« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月

2017年12月29日 (金)

プレーバック2017 稚児隼

 チゴハヤブサは北海道と東北地方北部に夏鳥として渡来、繁殖する。(出展:Wikipedia)とあるが、この影響なのか北海道と東北地方北部のチゴハヤブサのブログにも同じような事が書かれているのを見かけます。

野鳥撮影をはじめた2005年以来2011年までの5~6年間のチゴハヤブサの撮影は主に信州であった。アカショウビンが育雛する森での給餌を撮影後に、長野県須坂市の神社の杜でチゴハヤブサを撮影していた。昔から信州にもチゴハヤブサは渡来して繁殖していたのである。北海道と東北北部のみの渡来・繁殖とは限らないのであった。
最近は写真の町、東川町でのチゴハヤブサの撮影の機会が多くなったが、5,6年前の北海道での最初のチゴハヤブサ撮影地は旭川の護国神社であったと記憶している。
今年はハヤブサの巣立ち後に親から給餌を受ける時期になって、カラスの巣跡に渡来して来た繁殖が遅い、チゴハヤブサの求愛給餌と思われる時期に遭遇したと思われる。

_dsc60851

カラスの巣跡をリユースしてマイホームにしている赤松の稚児ハヤブサ

_dsc54321

赤松の天辺近くのカラスの巣跡を利用しているチゴハヤブサの巣の中の様子は親♀の尻尾しか見えません

_dsc46233

手前の♂が♀に求愛給餌?

_dsc46242

雌に与えず雄の逃亡?

_dsc46252

_dsc46262

_dsc46272

雄はどこへ?他の♀かな?全くの不明?

_dsc58442

今度は 右が♂左♀

_dsc58461

♀は獲物をしっかり咥えている

_dsc58501

♂は離さない!

_dsc58521

♂はなかなか何故か?離さない?

_dsc58551

雌雄の綱引きならぬ餌引きのようだ!

_dsc58571

体力に勝る♀の勝、♂の嘴には毛のみ

_dsc58591

♀は獲物を奪い飛び去る

_dsc58621

飛び去る♀、空振りの♂

_dsc59211

お手上げでしょうか?


新解釈で見たチゴハヤブサの求愛給餌でした。

2017年12月28日 (木)

プレーバック2017 ハヤブサの給餌

 ハヤブサは鳥類を採餌する猛禽類で、主に見られるのは雀や鳩、ヒヨドリ、ムクドリなどを食べるのを見る機会が多い。2017年の6月比布(ピップ)崖地で子育て中のハヤブサの育雛中の給餌にムクドリを与えるハヤブサです。

_dsc05781

狩りした獲物を貯蔵する場所で鋭い爪のしたに獲物があります。

_dsc05862

貯蔵品の鳥はムクドリのようです

_dsc05891

ムクドリはまだ新しいように見えます

_dsc05971

巣立ちした幼鳥に給餌に行くようです

_dsc06101

飛び出し直前

_dsc06131

ムクドリを抱えて給餌の飛び出し

_dsc25731

_dsc25771

_dsc25911

_dsc26131

_dsc26211

_dsc26241

_dsc26271

_dsc26301

まだ捌きながら採餌出来ない幼鳥に給餌する

_dsc26541

_dsc26851

_dsc26951

給餌の途中で持ち去る

_dsc26971

巣立ち幼鳥は4羽、他の幼鳥へ給餌と思われる

_dsc04321

別の日の別の幼鳥の給餌、こちらは幼鳥が親から奪い取るほどの採餌

_dsc06382

巣立ち幼鳥の採餌でした。




2017年12月26日 (火)

プレーバック2017 哺乳類の巻

 今年の一年をプレーバックして見ました、今回は北海道の哺乳類の巻です。北海道に12年間通って来たが積極的に哺乳類を撮影したことは今までは一度も無かった。12年前からキタキツネやエゾリス、エゾシカなどは野鳥撮影の最中や撮影地への往復で道端で偶然見つけた時にシャッターを切る程度の四つ足動物の経験であった。
今年の5月1日に北海道の清水町に移住している鳥友のSさんから駒留湖のナキウサギの撮影に誘われてからは今年は北海道の哺乳類にも興味を持つようになった。エゾナキウサギ・エゾモモンガ・ヒグマは初撮りの哺乳類だがナキウサギとエゾモモンガは可愛いがヒグマの撮影はカメラに近づいてくると恐怖感に駆られた。

