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2017年4月

2017年4月26日 (水)

国営海浜公園のネモフィラ

 十年前の記憶ではこの海浜公園にヤツガシラが出たとの情報で鳥友と撮影に来て空振りした苦い記憶がある。今週のTVニュース報道でネモフィラが咲き誇る画面があらわれたので、大洗から苫小牧へのフェリーに乗る前に国営海浜公園に酔って来た、寄ったがあまりのネモフイラに見事さに圧倒され酔った気になった。

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まずは足元からパチリ 

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中間に目が行く

 

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丘の上に人だかり、近づくと大きな声の中国語

 

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TBSの取材車、付近にスタッフが4,5人いました。ここまでは一般車は入れない、TV取材の特権

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4時を過ぎ間もなく5時、閉門の時間、花畑中に入ることは出来ないが雑草を取る人が中にいた。

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エンドウ豆に似た雑草を取る作業でした。

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別の場所でも雑草取りの人達

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草取りのおばさんに聞くと「ほとけのざ」がネモフィラの雑草、雑草もいろいろ、人もいろいろ、草を取る人、それを撮る人。

見頃はこの2,3日が最高らしいが、今日はあいにくの曇天でした、ここは5時で閉門です、流石は国営です。


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2017年4月23日 (日)

五徳山水澤寺仁王門

 五徳山水澤寺(水澤観音)には、この四年間で三回、法師温泉長寿館の帰路に参拝している。年齢を重ねると信心深くなるのか、それとも水沢うどんの味を忘れ難く立ち寄るのか、知っているのはどちらなのか、心なのか腹なのか?いつもは駐車場から釈迦堂の前を通り、十二支の守り本尊に線香を供え(夫婦とも辰巳の普賢菩薩)から、六角堂二重塔の六道輪廻の地蔵尊を左まわりに3回廻して、本堂(観世音)をお参りして、鐘楼の鐘を打つことがルーティンであったが、今回は参道から上り初めて仁王門にのぼった。
水澤観音では初めての仁王門の見学と登山口に山に奉られている飯縄大権現にも参拝した。参拝日4月13日

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水沢寺仁王門

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山号は五徳山

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水沢寺仁王門の裏には楼上に上る階段がある

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仁王門の開口の阿形像

 

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仁王門の口を結んだ吽形像

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仁王門の楼上に上る階段入口

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上を見上げると急階段、一瞬怯んだがカメラを胸にぶら下げて手すりにすがりながら登る

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釈迦三尊坐像、左・普賢菩薩坐像、釈迦如来坐像、右・文殊菩薩坐像

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風神

 

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雷神

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下り階段を見下ろす、急階段は下りの方が怖い!

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本堂(観音堂)を参拝

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六角二重塔の開運六地蔵を左回りに3回廻す(いつものように本日まで開運はないが無事に過ごしている、水沢観音の一番のパワースポットらしい)

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鐘楼の鐘をつく(金運がつくと言われるが・・・そんなことは今まで一度もない、1回100円では高望みのパワースポット)

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本堂左わきの石段を初めて上り息が切れそうになるが喘ぎ喘ぎ上り切る。

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そこは登山口にある飯縄大権現にお参りする、ここは初めて。

お参りの〆は鐘楼隣にあるお札場で二種類の御朱印を受ける。

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関東三十三観音坂東十六番札所の御朱印

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関東百八地蔵尊第三十三番札所の御朱印

 

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2017年4月22日 (土)

たくみの里 野仏めぐり

 その昔、信濃路の安曇野で男女の双体道祖神めぐりをしたことがあります。この、みなかみ町の野仏も十年位前に法師温泉の帰りに体験して、今回で二度目です。その時はまだスタンプラリーでの野仏めぐりはなかった時代でした。
今回は法師温泉長壽館の湯に癒された翌朝は、次の伊香保温泉お宿玉樹に行く前に、国道17号沿いの猿ヶ京温泉を通り抜け、隣の湯宿温泉の道の駅「たくみの里」で野仏巡りをしました。
その昔、村人は様々な願い事や不安や恐怖から逃れたいと思う気持ちを「野仏」に託し、奉ってたそうです。
今に残る「野仏」は観光客に、野趣あふれた旅情豊かなスタンプラリーに一役買っていましたが、我々老夫婦には野仏たちは、やさしい顔で旅人の願い事である、PPK(ピンピンコロリ)の健康寿命の願い事を託しながら野仏めぐりをいたしました。

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たくみの里 野仏めぐりの案内板(しあわせ地蔵に掲示)

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野仏1番、野仏めぐりの第一ポイントで道祖神とお地蔵様があります。猿田彦大神は厄除けや災難よけのご利益があるとされています。左端はお宮形のスタンプとスタンプ台置き場、各野仏の由緒は野仏スタンプラリーの説明文です。

