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2019年9月

2019年9月30日 (月)

日本100名城39 岐阜城

 お城の人気ベスト10の岩村城を9時頃後にして、中央道・恵那ICから次に向かったのは同じ岐阜県の天下布武を宣言した信長の城、東海北陸道・関ICを降りて金華山トンネルを抜けると、金華山頂上にそびえる岐阜城近くの立体駐車場に到着したのは11時であった。岩村城登城と大黒岳登山の痛みと疲れが残っているので山頂の岐阜城まで登山の気持ちはあったが麓からのロープウェイの魅力には勝てず、山頂駅までの往復ぎふ金華山ロープウェー乗車券売り場に直行してしまった。15分間隔で発車するロープウェイは観光客で賑わい、登城してきた岩村城では夫婦連れ一組しか会わなかったがここでは城好きというよりも外国人を含めて一般の観光客で溢れていた。岐阜城はどうやら信長の遺産ともいえる観光の楽市楽座の賑わいと思われる。

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コンクリート造りの岐阜城

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金華山頂上に建つ岐阜城、右はロープウェイ頂上駅
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11時30分発のロープウェイからの岐阜市内
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天下第一の門 を通り本丸天守閣に向かう

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天守までの山道

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二ノ門

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狭間の壁と岐阜城

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コンクリート造りで復元された四層の天守

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天守への石段を登る

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野面積の天守台と天守閣

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左の登城口と正面のお城時計

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信長公

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信長公

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斎藤道三

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天守望楼からの岐阜市内を流れる清流長良川

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天守からの長良川と岐阜市内

1時間後の12時30分発ロープウェイで下山して、上郷SAで昼食休憩して名神・新東名などを走り、新横浜まで380kmの高速ドライブで18時30分頃に野鳥撮影と二ヶ所の日本100名城スタンプラリーを終えて、総走行距離970km六日間の旅を終えて帰浜した。因みに愛車は2年9ヶ月を経過して今年の北海道で1万3千キロを含めて総走行距離は5万キロをオーバーしている。

 

 

 

2019年9月27日 (金)

日本100名城38 岩村城

 バス乗り場標高日本一2702mの乗鞍岳畳平周辺で7時~13時まで大黒岳登山や野鳥撮影などで足を棒にしながら5時間を過ごした後は、下山もアルピコ交通のバスで乗鞍高原に戻りマイカーに乗り換えて、乗鞍高原から移動距離180km以上の日本一標高の高い地に築かれた岐阜県の日本100名城38岩村城に向かう。

登城日は大黒岳を登山した9月20日の翌日に日本一高い地の山城を攻城する。

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長野道の松本ICから高速に入り中央道中津川ICの手前の神坂PAで車中泊、翌早朝に中津川ICから263号で岩村城跡に向かう、スタンプ押印場所の岩村歴史資料館の開館までの間、7時~9時に岩村城址へ登城する。

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大和高取城(奈良県)備中松山城(岡山県)と並ぶ日本三大山城のひとつに数えられる。岩村城址の最大の見どころは本丸の六段に構える雛段状の石垣であった。
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恵那市観光協会岩村支部資料より、この岩村城跡の案内を頼りに登城開始

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山麓の藩主邸跡に復元された太鼓櫓と表御門
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登城口から7時に登城開始 本丸まで800m 前日は大黒岳登山この日は標高日本一の岩村城を攻め上る

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藤坂 登城口から続く石畳の急坂

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藤坂の石畳と急坂 本丸まで600mの標識

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本丸まで500mの標識

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所々に曲輪

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一の門跡

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土岐門と本丸まで300mの標識

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畳櫓 石畳から山道

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左手に八幡神社

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本丸まで100mの標識と石垣

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岩村城跡の説明板 菱櫓と俄坂

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六段の石垣(正面)

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六段壁の石垣と手前は本丸への石段

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長局埋門

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本丸跡

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岩村城址 登城口から800m自分の足では約40分で登城する、案内図では20分

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岩村城歴代城主

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2018年岩村城跡は人気ベストテン入り

 

 

 

2019年9月25日 (水)

イワヒバリ(大黒岳)

