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2017年8月

2017年8月31日 (木)

浦臼神社のカタクリと野鳥

 浦臼神社は国道275号の道の駅つるぬまの裏山にあります。道の駅に車を停めて、札沼線の線路沿いに札幌方面へ約1分で踏切を渡り、目の前の急階段を上ると鳥居があり、奥に浦臼神社が見えます。エゾエンゴサクやカタクリの群生地でもあり、5月の連休前後になると神社の境内一面がカタクリとエゾエンゴサクの花で覆われます。エゾリスを撮影するカメラマンの人気スポットです。野鳥はアカゲラやヤマガラ、シジュウカラなど様々な種類の野鳥も撮れます。二日目以降は浦臼神社の裏にある「いこいの森公園」の駐車場に車を停めて浦臼神社境内に歩いて向かいました。
撮影日2017年4月30日~5月2日

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踏切を渡ると目の前に浦臼神社の急階段 

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急階段を上ると浦臼神社の鳥居と神社 

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浦臼神社の境内一面はカタクリとエゾエンゴサクの名所  

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エゾリスの出現を待つカメラマンの一団

 

 

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カタクリとエゾエンゴサクの群生地のシメ

 

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エサ台のシメ

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ヤマガラ

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ゴジュウカラ

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ゴジュウカラ

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シジュウカラ

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シジュウカラの飛び

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アオジ

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ハシブトガラ

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カラス

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シメとゴジュウカラ

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シメとゴジュウカラ

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アカゲラ

4月30日~5月2日までの三日間はアライグマなどの天敵が現れ、エゾリスはカタクリとエゾエンゴサクの咲く花園には現れず、野鳥だけの撮影に終わりました。



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2017年8月30日 (水)

北海道の春を告げるカタクリとエゾエンゴサク

 北海道の春を告げる花、カタクリとエゾエンゴサクの名所は北海道に5,6ヶ所あります。その一つが羅臼町の道の駅つるぬまの隣にある羅臼神社の境内一面と神社の杜林床。

撮影日 2017年5月2日

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ここの管理人?がエサ台をカタクリとエゾエンゴサクの中に置いている

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アカゲラ♂が採餌に飛んで来た、見た目はアカゲラの花見

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カタクリとエゾエンゴサクが競演して咲く中でのアカゲラの採餌

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アカゲラの雌も採餌に来る

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その場では採餌しない

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どこに持ち去るのか、採餌は何処で

 

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着地前

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見つめる方向に樹々

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気に成るその樹に向かう

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ヤマゲラはアカゲラのように餌場には来ない、林の中で餌探し

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アカゲラよりも用心深いのか、置いてある餌が好みの木の実ではないのか?

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林床にはエゾエンゴサクとカタクリが咲く

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2017年8月29日 (火)

駒止湖のエゾナキウサギ

 駒止湖がまだ凍てついていた今年の5月3日に、車中泊した鹿追町の道の駅、しかおい から、国道274号を走り、道の駅うりまく付近から道道85の鹿追糠平線に入り、扇ヶ原展望台を通り過ぎ、北海道最高地点の然別湖の手前にある駒止湖の駐車場に到着、同行者3人でガレ場に向かった、雪渓の雪道を所々で股までズブズブと残雪に潜りながらようやく辿り着いた。足元の下にまだ氷結している駒止湖が木々の間から下に見える。雪が無ければ10~15分の登山道を同行の二人に10分も遅れ、約30分も雪道を歩いて到着したナキウサギが棲息するガレ場。時節が早いのか撮影者は4人、最盛期には20~30人が集まるナキウサギのポイント。早朝6時にここで三脚と200-400mmレンズ、D500をセット、岩の上に腰かけて、時々付近を散策しながら2時間半程待つとエゾナキウサギが岩場に現れたのを初めて撮影した。大砲レンズではナキウサギが足元の岩場に来た時は撮れないガレ場でした。


撮影日2017年5月3日

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ガレ場のマナー看板、歩道にロープが張られている

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ガレ場の下に見えるまだ凍結していた駒止湖

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ガレ場の周囲は残雪、ここに三脚を据える

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ガレ場の上方は森林帯との境目あたり

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そこの岩場に最初に現れたナキウサギ、鳴兎の♂はキチッキチッキチッという連続音で鳴くといわれるがこの時は聴きそこなったようだ

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ヒゲが光るナキウサギ、顔からはみ出す長いヒゲは暗いところや狭い処でも楽に動ける高感度センサー

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採餌中のナキウサギ、白っぽいコケのようなものを食べています、草や木の葉、草の茎・花やシダ・苔などを採食します

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日向ぼっこ

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草の葉を採餌

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短い足

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短い前足

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あたりを見回す

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愛らしい目、丸い耳、尻尾は短くて見えないエゾナキウサギでした

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帰りに車で2,3分の然別湖に寄る、ネイチャーセンターの前あたりから湖畔に下りる

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日本で一番長く凍り続ける然別湖の湖上に浮く「氷上露天風呂」のようです。営業期間は1月下旬~3月下旬、雪と氷で作られた浴槽のため極寒の時期限定で春には溶けてしまいます。

撮影日5月3日午後1時


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2017年8月28日 (月)

宇宙ステーション・ミール

 宇宙ステーションミールは、苫小牧市科学センターの静態展示SL.C11 135号機のたるまえ号を昨年に引き続き二度目の訪問時に、ミール館に立ち寄った時に見学してきました。
苫小牧市科学センターのHPによると、ミールは1986年2月に旧ソ連が打ち上げた世界初の長期滞在型の宇宙ステーションで、ミール本体に6個のドッキングポートを持つことにより巨大な宇宙構築物を作ることに成功し、無重力環境での様々な実験を行い大きな成功を収めました。

しかし設計寿命の5年を遥かに超えた15年の運用で老朽化し2001年3月23日14時57分、ニュージーランド東方2,000kmの南太平洋に落下しその使命を終えました。 1986年にミールが打ち上げられてから延べ100人以上の宇宙飛行士が滞在しました。このミールの予備機がここに展示されています。

撮影日2017年4月29日

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苫小牧市科学センターミール展示館

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ミール(基幹モジュール)