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野仏2番、寛保2年(1741年)村で最古の道祖神

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野仏3番、馬頭観音はその昔運搬や農耕で大切な働き手であった、馬の供養や安全を願って奉ったもの。 通称「まるがんのん」と呼んでいます。

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野仏1番~3番のスタンプ

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野仏4番 淡島女神(あわしまめがみ)福島県の一部にしかないとされる淡島女神像が奉られています。婦人病や子供の病気にご利益があるとされています。

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野仏5番 二十一夜・二十二夜・二十三夜の塔を奉っています。二十二夜塔は女性の安産や病を治す仏として信仰されてきました。

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野仏6番 60年ごとに造られた大きな庚申塔が四基奉られています。農業や豊作の神様としてお参りされています。

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野仏7番 大黒天 仏教の守護神とされてきましたが財福の神として崇められるようになりました。ここには金運、子供供養として二体奉られています。写真ではスタンプ置き場の影になり、我が家と同じように金運が見えません。

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野仏8番 一之宮地蔵尊 子宝、安産、子育ての神様として奉られています。毎年秋分の日にお祭りが行われ賑わいをみせています。

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野仏9番 泰寧寺(たいねいじ)山門は県指定の重要文化財に指定され、その静かな佇まいと7月中旬から咲き始める紫陽花は見事で、訪れる人に安らぎを与えています。

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野仏4番から9番のそれぞれの野仏の説明です。スタンプを全て捺印して、泰寧寺の庫裡でお坊さんから住職が描かれた色紙を記念品をありがたくいただいてきました。

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泰寧寺の僧侶が自慢していた250年前の江戸時代に創建された県指定重要文化財の泰寧寺山門は本堂へ上る山腹の中腹にある、禅宗様式の二重層

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見上げた山門の天井画は龍

 

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もう一つは鳳凰が描かれている

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泰寧寺本堂 まだ残雪があった。開基は700年以上昔の鎌倉時代

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曹洞宗泰寧寺の鐘楼も立派であった。

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しあわせ地蔵 右はわらべ地蔵を見守る母地蔵 左はわらべ地蔵

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上の左に無邪気に遊ぶように見えるわらべ地蔵であった。


スタンプラリーの野仏以外にも村には多数の野仏があった。

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2017年4月21日 (金)

桜満開の碓氷峠鉄道文化むら

 軽井沢から国道の旧道18号線をくだり、C33カーブで碓氷第三橋梁(めがね橋)のアプトの道を観光した後は、横川の町でドライブイン峠のかま飯を夕飯のお土産にして、日本初のアプト式鉄道導入の歴史がある、信越本線横川駅ー軽井沢駅間の廃止と共に役目を終えた、群馬県安中市松井田町横川にある横川運転区跡地に設置された「碓井峠鉄道文化むら」を草津温泉の帰路に観光してきました。普段は鉄道にあまり興味を示さない老妻も懐かしい鉄道車両に若い頃の旅に思いをはせてをいました。

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桜咲く検修庫であった鉄道展示館と特急「あさま号」

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SL-D51 95 愛称ナメクジと桜

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碓氷峠鉄道むらの桜は満開でした(撮影日4月14日)

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「碓井峠鉄道文化むら」のゲート、入場料は500円

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ゲートを入った右手に新幹線用軌道確認車GA-100

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入口付近の園内、左の建物は鉄道資料館と中央の検修車庫であった鉄道展示館のは時間がないので次回のお楽しみしました。

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名称「あぷとくん」園内800mを一周する列車に乗車して、まずは園内の見物と撮影、動力車はSLとDLがあり、この日はDLでした。駅で発車前のDL、乗車賃は大人400円、子供は4歳以上小学生まで200円。3歳以下無料。

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一両目の客車からDL機関車を撮影

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三両連結の客車の最後尾の座席から撮影開始、発車時は女性の駅員が出発のベルと乗客に手を振る

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発車すると外周にサクラが満開

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内側に野外展示車が見えるEF65520、EF621

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左手の外周に塗装がボロボロに剥げた特急あさま、あさましい無惨な姿

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右手に電関EF6311 

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気動車

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桜とあぷとくんDL気動車タイプ10000

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検修庫であった鉄道展示館の横を通過

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特急あさま

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機関庫を模した上を通過

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左手は文化むらの駅、EF6312は体験コースを運転できる

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車内からの撮影、左は鉄道資料館

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鉄道資料館の横を通過

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鉄道資料館の裏手

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新幹線保線用トンネル巡回車

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機関庫にSLは「あぷとくん」を牽引する、イギリスから輸入したブリティッシュグリーンの本格的な蒸気機関車、この日はお休みでした。

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出発したあぷとくん乗り場が見えて来た

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乗り場前の電気機関車はEF3020/EF58172

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野外展示車両

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EF58172

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桜とデゴイチのナメクジ D5195

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子供を乗せて走るミニSL機関車、馬力は馬一頭分だそうだ

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碓氷峠専用の補助機関車EF631 白山

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EF8063 日立

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EF60501

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EF591

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DD511

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桜満開の西展示館、この中にアプト式電気機関車ED42がラックレールに噛合う歯車が見られるが・・・桜に見とれて時間の都合で知らずに通過してしまう!

