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2017年11月

2017年11月29日 (水)

北見市の個人所有鉄道車両

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今年の夏の北海道で撮影した野鳥・鉄道などの写真がまだまだ残っていました。6月中旬から下旬にかけて、北見市内から毎年クマゲラが営巣する山林は、隣町の津別町に広がる道有林に、巣立ちの日まで、毎日のように通っていたのを思い出す。この道有林のマスコットキャラクターのキキタも連想で想いだした。

明治から昭和30年代まで 北見市はかってはハッカの街として栄えた。最盛期には北見のハッカの生産量は世界市場の70%にも及んでいたなど、薄荷会館の見学で学んだのは、北見では昔、薄荷栽培が盛んであったことである。
薄荷会館見学時に、俄老鉄にとっては耳寄りな話を聞いた。薄荷会館の斜め横のお宅の敷地に保存されている鉄道車両である。
 

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巣立ち直前のクマゲラ幼鳥の巣立ちを促すクマゲラ成鳥♀を撮影した6月21日の午後から北見薄荷会館の見学をした。

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北見市薄荷(ハッカ)記念館、ここを見学した日に斜め前のお宅に保管されている車両は、先代(故人)の丹尾氏が収集した鉄道車両で現在は後継者の息子さんが継続して保存していると親切に説明していただいた。薄荷会館見学の後は個人所有の鉄道車両の撮影となった。

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薄荷会館の斜め前の個人宅の敷地内に鉄道車両が保存されている。敷地外の公道より撮影すると画面に5輌が入る。左端の郵便車の後ろに車掌車が2輌保存されている。

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 除雪用ディーゼル機関車・ロータリー型(DD14 312 DD14型)

 

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除雪用ディーゼル機関車・ロータリー型(DD14 312 DD14型)

 

 

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敷地の林の中に色褪せた キハ2736

 

 

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ジョルダン式雪かき車(キ754 キ700形式)

 

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ラッセル車(キ229 キ100形式)後ろに キハ2736

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郵便車(スユ 15 2033)

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郵便車 スユ 15 2033 文字の一部が見えにくい

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ワフ(有蓋緩急車)29570 と 車掌車 ヨ4674

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ヨ4674 の前に 郵便車(スユ 15 2033)隣のマンション駐車場から撮影

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公道からの撮影

鉄道遺産保管場所は北見市常磐町1丁目 北見薄荷記念館ななめ横です。

 

2017年11月26日 (日)

飛瀧神社の御神体は那智の滝

神仏習合の地・熊野権現の熊野那智大社と青岸渡寺の参拝後に、鬱蒼とした原生林の断崖奥から133mの高さから流れ落ちる那智山信仰のシンボル。
那智大社の別宮・飛瀧(ひろう)神社の御神体である那智の滝。
国の名勝・世界遺産に登録されている那智の滝が熊野三山詣でのハイライトであった。

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青岸渡寺本堂後方にそびえ立つ朱色の三重の塔は那智の滝とのコントラストが絶妙な必写のフォトスポット。

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青岸渡寺の甍(いらか)の後方にそびえる那智山の原生林の中に那智の滝

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青岸渡寺屋根の甍と那智の滝と原生林

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青岸渡寺の甍と飛瀧神社の御神体の那智の滝

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左に青岸渡寺の三重の塔と右に那智の滝

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青岸渡寺三重塔の屋根に降り注ぐような那智の滝

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那智の滝を中心に青空に三重の塔相輪と右に原生林

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青岸渡寺の境内から那智山の石碑と那智の滝

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飛瀧神社(ひろうじんじゃ)の鳥居と神と崇める御神体の那智の滝

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飛瀧神社の鳥居と御神体の那智の滝

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那智大社の別宮、飛瀧神社には本殿も拝殿もない、御神体は那智の滝

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御神体は那智の滝、本殿も拝殿もない飛瀧神社の拝所舞台からの参拝

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古の人々が神と崇める自然崇拝の那智の滝に虹が射す

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午後二時の参拝に神が応えたのか虹が現る

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飛瀧(ひろう)神社の延命長寿の水は那智の滝のお瀧水

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延命長寿のお瀧水をいただく盃の初穂料は100円也、記念にお持ち帰れます