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ミールのドッキングポート

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ドッキングターゲット

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ドッキングターゲットの説明

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ミールのストレラアーム(野外活動用てすり)

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クバント(天体物理観測モジュール)

 

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クバント(天体物理観測モジュール)

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クバント とミールのドッキング部分

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クバントの天体物理観測室

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クバントの説明
 

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ミール 

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ミール(コアモジュール)の説明

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ミールの操縦席、操縦桿はない

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無重力対応ベットは立ったまま寝る

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無重力状態対応トイレ

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シャワー

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宇宙食

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ミール展示館を訪れた海外の宇宙飛行士

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宇宙ステーション・ミールと宇宙船とのドッキングの履歴


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2017年8月25日 (金)

俄老鉄のSL探訪・D51560号機(青少年科学館)

 俄老鉄の今年の新規訪問先8両目は室蘭駅から車で2,3分の青少年科学館の奥庭に静態展示されているD51 560号機です。ここの入館は静態展示では唯一有料(一般300円、高校生100円、中学生以下と70歳以上・要証明書・は無料)

撮影日2017年7月14日

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開館前に青少年科学館の裏手に廻りフェンスの外から撮影

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入館して青少年科学館1階の展示・工作室の中を素通りして、温室のある庭の奥に屋根付きで静態展示されていた。

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昭和15年苗穂工場製の同い年であった

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青少年科学館は青少年の科学の教育と啓発が目的で設立された

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各部とも油で磨き上げられて、油付着の注意書もある、各部品にはD51560の刻印がある


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2017年8月24日 (木)

俄老鉄のSL探訪D51953号機(豊浦町中央公民館)

 俄老鉄の今年7両目の新規訪問先は豊浦中央公民館に静態保存されているD51953、煙突の形が普通の煙突とは形が異なり側面から見ると逆台形に細長く見える。機関車についての解説板にはこの煙突の解説がなかった。
SLの知識が乏しい俄老鉄の助太刀、ウイキペディアを参考・抜粋・転載すると装置の名称はギ―スル・エジェクタGiesl Ejector)という、蒸気機関車の煙突の一種。主として煙室内に一列に設置された特殊ブラスト管と特殊な形状の煙突からなっている。この煙突は普通の煙突のような円筒形ではなく、前後に細長い長円形で、側面から見ると逆台形のような形状である。シリンダから送ら
炭の燃焼ガスを多く通すことより、従来の煙突に比べて燃焼効率を高めることができ、それによって蒸気温度を上げ、消費する石炭の量を減らして牽引力を上げ、火の粉を減らす効果がある。
D51953は1942に製造されて、1965年にギースル・エジェクターを取り付け、1974年に現役を引退したデゴイチである。

撮影日2017年7月13日

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野外の露天展示は雨ざらしの跡が見える

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気になる煙突の後付け工事、ギースル(人名)・エジェクター(排出器)の説明がない

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見慣れたデゴイチなので写真は煙突への拘りが多くなった

 

 

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豊浦町中央公民館の静態保存D51 953号機

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2017年8月23日 (水)

おねだりウミネコ

 北海道で一般道を走ると時々見られるのが「おねだりキツネ」道路の中央や道路際あるいは観光地の駐車場などに座って居て、車を停めるとエサをおねだりに近づいてきます、初めて北海道観光に来た時は面白がって食べていた菓子などをあげましたが、12年前から北海道で野鳥撮影を始めてからはキタキツネはエキノコックス病の媒体動物と知り、この「おねだりキツネ」を無視するようになりました。まだ誰かがエサを与えているから未だに、おねだりキツネが各地にいるようです。
今年も二年連続北海道の道の駅完全制覇を目指して、7月11日から道南地区(後志・檜山・渡島)の道の駅のスタンプラリーを開始して、夕方に到着した松前の道の駅「北前船 松前」の海岸側に駐車すると、車のそばに近寄って来たのは、なんとウミネコでした。
ウミネコといえば名勝の浄土ヶ浜の美しい景色と自然を満喫できる浄土ヶ浜遊覧船を思い出します。東日本大震災前に2,3回観光しています、直近は震災後の2014年に浄土ヶ浜観光をしています。
震災前は遊覧船が出港するとウミネコの群れが「ミャーミャー」鳴きながら遊覧船に付いてきます、青い空に「かっぱえびせん」を投げるとウミネコが空中でキャッチして食べます。鳥インフルを知らない時期でしたので手に持って差し出すと嘴に咥えます。
震災後の浄土ヶ浜遊覧船ではウミネコパンに変わり、小さくちぎって空に放ると上手にキャッチします。このようにウミネコと戯れた思い出がありました。
8月15日~8月22日までの7回連続でカテゴリーは鉄道でしたのでカレンダーの日付か、最近の記事のタイトルをクリックしないとブログは開きません。ご存知のない方にはご迷惑をお掛けしました。

道の駅「北前船 松前」の駐車場はサクラの時季は駐車するには待ち時間があるほど混雑していますが、この時期この時間の駐車場は車中泊の車だけで空いています。

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クチバシは黄色で先端が赤くその内側は黒い

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成鳥夏羽は頭部から体下面は白く、背や翼上面は黒灰色

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空いている道の駅北前船 松前の駐車場

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車から話のタネに柿の種を投げると咥えて食べる

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一回り小さい夏羽成鳥もやって来た

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先に来た大きいウミネコのそばによると・・・

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大きいウミネコに追われる、どこにでもあるエサ争いの縄張り争い

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柿の種をクチバシでかみ砕く?かなりの迫力

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拡大すると柿の種が飛び散る ド迫力!