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桜とDD511/DD531

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桜とデゴイチのナメクジD5195

温泉旅行の帰りに立ち寄った2時~3時の1時間では鉄道マニアだったら殆ど素通り同然の見物であった。次回はアプト式鉄道の歴史をもっと深く勉強する機会にしたい。今回は桜の木に気をとられれて不覚であった。ここは一日掛けて見て、触れて、体験して、楽しめる碓氷峠の鉄道文化むらである。

 

 

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2017年4月20日 (木)

碓氷第三橋梁めがね橋(国指定重要文化財)

 軽井沢からの帰路に選択したのは、旧横川駅のドライブイン峠の釜めしの「おぎのや」へ向かうために昔の中山道を走る、信濃路の旧道18号線を上州に上ることである、上ると言っても実際は下り坂のカーブを184ヶ所下ることになる。かっての酷道18号の急こう配の下り坂のドライブとなる。C184から始まったカーブ標識のC33で巨大な煉瓦造りのアーチ橋があらわれる。

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下り坂の急カーブを150回もハンドルを切ると 巨大な煉瓦のアーチ橋が現れる、愛称めがね橋である。日本最大の煉瓦造りのアーチ橋 

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明治25年径間数4長さ88m煉瓦の総数200万個

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中央に見えるのが横川方面への第五トンネル

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真下から高さ31mのアーチ橋を見上げるように写す 

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旧道18号のC33カーブにある碓氷第三 橋梁(めがね橋) 

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文化庁と安中市教育委員会の説明板にめがね橋の由来が説明されている 

 

 

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めがね橋の下にある高崎鉄道管理局と松井田町教育委員会の旧信越本線の碓氷第三アーチの説明板

 

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めがね橋の上の遊歩道に上る道に設置してある

 

 

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アプトの道へ登る階段

 

 

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アプトの道から見下ろす、C33カーブは見事なU字型

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アプトの道は今でもトンネルの中から列車が進行してくるような錯覚に陥る、第五トンネル出口が過ぎ去った過去への入口のようだ

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第五トンネル出口、中を歩くには時間がない

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チョットだけ覗く、中で右カーブする横川駅方面


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第五トンネル出口から第六トンネル方向の景観

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第六トンネル入り口

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アプトの道から降りる階段通路、ここを息を切らしながら登ってきたが下りは楽だ!

軽井沢から群馬県に入るルートは高速道・バイパス・旧道18号の三択、旧道18号の急カーブ184ヶ所を敢えて選択した理由は次回のブログで語る。

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2017年4月19日 (水)

軽井沢・白糸の滝と野鳥の森

 日本一の草津温泉から帰路は野鳥の森の軽井沢に向かう、草津温泉から北軽井沢へ、青空に白煙噴く雄大な浅間山を車窓から眺めながらのドライブ、いつしか有料の白糸ハイランドウェイの森の道に入り、白糸の滝に着く、十数年ぶりの観光スポットに到着する、ここまで草津を出発して1時間10分。
出来るだけ白糸の滝近くの駐車場に停めて、川沿いに山道を白糸の滝まで歩き出すと、4~5分で目の前に湾曲した岸壁から数百条の地下水が白糸のように落ちてくる記憶であったが、現実の白糸の滝は昔と違い水量が多い部分が目立ち、昔のような細い絹糸が連なるようなイメージがなくなっていた。

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高さ3m幅70mの白糸の滝は時の流れか、季節の違いか、昔日の白糸の流れは何処へ。細々ながらの記憶では絹糸のような細い雫が流れ落ちるイメージであったが・・・

 

 

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目の前に現れた鷦鷯(ミソサザイ)に現(うつつ)に覚める。

 

 

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観光用の24-70mmレンズの70mmを4倍にトリムしても、L11cmの小さいミソサザイは落ち葉の流れと同じ程度

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これがオリジナルのサイズ

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アイキャッチの4倍のトリム、この後は白糸の滝の中に吸い込まれるように飛んでいった。

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この時季はまだ観光客はまだまばら

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白糸の滝の看板横で新婚記念撮影なのか、韓国ドラマの撮影なのか?残雪の中で長時間の撮影隊が居た。

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4月10日に降った駐車場の残雪

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野鳥撮影を始めた頃や舳倉島への野鳥撮影への帰路に寄ったのが軽井沢野鳥の森

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日本野鳥の会初代会長の中西悟道氏の小鳥を肩にした銅像とは3回目のご対面でした。

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銅像の上の階段を上ると池の中にカラフルな巣箱の木がある

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池の横に野鳥の森入口

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野鳥の森入口からのショット、野鳥用のレンズを携帯していないために、ここは単なる下見で終わる、目撃したのは梢を移動するシジュウカラのみ。