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この延命長寿のお瀧水をスイスイ二杯も戴いたが果たして御利益は如何に

熊野那智大社と青岸渡寺を参拝した11月2日に撮影した、飛瀧神社の御神体の那智の滝の瀧づくし。

2017年11月22日 (水)

高野山金剛峯寺の一日参拝

 10月31日深夜に横浜を出発して11月1日の午前4時に伊勢神宮外宮の駐車場まで約450Km、1日は伊勢神宮下宮・内宮を参拝して、伊勢・鳥羽を観光して石鏡の温泉宿新八屋に宿泊、2日は熊野速玉大社と那智大社・那智の滝を参拝して、那智勝浦温泉ホテル浦島に宿泊、3日は168号線を熊野本宮大社に向かう途中、9時頃に道の駅瀞峡街道熊野川附近で追突されて3時間のロス、相手側の保険会社が横浜までの代車と車の搬送を申し出たが安全装置の慣れた自車でそのまま旅行を継続、熊野本宮参拝後に有田川温泉鮎茶屋に宿泊、最終日の4日に高野山を目指した。有田川温泉鮎茶屋ー有田ICー(阪和道)-和歌山IC-(国道24号・国道480号)-高野山。 国道480号を和歌山県の有田川町から高野山へと抜けるルート。距離は約160km。山の中ばかり走り、センターラインのない狭い道路、高野山に近づくにつれ道路は狭く坂はきつくなり、距離のわりに時間がかかり約2時間30分のドライブ。
11月1日~4日までの三重県と和歌山県の紀伊山地の霊場と参拝道を約500Km走行、高野山奥之院に午前10時に到着後に奥之院・金剛峯寺・国宝多宝塔の金剛三昧院・壇上伽藍を参拝後に大門などを見物後に午後三時に帰浜の途に就く、横浜に到着したのが五日午前0時過ぎの9時間以上、550Kmのドライブであった。往路450Km、紀伊山地の霊場・参拝道と温泉地で約500Km、復路550Km全行程1500Kmのドライブとなった。追突されてからリアドアが凹んだままで大きなトラブルもなく700Km以上も走行したことになる。
奥之院の生身供は先にUpしたので、今回は同じ最終日の高野山金剛峯寺参拝と11月4日の金剛峯寺別院の六波羅蜜の展示見学と壇上伽藍の観光です。

ナンマイダ ナンマイダ  五十五枚だ 

七十七歳、追突されてもいまだに世にはばかるブログ。写真は55枚です。

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当日のパンフでは開創以来一千百九十余年とあるが今年は一千二百壱年目である

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奥之院駐車場から奥之院の参道入り口

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奥之院参道

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奥之院参道

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奥之院参道の企業の供養塔が数多くある、ロケットは人気がある

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ヤクルトの供養塔、この他に福助・日産など多数の企業名の供養塔がある

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東日本大震災物故者慰霊碑

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無縁塚

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奥之院の御茶処 ここでお茶の接待を受ける

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御茶処の塀越しに紅葉に映える奥之院御供所

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奥ノ院御朱印受付、生身供の御前を準備する処でもある

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奥之院御朱印

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御朱印受付の前を10時30分の生身供の儀式と見物客

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御廟橋の右のたもとに水向地蔵、御廟橋からは撮影禁止となり、弘法大師御廟や燈龍堂など奥之院の写真は撮れない。

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奥之院参道の紅葉

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奥之院を後にして総本山金剛峯寺に向かう、金剛峯寺表門参道入り口の混雑

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金剛峯寺表門

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金剛峯寺主殿

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金剛峯寺御朱印

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金剛峯寺主殿表玄関

 

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高野山MAPより転載の金剛峯寺配置図、上が北

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金剛峯寺

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参拝した11月4日は金剛峯寺別殿で六波羅蜜の展示会が行われていた。

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11月3,4日の御朱印講座の案内

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別殿の蟠龍庭(一部)

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僧侶の衣帯(えたい)の展示

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法具類の展示

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高野山の法会で使われる、美しい音色を奏でる仏具を手に取り、体験できる「密教の音色」