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なかなか車の傍から離れない「おねだりウミネコ」でした。
久し振りに野鳥の出番でしたが明日からは残りのSL探訪と鉄道、観光などの風景です。

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2017年8月22日 (火)

俄老鉄のSL探訪・D51237号機(苗穂鉄道技術館)

 昨日のC62 3号機と同じように、苗穂工場の北海道鉄道技術館に静態保存されているD51237号機。このデゴイチは苗穂工場で昭和13年9月から12輌新造されたうちの一号機である。

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屋根付きの屋外静態保存

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苗穂工場の敷地、右後方にC623号機 

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大切に整備保存されています。

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D51237号機の保存について。昭和13年頃外地に転出した蒸気機関車の補充と国内の貨物輸送の要請にこたえるため、全国の主要な鉄道工場がD51蒸気機関車を制作することになった。当苗穂工場においても昭和13年9月より制作を開始、全部で12両の蒸気機関車を新製したが、このD51237号機はその第1号機である。・・・以下略

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「鉄道省 苗穂工場 昭和13年」の銘板

機関室の見学ステップはありませんので撮影機会がなかった。

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2017年8月21日 (月)

俄老鉄のSL探訪C623号機(鉄道技術館)

 何かようかの7月8日は石狩市の赤百舌鳥の撮影を一時中断して、隣の札幌市内にようがありました。毎月第二、第四土曜日の13:30~16:00に無料公開されるので、JR苗穂駅の隣にある苗穂工場内に、昭和62年に設立された北海道鉄道技術の歴史と文化を後世に伝える北海道鉄道技術館へSL撮影です。古いレンガ造り建築で苗穂工場では最古の建物、旧用品倉庫の鉄道技術館横に設置されたホームに展示されている、我が国最大の蒸気機関車C62 3号機の撮影です。屋外展示では立派な屋根付きの展示でした。

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煉瓦造りの鉄道技術館のホームとC62 3号機、後方は苗穂工場

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C62 3の正面

 

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我が国最大の蒸気機関車の先輪2輪

 

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国内最大の動輪直径1750mmの動輪3輪

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動輪3輪の後ろは後輪2輪 

 

 

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炭水車(テンダー)

 

 

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C62 3号機の軌跡の説明板。わが国最大の蒸気機関車であるC62形機関車は幹線重量貨物用D52形のボイラと幹線高速旅客用C59形の走行装置を組合せ、戦後旅客輸送の希望の星として昭和23年に誕生した。・・・

 

 

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キャビン(機関室)

 

 

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キャビン内部、操作ハンドル類、圧力計やバルブなどが無数にあり、電車の運転士と異なり、機関士は数多くのハンドル操作が必要であった。

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わが国最大のSLはキャビンも最大

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機関士の運転台、速度計・圧力計、加減弁ハンドル、単体ブレーキと下に自動ブレーキのハンドルなどが見える

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機関助士側

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大きな焚口と燃焼室、機関助士は石炭投入に大忙しだったと思われます

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テンダーの石炭は一かけらも無かった

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信号機とC62 3、後方はJR苗場工場

毎月第二第四土曜日午後1時30分からの公開とあって、当日の午後1時30分に正門の守衛室で記帳した時点では既に親子連れなど5組の先客があったので鉄ちゃんにはかなり知られている人気スポットと思われる。


 

 

 

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2017年8月19日 (土)

俄老鉄のSL探訪69644号機(紋別市渚滑駅跡)

 北海道で鳥撮りしている内に廃線・廃駅の多い北海道には静態保存のSLが数多くあることに気付き、子供の頃から魅かれていたSLを後期高齢者になってから俄かに撮影を始めた老鉄ちゃんを「俄老鉄・がろうてつ」と自称して、野鳥撮影の合間に静態保存のSL撮影巡りをしている。
昨年も69644号機は紋別の道の駅付近の運動公園に保存してある情報で探したが見つからず、今年はネットで確認すると既に2004年移設されていることが分かり、二年越しのSL探訪となった。保存場所が道の駅オホーツク紋別から約7kmの旧渚滑線の渚滑駅跡、現在は渚滑ふれあいパークゴルフ場である。この付近はいつもオムサロ原生花園へ行くオホーツクライン(国道238号)の街道筋、あと3kmも北西に走ると野鳥撮影のオムサロ原生花園である。
晴天ならば野鳥撮影、雨天ならばSL撮影の「晴鳥雨鉄」の気楽な稼業、今年の6月の天気は好天に恵まれず、小雨や霧雨の日が続きこの日も雨上がりの曇天でした。

前日の滝上町郷土館の39628号機に続いての旧渚滑線沿線の静態保存撮影となった。これは旧渚滑線の終点と起点のSL撮影。渚滑線は国鉄が運営していた鉄道路線、紋別市の渚滑駅で名寄本線から分岐し、紋別郡滝上町の北見滝ノ上駅を結んでいたが1985年に廃線となった。(ウキペディアより抜粋転載)

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雨上がりの渚滑ふれあいパークゴルフ場の駐車場

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仕様と履歴

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公式側は線路が蕗の葉で覆われていた、屋根なしの露天保存ではあったが最近整備されたのか露天保存にしては塗装が新しく黒光りしていた。

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9600形式の69644号機の正面、左後方の細い煙突は紋別市食品加工センター

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非公式側にはキャビンの中が覗けるステップがある、後方の建物は紋別市渚滑高齢者ふれあいセンター

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非公式側

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非公式側のテンダー

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テンダー後尾の上にカラスがとまる

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動輪とシリンダー

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キャビンとテンダー連結部

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キャビンは両サイドとも鉄柵の扉で閉じられている

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機関助士側からコンデジを入れての機関室の撮影

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焚口扉は閉じられていた、窓に部品が外れてぶら下がっていた

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テンダーの石炭口

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テンダーとキャビン(機関室)

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渚滑ふれあいパークゴルフ場


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訪問日2017年6月4日 訪問記念写真


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2017年8月18日 (金)

滝上町郷土館のSL39628号機

 5~6年前に芝桜観光で訪問した日本一の芝桜の名所、滝上(たきのうえ)町に、今年は静態保存のSL39628号機の初訪問です。
撮影日の6月3日は見頃は過ぎているようでしたが遠目にはシバザクラは花盛りでした。
俄老鉄が今年初訪問した3両目のSLです。

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町役場から撮った丘の中腹の滝上公園の芝桜(6月3日撮影)

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滝上町郷土館

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59601号機の動輪のレプリカ

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郷土館の建物配置、郷土資料館・生活歴史館・SL館

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SLが展示されているSL館の外観、鉄骨にガラス張りのカマボコ型

