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昨年の今頃のフォト撮影では、幌戸沼のタンチョウ親子はかなり遠くの対岸に居てもこちら側が姿を見せると即座に草むらに雛を連れて隠れてしまう。かなり遠くからでも親子の撮影は難しくフォト記録がありません。
釧路市から根室市を結ぶ根釧国道の国道44号沿い、風連湖前のレイクサンセットのタンチョウ親子は人馴れしているせいか大勢のCMが傍に来ても雛の給餌に勤しみ、風連湖の動植物の採餌やレイクサンセットの餌付け場所の採餌をする程人間に慣れているので写真撮影の優しい四羽のタンチョウ親子であった。
撮影日2019年5月17日~20日
この撮影の数日後にお兄ちゃんが岩場で足を挟み二度と四羽の親子の姿が見られなくなったと鳥友から連絡を受けた自然界の厳しい記憶も蘇りました。風連湖を泳ぐ姿は遠かったが親の背中・給餌・採餌・名物の夕日の中・兄弟一緒などの様子がこんなにも近くで撮れたタンチョウ雛の兄弟でした。
4月17日から苫小牧・北大研究林での野鳥撮影から最終日の4月23日浦臼神社のカタクリとエゾリスの撮影後、浦臼神社の崖下にある道の駅「つるぬま」に寄り、その後にかってはふくろう街道メッカの三笠市の市知来神社を参拝後にエゾフクロウ営巣木の現状を確認。その後は国道12号線を札幌市方面に上る岩見沢みなみ公園の生態保存D51 47号とC57 144の2両ともまだブルーシートが被ったままを確認、後に昨年新設された安平町の道の駅「あびらD51ステーション」のSL D51320号機と特急おおぞらの現状を確認してから、隣町の厚真町の厚真神社のエゾフクロウの様子を見に立ち寄り、道の駅ウトナイ湖から苫小牧フェリーターミナルで18:45発の夕方便の乗船手続きを済ます。
このように北海道最終日の4月23日は浦臼神社で早朝5:30からのカタクリとエゾリスを7:30まで撮影してからその後に浦臼町・三笠市・岩見沢市・安平町・厚真町・苫小牧市と夕方便に乗船するまでの慌ただしい日であった。
ノートPCの故障はモバイルPCでブログが書けなくなったのは今になって「新しい生活様式を始めなさい」との予知であったような気がする。
最終日の4月23日、ピンク色マークの地名と道の駅は、浦臼町朝5:30~苫小牧市17:30の活動・移動した撮影地
4月23日 浦臼神社AM5:30頃は小雨降る朝だった
AM5:50頃は小雨から霰が落ちる寒い朝に変わる
AM6:17頃この場所の世話人が釣り竿の先にエゾリスの餌を入れてカタクリを踏まないように餌場に撒く
これを待っていたかのように直後にエゾリスが3匹現れて6:45頃には森の中に消えたので7時過ぎに撮影終了、前日は11時~16時までエゾリスは来なかった。噂通り朝しかエゾリスは見えないようだ。
浦臼神社隣のいこいの森公園駐車場から見える山々には雪が残る
AM10頃 三笠市の市来知神社参拝
人影の見えないかっての人気エゾフクロウ撮影地に残る注意書
4月23日AM10:30 まだブルーシート保存中でした
岩見沢みなみ公園のC57 144号機とD51 47号機の冬支度
2016年10月9日ブログ・岩見沢みなみ公園のD51 47号ナメクジ
2016年10月8日のブログ、C57 144号 シゴナナ 貴婦人
AM11:30頃 道の駅あびらD51ステーションの屋外展示キハ183系特急おおぞら
D51 320号機の格納庫内は閉館中で外での展示も中断中です
鉄道資料館は閉館中によりSL D51 320は近くで見れません、屋外展示も中断中
特急おおぞら キハ183系の内部見学も中断中でした
PM12:15頃厚真町の厚真神社、エゾフクロウは見られず
厚真神社のお土産は厚真神社の御守りと言われるフクロウの根付けのお守りと新型コロナ感染予防を謳っている200円の布製フクロウ絵柄のマスクです。
次回はこのマスクでフクロウを観察したいものです。
PM5:30頃 さんふらわあ ふらの に乗船、1階の乗用車甲板は5台のみ
客室は5階のコンフォート