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密教の音色を奏でる仏具がいろいろ展示されていた。

金剛峯寺参拝の次は国宝の多宝塔の別格本山 金剛三昧院へ

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金剛三昧院 国宝の多宝塔

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金剛三昧院本坊

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金剛三昧院本堂 別格本山の参拝は時間の都合でここ一ヶ所のみの参拝

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5時間の滞在では参拝が叶わず、壇上伽藍での御朱印はまたの機会となった

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壇上伽藍で一番大きく新しく目立つのが根本大塔

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金堂

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御影堂

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東塔

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西塔

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中門 中門からの金堂、正面に持国天・多聞天

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増長天

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広目天

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持国天

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多聞天

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中門の由緒書

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高野山の総門 大門 最初に生身供を見るために奥之院から参拝をはじめたので高野山の入口の大門が一番最後になった。

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大門の仁王像 金剛力士阿形像 高さ546cm

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大門の吽形像の金剛力士像 高さ558.0cm

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大門の由緒書

高野山の参拝は一日では廻り切れないのでまたの機会があればと願っている。

2017年11月19日 (日)

高野山奥之院1200年毎日の生身供

 高野山の最奥の聖域 弘法大師御廟で今でも弘法大師空海が生身のまま瞑想を続けているといわれています。その生きている弘法大師空海に1日2回 6時と10時半に食事を運ぶのが 生身供(しょうしんぐ)です。1200年毎日かかさず続いている儀式です。
三連休の3日は
高野山の近くの温泉地・竜神温泉に予約がとれなかったので宿泊した有田川温泉鮎茶屋を7時30分に出発して、10時半の2回目の生身供の時間にどうにか間に合う、10時に奥之院の無料駐車場に到着した。高野山を参拝するからには、TVの放映では見たが生でこの奥之院の
生身供(しょうしんぐ)を見ないと!高野山にお詣りした甲斐がない!それで最初の目的が奥之院から参拝をはじめることにした。
有田川温泉からの道路は高野山に近づくにつれ道が細くなり、坂道がキツクなる、高野山まで後続車はもちろん、対向車が一台もなくこのナビは大丈夫かと思う程心細く、最後の10Kmくらいは時速20Kmのノロノロの安全運転を強いられた、落ち葉の山道であった。

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高野山パンフより生身供の説明を転載

10時15分には御供所の周囲には生身供儀式の見物客が並ぶ

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10時28分頃にカメラを持った大勢の見物客の中を御供所を出発する、コンデジの写真

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コンデジの後ろからの撮影

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目の前に近づくにつれ前の人が邪魔になる

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コンデジの写真二枚目

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目の前を通過

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生身供を運ぶ後姿

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コンデジ三枚目

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左の御廟橋に曲がる直前、御廟橋の手前で一礼する

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御廟橋から奥之院は撮影禁止となっているので橋の袂で見送る。

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御廟橋を渡る生身供を写す、撮影は橋の袂からに制約される

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御廟橋から望む奥之院弘法大師御廟

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一礼してお経を唱えて生身供儀式の様子を遠景で写す。

念願の生身供儀式を拝観できました。10時30分

2017年11月16日 (木)

熊野本宮大社と大斎原の参拝

 11月2日の一日ではまわりきれなかった熊野三山、11月3日文化の日に南紀勝浦温泉のホテル浦島の専用駐車場を8時半に出発して、熊野三山参拝の三山目の日に散々な目にあった。2日に参拝した熊野速玉大社と熊野那智大社から三山目の熊野本宮大社に向かう国道168号線の鼻白の滝への林道入口付近で追突された。滝マニアには有名な鼻白の滝への林道入口で工事用のダンプが左折した時に後ろに付いていた自家用車がブレーキを踏み、自車もブレーキを掛けて止まった瞬間に後続の軽四輪に追突された。時間は午前9時05分、車を左折車の邪魔にならない道路端にに寄せてハザードランプを点灯して、110番したのが9時07分であった。新宮署のパトカーが来たのが30分後、同署の事故調査の車が着いたのがその十分後であった。