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珍しい完全屋内展示、SLには珍しい工事中のトラ模様の除煙板、似合わない!39628号機

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現役時代のモノクロ写真では普通の除煙板

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この屋内展示の欠点は機関士側の公式側が撮れないこと、横の全景が撮れないこと。前方からも後尾の後方からも正面と後尾が撮れないこと。

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屋内の後方から前方方向、赤紫色の配管

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安全弁と発電機、砂箱の配管

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除雪車キ277の後部から押す配置

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39628号機の正面

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39628号機とキ277の接続

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これより前に行けないのでキ277の正面は撮れない

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39628号機のキャンビンとテンダー

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動輪の横に車歴の沿革

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シリンダー部分の一部

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入館したのは午後2時、案内された係員にSLの車内の撮影をお願いすると他に入館者が居ないのでOKでした。

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機関士側の速度計など、ここの展示では撮影出来ないキャビン内部が撮れたことが大収穫でした。

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罐の上の圧力計とバルブ

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機関助士側からのキャビン(機関室)

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焚口

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燃焼室の火格子

SL館見学後は郷土資料館と生活歴史館の見学

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滝上町の基幹産業は林業

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動物と野鳥のはく製が無数に展示

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滝上町の周囲は山林、自然が豊のようです。

現在は芝桜観光スポットで有名です。

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2017年8月17日 (木)

音更大通交通公園の切開した48624号機

 毎年のようにカワアイサの巣立ちを撮影に来ている音更町役場から約500mの音更町大通交通公園は、1987年に廃止された旧士幌線音更駅跡です。ここに釧路工場で研修用に48624号機を切開(カットボディ)された大正10年(1921)に製造された蒸気機関車と除雪車キ704、車掌車ヨ4730が展示保存されています。

撮影日2017年5月5日、子供の日に年甲斐もなく、公園に遊びに来た子供と一緒に蒸気の上に乗り、上気しました。
蒸気機関車をカットボディされても俄老鉄(にわかろうてつ)には名称と機能がよくわかりません。生涯学習のテーマですが各部の名称に自信がありません。ご指摘をいただければ幸いです。


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音更町大通交通公園

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動輪碑の側方に屋根付きの野外展示車が見える

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公式側がカットボデイの48624号機

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正面からの48624号機、罐の扉も開いています

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扉を大きく開き中を撮影、煙突下方の部分が中央に見える

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側面から見た煙突の下の部分は煙室の呼称であった

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煙室の中

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煙室の底の部分の排蒸気管?

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煙突は9600型よりも高い

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排気用消音器

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蒸気ドーム

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砂箱

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蒸気ドームと過熱管・煙管

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機関室前方の汽笛・発電機、下は燃焼室

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煙管

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発電機・汽笛

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蒸気ドーム

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過熱管・煙管類

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蒸気ドームの下

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機関室前の罐の上、発電機と汽笛を非公式側より撮影

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機関室内部

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焚口、火格子が見える

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テンダーの石炭積載部

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テンダー後尾

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公式側のテンダーの切開部、水タンクの部分

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形式8620の48624の仕様

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テンダーの内部、水タンク

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テンダーの内部

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機関室

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動輪

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主動輪

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シリンダーのカット部、8620の部品番号が見える

除雪車キ704、車掌車ヨ4730が展示保存されていますが昨年も訪問してブログにしていますので割愛しました。

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2017年8月16日 (水)

愛国駅19671号機と観光スポットの幸福駅

 今年も野鳥撮影と桜とSL巡りの合間に、北海道の道の駅117駅を2年連続で完全制覇してきました。車に貼ってある北海道道の駅完全制覇のステッカーが二枚になりました。
GWの5月4日に音更町の道の駅「おとふけ」を出発して、帯広市内から市街へ、とかち帯広空港方面へ南下して、旧愛国駅と旧幸福駅の有名な観光地を通過して、中札内村の道の駅「なかさつない」、幕別町の道の駅「忠類」、大樹町の道の駅「コスモール大樹」の4駅のスタンプラリー、ここまで音更から66km、大樹町役場前の柏林公園の静態保存SL.59611号機を撮影後(8月15日のブログ)に往路で通過して来た、
1973年(昭和48年)3月にNHKの新日本紀行「幸福への旅~帯広」で紹介され、愛国~幸福間のキップが一大ブームをなったが放送の4年後に広尾線の廃線と全駅が廃駅となった。「愛の国から幸福へ」のキャッチコピーで廃線・廃駅になる4年前から一世を風靡し、愛国から幸福行の硬券が4年間で一千万枚売れて、当時の収益に貢献したと言われている。廃線から30年後の現在でも観光名所となっている。往路に素通りしたが復路では幸福駅と愛国駅のSLと気動車を2年連続で撮影してきた。
撮影日2017年5月4日

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廃線された広尾線の旧愛国駅前の土産物店で購入したピンク色の硬券切符、日付は撮影日の平成29年(2017)5月4日となっている。

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旧愛国駅は鉄道記念館として訪れる観光客に公開されている、駅舎とホームと線路の一部が当時のまま保存されている。

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駅舎の鉄道記念館の内部の様子

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駅名はここに愛国青年団という団体に由来する

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SL.19671号機の公式側

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屋外展示だが外観は整備されて黒光り、今にも走り出すように見える

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ホームから非公式側

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9600型の製造番号は「万の位の数字x100 下二桁の数字+1=製造順」19671号機は万の位の数字は1x100、下二桁は71+1=172番目(大正7年3月28日製造)

大樹町柏林公園の59611号機は512番目(大正10年12月1日製造)

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メーター類は完備しています

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内部もしっかり磨かれている

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機関士が居れば今にも走り出す面影がある

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テンダーの美しい鋲

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キャビンの中程まで罐が入っている9600型

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屋根がある大樹町柏林公園の59611号機よりも露天展示のこちらのSLの方が整備されているのは鉄道記念館として常駐しているスタッフの方の努力かな?