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2017年4月18日 (火)

草津♨伊東園ホテル草津

 伊香保温泉お宿玉樹の駐車場から10分程で水澤観世音に着く、何回も来ているが初めて水沢寺仁王門の急階段を上り、楼上に安置されている釈迦如来坐像・文殊菩薩坐像・普賢菩薩坐像を初めて拝み、次に水沢観音を参拝して、六道輪廻の六地蔵尊を左回りに3回まわしてから約50キロの距離にある草津温泉に向かう。
三日目の温泉はBIGLOBE温泉番付で東小結 伊香保温泉から東横綱の 草津温泉です。
2016年にっぽんの温泉100選ランキングでは、1位草津温泉、14位伊香保温泉、18位万座温泉、21位みなかみ18湯、34位四万温泉、ランキング100選に群馬県は5温泉が入る温泉県です。三国峠下にひっそりたたずむ自然湧出の法師温泉一軒宿の長壽館は、日本の秘湯を守る会の会員旅館で明治時代から一世紀以上の歴史を今に伝える老舗旅館も群馬県でした。

喜寿迎えた老夫婦が三泊目に選んだ群馬県の宿は、昨年8月家族・娘夫婦・孫の七人で掛け流しの温泉と食べ放題・飲み放題のバイキング、カラオケ、卓球など家族と過ごした想い出の温泉は二度目の伊東園ホテル草津でした。

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先に西の河原を見物後、昨年はベルツ通りの案内板はまだ「かんぽの宿」で迷いましたが今年は案内板も整備されていたので迷わず辿り着きましたが玄関付近には残雪がありました。

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ホテルフロント 

 

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伊東園ホテル草津は温泉街からはかなり離れており、年寄りの足では湯畑までは歩いていくには難儀です。湯畑は翌朝の観光でした。 

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浴衣コーナー、部屋入る前に自分のサイズを選んで部屋に向かう、伊東園ホテルズのシステム。 

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部屋に布団が敷かれているのも伊東園ホテルズのシステム

 

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ここは男湯と女湯の入れ替え制はない

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源泉掛け流しの草津の湯

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草津名物の湯もみ板二枚はここでは飾り板?

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露天風呂は自然の風情の中

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温泉成分表

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2016年第30回にっぽんの温泉100選全ランキング。草津は堂々の1位

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バイキングスタイルの夕食は食べ残さないように魚中心に少々、飲み放題のスーパードライの生は何杯飲んだか覚えがない

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別注のあわびのステーキ

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別注の伊勢海老鬼殻焼き

和・洋・中の約50品のバイキングスタイルに贅沢と思ったが海の幸を二品追加してチョット豪華になった。

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食後は事前に予約を入れて置いた貸切風呂へ

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貸切風呂

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貸切風呂の露天風呂

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東西温泉番付の東 横綱草津温泉・小結伊香保温泉・前頭万座温泉・四万温泉・水上温泉郷の5ヵ所の群馬県は県別賞

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朝のバイキングは鯖の焼き物、漬物4種、ひじき煮などサバを読まずに食の細い朝食を摂って湯畑に向かう。

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朝食後は湯畑に向かう草津温泉街の路地で草津長寿店で蒸かしたての温泉饅頭を助手席に差し出されて停車、店の名前が気に入って温泉饅頭をお土産にする。朝からあつあつの温泉饅頭であった。

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朝の晴天の湯畑

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青空に湯畑の白煙が光る

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湯畑の温泉饅頭ちちやは駐車場が無いのでスルー

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朝の湯畑はまだ観光客がまばらであった


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軽井沢に向かうベルツ通りの駐車場の広い「ちちや」の温泉饅頭を買います。
草津温泉の西にある、前日の西の河原公園の記録。

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西の河原公園、草津穴守稲荷神社の石段は残雪の山

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西の河原公園、東京帝国大学で日本の近代医学の基礎を築いたドイツ人医学者、内科と外科の教鞭をとられて日本の医学に貢献されたベルツ博士とスクリバ博士の胸像

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ところどころから不気味な白煙が上る西の河原は、賽の河原もどき

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西の河原公園の奥にビジターセンターと西の河原大露天風呂(入浴料600円)がある、丸い足湯が中央に見える。

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西の河原公園の標識、自然湧出量日本一の草津温泉の一面が湯畑とともに、この西の河原公園にもある。






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2017年4月16日 (日)

伊香保♨お宿 玉樹

 翌朝の12日は朝食後に法師の湯で丸太を枕にして休息をしてから、法師温泉長壽館を後にして、たくみの里の9ヶ所の野仏めぐりをした後に、ひと月前にインターネットで予約を入れておいた伊香保温泉・石段街の入口に在る、全館畳廊下の純和風旅館お宿玉樹に向かう。

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お宿玉樹の玄関、右の人力車風の軽自は翌朝駐車場までの送迎車