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11月3日文化の日に熊野本宮大社に向かう朝9時05分追突された。100m前方に道の駅「瀞峡街道 熊野川」(どろきょうかいどう くまのがわ)が進行方向道路右側にある。ここは新宮から本宮へのほぼ中間点になる。

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追突したスペイン女性が運転していた軽四輪のレンタカー、日本語が通じず、現場検証と調書の作成で3時間も要して、この日予定していた熊野古道ウオーキングは時間切れとなった。

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追突された現場、鼻白の滝への林道入口、ここで二台前のダンプカーが左折したので後続の普通車がストップ、自車も続いて停車した直後に激突のショック起こる、後続車が追突、外人女性にオカマを掘られる。最近の車はバンパーがないので衝突のショックを吸収する軟構造のお蔭で運転手の自分と後部座席の家内と娘の家族3人とも追突直後はあまり痛みを覚えず、救急車のお世話にはならなかった。帰宅した二日後に3人とも首筋・両肩が重苦しい張りと痛みを感じる、6日(月)整形外科の診立ては頸椎捻挫・両肩捻挫・挫傷などの全治2週間の診断書であった。

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熊野三山の参拝で神仏の加護がなかったのか、それとも神仏のおかげでこの程度の事故で済んだのか、車名がホンダFREED+ なのでプラス思考でこの程度の事故で済んだとポジティブシンキングにすることにした。

追突事故の相手側100%責任のスペイン女性だったので事故調書に3時間も浪費、和歌山県まで来てこの3時間はこの日の観光旅行を台無しにされた。

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気を取り直して予定の熊野本宮大社に到着したのが3時間遅れの午後1時

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熊野本宮大社

熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といいます。
熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良~平安時代にかけて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、神=仏であるという考え方が広まりました。
その影響を受けた三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏たち)をおまつりするようになります。熊野三山の神秘性はますます高まり、平安時代の末には「浄土への入り口」として多くの皇族や貴族がお参りするようになりました。浄土へお参りし、帰ってくるということは、死と再生を意味します。そのため熊野三山は「よみがえりの聖地」として、今なお多くの人々の信仰を集めています。熊野三山のパンフより

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熊野本宮大社配置の案内図、本宮大社を参拝後に大鳥居の大斎原(おおゆのはら)を参拝する

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鳥居からの参道 

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参道の途中からの階段

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手水

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本殿前の神門

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熊野本宮大社 本殿右の方に八咫烏が見える

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熊野本宮 参拝御朱印

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本殿前のヤタガラス

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JFA サムライジャパンの必勝祈願 熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の熊野三山と青岸渡寺の神仏への必勝祈願

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八咫烏の黒いポスト

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参拝後の帰路

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近くにある熊野古道の坂道下り

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熊野古道坂道上り、上には熊野本宮本殿

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参拝後の参道からの鳥居

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大斎原(おおゆのはら)へ

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日本最大の大鳥居、高さ34m幅42m

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日本一の大鳥居には八咫烏が掲げられている

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日本第一大鳥居建設の意義

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大斎原(おおゆうはら)にある世界遺産の石碑

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大斎原の水害前の絵図

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創建二千五十年式年大祭の趣意

交通事故で熊野古道を歩くプランはなくなり、熊野本宮大社と大鳥居の大斎原だけの参拝となった。

 11月3日の宿は3連休の初日とあって、9月中旬に和歌山県の熊野三山と高野山近辺の有名な温泉宿はなかなか予約が取れず、ようやくネット予約とれたのが有田川温泉鮎茶屋であった、和風旅館と思っていたが現地についてビックリ(@_@)した。同じ敷地内にあるビジネスホテルの「ホテルサンシャイン」の別名が有田川温泉 鮎茶屋 別館でここのツインベットと畳の部屋に一人分の布団が敷いてあった。

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宿泊はこのホテルサンシャインの3F客室 

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夕食は同じ敷地内にある鮎茶屋、結婚式場でもあった。右奥は健康ランドと同じ温泉施設の光の湯、温泉はここに入る温泉入浴券をホテルフロントで何回でも発行してもらえる。 