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最後にもう1枚

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愛国駅と幸福駅に挟まれて間にあった旧大正駅プラットのホーム

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線路はないがホームと駅名表示が保存されている「大正駅」

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幸福駅の駅舎

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駅舎内はピンク色の大形キップと名刺の山で溢れている、最近のものも有り、廃線・廃駅30年後の今もブームの灯はまだ消えず・・・

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大ブームから約40年後の今でも幸福駅は観光スポットとして訪れる観光客が多い

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横22・4cm x 縦9.4cmの封筒型のピンク色の大きな切符が駅舎内外に溢れるように満艦飾に貼られている

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幸福駅土産物店で購入した愛国駅発行の硬券切符と硬券入場券をセットにしてビニールでシールされた縁起物の土産品、日付の昭和62年2月1日は広尾線の最終営業日、2月2日から廃線となった。

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国鉄当時の気動車が2両、先頭のキハ22 238には昨年の夏に初訪問した時にはなかったヘッドマークがある、おめでとう幸福駅開設60周年のヘッドマークがあった。

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ヘッドマークは直径66センチ「おめでとう 幸福駅 開設60周年 1956年11月1日開設 帯広市」

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キハ22 238の後部のヘッドマーク

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愛情駅と呼ばれる台湾新竹県の「合興駅」と幸福駅の友好駅協定締結記念、2017年3月25日に記念セレモニーの””ヘッドマーク

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後ろのホームの気動車キハ22 221

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キハ22 221の内部

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キハ22 221の運転室

広尾線は根室本線の帯広から十勝平野を南下して襟裳岬の手前の町、広尾町に至る87kmの路線でした。沿線の農産物輸送が主力でしたが、道路の整備とモータリゼーションが進み、昭和62年(1987)2月2日を持って廃止されましたがこの幸福駅と愛国駅は訪れる観光客も多く、観光スポットして人気がある。
愛の国から幸福への硬券切符を孫の土産に2年連続で訪れた。

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2017年8月15日 (火)

SL.59611号機・大樹町役場前の柏林公園

 北海道広尾郡大樹町東本通りの大樹町役場前の柏林公園に静態保存のSL.9600形式の59611号機。
俄老鉄(がろうてつ)とは後期高齢者になってから俄かに鉄道写真を撮る我の自称は俄老鉄ちゃん。子供の頃から満鉄や国鉄のSLを見て来たがSLの知識はこれからの生涯教育と認識している。

今日は世間では「終戦記念日」だが太平洋戦争末期の1944年に国策で旧満洲国の牡丹江に移住して、翌年8月15日の敗戦を数日後に知った開拓一家には72年前の今日は「敗戦記念日」である。戦争に負けた「敗戦」を「終戦」の言葉のすり替えは、戦時中の戦果を針小棒大に発表してきた大本営発表と同じで事実の隠蔽のように思える。現在の政治にもこの資質は続いている。真実を国民に明かさない隠蔽体質である。森友学園問題、加計学園疑惑、陸上自衛隊日報隠蔽問題などで国会が迷走して、政府答弁の記録がない、記憶がない、知らぬ存ぜぬと白を切る。総理・大臣・高級官僚などの傲慢さと理不尽な振る舞いが目に余る。政治家と官僚及び上司に対する官僚の忖度で仕事が進む官僚制度を早く完了して欲しいものです。この国で忖度の意味と効果を一番知っているのは安倍総理と思われる。
今日は72年前の敗戦の日であり、満州で捨てられた「棄民の日」でありました。

国鉄時代から継続する赤字は民営化しても続き、敗戦状態のようなJR北海道では、経営合理化で毎年のように「廃線」と「廃駅」の悲劇が続く。
広尾線は帯広駅から根室本線と分岐して十勝平野を南下して広尾郡広尾町に至る路線であった。
広尾線と大樹駅は30年前の1987年に廃線・廃駅となった。

撮影日2017年5月4日 カテゴリーは鉄道にしてあります。

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帯広から国道236号を道の駅なかさつない、忠類の2ヶ所の道の駅でスタンプラリーを行い、3ヶ所目の道の駅コスモール大樹の手前の丘の上にこのSLが見える。59611号機の公式側

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正面

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テンダー方向からの公式側 

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59611号機の仕様と履歴

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非公式側の斜め正面

 

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側面 

 

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シリンダーカバーにある数字は俄か鉄ちゃんには意味不明です

 

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キャビン内部

 

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罐の焚口 

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蒸気機関士側からの撮影 

 

 

 

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テンダーとキャビンの接続部

まだSLの撮影が未熟と自覚している。

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2017年8月14日 (月)

湯田中渋温泉~戸倉上山田温泉の旅

 信州の湯田中渋温泉のホテル水明館と戸倉上山田温泉のリバーサイド上田館に台風5号が本州に上陸・横断した翌日からの二泊三日の家族5人旅。

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温泉に浸かる地獄谷の野猿観光を目指したが・・・

 

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地獄谷の横湯川は濁流で地獄谷公苑の有料駐車場は管理人が留守で臨時休業?外人観光客3人見えたが猿を見ずに引き返す、因みに野猿の温泉浴は寒い冬場だけと聞いていた。

 

 

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温泉街の横湯川に架かる施設の上に野猿が遊んでいた

 

 

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チョコチョコ動く子ザルが逃げないように足を掴む母猿の愛情

 

 

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伊東園ホテルズ湯田中渋温泉郷・ホテル水明館

 

 

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露天風呂、東に志賀高原の山並み、西に北アルプス

 

 

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大浴場

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サウナ

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小林一茶の庵があった場所に建てられたホテルだそうです、一茶も愛した湯煙の里。

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安曇野大王わさび農場の「大王」名称のいわれが説明されている

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ワサビのオブジェとワサビ畑

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ワサビ畑

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大きな草鞋が祀られている大王神社

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安曇野道祖神巡りの一番目

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NHK連続テレビ小説の「水色の時」の道祖神、裏に由緒

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「水色の時」道祖神設置の由緒
昭和五十年(一九七五)NHK放送のテレビドラマ「水色の時」に登場し全国の視聴者の心を魅了した道祖神である。
彫像者須藤賢氏の厚志を受け、ドラマの舞台となった松本市の西北、詩情豊かにして日本人の心のふるさとを思わせる安曇野の、アルプスを背にしたれんげ花咲く穂高の里にこの像を安置し、諸願成就を念じ素朴なたたずまいを後世に伝えんとするものである。
昭和五十四年五月吉辰
寄贈 信濃金石拓本研究会 穂高町拓友会