 過去の記憶をたどるとその昔、鳥友からの情報でイワヒバリを富士山五合目の須走口から登った5月の”まぼろしの滝”付近に撮りにいったが本命のイワヒバリは空振りで、下山途中の森の中でルリビタキとビンズイを撮影した。観光的に貴重な富士山の幻の滝を撮影した記憶があります。2012年5月18日のブログ「まぼろしの滝を見た!」
今回も乗鞍岳では本命のライチョウは撮れなく、ホシガラスとイワヒバリであったがイワヒバリは今頃になっての初見・初撮りのようである。
撮影日9月20日
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近すぎて枠からはみ出しそうです、草木の種子を採餌している
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岩の上のイワヒバリ、エサは昆虫類やクモ類などと草木の種子を採餌
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高山植物の中で昆虫探しかな?
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ハイマツには止まらず岩の上にとまることが多い
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頭部は暗灰色、背は灰黒褐色で黒い縦斑、肩羽は茶色で黒褐色の軸斑、雨覆は黒く羽先は白い

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腹は赤茶色で白い軸斑がある、岩場の上をピョンピョン移動する

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人に対する警戒心が薄くノントリ撮影

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昆虫の幼虫?
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旨そうに採食

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高山植物の中で採餌中

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喉の白黒の斑模様、胸は暗灰色、嘴は黒く基部は淡黄色
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大黒岳頂上の風景

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大黒岳より下山方向の乗鞍バスターミナル
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下山道のクマよけの金棒の鐘と木槌

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頂上付近を下山途中にイワヒバリの若い別個体

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コンデジで撮影した若い別個体

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若い別個体のコンデジ撮影、イワヒバリはあまり人を怖がらない

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下山後の乗鞍エコーライン大黒岳登山口バス停で記念写真、このバス停から大黒岳頂上まで普通は約20分、標高差は65m(大黒岳2771m-バス停2716m=65m)
行きは乗鞍スカイライン大黒岳登山口からホシガラスの撮影しながら約1時間の登山、頂上では約40分休憩とイワヒバリの撮影、下山に約20分、二時間の大黒岳縦走?でした、足が棒になりました。

2019年9月24日 (火)

大黒岳のホシガラス

 バス乗場標高日本一(2702m)の乗鞍バスターミナルから歩き始めて、登ってきた長野県側の山岳観光道路「乗鞍エコーライン」の大黒岳登山口を通り越して、遠回りしながら岐阜県側の大黒岳登山口まで道路両側のハイマツ帯のホシガラスを撮影しながら岐阜県側の山岳観光道路「乗鞍スカイライン」濃尾バスの大黒岳登山口(畳平行降車専用)から150-600mmのレンズとカメラを抱えて大黒岳頂上(2772m)を目指しての登山(野鳥撮影)の開始。今回のホシガラスは大黒岳登山中の写真です。
撮影日9月20日

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飛騨高山観光ガイドブックより抜粋・転載

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乗鞍スカイライン大黒岳登山口 バス停

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大黒岳登山口の標識 9時半から登山開始

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大黒岳の登山道

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大黒岳頂上方面への道

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大黒岳登山道周辺のホシガラス

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ハイマツ以外の石や岩の上にいた

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ハイマツよりも高山植物と保護の看板が目立つ
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高山植物の脇、登山道にあったホシガラスの採餌跡、ハイマツの実の殻、このような食跡が頂上までに数か所見られた

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ハイマツの上よりも石や岩の上にホシガラス、ハイマツの実をその場では採餌せず、ハイマツの実を運んでから好みの場所で採餌する

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登山道付近のホシガラス

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白い下尾筒が綺麗!写真は全てノントリ、人をあまり怖がらないようだ

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岩の上のホシガラス

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岩からの飛び出し直前

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頂上まで約1時間のホシガラス撮影登山となった。この後は360度のパノラマ撮影と頂上付近のライチョウを探したが見つからず、環境レンジャーの情報通り晴れの日はライチョウ出てこないようだ。代わりに人に対する警戒心の薄いイワヒバリの撮影後下山した。

 

2019年9月23日 (月)

乗鞍岳の星鴉(ホシガラス)