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有田川温泉 鮎茶屋の玄関の提灯 

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光の湯の露天風呂

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当日の夕食 鮎茶屋の懐石献立

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初めに出された懐石料理、この後に蒸し物や揚げ物・留碗などの暖かい料理が出る、最後は伊勢産こしひかりの食事と香の物と果物が出された

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ホテルの窓越しに鵜飼も見られると言われる有田川(ありだがわ)の朝の風景

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参拝旅行最終日の11月4日、ホテルサンシャイン食堂の朝食、朝食後に高野山奥の院参拝を目指して、停車する度にジロジロ見られるリヤーが凹んだ恥ずかしい車で出発する。

2017年11月14日 (火)

南紀勝浦温泉ホテル浦島

 世界遺産 熊野那智大社・青岸渡寺・那智の滝・熊野古道大門坂・夫婦杉などを参拝・観光の二時半過ぎに、11月2日の宿の南紀勝浦温泉 ホテル浦島に向かう、那智川が那智湾に流れ込むJR紀伊勝浦駅のひと駅手前の天満駅近くのホテル浦島専用駐車場に車を駐車して、ここで手荷物を持って送迎バスに乗り換え、専用船が発着する観光桟橋へ、JR紀伊勝浦駅までは徒歩5分の案内がある、ここで専用船に乗船して、ホテル玄関前の桟橋に到着する。

ホテル浦島の客室プランは本館・山上館・なぎさ館・日昇館の4コースのうち日昇館和室、宿泊プランは鮪を中心としたバイキング・ファミリープラン・グルメプラン・レディースプランなどいろいろあるが
【一日3組限定】館内の居酒屋で南紀の食材たべつくし!鮪・クジラ・熊野牛など!!の海つばめプランを予約しておいた。
温泉と食事が楽しみなホテル浦島。

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ホテル浦島リゾート&スパの本館

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3時頃はJR紀伊勝浦駅や桟橋近くの専用駐車場などから旅行鞄をガラガラ引いてくる外国人の観光客も目立つ、専用船もピストン輸送でホテル浦島へ

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15時頃の専用船は座る席がない程の立ち乗りの混雑であった、約10分で本館の桟橋に専用船が到着する。

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ホテル浦島の玄関脇、3連休前の平日でもロビーやフロントが大混雑の盛況、熊野三山や熊野古道散策の拠点に便利なホテル、温泉好きには天然の大洞窟がそのまま温泉となっている忘帰洞が人気

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ホテル浦島は本館・山上館・なぎさ館・日昇館などが廊下やトンネルで結ばれている、パンフの裏面は館内の温泉めぐりのスタンプ帳になっている

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日昇館5階の部屋に到着

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部屋の窓からの眼下に黒潮が迫る

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宿に着けばまず大浴場の温泉にひと風呂浴びるのが常であり、まずは部屋がある日昇館の一番近い大浴場の「磯の湯」で癒して、次は黒潮の荒波がせまる洞窟風呂の「玄武洞」で自然の作り物に肝を冷やし、掛け流しの温泉で汗を流した。

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玄武洞は台風の被害を受けて、海岸寄りには板垣があり、海には出られなかった 

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洞窟の壁を見ながらの温泉浴 夕食が楽しみ!!

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館内の御食事処・居酒屋「海つばめ」

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館内の居酒屋「海つばめ」(本館1階)にて、勝浦の生マグロはもちろん店主厳選新鮮な魚介類(地魚造り12種盛合)をはじめ、クジラの刺身(尾の身、さえずり、鹿の子の高級3種盛)、熊野牛のしゃぶしゃぶなど、和歌山の食材にこだわった食べつくしコース。

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お造り 地魚12種盛合せ(勝浦生マグロ含)
クジラ高級3種盛(尾の身、さえずり、鹿の子)

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前菜 珍味5種さらしくじら、釜揚げシラス、金山寺みそキュウリなと地物、サラダ じゃこ大根サラダ 焼物 マグロ カマ焼き

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マグロのレアカツ、鍋物 熊野牛しゃぶしゃぶ

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クモエビの唐揚げ、揚物 クジラの竜田揚げ食事 マグロだし茶漬け