4月15日大洗出港19:45、4月24日大洗入港14:00の船旅でした。
苫小牧市科学センターの屋外展示の蒸気機関車 C11 133号機と王子製紙苫小牧工場前の王子製紙が整備したアカシア公園内に展示されている軽便鉄道SLと貴賓車両の2両が展示されています。北大研究林で野鳥撮影の帰路に苫小牧市内のフォトトラベルでした。この二ヵ所はかって当ブログでも静態展示SLとしてご紹介済です。
撮影日4月17日
苫小牧市科学センターの屋外展示SL C11 133号機(たるまえ号)
日付の無いのはD810フルサイズの写真です
後方の館内に旧ソ連の宇宙船ステーション・ミールが展示されている
かっては機関室に入れたが現在は新型コロナウイルスで不可でした
蒸気機関車「C-11-133号」
昭和13年3月9日に川崎重工によって製造されました。長さ12.65m、高さ3.85m、幅3.0m、重量66.05トンです。運転距離は約1,736,000kmで、地球43周分に当たります。昭和50年5月に旧国鉄より永久貸与されました。(苫小牧市科学センターHPより)
アカシア公園の王子製紙軽便鉄道 ミニSL4号機
王子製紙苫小牧工場前に王子製紙が整備したアカシア公園内のかつてこの工場と支笏湖間を千歳発電所建設のために作られた山鉄と呼ばれた軽便鉄道です。
C11 133号機のたるまえ号と比べて物凄く小さく見えます
この貴賓車には昭和天皇が皇太子時代にもご乗車されたそうです
天気が良すぎて撮影が難しい日でした。
苫小牧は王子製紙の城下町、王子製紙の歴史がうかがえるミニ蒸気機関車と貴賓車の2両を展示する王子製紙の高層社宅が立ち並ぶ横のアカシア公園でした。
4月15日に大洗FT港を出発して16日午後1時半過ぎに苫小牧FT港に到着、17日から23日午前中まで北海道・苫小牧と浦臼に滞在した一週間。想定外の22日ノートPCが故障して使用不可となったので旅行を諦めて23日の夕方便で苫小牧FT港から乗船して、24日午後2時ごろに大洗FT港に帰港した十日間、残された人生の時間を記憶よりも記録の思い出となる一日二枚の写真に限定して記録したブログです。
4月15日大洗港の商船三井フェリーさんふらわあ ふらの 出港は19時45分、乗船手続き前に体温測定があります。
乗船開始は17時30分頃この日は駐車場にはかなりの乗用車が待機
16日午後12時30分頃の船上からの北海道の景色
4月16日14時に苫小牧港に入港
4月17日北大研究林のエゾリス
4月17日北大研究林のクマゲラ
4月18日 クマゲラ番の巣穴掘り
4月18日 シマリス
4月19日 巣穴掘りのクマゲラ♂
4月19日 クマゲラ巣穴掘り雌雄交替
4月20日 キバシリ
4月20日シマエナガの巣穴放棄
4月21日北大研究林・コンデジ撮影のヤマガラ
4月21日ハシブトガラ
撮影日4月22日浦臼神社 アトリ
撮影日4月22日 浦臼神社 シメ
撮影日4月23日早朝 浦臼神社のカタクリ・エゾエンゴサクとエゾリス
撮影日4月23日昼頃アカゲラ この日帰浜のためにフェリー予約する
撮影日4月23日苫小牧港の乗船した夕方便さんふらわあ ふらの、乗船手続き前に非接触型体温計で体温測定する37・5度以下は合格
撮影日4月23日さんふらわあ ふらの夕方便の乗用車5台のみで車両甲板はガラガラです、こんなに空いている乗用車の車両甲板は初見です。
撮影日4月24日PM2時 大洗港に入港・接岸中、普段は大勢の乗船客が船上に見えず。
売店・レストランのスタッフは暇そうでした。この日の乗客はガラガラでした、大洗港接岸中も乗客の姿は全く見えません。
ドライブマップの発売開始は4月25日でしたがフェリーの売店女性スタッフの好意で一日前に購入出来たお土産です。スタッフは乗客が16名だったので貴重な売り上げだと喜んでいました。気力・体力のある元気なうちに非常事態宣言の解消でこのマップが使用出来る機会(北海道道の駅スタンプ帳の発売などを含めて)が早く来る日を願っています。その前に新たに購入した使い難いLENVOのノートPC ideapad330(旧IBMの設計・技術:中国のメーカーLENVOに売却)の扱いに慣れることです。昨日からメールの送受信が出来なくなるトラブル中です。