Dsc_62010

 

5月1日に然別湖の手前の駒留湖で撮影したエゾナキウサギ

 

 

Dsc_6395

駒留湖のエゾナキウサギ、ヒゲが光線に光、前足が見えます、周囲には残雪が残っていました。

_dsc1166

 

_dsc1220

5月中旬 音更神社の二輪草とエゾリス

_dsc06011_2

5月下旬 音更神社の5匹のエゾリスの仔

_dsc07641

親リスのお乳を飲む小リス

_dsc50500

5月下旬 エゾモモンガ雄の初撮り、大きい瞳の激可愛いモモンガの激写

_dsc5376

繁殖期のエゾモモンガ♂が♀の巣穴を覗く、♀の巣穴はアカゲラの古巣の利用?

_dsc39861

6月下旬 知床峠 ヒグマの初撮りはギンザンマシコの撮影中に熊の湯の温泉に行く途中の出来事

_dsc38081

知床縦断道路の脇で葉っぱを64枚食べるヒグマ

_dsc6945

7月初旬 望岳台のエゾシマリス 食事中

_dsc41762

望岳台のエゾシマリスの親子、親に甘える子シマリス

_dsc42111

小シマリス

_dsc36411

7月 望岳台のエゾナキウサギ、好物のイワブクロをムシャムシャ

_dsc71171

巣穴の周囲はエサの葉っぱに埋まる、食住近接のエゾナキウサギ


2017年12月25日 (月)

篠原八幡冬至の日の出

 当時の出来事と言っても三日前の冬至の日の出来事を今になってブログにする当事者です。篠原八幡神社の氏子になって40数年が経ちました。ご創建から八百数十年の歴史からみるとほんの僅かな時間ですが毎年の初詣や孫のお宮参り・七五三などのお祝いなど家族と近所に住む娘夫婦にとっても、人生の節目節目にお参りして来た八幡山の頂上に鎮座する氏神様の篠原八幡神社です。日本神社百選にも選ばれている由緒ある神社でもあります。
現在でも太陽が一番低い日の冬至の日に、鳥居から入光した日の出の光線が参道を走り御神鏡に入る。

今年も12月22日の冬至の日に、日の出前の6時40分の暗いうちにお参りしてから鳥居の中から上る6時47分の冬至の日の出を待ったが、黒い雲にさえぎられて当時(6時47分)の冬至の日のでは見られなかった。残念!!

_dsc2717_2 

12月22日午前6時50分頃の鳥居、この時間には冬至の日の出は雲で見られず。 

当時の天気予報は晴天の冬至の日であったが早朝は地平線は雲に覆われ、冬至の日の出は残念ながら見られず仕舞い。この日は毎年ここでお会いする地元の鳥友も居られて、久し振りに地元の鳥(菊名池や四季の森などのカワセミやアトリの様子など)の情報や鳥友達の話などしながら日の出を待ったが、日の出の時間には黒い雲に覆われ、期待外れの日の出であった。

 _dsc2734

12月22日は神社のご神鏡の扉は閉まっていた。

_dsc2755

7時03分頃に鳥居の中に輝く冬至の日の出に頭を垂れるが、冬至の日の出時間をかなり過ぎていた。

_dsc2756

7時頃に閉まっているガラス戸に日の出が映るが、中のご神鏡の扉も閉まったままです。毎年扉は23日に開くが22日の冬至の日には閉まっている、翌日の天皇誕生日に日の出を見る町内会による地元の氏子の集まりにガラス戸とご神鏡の扉が宮司によって開かれる。よって22日は閉まったままです。

_dsc30571

鳥居の脇にある神社境内の掲示板には12月23日に「日の出を見よう」の案内が貼られています。

Img0043

第三京浜港北ICにある天然温泉 港北の湯。一旦家に戻り10時から営業する「冬至の日」の柚子湯に行く

Img0050

13種類あるお風呂の中で一番のお気に入りは炭酸泉です。効能は上述の如しであるが、炭酸泉の後は冬至の日は柚子湯に限る。

Img0061

柚子湯は「不思議の湯」の36℃の奥にある42℃のお風呂の中に○ごとの柚子がなんと42個浮いていた、ポカリポカリ浮いている柚子の香りに囲まれて、のんびりと長湯の日であった。夜には家の柚子湯は1個の柚子を半分に切り、ガーゼの中に入れていた。切った柚子が湯気に香る。冬至の日に柚子湯に2度の入浴はどんなご利益があるのだろうか?