食事の後は6つある館内の温泉めぐり、目玉は洞窟温泉の忘帰洞

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玄武洞から350m離れている忘帰洞は長いトンネルの廊下を行く

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日昇館の部屋から本館の忘帰洞まで長い廊下のトンネル

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ホテル浦島は熊野三山めぐりや熊野古道の散策には便利なホテル、平安時代には熊野詣での貴人が旅の疲れを那智勝浦温泉で癒したと伝えられる。

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太平洋を一望できる源泉掛け流し温泉

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温泉が湧き出る忘帰洞窟、入口からの大浴場忘帰洞温泉、奥の板垣は台風による破損で磯に出られない、千畳敷が見れない(AM5時からの入浴前の人のいない4時半に撮影、前夜は女性、今朝は男性になる)

フラッシュの光で温泉の色が鮮やかに

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間口25m奥行50m高さ15mの大洞窟温泉 忘帰洞は迫力満点
海側からの忘帰洞温泉、前夜の左の男性用の方が広いと思われる

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≪忘帰洞の湯に浸かれば家に帰るのを忘れてしまうほどの 名湯≫
大正初期元紀州藩の徳川頼倫公が来遊され「帰るのを忘れるほど」
と賞められたのがネーミングの由来となっています。

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部屋から勝浦湾に上る朝日を拝した

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11月3日7時の朝食はバイキング、温泉タマゴが美味かった

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朝8時専用船が玄関横の桟橋に近づく、この船に乗り観光桟橋へ、そしてバスで専用駐車場へ、ホテル浦島の駐車場から3日の目的地は田辺市の熊野本宮大社へ向かう。


2017年11月13日 (月)

熊野速玉大社・熊野那智大社・那智の滝

 11月2日は鳥羽の宿・新八屋を8時に出発して、内宮・外宮を参拝した伊勢市の高速道に入り、紀勢自動車道・熊野尾鷲道など国道42号線を南下して、三重県尾鷲市・和歌山県熊野市を通過して、和歌山県新宮市に鎮座する世界遺産・熊野速玉大社に到着したのが3時間後の午前11時であった。無料駐車場から境内にそびえる樹齢千年の御神木の梛(なぎ)の木を仰ぎ見る。参拝の1時間後は熊野那智大社と隣の晴岸渡寺に移動して、境内から遥拝した古人が神として崇めた那智の滝を参拝する。世界遺産・聖地の旅は日本一の那智の滝がハイライトであった。

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熊野速玉大社の鳥居

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鳥居からの参道 

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参道左に樹齢千年のご神木の梛(なぎ)は国指定天然記念物 が逆光の中に聳える

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参道の右に熊野神宝館 

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全国熊野神社総本宮の門 

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熊野速玉大社を参拝する人々

 

 

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熊野速玉大社

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熊野速玉大社御朱印

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熊野速玉大社境内、次は熊野那智大社に移動する

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熊野速玉大社から車で1時間の熊野那智大社鳥居、手すりにすがって上る年寄りも参拝する姿があります、熊野三社のうち那智大社が一番階段多く、長く疲れる

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鳥居下で上って来た階段をの下を見る

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宝物殿 今年は酉年

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世界遺産・熊野那智大社

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熊野那智大社

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熊野那智大社御朱印

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熊野大神のお使い、3本足の八咫烏(ヤタガラス)が鎮座していた、神武天皇が大和の国に入る際に道案内したといわれる。

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西国第一札所として名高い古刹が那智大社の右隣りにある

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那智山青岸渡寺の御朱印

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那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)

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ご本尊にカメラを向けられず賽銭箱を写す

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神社と寺の神仏習合している

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青岸渡寺境内からの那智の滝

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120mmレンズの那智の滝

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階段と赤い鳥居が多い熊野那智権現

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世界遺産の石碑

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聖地・那智山の三重の塔と那智の滝、日本三大名滝のひとつ落差133mの日本一の名瀑