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全館畳廊下の1階エレベーター付近より 

 

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炬燵のある12畳の部屋名は檀 

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源泉は黄金の湯と白銀の湯の二種類 

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源泉掛け流しの黄金の湯

 

 

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露天風呂の白銀の湯

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左に見えるお宿玉樹と石段の歴史

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石段の歴史拡大

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石段街にチャレンジ

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途中の石段の湯

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石段街の平日午後3時半頃の人通り

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「伊香保の街」 与謝野晶子の石段に刻まれた歌碑 
榛名山の一角に、段また段を成して、
羅馬時代の野外劇場の如く、 
斜めに刻み附けられた 桟敷形の伊香保の街、
屋根の上に屋根、部屋の上に部屋、
すべてが温泉宿である、そして榛の若葉の光が
柔かい緑で 街全體を濡らしてゐる。 
街を縦に貫く本道は 雑多の店に縁どられて、
長い長い石の階段を作り、伊香保神社の前にまで、
Hの字を無数に積み上げて、
殊更に建築家と繪師とを喜ばせる。

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縣社伊香保神社の鳥居

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365段/365段

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365段を上ると午後4時頃の伊香保神社は西日を背に受けての逆光の中

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芭蕉の句碑

初時雨 猿毛小蓑越 不し気南梨  
芭蕉翁
はつしぐれ さるもこみのを ふ(ほ)しげなり 

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下りは楽だ!

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お庭

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お庭

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夕食の時間

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夕食の献立

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お造り 鮪 白身 手造り蒟蒻 芽物 山葵

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強肴 上州牛すき煮

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夕食は黒胡麻うどん、小さなお釜はご飯

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夕食後に昼間下見をしていた石段街の店に行くと、平日は人出が少ないのか閉店してガッカリ

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石段の湯は営業中でしたが人通りがありません

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平日は石段街は閉店する店が多く、早々に宿に戻る

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宿の夜間用の玄関も草履が多く残っています

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午後8時よりお風呂は男女入れ替わり

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源泉 西沢の湯の泉質と適応

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朝食はきび粥、段々豆腐、地鶏の卵・山椒

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売店の手ぬぐい

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第5回伊香保手ぬぐいアート展人気投票作品、右から3枚が上位3作品、今年は第6回伊香保手ぬぐいアート展のアンケートの人気投票が宿で行われていた。

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お宿 玉樹の絵葉書 お宿玉樹の玉に瑕は駐車場の場所が離れているのが玉樹の瑕。

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翌朝は駐車場までこの人力車風の送迎車に2~3分乗れるので気分よく、次の目的地に向かうことができる。

伊香保の桜は来週あたりが開花の様子であった。



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2017年4月15日 (土)

法師♨長壽館

 夫が言い出して妻がそれに従う、いくつになっても夫唱婦随が男の理想だが、同じ発音でも50年以上も連れだっているといつの間にか、本末転倒して、四字熟語が婦唱夫随となってしまった。
弥生に喜寿を迎えた夫と翌月の卯月に喜寿の誕生日を迎えた婦が、ここまでは夫唱婦随だったが・・・婦が言い出して夫が従ったのは、桜花の時季に三泊四日の観光と温泉旅行で夫婦で老体を癒してきました。例年の北海道長期遠征前には
婦唱夫随は自然であり、現実的と思われた。

朝から雨降る4月11日に横浜を出発して、最初に向かったのは世界遺産の富岡製紙場経由三国峠の下にひっそりかまえる一軒宿の法師温泉長壽館、毎年3月か4月にお世話になっている郷愁の湯宿となっている。

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前日の朝に雪が降った法師温泉長壽館は小雨であった。

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本館前・法隆殿横の与謝野晶子の句碑も雪の中

草枕手枕に似じ借りざらん
山乃いでゆ乃丸太の枕  与謝野晶子

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玄関の内部はいつもの歴史の重みを醸し出す重厚な佇まい、本館と法師乃湯と別館の三棟が国登録有形文化財である。

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囲炉裏の火が赤々と

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いつもの上原謙と高峰三枝子の国鉄時代のフルムーン

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長寿館の名称と同じ長寿の湯

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湯船の上にある長壽祝、還暦・古希の次が喜寿は三番目、まだまだ長寿祝は百十一歳まである

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長寿の湯温泉分析表

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別館の夕食はコタツの上での部屋食、温泉は自慢しても、料理は山合いの雰囲気ただよう料理

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二の膳

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法師の湯

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法師の湯の源泉は旭の湯

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法師の湯

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玉城の湯入り口にある玉城 鳴がお出迎え

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玉城の湯

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露天の出入口から玉城の湯

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玉城の湯露天風呂

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玉城の湯温泉成分表

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朝食も部屋でコタツの上

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別館の部屋からの法師川

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別館の抱翠閣は昭和15年建築の国登録有形文化財、喜寿を迎えた同い年