2018年5月に北海道道の駅スタンプラリー中に千島桜の名所・清隆寺の開花情報を聞くために立ち寄ったJR根室駅前の観光インフォメーションセンターで日本100名城スタンプラリーを知りました。根室市内の千島桜を撮影の時でしたので最初のスタンプはNo.1の「根室半島シャシ跡群」でしたがスタンプ捺印を最初に失敗しました。北海道には日本100名城のNo.1~3までの三ヵ所があります。
日本100名城の公式スタンプ帳の使用開始は2018年5月より、No.1根室半島チャシ跡群の温根元を訪問したのはこれより2年前の2016年5月15日のキョウジョウシギの撮影でした。桜の名所のNo2.五稜郭 と No.3松前城の写真は趣味のサクラ開花時期の撮影です。
三ヵ所とも日本100名城のスタンプを開始したのは2018年5月
公式スタンプ帳「日本100名城に行こう」より転載
撮影日2016年5月15日 オンネモトシャシ跡にて撮影。左上隅に見える野鳥観察小屋と根室半島チャシ跡群の説明板
野鳥観察小屋の内部の写真、チシマシギとキアシシギはいませんでした
野草の中にポツンと標識柱が立っていました
これが遺構なのか?盛土や掘のような凸凹した海岸に面した丘の上です
盛土のような先に見えるのは温根元の漁港のようです
断崖の真下は温根元の漁港でした。シャシは砦や柵囲いを意味するアイヌ語である。丘陵や海岸に面した断崖上に自然地形を生かして掘、土塁、盛土で形成された単純構造のものが多い。(日本100名城の説明を抜粋)
撮影日2018年4月30日
2018年4月30日、五稜郭の満開のソメイヨシノと五稜郭タワー
五稜郭 函館奉行所と桜
2016年4月26日鯉のぼりと五稜郭タワー
2016年4月26日撮影 五稜郭の星型に開くソメイヨシノ
日本最後の天守の松前城
松前公園マップ
2018年4月30日撮影、 北海道最南端の松前町、海岸線を走る国道228号線の海側にある道の駅「北前船松前」より撮影したが靄なのか霞なのか薄ぼんやりした日本最後の日本式城郭の松前城(正式名は福山城)
2016年4月27日撮影
2018年4月30日、搦手二ノ門よりの松前城
2018年4月30日北海道のソメイヨシノ北海道上陸開花標準木
撮影日2016年4月27日
2016年4月27日撮影 本丸御門
2016年4月27日撮影 本丸表御殿玄関
2018年4月28日撮影 松前城と夜桜ライトアップ
最後の征夷大将軍・徳川幕府最後の第十五代徳川慶喜も学んだ弘道館より水戸学の道をフォト散歩した。
徳川慶喜の実父は徳川御三家のひとつ常陸水戸藩第九代藩主徳川斉昭(なりあき)である。慶喜は斉昭の七男で幼名は七郎麿、2歳~11歳まで9年間水戸で学び11歳の時に徳川御三卿のひとつ一橋家に養子に入り、徳川慶喜と名を賜り幕末に徳川幕府最後の15代将軍推挙された。
今日は昨日の続き「水戸学の道」フォト散歩である。
撮影日4月15日
大手門前の大手門橋の袂の徳川斉昭公像(第十五代将軍 徳川慶喜の実父)この像の前からフォト散歩が始まる
弘道館は新型コロナウイルス対応で閉館中
水戸市観光HPより水戸学の道の案内、昨日は主に1.光圀ルートであったが今日は主に2.斉昭や3.慶喜ルートのフォト散歩
散策ルート
水戸の誇る歴史や文化、水戸藩が育んだ魁の精神などに触れ、親しんでいただくとともに、歴史的景観を楽しみながら回遊していただく散策ルートを設定しました。
1 光圀(義公)ルート:義公生誕の地、大日本史編纂の地である水戸彰考館跡や二の丸展示館、弘道館等を散策するルート(約2km、約1時間)
2 斉昭(烈公)ルート:弘道館を中心に、孔子廟や八卦堂、弘道館鹿島神社、水戸東照宮等を散策するルート(約2.5km、約1時間30分)
3 慶喜(将軍)ルート:義公生誕の地から二の丸、弘道館を経て水戸東武館や空堀・土塁等を散策するルート(約3.3km、約2時間)
斉昭ルートの始めは弘道館脇の梅林の散歩道を往く
始めは孔子廟