_dsc2828

翌日の12月23日午前6時44分頃の日の出前の篠原八幡神社の鳥居、東の空は朝焼けのようだ、冬至の日よりも冬至の日の出が期待できる。

_dsc2859

12月23日天皇誕生日の篠原八幡神社の日の出

_dsc2900

日の出の光が参道を走る

_dsc2930

御神鏡に入る日の出を拝む氏子の人々、背中に日の出が輝く一瞬(順光で明るい)

_dsc2937

鳥居の日の出を拝む氏子の人々(逆光で暗い)

_dsc2951

御神鏡の日の出を見守る人々、ご神鏡の角度が日の出に合致しないのか鏡には日の丸が入らない様に見える。それとも日の出が入る時間を逸したのか?

_dsc2972

日の出が過ぎた7時04分には鳥居前の人々が三々五々に家路につく

2017年の「冬至の日の出を見よう」の二日間であった。

_dsc3078

誰もいなくなった篠原神社、太陽を背に鳥居と本殿を撮る


2017年12月19日 (火)

酉年に各種メディアに採用された野鳥写真

 酉年の2017年にテレビ・DVD・季刊誌などの各種メデアに採用された「ケンさんの探鳥記」のブログから採用された野鳥写真です。年末にあたり今年一年を振り返りながらまとめてみました。

最初は2月初旬、デパートに納品する服飾デザイナー様からのご依頼でした。

0361 

青い鳥の瑠璃鶲(ルリビタキ)を今春の新作の色とする、服飾デザイナーのN女史からのご依頼で無償提供しました。
お客様へ”青い鳥と一緒に春を迎えに行きましょう”のフレーズで始まる案内状のハガキ1000枚にこの写真が使われました。

4月24日放送局名:千葉テレビ放送、栃木テレビと JCOM(チャンネル:CS 354)歌謡ポップスチャンネル   スカパー!(チャンネル:CS 329)歌謡ポップスチャンネル   番組名:『 Jソングアワーあの人の歌が聞こえる 』で放映されました。

Img0050

歌手 安藤栄子の”かささぎ”

Img0101 

 

CDの印刷面 

Img0065

カラオケの好きな家内にこのCDをプレゼントしましたので老人会などの忘年会でレパートリーが増えたものと思います。
放送後に送られて来たDVDのカバー面です

Dvdjpg0 

歌手「安藤栄子」さんの持ち歌で『かささぎ』のイントロ部分 や間奏部分やエンディング部分へ、提供したカササギの写真の中から選びインサートされたようです。
放送日:4月24日(月)朝8時30分からのOAでした。
 番組名:『 Jソングアワーあの人の歌が聞こえる 』500回突破
 放送局名:千葉テレビ放送、栃木テレビ
   < ケーブルテレビご契約者は日本全国どこでも視聴可能 >
   この番組は、スカパーや各ケーブルテレビをご契約済みの
   ご家庭であれば、日本全国どこでも視聴可能なのです。
   JCOM(チャンネル:CS 354)歌謡ポップスチャンネル
   スカパー!(チャンネル:CS 329)歌謡ポップスチャンネル
   番組名:『 Jソングアワーあの人の歌が聞こえる 』
   放送曜日&放送時間:毎週木曜日の朝6時から放送中!
 