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翌朝の本館への廊下から見た長寿の湯

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翌朝の本館中庭の残雪

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渡り廊下から玄関へ、次の温泉地は伊香保温泉

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2017年4月10日 (月)

三ツ池公園の開花標準木

 最近はTVのCMでも「さまざまの こと思ひ出す 桜かな」の芭蕉の句が読まれる。三ツ池公園の開花標準木は3月25日に開花宣言を聞いたが、四日後の3月29日でも胴吹き桜がしか見られなかった。
4月7日にようやく七分咲の開花標準木。8日9日の土日はあいにくの雨模様で満開は見過ごした思いがあ。開花から二週間も待たされた開花標準木。オカメ桜・緋寒桜・枝垂桜・横浜緋桜などいろいろな桜が咲き乱れる中で様ざまのこと思い出す染井吉野の開花標準木でした。

さまざまの こと思ひだす 桜かな 芭蕉

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4月7日早朝撮影、開花標準木

 

 

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そのまま後さずリしての開花標準木

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池を入れた開花標準木

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売店横から撮影した開花標準木

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下の池と開花標準木の枝先

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キンクロハジロも標準木の花見

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開花標準木は胴吹き桜

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遠くにキンクロハジロ、近くは標準木の枝先

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キンクロハジロと開花標準木

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2017年4月 9日 (日)

曹洞宗 天宗山 東林寺の花祭り

 今朝も昨日と同じように花散らしの雨である。先週の土日も雨だった、昨日の四月八日 

Img0012は、お釈迦様の生誕の日、花祭りの日。桜満開の花見の日よりであったが朝から生憎の雨。横浜の天気予報では午後から雨が上がる予報通り、正午過ぎから東林寺さんへ参拝です。
雨が上がる間に河津桜を見物した折に参拝した、河津町沢田地区の日本三大涅槃仏の涅槃堂でお土産にした「天城甘茶」を沸かして飲んだが天然の甘茶は凄く甘かった。美味しいので参拝前に三杯のアマチャはまだアマチュア。

例年通り、東林寺の本殿前に小さなお堂の花御堂の中に、花で飾った水盤の中に甘茶が入れてあり、合掌してから小さな柄杓で小さな姿のお釈迦様の頭の上から甘茶をそそいでお参りしました。
お釈迦様の頭に甘茶を何杯そそぐのか、正式な作法を知りませんので参拝なので三杯そそぎ合掌しました。

その後は境内と墓苑の周囲の満開の桜を花見です。お釈迦様の誕生日を祝う、春爛漫の花祭りでした。

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東林寺本殿前に置かれた赤い花御堂

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今年は花御堂の下に4月7日の朝日新聞が敷かれていました。

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合掌してから柄杓でお釈迦様の頭から三杯を灌ぐ参拝、そして合掌

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初めての側面から写した花御堂、奥は由緒ある医薬門

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これより4月8日花祭りの東林寺の桜だより、山門から本殿への参道の桜

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車庫脇の紅枝垂れ、右は本殿

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墓苑奥の満開の桜

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竹林脇の桜の老木は早くも葉桜は山桜かな?

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本殿横の枝垂れ桜と医薬門の屋根、屋根しか写らず ヤネ―

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墓苑横の満開から散り八分の染井吉野

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幹が蔦に巻かれても満開のソメイヨシノ

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山門脇の土塀に、遠目にはピンクの紅枝垂れに見えたが・・・

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近づくとサクラではない!ピンク色の海棠(かいどう)と呼ぶのか花海棠(はなかいどう)と呼ばれるのか、下向きに咲いている垂糸海棠(すいしかいどう)なのか

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ご住職の趣味はアマチュア無線、曇天の空にアマチュアとは思えない立派なアンテナとソメイヨシノ、愛称はアンテナ桜と呼ぶのかな?

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山門左に見える蔦に巻かれた満開のソメイヨシノ。

東林寺の花祭りは満開のサクラと4月8日が重なり、花爛漫の花祭りであった。

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二月十五日はお釈迦様が八十歳の生涯を閉じた日、入滅の日。今年は河津町沢田地区の涅槃堂(日本三大寝釈迦霊場)へお参りしたので、喜寿を迎える前に涅槃堂にお参りして、弥生で喜寿になり、ひと月後の卯月に東林寺の花祭りにお参りした。年齢だけはお釈迦様に近づいたが思いである。

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2017年4月 8日 (土)

花鶏・獦子鳥(アトリ)

 野鳥図鑑の和名漢字では花鶏・獦子鳥の二つの表記で「アトリ」と読ませる。
花鶏の音読みは「かけい」、
獦子鳥は「かっしちょう」と読むと思われる。
Web.の「日本語表現インフォ」の
獦子鳥・花鶏「あとり」とは、スズメ目アトリ科の鳥。冬鳥としてシベリアから大群で日本に渡る。音は、集まる鳥(あつとり)が由来。「獦子鳥」の表記は大きな群の様子が獲物を追いたてる勢子(せこ[=獲物を狩り出す人])に見えることが由来。「花鶏」の表記は鮮やかなオレンジ色が目立つ体色が花が咲いたように見えることが由来とあった。