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那智の滝を参拝する参道の鳥居

熊野那智大社の駐車場(有料700円)から移動して、那智の滝近くの駐車場(有料500円)に車を置いて那智の滝の参拝

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史跡として亀山上皇参拝記念の木札の碑(複製)がある

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飛滝神社の鳥居と那智の滝

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那智の滝の前で初穂料100円の神盃で長命の水をいただき、長命に欲をかいて二杯も戴く

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那智の滝の滝つぼ近くの有料の飛滝神社拝所

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神が導いたのか飛滝神社拝所に虹が渡ったのは二時頃

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那智の滝参拝後に車で5分くらいの熊野古道大門坂駐車場(無料)まで降りる。

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世界遺産の説明文は和文・英文・漢文が二つ(中国語と台湾?)ハングル語の五つ、流石は世界遺産、道路に那智大社行のバス停が見える。この無料駐車場に車を置いてバスで那智の滝に向かう観光客や歩いて熊野古道を上る参拝者が見られる。

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ここに八咫烏(ヤタガラス)の石碑

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なでしこジャパン記念モニュメント

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大門坂駐車場から100m、世界遺産・紀伊山地の霊場と参拝道・熊野参拝道中辺路などの案内がある

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大門坂の入口から100mくらい上ると、熊野古道大門坂の石畳の両側に夫婦杉、那智の滝まで全長600m高低差100mの古の石畳が続く古の熊野道、記念写真のみの熊野古道であった。この時間にはここを歩く人は見られない

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この夫婦杉の直ぐ手前にある大門坂茶屋で、平安時代の熊野詣の衣装体験体験ができるらしい。


熊野古道・熊野三山のうち速玉大社と那智大社のニ山を参拝して、熊野本宮大社参拝は翌日の3日にすることにした。宿の那智勝浦温泉のホテル浦島に向かったのは午後2時半であった。


2017年11月10日 (金)

二見浦夫婦岩・鳥羽湾巡り・石鏡の新八屋

 早朝の清々しい空気と静寂の中をお詣りした豊受大神宮(外宮)にはじまり、秋晴れの下で神々しい雰囲気で渡った宇治橋から始まる皇大神宮(内宮)の参拝後に立ち寄ったのがおかげ横丁、赤福のおかげ横丁店で赤福餅を食べながら小休止した。時間はまだ9時前であるので伊勢市の二見浦・二見輿玉神社と夫婦岩の参拝に向かう。二見浦観光の後は鳥羽市のミキモト真珠島の横から鳥羽湾の島巡りの観光船に乗船してイルカ島に渡りイルカショーなどを見物、帰り船ではトビとカモメが子供の投げるカッパエビセンに群がる様子を短いレンズのカメラにおさめる、これでブログのカテゴリーは野鳥にした。近鉄鳥羽駅から車で30分走り、初日の宿は鳥羽一郎の住む鳥羽市石鏡町の新八屋に泊まる。(撮影日11月1日 写真30枚)


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二見浦の二見輿玉神社の鳥居

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神社の由緒書

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夫婦岩、台風で5本の注連縄が一本?

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夫婦岩の由緒

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二見輿玉神社の御朱印

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鳥羽湾めぐりとイルカ島

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海上の観光船待合室

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観光船の人魚の人形

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イルカ島のイルカショー

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目の前をイルカのジャンプで水しぶきを浴びる

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帰り船は浦島太郎

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玉手箱を開けて白髪の老人は浦島太郎

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浦島太郎の前に乙姫様

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船尾で子供が投げたカッパエビセンに群がるトビ

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えびせんにトビが飛びつく、カモメやウミネコは何回も経験あるがトビがえびせんに飛びつくのは鳥羽で初体験

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カモメは船側でえびせんをフライングキャッチ

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トビが船側に来ると怖いがカモメは良いカモ

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子供が投げるカッパエビセンにカモ~メ

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出発した待合室に到着

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鳥羽水族館近くでの遅い昼飯はカツオの漬け丼

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鳥羽駅から車で30分、石鏡(いじか)の宿、新八屋の玄関

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まずは温泉に入る

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露天風呂の眼下の左は石鏡漁港、対岸右の遠方は神島や伊良湖岬、一ヵ月前にタカの渡りを撮影した処