弘道館全体が閉館中で中に入れず
弘道館に学ぶ人に時を告げる鐘
孔子廟は見られず、学生警鐘付近で初めて散歩の母娘を見つける程人通りは殆どないようです
復元された北柵御門
北柵御門から見えた水道局の建物
三の丸緑地公園の入り口
水戸東武館の正門
水道局の建物と水戸東武館
茨城県三の丸庁舎
三の丸庁舎前の空堀(三の丸跡の空堀の遺構)
三の丸庁舎前の遺構(三の丸跡の空堀、御三家でありながら水戸城は石垣のない高い土塁と深い空堀の土づくりの城であった)
車を停めた弘道館の駐車場に戻り水戸学の道フォト散歩を無事終える
昨日の4月14日に39県の緊急事態宣言が解除された。北海道、東京、神奈川、埼玉、千葉、京都、大阪、兵庫の8都道府県への宣言は維持した。緊急事態宣言は4月7日に7都道府県へ発令し、16日に全国へ広げた。発令後に解除するのは初めて。首相は39県の解除理由について「徹底的なクラスター対策を講じることで感染拡大を防止できるレベルまで抑え込めたと判断した」と述べた。「医療提供体制も改善し、検査システムも十分に機能している」と語った。
「感染者は毎日100人を下回る水準で推移している。1カ月で7分の1以下に改善した。国民一人一人の行動の結果だ。改めて感謝する」と話した。特定警戒地域の8都道府県は来週の4月21日の再判断での全解除を期待したい。
緊急事態宣言を全国に広めた4月16日の前日の4月15日に横浜を出発して最初の訪問地は「国立ひたち海浜公園」の見頃を迎えたネモフイラの青い花であったが現地に着いてから閉鎖中を知った。それではと昨年と同様に大洗町から隣の水戸市の徳川御三家の日本100名城水戸城址に向かった。特に今年は昨年復元された大手門と水戸城址の主な遺構「橋詰門(薬医門)・切通し・空堀」などをフォト散歩した。
公式スタンプ帳「日本100名城に行こう」のNo.14水戸城より転載
昨年4月16日撮影・訪問時は大手門の復元工事中であった。
2019年に復元工事が竣工された大手門は道路の補修工事中
大手門橋の右脇下の階段途中から覗くように大手門を撮る
徳川斉昭公像と大手門橋左よりの復元された大手門を撮影
大手門の次の復元工事、水戸城二の丸角楼復元及び土塁整備工事
復元された大手門の内側、左隅は次の復元工事
大手門内側左上は土塁の整備と塀の復元工事
大日本史編纂の地記念碑
大日本史を編纂の地とされた旧水戸彰考館跡
二の丸展示館
二の丸展示館前の通りは奥まで人影なし
水戸城三階楼跡地(水戸城天守閣と代わりとみなされた)
(1)散策ルート
水戸の誇る歴史や文化、水戸藩が育んだ魁の精神などに触れ、親しんでいただくとともに、歴史的景観を楽しみながら回遊していただく散策ルートを設定しました。
1 光圀(義公)ルート:義公生誕の地、大日本史編纂の地である水戸彰考館跡や二の丸展示館、弘道館等を散策するルート(約2km、約1時間)
奥に見えるのは杉山門
杉山門
棚町坂下門
柵町坂下門の徳川頼房公像 初代水戸藩主
この本城橋を渡ると唯一の遺構建造物の橋詰門(薬医門)がある
二の丸と本丸の間に大堀切、現在は水郡線が走る深い空堀
本丸跡に移築された橋詰門がある
本丸跡の県立水戸第一高等学校内に移築された橋詰門(薬医門)の外側
約医門の内側
弘道館はコロナで休館中であった、駐車場に3台のみで復元された大手門の見学者
次回に続く
薄紫のカタクリの花と青いエゾエンゴサクの花が咲き乱れる境内のある場所に、早朝にエゾリスの餌に撒かれた松の実とヒマワリの種を、昼過ぎに食べ残したおこぼれをご相伴にあずかる小鳥さんです。
撮影日4月22日
カタクリの花にピント、ボケているのはシジュウカラ
半身を覗かせるシジュウカラにやっとピント
近くの木にやって来たヤマガラ、木の襞に松の実の空の殻が見える
餌場へ一直線に飛び出し
ハシブトガラ
アトリ♂
ヒマワリの種を咥えるアトリ♂
シジュウカラ
アトリ♀とシジュウカラのすれ違い
シメとアトリのお尻合い
シメとアトリの睨み合い
おしめいはシメ
エゾリスの餌に撒いたおこぼれをご相伴にあずかる小鳥さんでした。