 タカの渡りの白樺峠のタカ見の広場に登る度に、乗鞍岳眺望広場からの乗鞍を観る度にかねてから一度は登りたいと望んでいたが、とうとうその日がやって来た。
乗鞍岳マイカー規制中の乗鞍高原観光センター前バス乗換停留所より終点の畳平行きの始発のバス6:10発 往復2500円のアルピコ交通のバスに乗り込んだ。標高2702mの畳平まで曲がりくねった上り坂を50分間の快適なバスのドライブであった。7時に到着後に畳平の様子を探索、この時期お花畑は花なしで木道は通行止め、環境レンジャーからライチョウの場所と情報を聞き出すと、今日は晴天により大黒岳のライチョウは出てこないと告げられる。ライチョウは霧や曇天が好みのようだ。半ば気落ちしながらそれでも大黒岳を目指して歩きだす。普通は長野県と岐阜県の県境のバス停から20分で登れるが、この日は大黒岳の縦走を目指す。鶴ヶ池を右に白雲荘を左に
見ながら大黒岳と魔王岳の中間の乗鞍スカイラインを下り、濃尾バスの大黒岳登山口(畳平行降車専用バス停)から大黒岳山頂2772mを目指して登り始めた。大黒岳登山口まで歩きながらのホシガラスの撮影となった。

撮影日9月20日

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魔王岳山麓に広がるハイマツ帯を松の実を咥えて飛ぶホシガラス

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道路下で採食しているホシガラスを見つける

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ハイマツ帯にとまるホシガラス

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マツボックリを見つけて喜びの羽ばたき

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マツボックリを咥える

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マツの実を咥えての飛び出し

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ホシガラスの飛翔

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大黒岳麓のホシガラス

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採食中に周囲を様子見

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旨そうに!

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クチバシをトリムしてみました

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高山植物の中で

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飛び出し

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飛翔の後姿

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ハイマツの実の中

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飛び上がって松の実の採餌

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松の実を見つける

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エサを咥えての飛翔

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飛翔二枚目

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ホシガラスとハイマツの実を正面撮り

2019年9月22日 (日)

白樺峠のタカの渡り・その2

 今年で15年目になる白樺峠のタカの渡り、9月17日の初日の現地天候は”霧のち曇りのち晴れ”でサシバ3羽ハチクマ41羽などその他のタカの渡りを含めて計50羽でした。翌日18日の天気予報は”曇りのち雨”の予報でタカ見の広場への山登りを中止、この日のタカの渡り速報値は合計5羽の記録でしたので中止は正解でした。この日は乗鞍高原で無料のせせらぎの湯(白骨温泉の白い温泉)などで疲れを癒し、撮影した写真を編集してブログを作成などで過ごしました。
今回のレンズはタムロンの150~600mm”安価で軽量小型”略して阿寒湖、アンカ・ケイリョウコガタ、略して”アカンコ” 単眼の640の大砲と比較して安価・軽量・小型で山登りには楽でしたが最大の欠点は、F6・3と暗く、フォーカスが遅く甘いのが最大の欠点でした。15年目の経験でカバー出来るものではなく、写真の編集で昔の写真と比較すると一目瞭然でした。
昨年のタカの渡りのピーク日は晴れの4138羽の9月19日でしたが今年の9月19日の天候は””霧のち曇りのち快晴”サシバ424、ハチクマ569、その他のタカを含めて計1031羽で昨年のピーク時の約1/4でした。年々サシバの渡りが早くなっているようです。これでも程度の良いピンアマのハチクマを4倍~16倍にトリムして貼りました。
撮影日9月19日
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2019年9月18日 (水)

白樺峠のタカの渡り

 久し振りの白樺峠のタカの渡りです。15年目の白樺峠ですが三脚とレンズを加齢により小型軽量にしても山登りはきつくなり、5分も登るとカレーツーです。カレー二杯を食べたわけではなく、両足のふくらはぎが加齢痛です。案内板にはタカ見の広場まで20分とありますが坂の途中二ヶ所のベンチで休みながら30分掛けてようやく乗鞍岳眺望広場に着く、松本平も乗鞍も白い霧の中です。平日の朝7時~8時のタカ見の広場は約30人程度でした。午前中は霧と曇り空でシャッターは一度も切れず、午後から青空の中を飛ぶ比較的距離の近いハチクマとサシバを2,3羽撮影しましたがそれでも4~16倍のトリムをしてあります。