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温泉の泉質と効能書

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夕食の刺身

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ここは 具足煮・鬼柄焼・鮑造り・鮑ステーキの4品から一人二品セレクト出来る料理プランが人気、写真は具足煮

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手前の皿が鮑のステーキ

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食事は夕食・朝食とも部屋食、窓からは伊良湖水道を横断する伊勢湾フェリーの航路、対岸の伊良湖崎や神島が朝陽に輝いて見えた。

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熊野速玉大社に向かうため朝食は7時

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ロビーを8時に出発して熊野速玉大社に向かう。


2017年11月 8日 (水)

伊勢神宮(内宮・外宮)参拝

 11月4日高野山壇上伽藍を参拝後の午後3時に出発して、3連休中日の5日午前0時30分の帰浜となった。阪和道・新名神・新東名の渋滞を走り、550Kmを9時間以上の長距離ドライブであった。
疲労困憊にも拘わらず5日(日)は全日本大学駅伝は名古屋市の熱田神宮をスタートして伊勢市の伊勢神宮のゴールまで8区間106・8kmのコースで行われ、横浜市の地元の神奈川大が最終区のアンカー鈴木健吾選手が3km」過ぎに逆転して逃げ切り20年ぶり3度目の優勝を果たしたTV観戦をしました。
10月1日に愛知県田原市の伊良湖岬でタカの渡りを撮影していたが一ヶ月後の11月1日には大学駅伝のゴールの準備をしていた伊勢神宮に家族とお伊勢さん詣でをしていました。
ここには10月31日深夜11時に横浜を出発して、伊勢神宮外宮の駐車場まで440Kmを6時間かけてのドライブで11月1日午前4時に到着、外宮の参拝時間は日の出前の午前5時から始まる。地元の三重ナンバーの車で駐車場の出入が激しくなる、地元の人は暗いうちからの早朝である。外宮をお詣りしてから内宮に参拝するのが順序らしい。

豊受大神宮(外宮)を明るくなった午前6時より参拝して、7時より皇大神宮(内宮)の参拝した。お土産と名物グリルを期待した、おかげ横丁は参拝後の8時20分頃ではまだ一部のお店しか営業していなく大半のお店は開店前であった。(写真等40枚)

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伊勢神宮の参拝は外宮を先に参拝してから内宮を参拝するのが正式のようです。先にお詣りした外宮と内宮の距離は6kmある(神宮司庁広報室パンフレットより) 

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手水舎(てみずしゃ)近くの火除橋(ひよけばし) 

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まだ暗いので神楽殿の受付窓口に明かりが灯る 

 

 

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神楽殿御朱印受付

 

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豊受大神宮(外宮)の御朱印

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平成25年秋の二十年に一度の式年遷宮により古殿地

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古殿地の左側に現在の正宮が板垣越しに見える

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正宮板垣内は撮影禁止の立て札と板垣

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神宮司庁のパンフレットより転載

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多賀宮

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外宮から300mの別宮、午前7時頃の月夜見宮と古殿地

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伊勢の神宮のパンフ表紙

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午前7時30分 内宮の表玄関にあたる宇治橋、朝日で眩しい

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宇治橋からの五十鈴川

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神苑では菊展

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神苑の右は大正天皇お手植え松

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神苑の左に三重県産清酒奉納の酒樽

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右手の手水舎に向う

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手水舎

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五十鈴川の御手洗場

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神楽殿の御朱印受付窓口

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皇大神宮(内宮)の御朱印

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神楽殿

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正宮の写真はこの階段の下からの撮影はOK

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正宮は写真を撮れないので神宮司庁のパンフより

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正宮の次は別宮の荒祭宮へ」

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荒祭宮

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内宮の参拝後は宇治橋を渡り、商店街とおかげ横丁に向かう

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朝8時20分ではまだ開店前

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赤福餅の赤福は営業中

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おかげ横丁入口は人力車のみ営業中

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おかげ横丁は開店前でした。
11月1日朝4時に外宮駐車場に到着して、明るく成る6時頃から外宮を参拝、そのご内宮を参拝して、開店前のおかげ横丁を覗いてから二見浦に向かう。




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