カタクリの花は下向きに花弁を開くので花の中心にあるメシベとオシベの花芯を撮ることは稀であると同時に難しいようである。カタクリの「花芯(かしん)」を撮るためにカタクリの花のすぐ脇で腹ばいになって一眼レフの底にあたる部分を地面に付けて撮るCMもいるほど、ひたむきに下向きに開く薄紫色のカタクリの花芯撮影は難しい花です。
花芯に関するWebを散見すると中国語で花芯は「子宮」と言われる。小説家で尼僧の瀬戸内寂聴氏が1957年に新進作家の当時、瀬戸内晴美として発表した「花芯」は批評家から「子宮作家」「エロ作家」などとと批判されそれから5年間、文壇的沈黙を余儀なくされるきっかけとなった伝説的な作品と言われる。「花芯」は2016年に村川絵梨の主演で映画化されている。
本格的にカタクリの花芯を撮る訳でもなく、遊び心でコンデジのマクロ写真を過信して撮影したカタクリの雌しべ雄しべの花芯です。
撮影日4月22日13時~14時頃
朝はつぼんでいた花弁が昼過ぎには開いていた朝の霙が雨になり朝露として葉や花弁に残るカタクリの花コンデジ撮影
横からのコンデジ撮影
昼間は開いているが夜は雌しべ雄しべの保護に花弁がつぼむ
コンデジを地面につけ近づいたが手振れでピントが甘かった
二つのカタクリが重なった?
メシベとオシベが撮れた
片手間に境内をコンデジで撮り歩いたカタクリでした
北大研究林車両進入禁止の遊歩道は地元の人の朝の散歩道です。クマゲラを撮影した4月中・下旬当時は散歩する地元の人はここでは殆どの方が何故か?マスクなしでの散歩をしていました。遊歩道の入り口や所々の張り紙には「野生動物へのエサやりはご遠慮ください」の遠慮がちの呼びかけがありますが、クマゲラ撮影中に時々見かけるのは散歩するおばちゃんがヒマワリの種をエゾリスに与える姿でした。孫連れでエサやりを楽しみに散歩する👵の姿もありました。
撮影日4月17~22日
駐車場前の車両進入禁止とエサやりの注意書
4月19日に撮影した遊歩道入口の張り紙
池の水芭蕉は終焉の時期を迎えていました
遊歩道を散歩するとエゾリスが近寄ってくる、普段散歩する人からエサを貰っている習慣があるらしい
コンデジの望遠で撮影したクマゲラ♂
コンデジ撮影のクマゲラの巣穴掘り
クマゲラ撮影中にカメラの近くに寄ってきた餌を催促に来たヤマガラ、ない袖は振れません!
エサを持っていなくてもハシブトガラが一番多く近くまで寄ってきます、撮影中のカメラやレンズの上まで来ますので人からエサを貰っているのが常習になっているようです
同じようにゴジュウカラも近くにきます
ハシブトガラ
遊歩道脇の倒木に座っていると近くに寄って来た小鳥のコンデジの撮影版です
一部の県では自粛解除が出たがまだ出口の見えない新型コロナウイルス特別警戒のステイ・ホームで家で暇を持て余して過ごしているが二週間前に断念した5年連続北海道道の駅全制覇の夢の旅。PCの故障とコロナ戦争に敗れて苫小牧FT港より夕方便で帰浜した日の早朝に、浦臼神社でエゾリスを撮影中に管理人が餌に撒いた「松の実」を失敬して境内の樹木にとまり採食するアカゲラ♀をとらえました。
この「松の実」をネットで検索すると興味深い記事がありました。それらを拾い読みすると、曰く古来より仙人の食べ物として親しまれた松の実。五葉松の一種で大きな松笠をつける松の種子、茶色い殻の中は白い粒、それが松の実です。脂肪、ミネラル、ビタミンなどの栄養の豊富さと高エネルギー食品であることから滋養強壮が期待され食物繊維が豊富です。漢方薬としては体を温める性質があり、気を補い、肌を潤し、咳を鎮め、内臓機能を調節し、脳を活性化するとしている。このため、高齢者や虚弱体質の人に薬膳として食べることを勧める場合がある等など・・
撮影日4月23日AM6:42~44分
カタクリとエゾエンゴサクの境内の杜に飛んできたアカゲラ♀
樹皮の裂け目に埋め込んだ「松の実」の茶色い空の殻が沢山見える
アカゲラがここえ運んで埋め込んだのか?それともエゾリスが貯食のために隠したのか?見られた松の実の殻は全て割られて中味の白い松の実は見えない!!