初めて現地タカ見の広場駐車場からのブログアップです。スマホの本体設定→通信の設定→テザリング→Wi-Fiテザリングオフ→オンにしてPCのインターネットがつながりなります。9月17日朝7時のタカ見の広場は白い霧が立ち込めその後は白い曇り空で青空が見えなく、午後から青空が時々見える晴れ間がでる、霧のち曇りのち晴れのお天気でした。今朝の速報値ではサシバ3羽、ハチクマ41羽その他のタカ6羽、合計50羽でした、前日の敬老の日は合計50羽と少ないタカの渡りが連続しました。明日の19日は晴れの予報で多数の渡りが見られそうです。

撮影日9月17日
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ハチクマ

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ノスリ

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市街地は松本平

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サシバ

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ハチクマ

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サシバ

車の中で急いで編集・処理しています。

 

2019年9月16日 (月)

日本100名36 丸岡城

 丸岡城は、天正4年(1576年)、柴田勝家の甥の勝豊が丸岡城を築き、城下町を整備したのが起源とされています。丸岡城は現存する12天守の一つで国の重要文化財です。外観は二層、内部は三層の望楼型天守閣で石垣は”野面積(のづらづみ)”という古い方式です。

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登城日7月15日
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天守入口への石段右脇に天守にあった石の鯱

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天守石垣の前に一筆啓上の碑がある

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天守入口、瓦は笏谷石を加工した石の瓦

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一階内部

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石造りの鬼瓦が見える

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天守天井の骨組み

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丸岡城の模型

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日本一短い手紙の碑
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一筆啓上賞と日本一短い手紙の館
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初代丸岡藩主 幼名仙千代の本多成重の見送りを受けて退城

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越前 丸岡城

 

 

2019年9月14日 (土)

日本100名城34 七尾城

 新潟県上越市の上杉謙信の居城、全山要塞化された山城の春日山城から謙信が攻め立てて落城させ能登畠山氏を滅亡させた、巨大な山城の石川県七尾市の日本100名城34 七尾城を謙信の気持ちになって攻め上がった。
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石垣・土塁・空堀の山城の標高300mの本丸跡を目指す

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森の中を登る

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森の中に野面積の石垣が数段重なり高石垣のように威容に構える

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七尾城跡の森の中を攻め上る

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山の中で三段の石垣に圧倒される

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ごつごつ積まれた石垣もある

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本丸を目指して登る

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山の中に桜馬場跡

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屋敷と曲輪の跡が方々にある

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石垣の積み方で築城の変遷が見える

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右は本丸へ登る道、堅固に積まれた本丸の数段の石垣

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本丸跡にはCGで描かれた本丸のみ

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標高300頂上の本丸跡に建つ七尾城址碑

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七尾城跡から七尾湾の遠景、天正五年(1577)能登畠山氏は上杉謙信に攻められ七尾城落城、謙信が愛でた七尾湾の眺望で謙信の気持ちになる

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城下と七尾湾

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登城してきた山道を下山して七尾城攻略を完

 

 

2019年9月13日 (金)

日本100名城32 春日山城

 新潟県上越市の日本100名城32 全山要塞化された上杉謙信居城の春日山城は頂上の本丸まで多数の土塁や空堀の曲輪のある山道を登る難攻不落の山城であった。
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スタンプが枠からはみ出すOBとなった最初から不吉の予感
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スタンプを捺した「春日山城址ものがたり館」
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春日山城址ものがたり館の周囲は柵・壕・土塁などが再現されている

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本丸は標高180mの山の上、麓まで連続する空堀と土塁と屋敷などで総延長1.2kmに及ぶ巨大な総構の春日山城址が展開する

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山の中腹から上杉謙信が春日山城下を臨む

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上杉謙信公銅像
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春日山城址には現代のボランティア武士が迎えてくれる

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こちらは旗じるしから上杉謙信かな?

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上杉謙信を祀る春日山神社

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本丸まで山道をハイキングする活力がなくここから頂上を眺めて下山する。この日の春日山城の攻略は失敗した。

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駐車場で見かけた上越市の公用車?