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門前に大きな赤い下駄のある東光寺の双体道祖神

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安曇野道祖神巡り、町文化財等々力家付近

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安曇野道祖神巡り、集落の繁栄を願い建立され、今も大切に祀られている

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上の双体道祖神の近写

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集落の角にある双体道祖神

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安曇野の双体道祖神巡りの次は二泊目の戸倉上山田温泉に向かう

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二日目に宿泊したリバーサイド上田館は昨年も宿泊したホテル

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大浴場や露天風呂は昨年に撮影済みで割愛、この日の観光は昨年同様に姨捨駅と長楽寺

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スィッチバックの姨捨駅に停車中のリゾートハイブリットカー

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姨捨駅に停車中の長野方面行のリゾートハイブリットと松本方面行列車の通過

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姨捨駅のホームは棚田見物の名所

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長楽寺は姨捨駅から1km

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長楽寺境内の作者不詳の有名な句碑

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長楽寺から名勝・田毎の月の棚田、重要文化的景観。

千曲市の姨捨から同じ千曲市内の森将軍塚古墳へ移動

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千曲市森将軍塚の前方後円墳、千曲市にもあったとは知らなかった!

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前方後円墳の説明板、1600年前以上昔に作られた、全長約100m、科野(しなの)のクニを治めていた王のお墓といわれます。

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前方後円墳の後円の部分、前方よりも一段高い

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後円墳の上より前方を写す

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いろいろな形状の埴輪(27種類157個の複製)が並ぶ

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森将軍塚古墳の上から眺望した千曲市

7月10日11時20分、森将軍塚古墳を見学後に二泊三日の湯めぐりと観光の旅をしめくり、横浜への家路につく。





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2017年8月11日 (金)

安曇野大王わさび農場・燕の営巣

 8日から10日まで二泊三日で信州へ家族で温泉旅行。初日は湯田中渋温泉・地獄谷野猿公苑近くの水明館に宿泊。二日目は安曇野の双体道祖神と安曇野大王わさび農場の観光、安曇野大王わさび農場のそば蔵で昼食時に、そば蔵の満席時に待機する店先の軒下に営巣するツバメがいました。最近は横浜近郊では見られなくなったツバメの営巣です。

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そば蔵大王店、右端の黄色い服の女性が指さす軒下にツバメの巣があります。

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野鳥用の望遠レンズとカメラは不携帯でした、70mmレンズ撮影を4倍トリム

 

 

 

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以下はコンデジの望遠で撮影

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給餌のつばめ返しはピンアマになります

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コンデジの最大500mmでははみ出します

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ヒナの数は5~6羽のようです、今年の東京スワローズは元気がありませんが安曇野のヒナたちはスクスク育っているようです。

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ツバメの巣の撮影後はとみ蔵大王店の「わさびづくしせいろう」の大盛りと生ビール、山葵の風味と辛みを生かし、4種のすべてのわさび漬けの薬味が付いてくる。大盛りなのでつゆは二つ、葉山葵はお持ち帰り出来る。


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2017年8月 8日 (火)

王子製紙軽便鉄道4号機と貴賓車

 昨年は野鳥撮影の傍ら北海道の静態保存SLを撮影する、俄か鉄ちゃんを演じたがその節に事前の情報不足で迂闊にも素通りしてきた静態保存SLが十数ヶ所もあることが後日判明した。今年はそのSLの存在を確認をするのが北海道の旅の目標の一つに数えている。
まずはフェリーで到着した苫小牧市内の静態保存車は王子製紙苫小牧工場前のアカシア公園に静態保存してある、通称山線と呼ばれる軽便鉄道の蒸気機関車4号機と昭和天皇が皇太子時代に発電所をご視察時に乗車された貴賓車である。

カテゴリーを鉄道にしてあるのでカレンダーの日付かタイトルをクリックしてください。

撮影日 2017年4月28日

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屋根付きの立派な鉄柵の中に小型のSLが静態保存

 

 

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SLと比較すると太く感じる柱が撮影を邪魔する

 

 

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長い煙突のボイラーの上にサドルタンクが跨る蒸気機関車

 

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何処から撮影しても柱の影響してうまく撮れない

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貴賓車の方向からテンダーとキャビンの撮影

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長い煙突・鐘・砂箱

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SLの説明板。王子製紙が苫小牧工場から支笏湖まで走らせていた軽便鉄道は通称「山線」と呼ばれ1908年(明治41年)に千歳発電所を建設するために敷いたものです。

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シリンダーカバー

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小さな動輪が3つとシリンダー部分、C型と呼ぶのだろうか、サドルタンクが罐の半分までしか被さってないので罐の向う側が透けて見える

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キャビンが大きく感じられる

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キャビンの内部

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キャビン内部から後方のテンダーと貴賓車

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キャビンの外観

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貴賓車の内部

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貴賓車の外観、前掲の説明板によると昭和天皇が皇太子時代に発電所をご視察時に客車を作りかえたものです。

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木製の台車の上に鉄製タンクが載る

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ボイラーの上にサドルタンクその上にドーム型の砂箱と配管、鐘と長い煙突

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逆光の中に軽便鉄道4号機

今年の北海道撮影旅行で初日に撮影した静態保存のSL

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2017年8月 7日 (月)

下川町・町起しの万里長城

 昨年は鉄ちゃん以外の人にも観光名所となっている、タウシュベツ川橋梁を教えていただいた三河のMさんから、今年は下川町の万里長城の情報を戴いた、私より5歳も年上の先輩でありながら北海道に長期滞在して野鳥撮影で毎日お元気に活動されている見習うべきと言うよりも是からの人生の目標にすべき先輩のお一人である。
札幌から下川町まで240km約4時間30分、旭川から下川町まで約100km約2時間、名寄から20km20分。上川郡下川町は林業と鉱業で栄えた道北エリアの町、最盛期は1960年(昭和35年)下川町の人口は15000人を超えたがこの時期をピークに、木材輸入自由化による価格の下落と銅山・金山の休山・閉山による林業・鉱業の衰退により下川町は活力を失い、人口は年々徐々に減少、2017年8月現在は3363人、最盛期の1/4以下に過疎化している。