 
この4月24日の放送でインサートされたカササギの写真です
  

Kasasagi_11430 

Kasasagi_1154  

Kasasagi_11151

JR北海道日高本線・勇払駅付近で撮影のカササギ

日本テレビの7月9日(日)19時~58分のバラエティー番組 THE鉄腕ダッシュでへソカズラの実を啄ばむジョウビタキを提供しました。新宿DASHベース基地は高田馬場のビルの屋上にTOKIOがオリジナルの土を使って作った畑。

3172

冬鳥のジョウビタキがヘクソカズラを啄ばんでいる写真です、撮影地は富士五湖周辺

Dscn78252

ザ!鉄腕!DASH!!の新宿DASH、レギュラー出演の山口達也(TOKIO),国分太一(TOKIO)、城島茂(TOKIO)、松岡昌宏(TOKIO)が新宿の農業体験で400年間眠っていた江戸時代のタネが芽を出した。ここは大名屋敷のあった内藤新宿。新宿DASHベース基地は高田馬場のビルの屋上にTOKIOがオリジナルの土を使って作った畑だ。ここでの農業体験放送後に送られて来たDVDをPCで再生した写真を貼付したがDVD RWドライブの調子が悪く解像度と色が悪い写真となった。

Dscn78262

当日放送の新宿DASH 生き物を呼ぶ街づくり。7月9日の放送は、東京都庁からわずか3kmのビルの屋上の畑で5月上旬、三瓶明雄さんからもらったカブのタネが花を咲かした。畑にはモンシロチョウが飛ぶのを発見して、モンシロチョウをカメラで追うと菜の花の蜜を吸う、そして花粉を運ぶ。5月中旬にはほうれん草の横にオオイヌタデという植物が育っていた。これはおそらく土の中にあった400年前のものと考えられる。同様に提供した写真のジョウビタキが啄ばんでいた実のヘクソカズラも芽生えていた。鉄腕ダッシュの新宿農業体験の一部であった。

Dscn78281

これが放送された写真、右上に著作権者のクレジット 提供:髙久 健

次は7月18日ラジオDJの小川もこ さんのブログに掲載されたヨタカ、宮沢賢治は”よだか”と呼んでいたようです。訛りでしょうか?
この放送を機会に全国どこにいてもこのラジオ番組を聞くために『radiko.jp プレミアム(エリアフリー聴取)』に月額350円のプレミアム会員登録しました。

1771_3

7月18日の小川もこさんからのメールを転載します。
ラジオDJの小川と申します。
文学作品を朗読する番組を担当しているのですが、
このほど 宮沢賢治の「よだかの星」の紹介を番組ブログに掲載するにあたり、
ヨタカって、どんな鳥?という素朴な疑問から、
写真画像を検索した結果、貴ページに辿り着きました。(中略)
p.s.
「ケンさんの探鳥記」読ませていただき、
ベストショットの数々、鳥への愛情がビシビシ感じられ、
思わず微笑んでしまいました。
これからも、おりにふれ、拝見させていただきます。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
小川もこ
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
1年間5冊の季刊誌 EPTA(エプタ)に掲載されたのは三宅島で撮影したアカコッコです。初めて拝読したが内容と写真が素晴らしい季刊誌でした。

Img0011

時代の先へ エプタ Vol.84 特集 東京島

日本は大小合わせて6800余の島々からなる「海洋島嶼国」だ。なかでも東京湾から太平洋上に連なる伊豆諸島、小笠原諸島、沖の鳥島、南鳥島は「東京都島嶼部」と呼ばれ、東京都に属している。島の数は全部で330余り。民間人が住む有人島は11島だ。今回、この11島を全て訪れ、島の成り立ちや歴史、魅力を探ってみた。題して「東京島」大特集。

上の表紙めくると上の序文から始まる。興味深々で読み始めました。

Img0081

伊豆大島・利島・新島・式根島・神津島・三宅島・御蔵島・八丈島・青ヶ島・小笠原諸島父島・母島 11の有人島の歴史と魅力の特集、アカコッコが掲載されていた三宅島の頁を抜粋転載した中身の一部。

075202_449s

三宅島で撮影したアカコッコ

早速、戴いた謝礼金で1年間の購読を申し込みました。

この他に美唄・三笠・岩見沢・江別・南幌町・長沼町等での写真で北海道の印刷会社が地元の金融機関の2018年カレンダーのコンペに参加する目的で貸し出したが、詳細は不明ですが最終選考まで行ったが残念ながら採用されなかったそうです。
この他にも個人的な趣味の世界でも2,3例がありました。