2019年9月12日 (木)

日本100名城31 新発田城

 東北六県の日本100名城の次の目的地は7月14日冬の白鳥の飛来地、新潟県阿賀野市水原の瓢湖の水鳥(バンの親子、7月22日掲載のブログ”次はバン親子の番です!”)を撮影後に7月15日新潟県新発田市の新発田城に登城しました。

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三階櫓をデザインしたスタンプは綺麗に捺印出来ました!

 

 

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本丸表門(二階建ての櫓門) 雨上がり9時開門前の表門

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旧二ノ丸隅櫓
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表門の右隅の辰巳櫓

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辰巳櫓の内部

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辰巳櫓の上棟記念

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辰巳櫓の二階から自衛隊敷地内の三階櫓

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再建三階櫓 自衛隊の敷地内なので見学は出来ない

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再建三階櫓の三つの鯱が珍しい
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櫓は再建三階櫓、新発田城の実際上の天守だった
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赤穂義士 堀部安兵衛の像

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安兵衛の誕生地、父は新発田藩士であった。

 

2019年9月11日 (水)

日本100名城11 二本松城

 福島県二本松市の日本100名城11 二本松城は7月13日が東北6県日本100名城登城旅の最後となった。
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二本松城天守台石垣

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復元された箕輪門前の千人溜の二本松少年隊の像

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慶応4年7月29日(1868年9月15日)、戊辰戦争において、二本松城が落城しました。奥羽越列藩同盟の一翼を担い、郷土を守るために幼い少年たちまでもが果敢に戦ったことで知られます。二本松藩の二本松少年隊は、会津藩の白虎隊よりもさらに年少で、13歳の子供まで入っていたといいます。(WEB歴史街道より)

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白虎隊よりも悲劇の二本松少年隊

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復元された多門櫓・二階櫓(右)と箕輪門

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箕輪門の赤松

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天守台の石垣

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天守台の石垣

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天守台の石垣

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天守台への石段

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戊辰戦争で二本松城落城時に自刃した城代 丹羽和衛門と勘定奉行 安部井又乃丞二人の碑

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天守台

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天守台東櫓台

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天守台を降りた処に枡形虎口

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復元された二本松城址(撮影日2019年7月13日)

2019年9月10日 (火)

日本100名城7 多賀城

 宮城県多賀城市の多賀城は東北に築かれた律令国家の要の城。主な遺構は政庁地区建物跡、官衙(かんが)ブロック建物跡、門跡、築地塀跡。遺跡見学中に地元のボランティアガイドさんから声を掛けられ、ここで一番人気の「いしぶみ(多賀城碑)」を見たかと聞かれ、有難い事に多賀城碑覆屋まで案内されて説明を聞きました。奈良・平安時代の歴史の勉強になりました。いまだに生涯学習のつもりです。

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写真は基壇が復元された政庁正殿跡

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特別史跡多賀城跡附寺跡 多賀城市教育委員会資料より
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いしぶみ(石碑)の碑文にある ”京を去る一千五百里” 興味をそそる歴史見て歩きのフレーズの案内板

 

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政庁東御殿跡

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一段高く基壇が目立つ遺跡 政庁正殿跡

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復元想像図と政庁正殿跡

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平安時代の小石を敷き詰めた幅16mの道路

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重要文化財 多賀城碑(壺碑:つぼのいしぶみ)

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多賀城碑覆屋の脇にある解説

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江戸時代まで倒されて土中に埋没されていたので風化を免れていたようです。

2019年9月 9日 (月)

日本100名城10 山形城

 山形県山形市の山形城は最上義光が整備した輪郭式巨城、主な遺構は本丸、二の丸、石垣、堀、土塁などがあるとスタンプ帳に概要があるが今回が初登城となる。
山形県にはこの他に現役時代からなじみのある鶴岡市の鶴岡公園がある、ここは日本さくら名所100選に選ばれている、公園内に鶴ヶ岡城址がある。江戸時代は庄内藩の藩庁となった城で、直江兼続、最上義光、酒井忠勝といった名だたる武将とかかわりがあり、日本200名城に相当する「続日本100名城」に登録されています。
7月12日は秋田県秋田市の久保田城に続いて山形市の山形城へ初登城しました。

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スタンプ押印の見栄えがイマイチであった。

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石垣と土塁の大きな山形城址、空堀の底に崩れた石垣

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復元された本丸一文字門(土塁の左手より)

