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2020年10月14日 (水)

日本100名城58明石城

 大坂夏の陣で豊臣氏が滅び四年後に西国の豊臣恩顧の大名に備えるために二代将軍秀忠が小笠原忠真(おがさわらただざね)に築城を命じた西国を睨む明石城。
千早城の大阪府南河内郡千早赤阪村の山中にある金剛山麓を午前9時に出発して、堺市・大阪市内・尼崎市・西宮市・神戸市内など大阪湾沿いに国道2号線などの一般道を明石市まで午後1時過ぎ約4時間の長時間ドライブで明石城西入口の協会駐車場に到着する。本丸跡・天守台跡はあるが天守閣を建てた記録はなく、左右2つの現存三重櫓などが主な遺構。

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案内図の右下の西入口の協会駐車場に車をとめてJR明石駅前の正面公園入口(案内図の現在地)から明石城址を攻城開始する。

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10月1日は中秋の名月、2日のこの日は満月で明石城観月会

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左は坤櫓(ひつじさるやぐら)右は巽櫓(たつみやぐら)

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JR明石駅前の正面入口付近の堀

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堀と坤櫓

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堀と坤櫓

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坤櫓(ひつじさるやぐら)の三重櫓

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巽櫓(たつみやぐら)の三重櫓

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坤櫓の下から続く長い大名行列のような遠足

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巽櫓付近の案内図

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日時計と坤櫓(ひつじさるやぐら)

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案内図の現在地付近、巽櫓右側の石垣

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巽櫓への桝形の石階段

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三重櫓の巽櫓(たつみやぐら)、明石城は天守閣は造らなかった

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巽櫓の右側、城内方向の二層以上は窓(挾間)が一つもない

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天守台跡

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天守台跡からの坤櫓

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天守台石垣と坤櫓

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剣豪宮本武蔵は明石城に魅せられて15年間も過ごしたそうです

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明石城の宮本武蔵の設営した庭園

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明石公園サービスセンターのスタンプ設置場所にてスタンプ

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ここでも最近御城印を発売開始していた

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10月2日明石城址の攻城記録でした。

 

 

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