでいるそうです。(今年も6年前と同じように鳥インフルエンザが大問題となっているがこのような一極集中化は感染症防止の上からから分散化が求められている。

出水市の中学生による羽数調査も鳥インフルで中止なり、今シーズンは平成28年11月5日の羽数調査が最後 11872羽(内訳 ナベヅル11617羽、マナヅル244羽、カナダヅル3羽、クロヅル8羽。)マナヅルは渡来が遅く、北帰行が早い、昨年1月の羽数調査ではマナヅル3195羽、1月末には北帰行が始まる。(出水市観光協会ツル情報より抜粋)

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ナベヅルの頸は白と灰黒色がはっきりとし、頭の赤色も目立つ。頭頂から首は白色で、額から目先は黒い。他の部分は全体に黒く、目の上は赤い、虹彩は赤く、嘴は淡黄色。足は緑黄色。(撮影地 出水市荒崎 12月)

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ナベヅル L100cm個体全身が白い灰色をした中型のツルです。頭から頸が淡褐色の幼鳥も北帰行する3月頃にはかなり白ぽっくなるそうです。
ナベヅルの群れの中で仲良く生活しているのが中央に居る毎年数羽が飛来するクロヅルです。

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左のクロヅル L114cmと中央と右のナベヅルL100cmの中形のツル

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中央のクロヅル クロヅル雄とナベヅル雌との交雑種のナベクロヅルも居ると言われるが特徴が明確に分からず、一万羽以上の中から見つけることは至難の業である。鶴観察センター2回の展望室ではスタッフにお願いして探していただいたことがあるが写真の距離は遠かった。

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遠くから見ると額から前頭の赤い♡マークが目印のカナダヅル(出水市荒崎 2008年12月)

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カナダヅルL95cmの小形のツル、ナベヅルの中で生活していた(出水市2008年12月)

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初見から4年後2012年4月北関東の土浦市に迷い鳥のカナダヅル1羽が近くで撮れた。
北海道、本州、九州で渡来の記録があるが、すべて単独である。本来の越冬地では大きな群れで生息するが、日本では他の鶴に混じるか単独で行動する。
カナダヅルは、主にカナダで繁殖し、アメリカ中南部で越冬する渡り鳥。 日本では稀な冬鳥として、鹿児島県出水地方に1~数羽が渡来し、他の地域では、稀に迷行する程度。 

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カナダヅル茨木県土浦市の田圃のカナダヅル

本来の越冬地では大きな群れで生息するが、日本では他の鶴に混じるか単独で行動する。  雌雄同色。成鳥は全体が灰褐色で、茶褐色の羽が不規則に混じる。この茶褐色の羽は、繁殖地の鉄分で染めたもので、繁殖地では特に保護色になっている。鉄分を多く含んだ土などを嘴でつけて染めるといわれている。頭部から頸は灰色で、額から前頭の皮膚は裸出して赤い。嘴は黒く、下嘴は黄色っぽい。虹彩は橙赤色。足は黒い。

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カナダヅルは、主にカナダで繁殖し、アメリカ中南部で越冬する渡り鳥。 日本では稀な冬鳥として、鹿児島県出水地方に1~数羽が渡来し、他の地域では、稀に迷行する程度。飛び出しの助走。

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カナダヅル 灰色の羽衣に茶色い羽が交り、顔が赤く、嘴が黒いことから幼鳥ではないが、顔の赤い部分が、出水で観察したカナダヅルよりも額の♡マークに鮮明さに欠けることから若鳥のようである。(撮影地 土浦市 2012年4月) 

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荒崎のツルセンター前の餌場のナベヅル、マナヅルの後方中央に白い大きなソデクロヅルを見つけました。正に鶏群の一鶴。(出水市荒崎 2008年12月)  

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上の餌場を左手横から撮影、一際大きい白い鶴がソデグロヅルL135cm 名前の「ソデグロ」の、黒い袖は、止まっているときはたたまれていて見えないので、大きな白い鳥、という印象です。羽ばたくと黒い部分が見えます。この時は羽ばたきして飛び出すシーンの撮影中に望遠レンズが故障して、撮りそこないました。(撮影地 出水市 2008年12月)

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ソデグロヅル 初見は2008年12月の出水ですが、初めて間近で、大きく撮影できたのは、千葉県印西市、本埜第二小学校近くのハクチョウ飛来地に迷い鳥と渡来した時です。静止時は全体が真っ白に見える、光彩は黄色、目のまわりから顔の前面は赤い皮膚が裸出している。嘴と足は淡い紅色。(撮影地 印西市 2012年 1月)

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ソデグロヅルはその英名 (Siberian White Crane) の通りシベリアで繁殖し、渡りをします。日本では冬、鹿児島県の出水に、冬、まれに飛来することがあります。世界的希少種で、ツルの中では絶滅の危機が最も高い種類のひとつです。世界の生息数は3,500~3,800とされています。初見から4年後に北関東に迷行してきました。(撮影地 印西市 2012年1月)