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本丸一文字紋(土塁の右手より)

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大手橋正面の本丸一文字門

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最上義光(もがみよしあき)出撃の騎馬像

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最上義光騎馬像脇の石碑

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大手橋と二ノ丸東大手門の全体

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櫓門・櫓門の冠木は台湾からの調達、広場は枡形

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高麗門の右白壁の建物は北櫓
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大手橋の左・石垣と土塁の上に続櫓、奥に櫓門の屋根
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大手橋の手前の土塁の下を走る山形新幹線

 

 

 

2019年9月 7日 (土)

日本100名城9 久保田城

 日本100名城9 久保田城、佐竹氏が誇りをかけた土造りの城、関ヶ原の戦い後に徳川家康ににらまれて常陸水戸から出羽秋田に転封させられた大大名であった。十二湖でアカショウビンを撮影していた7月12日は朝からの雨天であったので日本100名城巡りに変更して秋田県唯一の日本100名城の久保田城跡と佐竹資料館の見学をした。

 

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復元された本丸正門 表門(一ノ門)

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内側から見た表門

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最後の藩主 佐竹義堯(よしたか)公 銅像

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御隅櫓 久保田城には天守閣は造られなかった

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遠景の御隅櫓(久保田城パンフレットより)市制百周年記念に建てられたコンクリート造り三重四階櫓、本来は二重櫓であった

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御物頭御番所 物頭:足軽の組頭(久保田城内に唯一残っている藩政時代の建物)

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初代藩主佐竹義宜所用 人色皮仏胴黒糸威具足(佐竹資料館蔵)

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初代藩主佐竹義宣公の兜・鎧・来歴  佐竹資料館蔵

2019年9月 5日 (木)

日本百名城5 根城

 青森県の100名城の一つは桜で有名な江戸時代以前から現存する12城の一つ弘前城は昨年のお盆休み三内丸山遺跡の旅でスタンプ済、青森県の日本百名城は二ヶ所あり、二城目は日本百名城五番目の八戸市の根城、戦国末期の姿が復元作業で蘇った南部氏の城を北海道旅行の帰りにの7月10日に北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅から八戸市にむかった。

日本100名城の根城は甲斐から陸奥に移り住んだ八戸南部氏が南北朝時代から戦国末期まで本拠とした城である。当時の建造物は何もないが安土桃山時代からの山城の遺構を残す城跡である。観光ボランティアガイドの説明では過去二度の戦いで負けたことがないと自慢気に話していた。八戸市博物館受付で日本100名城のスタンプを押印する。
撮影日2019年7月10日

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八戸市資料”史跡根城の広場”より抜粋

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八戸市博物館
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八戸博物館前の南部師行(もろゆき)公の騎馬像
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根城南部氏(後に遠野南部氏)は甲斐南部氏の流れ
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南部氏の家紋は武田菱紋→向鶴紋、南部氏の支配圏
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復元された南部氏の居城「根城」本丸跡の復元の主殿と復元模型(八戸市資料より)
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空から見た史跡根城本丸跡
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「日本100名城に行こう」より抜粋 根城の見どころ

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復元された東門

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復元された厩

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復元・主殿・広間(正月十一日の儀式の様子)人形
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復元した根城広場の模型 現存する遺構は一つもない根城跡であった

観光ボランティアガイドの説明を聞きながらの見学はいつものマイペースでの撮影が出来なかったと反省しています。

 

 

 

2019年9月 4日 (水)

宮古島の特有の野鳥

 宮古島の懐かしい特有の鳥々、リュウキュウ冠名称のとりどり、色と大きさとりどり、懐かしい思い出のとりどり などなど。

撮影日2008年7月7日~10日

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リュウキュウアカショウビン

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リュウキュウサンコウチョウ

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リュウキュウサンコウチョウ

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リュウキュウコノハズク

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リュウキュウヒヨドリ 亜種ヒヨドリに比べ体下面全体が褐色

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リュウキュウメジロ 亜種メジロと違い脇腹に褐色味がなく汚白色をしている

