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2017年11月16日 (木)

熊野本宮大社と大斎原の参拝

 11月2日の一日ではまわりきれなかった熊野三山、11月3日文化の日に南紀勝浦温泉のホテル浦島の専用駐車場を8時半に出発して、熊野三山参拝の三山目の日に散々な目にあった。2日に参拝した熊野速玉大社と熊野那智大社から三山目の熊野本宮大社に向かう国道168号線の鼻白の滝への林道入口付近で追突された。滝マニアには有名な鼻白の滝への林道入口で工事用のダンプが左折した時に後ろに付いていた自家用車がブレーキを踏み、自車もブレーキを掛けて止まった瞬間に後続の軽四輪に追突された。時間は午前9時05分、車を左折車の邪魔にならない道路端にに寄せてハザードランプを点灯して、110番したのが9時07分であった。新宮署のパトカーが来たのが30分後、同署の事故調査の車が着いたのがその十分後であった。

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11月3日文化の日に熊野本宮大社に向かう朝9時05分追突された。100m前方に道の駅「瀞峡街道 熊野川」(どろきょうかいどう くまのがわ)が進行方向道路右側にある。ここは新宮から本宮へのほぼ中間点になる。

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追突したスペイン女性が運転していた軽四輪のレンタカー、日本語が通じず、現場検証と調書の作成で3時間も要して、この日予定していた熊野古道ウオーキングは時間切れとなった。

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追突された現場、鼻白の滝への林道入口、ここで二台前のダンプカーが左折したので後続の普通車がストップ、自車も続いて停車した直後に激突のショック起こる、後続車が追突、外人女性にオカマを掘られる。最近の車はバンパーがないので衝突のショックを吸収する軟構造のお蔭で運転手の自分と後部座席の家内と娘の家族3人とも追突直後はあまり痛みを覚えず、救急車のお世話にはならなかった。帰宅した二日後に3人とも首筋・両肩が重苦しい張りと痛みを感じる、6日(月)整形外科の診立ては頸椎捻挫・両肩捻挫・挫傷などの全治2週間の診断書であった。

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熊野三山の参拝で神仏の加護がなかったのか、それとも神仏のおかげでこの程度の事故で済んだのか、車名がホンダFREED+ なのでプラス思考でこの程度の事故で済んだとポジティブシンキングにすることにした。

追突事故の相手側100%責任のスペイン女性だったので事故調書に3時間も浪費、和歌山県まで来てこの3時間はこの日の観光旅行を台無しにされた。

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気を取り直して予定の熊野本宮大社に到着したのが3時間遅れの午後1時

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熊野本宮大社

熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といいます。
熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良~平安時代にかけて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、神=仏であるという考え方が広まりました。
その影響を受けた三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏たち)をおまつりするようになります。熊野三山の神秘性はますます高まり、平安時代の末には「浄土への入り口」として多くの皇族や貴族がお参りするようになりました。浄土へお参りし、帰ってくるということは、死と再生を意味します。そのため熊野三山は「よみがえりの聖地」として、今なお多くの人々の信仰を集めています。熊野三山のパンフより

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熊野本宮大社配置の案内図、本宮大社を参拝後に大鳥居の大斎原(おおゆのはら)を参拝する

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鳥居からの参道 

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参道の途中からの階段

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手水

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本殿前の神門

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熊野本宮大社 本殿右の方に八咫烏が見える

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熊野本宮 参拝御朱印

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本殿前のヤタガラス

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JFA サムライジャパンの必勝祈願 熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の熊野三山と青岸渡寺の神仏への必勝祈願

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八咫烏の黒いポスト

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参拝後の帰路

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近くにある熊野古道の坂道下り

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熊野古道坂道上り、上には熊野本宮本殿

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参拝後の参道からの鳥居

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大斎原(おおゆのはら)へ

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日本最大の大鳥居、高さ34m幅42m

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日本一の大鳥居には八咫烏が掲げられている

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日本第一大鳥居建設の意義

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大斎原(おおゆうはら)にある世界遺産の石碑

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大斎原の水害前の絵図

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創建二千五十年式年大祭の趣意

交通事故で熊野古道を歩くプランはなくなり、熊野本宮大社と大鳥居の大斎原だけの参拝となった。

 11月3日の宿は3連休の初日とあって、9月中旬に和歌山県の熊野三山と高野山近辺の有名な温泉宿はなかなか予約が取れず、ようやくネット予約とれたのが有田川温泉鮎茶屋であった、和風旅館と思っていたが現地についてビックリ(@_@)した。同じ敷地内にあるビジネスホテルの「ホテルサンシャイン」の別名が有田川温泉 鮎茶屋 別館でここのツインベットと畳の部屋に一人分の布団が敷いてあった。

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宿泊はこのホテルサンシャインの3F客室 

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夕食は同じ敷地内にある鮎茶屋、結婚式場でもあった。右奥は健康ランドと同じ温泉施設の光の湯、温泉はここに入る温泉入浴券をホテルフロントで何回でも発行してもらえる。 

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有田川温泉 鮎茶屋の玄関の提灯 

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光の湯の露天風呂

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当日の夕食 鮎茶屋の懐石献立

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初めに出された懐石料理、この後に蒸し物や揚げ物・留碗などの暖かい料理が出る、最後は伊勢産こしひかりの食事と香の物と果物が出された

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ホテルの窓越しに鵜飼も見られると言われる有田川(ありだがわ)の朝の風景

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参拝旅行最終日の11月4日、ホテルサンシャイン食堂の朝食、朝食後に高野山奥の院参拝を目指して、停車する度にジロジロ見られるリヤーが凹んだ恥ずかしい車で出発する。

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