 

2017年12月11日 (月)

北見市の野鳥撮影とLS北見

 北見市を流れる常呂川の上流域は森林資源が豊富であり、林業や木材加工業が盛んである。北見市上常呂の北見警察署上常呂駐在所裏の公園トイレは終日開いている、この公園を拠点に上流にある隣町の訓子府町ではエゾフクロウの親子を、開成峠が境界となっている津別町の道有林では五年連続でクマゲラの巣立ちを撮影してきた。

北見市を流れる中流域の北見盆地と下流の畑地は肥沃な土地に昔は世界一のハッカ、現在は生産量・出荷量日本一の玉ねぎなどの農産物が豊富に収穫できる。
オホーツク海に流れ込む最大の川である常呂川がオホーツク海に注ぐ河口の町が常呂町。2006年3月に北見市に合併したカーリングで名をなした常呂町である。ここには日本最大の海岸草原のワッカ原生花園がある、ここは明治の文人・大町桂月がサロマ湖とオホーツク海を隔てる砂州にある細長い道を「龍宮街道」と形容して、現在は北海道遺産に登録されている。夏場の6~8月のエゾスカシユリ・ハマナス・エゾシシウド・センダイハギなどの色とりどりの花とノゴマ・ノビタキ・ベニマシコなどの色とりどりの小鳥とのコラボ写真が狙い目の撮影地となっている。

2005年夏に初めてワッカ原生花園に野鳥撮影に訪れた時、常呂町がカーリングのメッカであることを知った。その時以来カーリングというスポーツに興味を持つようになったが、特に常呂町出身の美人アスリートのマリリンこと本橋麻里選手に注目するようになったのは常呂町出身者で結成された女子カーリングチームのロコ・ソラーレ。チーム名の由来は「ローカル」と「常呂っ子」から「ロコ」+イタリア語で太陽を意味する「ソラーレ」(出典.wikipedia)。
現在は本橋選手が所属する「NTT LS」から登録名を「LS北見」で試合に出場している。練習拠点はワッカ原生花園に近いところに建つ、自動車ブレーキシステムの生産・販売会社のネーミング・ライツの「アドビックス常呂カーリングホール」、野鳥撮影の合間に二度カーリングホールを見学をしたことがあるが夏場しか見たことがなのでカーリングシーズンの試合観戦はまだである。

Img0010

本橋麻里選手が所属するNTTラーニングシステムズ(NTT LS)の今年卓上カレンダー。昨年暮れにロコ・ソラーレを支援しているアルゴグラフィックスのCEOよりの戴ものです。この見慣れたカレンダーもあと20日あまりです。

先月の11月9日にNHK-BS放送でPACCパシフィックアジアカーリング選手権でセカンドで出場した本橋選手の雄姿を拝見したが惜しくも韓国に敗れ準優勝であった。
この以前にBS-TVで観戦した、9月8~10日の平昌五輪出場権平昌オリンピック日本代表決定戦で中部電力に3勝1敗で勝利した。この試合のマリリンはコーチボックスでリザーブとして観戦していた。

26年前の現役当時から引退後もご縁がある(株)アルゴグラフィックスから株主通信が少数株主にも届きました。企業の社会貢献としてグループ会社と共に、LS北見をグループ企業でサポートしている会社です。

Img0061 

堅調に推移している業績報告と共に「ロコ・ソラーレ 、平昌オリンピック女子カーリング代表に内定」の見出しで株主通信でお知らせをいただいた。

Img0064

メンバーの笑顔とサインをお裾分けしていただきました。その拡大写真とメンバーのサインです。

Bnr_aggif1 

Bnrs_aisgif2 

Bnrs_hulinksgif3

メンバーの胸・腕・膝にアルゴグラフィックスとグループ企業の(株)AiS北海道、(株)ヒューリンクスの社名が見えます。  

Img0020 

NTT LSの卓上カレンダー4月のロコ・ソラーレのメンバー写真 

LS北見のTV観戦で数あるサポート企業の中からアルゴグラフィックスとグループ企業の(株)AiS北海道、(株)ヒューリンクスの3社の企業名を胸・両腕・膝に貼られている中から見つけた時の楽しさも観戦の一興であった。

