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2020年11月18日 (水)

日本100名城22八王子城

 日本100名城22八王子城の見どころは、北条氏康の三男氏照によって築城された山城である。小田原北条の支城では最大規模の城で、築城技術の到達点を示す城と評されている。城は本丸を中心とした要害地区と山麓の居館地区、さらに外郭の防御施設で構成されている。山中には堀切、石垣などが残り、御主殿跡などの復元整備が進んでいる。ハイキングコースに従い城跡をたどれば、小田原北条氏の築城術と規模を体感できる。(日本100名城に行こうP25八王子城より)

長野県伊那市の高遠城、山梨県甲府市の武田氏館跡と甲府城の後は、野鳥撮影で通った中央道笹子トンネル前の道の駅で車中泊、翌日は東京都八王子市の山城・八王子城管理跡管理棟前のガイダンス施設でスタンプ後に探訪開始となった。
小田原北条氏に関する日本100名城は小田原城・山中城と八王子城で三城目である、桜の時季に地元の小田原城の支城である小机城跡まつりの出陣式と孫の武者行列などをブログにしてきたので北条氏の城に関してはついてこれまでも身近な存在であったようです。

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登城日 令和元年7月20日

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八王子城縄張りのイメージ図

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御主殿ガイドコースに従い本丸跡まで城を攻める気分で探訪

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大手門跡の史跡 八王子城跡の石碑

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大手の門跡の説明板

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堀切の役目と同じような城山川の両岸に架けられ曳橋の復元

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当時の曳橋は敵が攻めてくると壊して侵入を防ぐ簡単な木橋であった、現状はハイキングコースの立派な橋

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曳橋の構造と役目の説明板

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築城当時の石垣

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築城当時の石垣の説明板

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御主殿虎口

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御主殿跡の石段と復元した冠木門_dsc49541_20201118101101

御主殿跡の説明板

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御主殿跡

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会所跡の床の復元

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会所跡の庭

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会所の説明板

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御主殿跡の次はいよいよ本丸方面へ攻城開始

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本丸へは平たんな山道では無かった、キツイ凸凹の上り坂あり

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本丸を守る金子曲輪、金子三郎左衛門が守っていた金子丸跡

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柵門跡

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高丸跡

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八王子城本丸跡の石碑と横地社

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城主氏照は小田原城に詰めていたので、完成前の八王子城本丸は横地監物吉信が守っていましたが激しい攻防の末一日で落城したといわれる

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本丸跡の八王子神社、北条氏照は築城の際に八王子権現を城の守護神にしたのが「八王子」の地名の起源とされている

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本丸跡・八王子神社・横地社の説明板

山城の攻城は行きは攻め手の気持ち、帰りは守り手の気持ちで想像力を働かせて、縄張りを下りてくる。これが山城探訪の醍醐味と言えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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