松の実をアカゲラは二分間採餌していたがこんな多くの松の実は食べていない!
松の実を咥えるアカゲラ、ここから一気に木に運ぶ
ヒマワリの種は拾わない、松の実のみ
花園の中では採餌しません、キツツキは殻をツツイテ割ります
近くの古木の苔の生えた根元に飛んでいきます
空の殻が見えます
松の実(殻)を挟む樹皮の隙間を探しているのでしょうか?
それとも松の実を貯食する場所探し?
エゾリスの餌にカタクリとエゾエンゴサクの花園に撒いた松の実を失敬して採餌するアカゲラでした、🌻のタネには見向くもしません、キツツキには不向きのようです。
二週間前の赤紫色に咲くカタクリと青い花のエゾエンゴサクの群生地、毎年訪れる浦臼神社です。花とエゾリスを撮りに来ましたが到着したのが11時頃でしたので、現場に残っていた方にエゾリスは早朝しか出ないと言われたが午後4時まで待機したがやはり、エゾリスは見られなかった。この日は花園に舞い降りる野鳥に遊んでもらった。
撮影日4月22日
境内の林にアトリ♀が気になる
木の根元の苔にピント、動くアトリにこけにされた
アトリ♀がエゾリスが残した🌻の種を見つけたようです
オリジナルの大きさです(アトリ♀)
♀のトリムです
アトリ♂が🌻のタネを咥えています
カタクリの中で嘴から🌻の殻をポトリと落とす、アトリ♂
アトリ♀オリジナル
アトリ♀トリム
🌻のタネを咥える♀
アトリ♀ 正面顔
アトリ♂
アトリ♀
アトリ♂
カタクリとエゾエンゴサクの花が咲き誇る群生地の花鶏でした。
今年も可愛い人気のシマエナガの営巣場所が見つかったと喜んだのも束の間であったが一夜にしてぬか喜びに変わった。真新しい巣がカラスの攻撃を受けてシマエナガが巣を放棄してしまったのである。直接見たわけではないが地元の人の話ではシマエナガの雌雄が新居を巣作り中にカラスに悪戯されたらしいとの情報でした。写真の主役はシマエナガよりゴジュウカラになりました。
曇天や早朝の暗い写真を新PCの内蔵ソフトで補正を試用してみました。
撮影日4月20日~22日
4月20日前日まではクマゲラを撮影していましたがこの日の朝8時より巣作り中のシマエナガの営巣木に移動した直後にシマエナガが巣にやってきました
新PCで初めてのトリミングしたら枝が被っていました
暗い写真の補正とトリミングをしました
更に大きくトリミング
これが巣に来た最後の写真、巣穴放棄のシマエナガです
巣穴の木の枝が最後です
おや?何かな シマエナガの放棄してから1時間後にゴジュウカラ
巣穴の様子を検分しています
ゴジュウカラと巣穴の穴をトリミング
巣穴の中を覗くゴジュウカラのトリミング
オリジナルの大きさ
シマエナガが放棄した巣穴の上のゴジュウカラ
オリジナルの写真を縦にカット
新PCの写真補正・トリミングなどの練習をしました
放棄の巣穴
4月21日AM7時 白い産毛がのぞいていますが中は留守のようです
4月21日AM9時 巣の撮影角度を変える
白いうぶ毛のようなものが見える
4月22日AM5時40分
4月22日AM7:06 撮影の三日間放置されたシマエナガの巣
4月20日AM8時~11時30分、この日シマエナガが放棄した日
4月21日AM7時~11時、シマエナガ待ち4時間も空振りした日
4月22日AM5時30分~7:06まで三日間10時間の観察でした。今年初の諦めの悪い爺さんになりました。これを最後に苫小牧から浦臼神社へ移動しました。
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