2000年に完成を迎えた全長2kmの万里長城は、町興しを目的に1986年から15年の年月をかけて、町民の手によって一つずつ積み上げられて完成、使われている石は15万個以上、石に名前を残した人の数は町内外を含めて12万5000個以上に達して、一つひとつの石に年月日・名前・住所が刻まれており、全国各地から応援に訪れた人の名前をはじめカナダや中国など海外から訪れた人の名前もある。
町民手作りの観光スポットとなっている。
十数年前に本場の北京近郷の万里長城(八達嶺)を観光した時は真夏の猛暑と急階段に疲労困憊して目標とした狼煙台まで登ることが叶わなかったが、このミニ万里長城は気軽に歩ける観光スポットであった。


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メモリアルゲート、これが万里長城のゲート

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メモリアルゲートの正面に2000m達成記念碑、本家中国の万里長城は2万Kmの一万分の一の長さの2Km

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メモリアルゲートの内側

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メモリアルゲートの左側側面の通路

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長城外周の一部

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メモリアルゲートの内側の側面石段

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本場の長城修復用の原石もはめ込まれていた

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一つ一つの石には年月日・名前・住所などが刻まれている石積

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人の名前が刻まれている城壁の一部

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市街地にある桜ヶ丘公園を周回する全長2000mの万里長城ルート

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万里長城は散歩などのウオーキングルートやクロカンも出来る2kmの周回ルートになっている、画面中央辺りにメモリアルゲート

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別の場所にある札幌駐中国総領事のお墨付き


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2017年8月 6日 (日)

望岳台のエゾシマリスⅡ

 十勝岳望岳台のエゾナキウサギの棲むガレ場に同じ様な環境に棲むエゾシマリスがガレ場のハイマツ帯で餌を探す様子です。ガレ場に現れたエゾシマリスが最初は岩の上から下を見渡してから下の岩場へ静に移動、その後はピョンピョン跳ねながら俊敏に移動するのでカメラが追いつけない。
イソツツジの繁る地帯から緑のハイマツ帯へ更にスピードアップ、到着したのは枯れたハイマツの枯葉の下から木の実(ドングリのような、あるいはマツボックリ)のような餌を見つけて採食した様子です。


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この後にエゾナキウサギを撮影、その後は望岳台を下山してから美瑛観光に移動する。


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2017年8月 5日 (土)

ラベンダー畑駅と富良野・美瑛ノロッコ号

 十勝岳望岳台のエゾナキウサギの撮影は早朝の時間帯、富良野・美瑛の観

Noroxtukogou1光と「富良野・美瑛ノロッコ号」の撮影は昼の時間帯に分業した。7月3日(月)朝のうち雨のち曇り16日(日)曇りのち雨、二日間とも余りお天気に恵まれなかったが二回のエゾナキウサギの撮影日に撮影したファーム富田のラベンダー畑とファーム富田まで600m徒歩7分の臨時駅「ラベンダー畑駅」を撮影した。

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ラベンダーの見頃は7月中旬、7月16日撮影

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6月10日~9月24日(運転日注意)に臨時駅ラベンダー畑駅

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ファーム富田へ600m徒歩7分の踏切で臨時駅(ホームのみ)「ラベンダー畑駅」を撮影

 

 

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田んぼの中にあるラベンダー畑駅に到着した16時41分発旭川行ノロッコ号、ジーゼル機関車はホームからはみ出す。100m離れた田んぼのあぜ道から望遠レンズで撮影。

 

 

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曇り空にジーゼルの煙突から黒煙を上げて旭川方面に出発したノロッコ号(7月3日撮影)

 

 

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7月16日(日)ファーム富田のラベンダー畑

 

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ラベンダー畑

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ラベンダーの接写

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ファーム富田のラベンダー畑の外れのレールの上に保存されていた車掌車、何故ここにあるのか?今は倉庫のようです。

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臨時駅ラベンダー畑駅(富良野国道237号は背面100m後ろを平行に走る)

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旭川・美瑛・西中方面

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富良野・中富良野方面

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ファーム富田のラベンダー畑方向の遠景、駅の隣はメロン農家のビニールハウス

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ファーム富田まで600mの文字が見える

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ラベンダー畑駅・入口・改札の全景

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11:18発ノロッコ1号旭川方面から富良野行が到着、大勢の観光客が乗降する

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先頭車両が踏切を通過、踏切で待機するのはここで下車した観光客

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富良野行はジーゼル機関車が後ろから押す

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隣駅の中富良野駅に向かうノロッコ1号

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約1時間後に富良野に向かったノロッコ1号が美瑛行ノロッコ2号として戻って来た

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踏切を通過する直前

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ラベンダー畑に到着、手を振るのは無人駅での接客などの応援に来ている駅員

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先頭車がホームをはみ出すので下車した乗客はノロッコ号のヘッドマークが撮れない

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踏切通過後に駅の外れまで急ぎ足で来て撮影

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ラベンダー畑駅を発車したノロッコ2号、右手はファーム富田のラベンダー畑の遠景

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ノロッコ2号がノロノロと走り去る

残念ながら曇り空、時々霧雨や小雨が降る生憎の天気であった。

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午前中の富良野行ノロッコ1号が到着する前に臨時駅の応援駅員から帽子を借りて記念撮影をする。
駅名の上に「1999」、これはラベンダー畑駅を臨時駅として開業した1999年を表すそうです。

昨年はこのラベンダ畑駅のノロッコ号の撮影が出来なかったが天候には恵まれなかったが上り下りのノロッコ号の撮影が出来たので良とする。






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2017年8月 4日 (金)