この2,3日桜を見に通った地元の公園で撮影したアトリです。

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落ち葉の下に落ちている草の種子を探すのか、地上に舞い降りての採餌

 

 

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夏羽に替わりはじめた♂、芽吹きだした新芽を探す

 

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見頃になった桜の花弁も食べる

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桜には花鶏が良く似合う、だがアトリは秋の季語、10月に渡来して5月には北帰行の冬鳥

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芽吹き始めた新芽の採餌、20羽程度の小群、アトリは20羽でも小群

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公園の通路の上

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通路の縁石の上にも

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新芽の採餌

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新芽をフライングキャッチもどきの採餌

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暗い生垣の中

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葉桜と花鶏

 

 

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夏も近づく、夏羽も近づく、頭のバフ色から黒々へ

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大島桜の葉桜?の中

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葉桜の枝で花見の花鶏、ソメイヨシノはようやく満開だが染井吉野にはアトリはヨシの

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満開のソメイヨシノには1回も来ず、葉桜と花鶏の特集になりました。

4月8日は4と8で出発の日、四月八日は花祭り、これから菩提寺の花まつりに出発します。出発進行👉

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2017年4月 6日 (木)

蒼鷺が浮島で待ち伏せ採餌

 時代劇の有名な仇討ちは、源頼朝が行った富士の巻狩りの際に父親の仇を討った曽我兄弟の仇討ちと渡辺数馬の弟の仇である河合又五郎を伊賀の鍵屋の辻で討った荒木又右衛門の鍵屋の辻の決闘(伊賀越えの仇討ち)と赤穂浪士の討ち入りが人気の日本三大仇討ちといわれる。曽我兄弟の仇討ちと荒木又右衛門の鍵屋の辻の決闘は両方とも仇討ち作戦は「待ち伏せ」であった。

アオサギは、魚を主な餌として、水田や海・川・池などの浅瀬など水深の浅い場所で採餌する習性がある、獲物の探し方は、動きながら、移動しながら探すものと、アオサギの採餌生態は動かずに獲物が来るのを待つ、「待ち伏せ」である。

浅い水深で採餌するアオサギが1m以上水深のあると思われる池の中に浮かべた筏の浮島の縁とまり、採餌する生態はある程度不思議に思われる。
しかも今年は魚が小さいのか、あまりいないのか、カワセミも敬遠する池である。

ようやく桜が五分咲きになった菊名池にやってくるアオサギの待ち伏せの採餌の生態である。

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浮島の縁で待ち伏せのアオサギ

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浮島から深みまで入って採餌のアオサギ

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三分から五分咲きのソメイヨシノの枝にとまるアオサギ

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この池のクチボソなどの小魚はこんなに小さくても逃さず採餌するアオサギ

 

 

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大きな嘴で小さな魚を旨そうに採食

 

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次の獲物は・・・

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またも小物

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ようやく大きな嘴に引っかかっている程度

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貴重な獲物を満足そうに採餌

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次は羽が濡れないように広げてのゲット、浅瀬では見られない深水

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この池ではこれでもこの日一番の大物、池の縁から15m、400mmDX版では入り切れない

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浮島に上がり安堵の様子

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それから嘴を大きくあけての採餌

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旨そうに採餌の待ち伏せのアオサギであった。



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2017年4月 5日 (水)

鷭(バン)は春爛漫

 2011年から毎年菊名池の浮島で繁殖活動している鷭(バン)です。雌雄同色のバンは♂♀の区別はわかりません。どちらも嘴の先は黄色く、他は額板まで赤い、脇腹に白い縦斑がアクセント。
「白いブランコ」のフォークソングでデビューした兄弟はビリーバンバン、高齢化の波はこの兄弟にも押し寄せて、今は70歳台の高齢者となったBilly BanBanの演奏活動はあまり見られなくなったが、ここの二羽のバンバンは繁殖活動がお盛んです。


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コウホネの中を餌探し

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臆病なバンでも公園のバンは警戒心がない人慣れのバン

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筏の上の自然のような浮島に二羽のバン・バンは番の鷭

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水道道方向からの筏の浮島、ここには色々な水鳥とアオサギと亀が来る

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カメが見ている前でおや?なんかな~?

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下のバンは嘴が水中?

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これで♂♀が分かる瞬間、当然上が♂でしょう!