 

 

 

2017年12月 8日 (金)

北見市薄荷記念館・薄荷蒸留館の見学記

 ハッカとミントの違いはよくわからないが和名と英名の違いなのか?正確には植物の品種としては別物らしい、この程度しかハッカの知識はもたない。子供の頃はケガした時のメンソレータム、長じてからはクールミントガムやハッカのど飴やハッカ入りのお菓子やリップスティック。歳をとってからのスポーツ疲労や筋肉痛に肩や足に貼った貼り薬。
最近は追突事故の治療に首筋と両肩・手首の捻挫に鎮痛剤や抗炎症剤としてロキソプロフェンテープを貼っている。いずれもハッカの成分・メントールが含有されている。

6月中旬に北見市付近の道有林でクマゲラの巣立ちを撮影した日に北見市の薄荷記念館と隣の薄荷蒸留館を見学した記録の思い出です。

北見ハッカ記念館HPの解説によると、明治35年頃から生産が始まった北見ハッカは昭和14年に全盛期を迎え、当時世界薄荷市場の約70%を占めるまでに成長し、現在の北見の礎(いしずえ)を形成する重要な産業となりました。このため平成19年11月30日、経済産業省より日本近代化産業遺産として認定されました。この薄荷産業の発展に大きく貢献したのが昭和9年に開業したホクレン北見薄荷工場でした。翌年同工場の研究所として建てられた施設が、昭和58年その役目を終えた工場が解体されると同時に、ホクレン農業協同組合から北見市に寄贈され、昭和61年北見ハッカ記念館として新たな役割を担うべく公開されています。
(北見市指定文化財第11号 平成8年7月8日指定)
(日本近代化産業遺産 平成19年11月30日指定)

Dscn7032 

北見薄荷記念館は石北本線北見駅から900mの位置にある  

_dsc3523 

薄荷記念館の前にある個人宅の庭に鉄道車両7両は先日のブログで掲載 

_dsc3524 

個人宅の鉄道車両保存付近からの薄荷記念館 

_dsc35271

薄荷記念館は薄いピンク色の小さな建物

Dscn6252

記念館のメンソールークリスタル(メントール結晶)の輸出梱包、和名では薄荷脳

Dscn6254

輸出で繁栄した往時の一斗缶(薄荷脳)

Dscn6255

メントール油の標本

Dscn6256

記念館内のメントールの出来るまでの解説

Dscn6265

記念館内部の試験器具類

Dscn6269

庭のハッカとミントの標本畑

Dscn6270

和種:ジャパニーズミント、

品種は「ほくと」

_dsc35251

薄荷蒸留館の建物・庭にハッカの標本畑

Dscn6274

薄荷蒸留館の内部は蒸留装置発達の歴史館

Dscn6275

ハッカ蒸留装置

Dscn6276

乾燥したハッカ200Kgからハッカ油は4kg、たった2%の抽出量

Dscn6278

ハッカ農家の一年間と生産物

Dscn6277

いろいろな蒸留方法の歴史が見られる

Dscn6281

当日の6月21日はハッカの苗を無料配布していた、品種名の札には「スペアミント」

Dscn6284

記念館と蒸留館の庭にハッカの標本畑があり、かなりの品種を栽培している。

戦前世界の薄荷の約70%を生産していた北見薄荷の歴史を今に伝える資料館と農産物の乾燥ハッカや蒸留装置の歴史、ハッカ製品の展示などが見られる別棟の薄荷蒸留館で、今でも日常生活で世話になっているメントールなどのハッカに関する多くの事柄を学ぶことが出来た。

2017年12月 5日 (火)

さらば増毛駅~あれから一年

 さらば増毛駅~あれから一年~もう一年経ちました。 最近は歳のせいか、忙しない師走のせいか、一年が物凄く早く感じられます。
俄老鉄(にわかろうてつ)として、夏の北海道で二年連続で訪れた増毛町のJR留萌本線の留萌―増毛間が平成28年12月5日で廃線、廃駅となりました。
早いものであれから一年経ちました。

