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2017年6月 1日 (木)

横浜・三渓園とゆかりの富岡製糸場

 6月1日は11年前にこのブログをアップした記念日です。65歳の誕生月の2015年3月に野鳥撮影を始め、1年3ヶ月後にブログを開設し、稚拙なブログながらも「継続は力なり」をモットーに今日に至りました。この間ブログのUPにアップアップしたことが何回もありましたが野鳥の他に旅行記・温泉・SL・鉄道などに趣味の範囲が拡がり、ブログの継続を余生の残日録にしました。今回は野鳥以外で初めて、この記念日に約2ヶ月前の世界遺産・富岡製糸場のブログをアップすることにしました。

平凡な句だが、芭蕉の句と知ると名句に思える桜の俳句。

「さまざまな こと思い出す 桜かな」 芭蕉

 16年前に現役を引退した頃に始めたのがの桜の撮影、野鳥撮影を始めた12年前までの4年間は花を追っていた。花といえば桜の思い出。はじめた頃に撮影したライトアップした三渓園の池に浮かぶ和船と燈明寺三重の塔の夜桜であった。明治35年頃から昭和14年まで、原三渓が生糸貿易で成した財をつぎ込んだ三渓園に咲く桜である。

三ツ池公園でサクラ撮影中に12年前から嵌ったカワセミなどの野鳥撮影、その後は信州への野鳥撮影旅の度に通過する富岡であったが、上州から信州の旅の中で、富岡を通過する度に歴史で学んだ富岡製糸場の見学を願っていた自分がいた。世界遺産に登録後はその想いが募るばかりであった。

2014年6月世界遺産に登録されてから3年目、その機会がやっと訪れたのが2017年4月11日からの夫婦で喜寿記念の上州温泉旅行。初日の法師温泉長壽館に行く前に寄り道して、生憎の雨だったが桜満開の富岡製糸場へ、4月14日まで世界遺産の建物群の庭で満開を咲き誇る桜のライトアップをしていた頃である。

入場時に配付されたパンフレットによると、明治5年(1872)操業開始から昭和62年(1987)まで115年間操業し続けた歴史の中で原三渓が経営に携わった時期がある。三井家から明治35年(1902)に経営譲渡を受け、昭和13年(1938)に片倉製糸紡績に経営委任するまでの36年間は原合名会社として原三渓が製糸業の経営に携わっていた。横浜と富岡は明治からの縁(えにし)が深かった。(配付された小冊子より)

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正面入り口の煉瓦塀越しの桜

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入場券

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最初の建物は国宝の東置繭所(ひがしおきまゆじょ)、世界遺産になってから国宝といわれると社寺仏閣を彷彿するが煉瓦倉庫の建物が国宝と言われてもピンとは来ないのは我だけか。

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東置繭所、木骨煉瓦造、煉瓦の積み方はフランス積

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パンフの富岡製糸場の場内配置図

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東置繭所(ひがしおきまゆじょ)1階で繭から生糸を取り出す実演、右に昔の写真なのか絵が見えます

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その作業内容の拡大写真

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原合資会社当時の写真、三井時代・原時代・片倉時代の順に当時の製糸場の写真があった。

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繭の実物

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東置繭所の裏手に見える桜

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東置繭所の二階が置繭の場所、明治5年にフランス人が設計して日本の大工が建てた二階の梁

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東置繭所の二階から修理中の隣の建物

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東置繭所の二階から工事中の西置繭所

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東置繭所二階から奥に見えるのが国宝の繰糸所

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東置繭所の裏手にお富ちゃんと記念撮影場所

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保存修理工事中の西置繭所、後ほど工事現場を見学した。

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復元されたブリュナエンジンのはずみ車、横型単気筒蒸気機関(エンジン)は電気モーターが導入されるまでの繰糸器と揚返器の動力源として使用された

 

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ブリュナエンジン(上と反対側)

 

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大きな鉄水溜を公開中、雨天でレンズに水滴が付いたが鉄水溜の水漏れではありません。

 

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「西置繭所」保存修理工事現場見学受付、ここでヘルメットを被る

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「西置繭所」保存修理工事現場は撮影禁止、外の中庭の桜を撮影

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外は撮影OKでした

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場内の桜と花

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3棟目の国宝、繰糸場入り口

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繭から生糸を取る作業の繰糸器

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繰糸場の機械

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トラス構造の小屋組は建物内部に柱がない広い空間が保たれる

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繰糸場の斜め前は診療所と病室

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ブリュナ館横の来場記念撮影場所、場内に3ヶ所

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首長館(ブリュナ館)フランス人のブリュナが家族と暮らした住居、後に女工の寮となった。

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昭和15年建設の寄宿舎、浅間寮・妙義寮、長さ55m幅7.3m

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寄宿舎の榛名寮と桜

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スタンプラリーに参加してお富ちゃんバッジをお土産にしました。

ソメイヨシノが咲く頃の雨の日にサクラ咲く富岡製糸場です。この世界遺産が生糸貿易で財を成して、三渓園を作った人物。原三渓が亡くなるまで富岡製糸場を所有して経営していたことを知りました。これも生涯学習の一環です。

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