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♂が羽をバンバン 否 羽をバタバタ

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♀は最後まで嘴の先が水の中?こんな様子が春爛漫の池でこれからもバンバン見られそう、あんたも好きね、わたしも好きよ、ちょっとだけよ、いつの間にかドリフに様変わり。

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これで今年も可愛いヒナが見られそう!とカメが首を上げる

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それはそうと、雌雄が離れると♂♀の区別が不明のバンバンでした。

菊名池の桜はまだ三分~五分咲きの日にバンバンは春爛漫の満開でした。

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2017年4月 4日 (火)

花蕾に花鶏、花芯に目白

 桜と言えば染井吉野、満開前のソメイヨシノでは春爛漫とは言えないが、地元横浜の桜はまだ満開前、東京上野は春爛漫の日曜日、朝日は花見客で「満開・満喫・満面」の社会面であった。

地元の池に、満開前の染井吉野に冬鳥の花鶏(アトリ)が、ようやく蕾から花弁が顔をのぞくと採食に来た。
蕾・満満にアトリ、程々開花にメジロ。
花曇・空抜にアトリ、白い逆光にメジロ。
それでも桜の蕾と花鶏が撮れて、
満悦・満足・満点の日曜日であった。

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逆光に空抜け、アトリは腹ばかり

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アトリは蕾を見て、CMは空を見る

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花弁を啄ばむアトリの空抜け

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まだ蕾のソメイヨシノ、空抜けのアトリ

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同じ桜木でも開花にメジロ

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一部の開花のソメイヨシノにメジロの吸蜜、桜はまだ三分咲きの日曜日であった。

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2017年4月 3日 (月)

三ツ池の桜

 江戸時代に農業用水のため池として整備された灌漑用水の池が三ッある、桜の名所100選の県立三ツ池公園。
4月2日(日)の東京の桜は満開宣言があったが三ツ池のソメイヨシノはまだ二分とか三分咲き、開花標準木に至っては開花宣言した3月25日から一週間経つがまだ1分咲き(一部咲がホント)、胴吹き桜を数えてもやっと十輪程度であった。

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三ツ池公園南門の水の広場に咲く「越の彼岸桜」左と「横浜緋桜」右 

 

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越の彼岸桜の下から撮影した横浜緋桜と上の池、周辺の染井吉野はまだ蕾

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上の池と中の池を隔てる通路から中の池の池縁に咲く、ソメイヨシノはまだ二分か三分咲き程度であった。

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中の池のまだ満開前の染井吉野が池面に映る、このソメイヨシノが早い

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遅いソメイヨシノと遅くまで滞在するキンクロハジロでカテゴリーは野鳥にした

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中の池の花の広場、二代目枝垂れ桜はまだ蕾

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中の池 4号WC前のソメイヨシノは5分咲き、キンクロハジロなど水鳥が泳ぐ

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中の池から下の池方向、TVKのテレビ塔

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中の池と下の池の通路の横浜緋桜は満開

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下の池と横浜緋桜と柳、後方は売店

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開花標準木の脇にある三ツ池の歌碑の説明

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開花標準木は老木、老木に見られる胴吹き桜が先に咲く

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売店から観た標準木の枝先、満開は今週の週央から週末か

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上の池の上にある、丘の上の広場にあった花見のせきとり、サクラの見頃にはまだ早く、席取りの主は「みかけだおし」の表示が三枚。

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近くに咲くボケの花は満開であった。

4月2日(日)の三ツ池公園は花見にはまだ早かった!



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2017年4月 1日 (土)

鷽と櫻の想い出

 

今日はエイプリルフールの4月1日、日本語では四月馬鹿、嘘をついても10821_3

よいという風習の日である。国会の証人喚問では「事実は小説よりも奇なり」と証言した人よりも、100万円寄付した方が嘘をついているような気がすると感じる国民の方が多いと言われているそうです。4月1日の国会答弁なら許しても良いが、8億円も値下げした国有地など国民は真実を知りたいと願っている今日この頃である。写真は六年前に九州旅行の帰路に大宰府天満宮で孫の合格祈願を授かった際に境内で撮影した石と銅製の「鷽:ウソ」である。

学問の神様、菅原道真公のお使いの鳥となった鷽のウソのような話。鷽が天神様ゆかりの鳥になった経緯は道真公が蜂の大群に襲われたとき鷽が助けてくれたという伝説と太宰府境内の樹木につく害虫を駆除してくれたという言い伝えがある。ウソかマコトか鷽と学問の旧字の「學」がなぜか似ているのも不思議に思える。

今年の横浜のサクラ(ソメイヨシノ)はまだ満開前であるが、4年前の4月1日は桜は散り、葉桜になるほど満開が早かった年であった、そんな桜にウソが採餌に来た想い出の櫻と鷽の写真です。

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2013年4月1日 三ツ池公園 

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鷽の雄

 

 

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ウソの飛翔

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葉桜とウソ♂

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二羽のウソ♂

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2013年4月1日三ツ池公園

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2013年3月11日撮影 河津町踊り子温泉会館近くの白梅を採餌するウソ

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ウソは天神様のお使いの鳥だが梅や桜の開花前の花芽や開花後の萼(がく)片や果実となる子房を採餌するので花を愛する人には嫌われる鷽である。

 

 

 

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