Epson0051_2_2_2

 

2016年夏の日、地元のニュースで知った、5ヶ月後の12月4日に廃線・廃駅となる増毛駅を訪問、左の縦型の入場券は構内の食堂で購入、右の観光入場券は風待食堂で購入する。 

Dscn98971

夏の増毛駅の外観、駅構内は左1/2は待合室、右1/2はキップ売場兼食堂 (孝子屋)

_dsc9843 

増毛駅構内のキップ売場&孝子屋ぐるめ食品、ここで硬券の入場券を購入

Dscn9929

増毛駅の改札口と待合室

_dsc9842_2

今は無き増毛駅からのきっぷ運賃表

Dscn9914

この頃から増毛観光客の列車が到着するたびに記念写真を撮る人が多い

Dscn98991

駅前の増毛町案内図、⑥最北の造り酒屋 国稀(くにまれ)酒造、日本酒は国稀を愛飲する北見出身の一部上場企業のCEOがいます⑧国稀酒造の母体となる呉服店(丸一本間合名会社)

Dscn99001

1981年に制作された今は亡き高倉健さんの主演の映画 「駅 STATION」 の舞台となった風待食堂は観光案内所、ここでも観光入場券を販売していた。

Dscn9902

旧商家丸一本間家 明治初期から営業を続けてきた天塩國一の豪商 重要文化財 平成15年12月25日指定 この建物群は、平成9年3月に増毛町有形文化財に指定され、その後2年をかけ修復と展示に向けた準備作業を行いました。北海道の有形文化財に指定されたのを受けて、平成12年4月から一般公開をしています。また、平成15年12月には国の重要文化財に指定されています。 増毛駅前のふるさと歴史通り沿いで一番の建築物。(増毛町観光HPより)

_dsc9829

 終点増毛駅の車止め

Dscn9925

一面一線のプラットホーム、上に見えるのは増毛灯台

Mashike2

昨年の12月4日の増毛駅のお別れセレモニー(朝日デジタル)

Mashike

2016年12月4日増毛駅20時09分発の最終列車を見送る増毛町民と鉄道フアンの人々(朝日デジタル)

Epson0040

留萌駅で販売していた留萌本線の廃駅となる8つの駅の硬券入場券付き記念セット 

Epson0050

留萌駅→増毛駅間9駅の硬券入場券 

Epson0054_2

増毛駅の硬券観光入場券の拡大(日付は平成28年7月10日)

一年前の増毛駅の廃駅を想いだしました。一年は歳をとると、師走になると、慌ただしく過ぎていきます。

これを見るたびに一日七便の留萌本線という名前のローカル線を想いだします。もう増毛駅は活きていません。毛を増す増毛のお守りキップ、廃線・廃駅でもう毛は増しません。寂しいものですね。増毛のなくなった、さらば増毛、さらば髪の毛。   

 

2017年12月 3日 (日)

万座温泉・日進館・源泉かけ流し湯めぐり

 11月2日に家族で熊野三山巡りや熊野古道散策の拠点に便利なホテルとして、和歌山県の南紀勝浦温泉・ホテル浦島リゾート&スパに宿泊したが、温泉好きには太平洋の絶景に面した天然の大洞窟がそのまま温泉となっている忘帰洞が人気の巨大洞窟温泉である。ホテル浦島は旅行新聞社が運営管理する第10回"あなたが好きな露天風呂のある宿ランキング”で第一位のホテルであった。
偶然にも11月30日に会社OBの横浜会の忘年会で宿泊した万座温泉日進館は第9回”あなたが好きな露天風呂のある宿ランキング”で第1位の温泉であった。
奇しくもひと月に2度も堂々日本一になった人気の露天風呂のある宿に老体を癒す機会に恵まれたのである。
万座温泉日進館の推薦理由は、標高1800mの露天風呂からの眺めが抜群、色々な形状の露天風呂がある、風情漂う露天風呂でゆっくり落ち着けた、見晴らしがよい、硫黄泉と国立公園の景観、景色が圧巻、泉質が素晴らしく翌日や翌々日まで肌に残る、などなど。

泉質は、酸性・含硫黄ーマグネシウム・ナトリウム。この泉質には、慢性皮膚病の改善や血行と代謝を整える効果がある。万座温泉は、日本一の高地温泉でもあり、源泉の硫黄濃度も日本一!