エゾシマリスの親子

 十勝岳望岳台のエゾナキウサギを撮影中に山の上から2匹のシマリスがじゃれ合いながらエゾナキウサギのガレ場に下って行きました。エゾナキウサギの棲むガレ場の上の方でエゾシマリスも棲み処としているようです。
頭胴長が12-15cm、尾長が11-12cm、耳長が14-18mm、後足長が35-18mm、体重が71-116gになる。体毛は茶色で、背中には5本の黒い縞がある。縞の間はクリーム色になり、腹と耳の先は白くなる。(ウキペディア:エゾシマリスより転載)

エゾナキウサギの棲み処で遊ぶエゾシマリスの親子と思われます。

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親のお乳を探しているように見えます

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親に甘えている

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尻尾が左右にある、子が親の背に乗っているようです

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親が岩場から跳び場所を移動、親の後を追う仔リス

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先ほどよりも下の岩場に親子のエゾシマリス、ここもナキウサギの棲息域

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イソツツジの繁る岩場

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更に下の方に移動

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親の後を追うコリス

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親とはぐれたようです

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ナキウサギの棲み処の上を行く

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イソツツジの処で何か食べ物を見つけました

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お食事の時間です

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採食後はどこえ行く

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体長の約1/2は尻尾

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尻尾の先端は○印

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5本の縦縞、尻尾は3本の縦縞

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更に望岳台の方向へ下山をして行きました。

エゾナキウサギの棲む領域で遊びまわるエゾシマリスの親子でした。

撮影日7月17日

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2017年8月 3日 (木)

支笏湖野鳥の森・キビタキの水浴び

 支笏湖休暇村から50mの野鳥観察舎でキビタキの撮影中に、観察舎の入口に動物の気配を感じ、振り向くと四つ足動物、200~400mmのレンズでは全身が入らず、体長の一部のみ撮影した、顔が合った瞬間には逃げず、人慣れしているような気がした。食べていたランチパックのパンをちぎって投げると前足で口にもっていき食いついた。この場所で四つ足動物は初の体験であった。

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野鳥観察舎前の遊歩道でのサプライズはアライグマの出現

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遊歩道で野鳥観察舎の方へ顔を見せると休暇村の方向へ歩き出し、カメラを担いで追いかけたが姿をくらまし見失った。この野鳥観察舎では初の四つ足動物であった。今年の哺乳類の初撮影は、ナキウサギ、モモンガ、ヒグマに次ぐ4種目の四つ足動物であった。

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アライグマに気をとられている時にキビタキは既に池の中にいて、濡れる前は撮れず。

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最初の水浴び後に止まり木でブルブルと身震いの水飛ばし

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また池の中へ、暗いのでSSが上がらずボケボケ

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二度目の水浴び

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甘いピントをトリム

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仕上げもトリム

支笏湖野鳥の森・休暇村支笏湖近くの野鳥観察舎での出来事
撮影日7月20日

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2017年8月 2日 (水)

支笏湖野鳥の森・クロツグミの水浴び

 苫小牧市の道の駅ウトナイ湖を早立ちして、36号線から276号線に右折して走行時間30分、支笏湖野鳥の森に到着。休暇村支笏湖の庭から50mの野鳥観察舎での撮影は、北海道撮影旅の終わりの慣例になっている。野鳥観察舎の小さな池にクロツグミが水浴びに来たのは7時45分頃であった。この池でのクロツグミの水浴びは数年前から撮影しているが色艶から毎回共、若鳥が多い気がする。

撮影日7月20日

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これからクロツグミの水浴びシヨーがはじまる

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朝のクロツグミの水浴びでした

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2017年8月 1日 (火)

植物は何でも食べるエゾナキウサギ

 美瑛町の道の駅びえい「丘のくら」から車で観光地の「青い池」「びえい白金温泉」を通り過ぎて約30分の道程、登山口の十勝岳望岳台防災シェルターに着く、ここが十勝岳登山の出発拠点、十勝岳噴火の際の避難用のシェルターは昨年10月完成の鉄筋コンクリート造り平屋建ての立派な大形の避難小屋。大形モニターに映し出される天候レーダーと十勝岳を眺望する展望台や売店と水洗トイレなどが完備して24時間解放されている。もしかすると何かが起きるか、何が起きてもおかしくない活火山の十勝岳の天変地異に備えている。
十勝岳望岳台の登山道を何が起きてもおかしくない喜寿を迎えた老体が登山客にまじり単独で歩く、エゾナキウサギのガレ場まで30分の山登り。望遠レンズ・カメラ・三脚を担ぎ、登山客全員に抜かれるマイペースの足取り。ゴロゴロした溶岩の登山道を20分も歩き、エゾナキウサギのガレ場の方向へ登山道から脇に入ると誰も見えない。暫く歩くと目指すエゾナキウサギの棲む高山植物の花と青葉の繁る溶岩帯に着く。防災シェルターは遥か眼下に小さく見える。

「ピシッピシッ」と高い鳴き声を合図に溶岩の上に現れる、珍獣のエゾナキウサギはガレ場の周囲に生える高山植物は何でも食べる食いしん坊であった。

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「ピシッピシッ」鳴き声とともに7時半頃に溶岩のスキマからお出まし

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足元のイワブクロ?の青葉をむしゃくしゃ

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イネ科の雑草と思われる細い草(ヒメスゲ?)をむしゃくしゃ

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棲み処の傍にある草を食べる、食住近接

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長い細い草を根元から順に素早く食べる

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細い草(ヒメスゲ?)が好きなようです

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小さいので子供のようです、大きさは15cmくらい

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イソツツジの白い花を食べています

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雨上がりの露の滴る草を

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植物なら何でも食べるようです

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枯葉のような葉っぱも食べます

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まだ蕾のイワブクロの花を見つけたようです

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短い後足で背伸びしてイワブクロの蕾の下あたりの茎を、尻尾がないように見える(長さ5mm)お尻が可愛い

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短い前足を手のように使えない氷河期の生きた化石といわれるエゾナキウサギ、岩の上で背伸びしてイワブクロの茎を横に倒した

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噛み切ったようです、前足を手のように使えないナキウサギ

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イワブクロの蕾を噛み切った(トリム)

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その場で食べずにお持ち帰りのようです

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棲息する岩場のスキマに逃げ込みました、イワブクロの花はその場では採食しないエゾナキウサギでした。

撮影日 7月中旬

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