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オオクイナ

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オオクイナ

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オオクイナ若鳥三羽

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オオクイナ親子

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キンバト成鳥

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キンバト若鳥

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カラスバト

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來間島のミフウズラ♂

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來間島の🌻畑 トンボとスズメ

2019年9月 3日 (火)

來間島の畑の野鳥

 十年一昔と言いますが11年前のその昔、野鳥撮影デビューして4年目の意気盛んな時期の七夕の日に、いつものように単独で宮古島に遠征しました。宿は宮古島空港から車で來間大橋を渡って約20分の小さな來間島のペンションに三泊四日の滞在をしました。ここから毎日早朝からペンションを出て宮古島のポイントに向かう途中、來間島の畑を通過する時にミフウズラやクイナの類(たぐい)が畑から出てきて農道で採餌するのを目にしました。最終日の10日はこの農道に出る普通種の野鳥の後を追いながら手持ちで撮影したピンアマの証拠写真とヒマワリ畑やサツマイモ畑などの写真が外付けHDD(ハードデスク)の中にありました。
撮影日7月10日
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來間島のペンションから來間大橋に向かう農道を走る車の前方にシロハラクイナなどクイナの類(たぐい)やミフウズラなどが畑の中から出てきて農道を採餌の散歩

 

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農道を闊歩するシロハラクイナ

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クイナの若なのか腹にクイナの白と黒の縞模様がなく白い???

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???

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ミフウズラの番、右の頭が黒い方が♂、左が♀

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ミフウズラ雄 L14cm

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ミフウズラは農作物の根元に枯草を集めた簡単な巣を作ると言われる

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さつま芋畑のミフウズラの卵?抱卵は♂が行うと言われるが撮影中に親鳥は見られなかった

 

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リュウキュウヒクイナ

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向日葵畑の中に雑草のコウリャン?実を採餌する雀

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ヒマワリ畑の雀

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耕運機の後を追い掛けるアマサギ

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 畑のアマサギ

 

2019年9月 2日 (月)

宮古島のアカショウビン

 8月31日(土)の家族の好きな番組の一つである7chテレビ東京の”出川哲朗の充電させてもらえませんか?”サブタイトル「今大ブームの宮古島110キロSP!」ゲスト・ライダーは”こじるり”こと小島瑠璃子と電動バイクで宮古島一周のTV番組を懐かしく見てしまった。
その昔2008年7月7日~10日までの四泊五日で宮古島へ単独でアカショウビンなどを撮影したことを思い出し、HDDの記録を探して水辺のリュウキュウアカショウビンを見つけた。

撮影日2008年7月9日
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上面は本州のアカショウビンよりも光沢のある赤紫色をしている

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クチバシも本州のアカショウビンよりも太く大きい気がする

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背・肩羽・雨覆は青紫色の光沢がある

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光沢のある尾羽に腰の水色が本州のアカショウビンよりも鮮やかに光る

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水場の倒木の上

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水場に飛び出し

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水場からの着木直前

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この池は人工池、水量が少なくなると水槽を積んだ軽トラが池に水をいれる

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水場の木の枝で羽繕い

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鳴いた!

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と思ったら苦しそうにペリットの吐き出し?

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スッキリした顔、赤紫&青紫色のリュウキュウアカショウビン

11年目の宮古島のリュウキュウアカショウビンでした。

2019年9月 1日 (日)

四年連続北海道道の駅完全制覇

 2019年北海道の道の駅スタンプラリー全124駅を完全制覇した認定書が8月31日に送られてきました。これで2016年から4年連続の完全制覇を達成しました
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124駅のうち「フォーレスト276大滝」は改修休業中、今年5月1日に新規開業した「北オホーツクはまとんべつ」はカウントされません(6月15日にスタンプしました)ので今年は122駅以上のスタンプで認定されます。
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5月1日に新規開業した浜頓別町の道の駅「北オホーツクはまとんべつ」

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今年は7月9日に函館からフェリーで青森へ渡るため昨年開業した函館の最寄りの道の駅なないろ・ななえ駅でスタンプラリー完全制覇の確認印を受けました。

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2019年のステッカーです

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今年使用したのスタンプ帳の表紙です

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今年使用したドライブマップの表紙です

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四年間全駅完全制覇のステッカーをリアウインドウの左側に貼ってあります。これが小生の男の勲章です。

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