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ソデグロヅル ソデ黒を見せての塒からの飛び出しです、本埜ハクチョウ飛来地の冬水田んぼが塒です、ここから毎朝隣の田園地帯に採餌に飛んで行きます(撮影地 印西市 2012年1月)

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ソデグロヅル 出水でも常に孤高を保ち、他の水鳥には馴染めません。餌取は近所の田んぼに独行します。上を飛ぶウザイカモを威嚇している様子です。(撮影地 印西市)

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ソデグロヅルの飛翔、初見から4年間見られなかった名前の袖黒が見えました。(撮影地 印西市 1月)


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アネハヅル ツルの仲間で最も小さな種で、頭の後ろの飾り羽が印象的。ヒマラヤ山脈を越えることで知られている。

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アネハヅル 田園のあぜ道で羽を広げる(撮影地 七尾市10月)

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アネハヅル 額から顔、前頸は黒く、頸の下部の羽は長い、頭から後頸と、他の部分は青灰色。三列風切は黒くて長い。目の後方から後頭に広がった白い飾り羽がある。虹彩は赤い、嘴は黄色く、先は赤い。足は黒い。(撮影地 七尾市10月)

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迷鳥アネハヅルの抜けた日 (撮影地 七尾市 10月)

ユーラシア大陸の中央部、ロシア・モンゴル・カザスフタンなどの大草原の繁殖地から5万羽以上のアネハヅルが秋に南下して、世界の屋根、標高8000m級のエベレスト8848mを頂点とするヒマラヤ山脈上空をチベット側からインド側に命懸けで飛び超える、空気も薄く、氷点下マイナス40℃の厳しい気象条件の中を壮大なV字編隊飛翔、大きな群れの渡りである。下降気流や乱気流の悪天候では途中から集団は麓に引き返してくる。天気が回復してからヒマラヤ山脈越えを再挑戦する、今度はイヌワシが待ち構えている、V字編隊が突然乱れる、群れの中から若が追い出されて、必死で逃げるも二羽のイヌワシの連携プレーに若いアネハヅルが餌食になる、ヒマラヤの頂点にいるイヌワシは食物連鎖のピラミッドの頂点にいるのだろうか。この犠牲により群れはV字編隊に戻り、無事ヒマラヤ山脈を越える。
これは数年前に放送された、NHKスペシャル・プラネットアース 第5集「高山 天空の闘い」のアネハヅルのヒマラヤ越えをの様子、昔観たNHKオンデマンドの概要である。繁殖地のモンゴルから越冬地のインドへ年2回もヒマラヤ越をする最小のツル。

日本で留鳥として繁殖しているタンチョウは東北海道ではタンチョウ保護研究グループにより約1320羽が観察されているそうです。
東北海道には過去十年間に15回以上訪れても春夏冬(秋がない)飽きない。冬は音羽橋の雪裡川の塒立ち、鶴見台・伊藤サンクチュアリなど鶴居村の鳴き合い、求愛ダンス。阿寒町ツルセンターの魚の給餌時間にオジロワシとの魚の奪い合いなどが人気であった(今年は鳥インフルエンザで中止)

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タンチョウの吐く息が白く舞い上がる寒さの中での鳴き合い、〆は鶴の仲間だけでなく、L1・4m翼を広げると2・4mにもなる最大の鳥のタンチョウです。(釧路市)

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2月のタンチョウの求愛ダンス(釧路市)

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初夏の子育て中「i」の確認の鳴き合い、頭頂が日の丸のように赤いので丹(赤)頂タンチョウ、日本を象徴する最大のL140cmの美しい鳥(釧路市 5月)

鳥、めでたいことの起こる前兆とされる鳥。鶴 (つる) ・鳳凰 (ほうおう) など、酉年に野鳥撮影に嵌り、時のうつろいは早く、12年を迎えた。弥生3月に喜寿を迎える。2005年の酉年に人生の瑞鳥とも言える野鳥撮影に巡り合い、黄金の林住期を楽しく過ごしてきた。 古希を祝ってから医者からのプレゼントはこの7年間は血圧降下剤・コレステロール降下剤・糖尿治療薬を毎日飲んで薬だよりで元気を維持してきた。敗戦後の小学生時代、烏山小学校の廊下を栄養失調で華麗に走り、先生に叱られた。今は老化を加齢にひた走り、血圧が下がらず、体重が増えて先生に叱られている。
高齢者を65歳から70歳に引き上げる政府案がある、定年も70歳、年金支給開始も70歳、後期高齢者は80歳から、政府のメリットは高齢者のデメリット、国政選挙でもあれば好機、高齢者の意思を示す好機高齢者。健康でいつまでも輝いていたい光輝高齢者。好奇の目で世相を見る好奇高齢者。

酉年に瑞鳥にあやかりたい後期高齢の新年でした。

 


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