万座温泉日進館の長寿の湯には六つの泉質の異なる浴槽と有料の貸切風呂の円満の湯、絶景露天風呂の極楽の湯と宿泊客専用の万天の湯があり、貸し切りの円満の湯以外の8ヶ所の標高1800m・酸性硫黄泉・源泉かけ流しの湯で老体を癒してきました。

Dscn78111

二つの露天風呂と4つの温泉が癒してくれる長寿の湯

Dscn77821

以下の写真は万座温泉日進館パンフよりコピーにて転載、浴槽内は撮影禁止となっているので日進館の資料を転用

Img0041

長寿の湯・男湯に入ると小さい湯船が姥湯、奥に大きい苦湯がある

Img0044

「長寿の湯」太い柱と木造りの湯船は湯治場の風情を今に伝える。6つの浴槽があり、一番大きい湯船が苦湯、それぞれの色合いや湯加減がある。

Img0043

向かって 左 真湯、 右 滝湯は打たせ湯

Img0042

長寿の湯の露天風呂、手前が姥苦湯、奥がささ湯

Dscn7774 

無人となった午後10時過ぎにコンデジ撮影した露天風呂の姥苦湯 

Dscn7775 

笹の葉の入った袋(浴槽の中にある)ささ湯、夜間は露天といっても景色は見えず、ささ袋を抱えての温泉浴 

Dscn7809 

翌朝の12月1日は晴天、日進館玄関前は夜半の雪で真っ白な雪景色 

Dscn77850

本館の長寿の湯の脇に立つ日本一の高地温泉の看板、後方中央には極楽湯 

Dscn77860

玄関から約80m雪道を歩くと極楽湯の湯屋、午前10時30分~11時までの清掃時間を狙って清掃開始3分前に入る、案の定 清掃のおじさんしか居ないので誰にもはばからず写真を撮りはじめる。

 

 

Dscn77880

 

極楽湯の脱衣所から通路を歩き露天風呂へ目の前に広がるのは、万座山と熊四郎山!泉質も最高、しかも標高1,800mにある露天風呂だけに、入浴すれば「極楽、極楽・・・」な気持ちになれるという。

 

Dscn7790

極楽湯からの雪景色

Dscn7789_2

目の前に広がるのは、万座山と熊四郎山!極楽湯からは昨夜の真っ白な雪と青みがかった乳白色の酸性硫黄泉のコントラストが極楽の湯の世界をつくりだしています。12月1日に思いがけない冬景色の雪見風呂を体験。極楽!極楽!!湯船の中にある古木の上にコンデジを置いて極楽気分でセルフタイマー撮影をした、OB会の仲間には公開したがここでは非公開です。

Dscn7797

極楽湯の源泉掛け流しの白濁の酸性硫黄泉

Dscn7799

コンデジを望遠にして万座温泉の湯畑を撮影

Dscn7800

極楽湯から見えた小さな神社まで雪道を転ばない様に怖々と散歩する

Dscn7805

湯畑付近は有毒ガスの危険地帯

Dscn7820

極楽湯と湯畑付近の散歩の後は午前11時過ぎに別館6階の万天の湯へ、ここは宿泊客専用、10時のチェックアウト時間を過ぎているので宿泊客は見当たらないのでここでもコンデジ撮影。

Dscn7816

手すりも木製の木の浴槽にも癒される

Dscn7818

青みががかった白濁の湯と冬景色が満点の万天の湯

Dscn7821

万天の湯のある別館6階からお隣の万座温泉 万座亭が見える、冬将軍がやって来た景色であった。

OB会の忘年会で宿泊した、万座温泉日進館の8つの癒しの掛け流し・酸性硫黄泉巡りでした。
万座温泉の温泉街を巡る温泉手形を利用した日進館以外の温泉宿巡りは、万座プリンスホテルなど二ヶ所が開業前であったので温泉手形(1200円)巡りは時期尚早と思えた。



« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2023年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
顔文字教室
無料ブログはココログ
フォト