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2021年6月

2021年6月28日 (月)

アカシアの花に落ちたハヤブサ

 ハヤブサも営巣する長野県中野市のチョウゲンボウの繁殖地(国の天然記念物)として有名な「十三崖」がある。千曲川の支流である夜間瀬川が浸食してできた崖です。夜間瀬川によって崖面が繰り返し浸食されたです。夜間瀬川によって崖面が繰り返ため、垂直な崖面が維持されています。 ここほどの崖地の面積はありませんがハヤブサが毎年繁殖する似たような絶壁の崖地があります。旭川市の北東を流れる石狩川に程近く、崖下を周回する道路脇には石狩川に合流する支流の比布川が流れる。この崖地の上は例年4月初旬から中旬かけてカタクリの群生地で名高い男山自然公園があります。薄紫から桃色の可憐なカタクリの花を咲かせ、北海道に春を知らせます。カタクリの次は白い花のアカシアです。ここの崖の上方と崖下に繁殖しているニセアカシアの群生がある、この崖地のニセアカシアは時季になると藤の花のような房状の白い花を咲かせている。札幌市などの街路樹で知られているニセアカシアはその昔、西田佐知子のヒット曲「アカシアの雨がやむとき」♪アカシアの雨にうたれてこのまま死んでしまいたい・・・この歌詞のアカシアもニセアカシアの花であると知られている。日本でアカシアと呼ばれる木は殆どがニセアカシアと言われるが北米原産で明治の初め札幌に導入された時に英名を直訳した時にニセアカシアとなさけない名前になった。繁殖力の強さから今では特定外来生物の候補にもなって嫌われる存在になっている。この事件からアカシアの花に落ちたハヤブサ幼鳥にも嫌われることになった。

撮影日2014年6月12日

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崩れやすい絶壁崖地の岩穴はハヤブサの巣と花ひらくアカシア

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崖下の棘のあるアカシアの花が咲く枝の中でもがく落ちた幼鳥

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電線の上方画面の上にアカシアに落ちたハヤブサ幼鳥が見える

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親鳥の給餌の姿を見て喜ぶアカシアに落ちた幼鳥

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幼鳥の落ちたアカシアの隣のアカシアにとまる給餌に来た親

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幼鳥がもがくアカシアを目の前に給餌に来た親の活動と葛藤

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ハヤブサ幼鳥の災難を撮影していた地元のご夫婦の奥様から白い花房を天婦羅にすると美味しいと聞きましたがその他にもアカシアのレシピはあるそうです。

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電柱の上に移動した、幼鳥がバタバタもがくアカシアの枝には入れない給餌に来た親の嘴に餌

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給餌が叶わないとみた親は給餌を諦め、崖の巣穴の方に飛び立つ

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崖地の巣穴近くに戻った給餌の親、爪には餌を掴んでいます

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親のハヤブサは暫くすると再度の給餌に飛び立つ

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アカシアの下の方からもがく幼鳥への給餌を窺う親鳥だが・・

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アカシアの棘(トゲ)の中でバタバタもがくが脱出出来ない!

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もがいてももがいてもアカシアの花と枝に羽が当たり抜け出せない

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何かを咥えたように見える?

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12時頃に見つけてから3時間以上、落ちてから?時間、お腹が空いたのかアカシアの花を食べる? 時間は15:05

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窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。されど助ける手立ては分からず、長いハシゴと皮手袋も無い!!

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羽を広げてバタバタしては抜け出せず!羽をつぼめて歩けば抜け出せるのに!飛べないハヤブサ幼鳥は羽をバタバタ広げないとバランスが取れないようだ!!

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また親が崖から給餌に飛び立つ、親は給餌しか考えず!

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助けて~ と鳴いているように見える窮鳥の幼鳥

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級長なら頭が良いが窮鳥はただ「キィキィキィ」と鳴くだけ

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飛ぶ親を見て、キィキィキィと泣き叫ぶ

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落ちたハヤブサ幼鳥の周囲を親が飛ぶと鳴く窮鳥

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隣のアカシアの木に給餌に来た親鳥、どうにも出来ない様子

12時~16時までこのような場面の繰り返し、地元のご夫婦に結果を聞くことにして東川町に移動した。翌朝7時に現場に来ると地元の鳥撮り夫婦も現場には居ず、窮鳥は居なかったので無事に脱出したものと思われた。

 

窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。小鳥の「ヒナを拾わないで!! キャンペーン」では見つけても そのままに。 猛禽の 窮鳥見て 野鳥撮影 手を出せず。

2021年6月25日 (金)

静態保存のSL・ワイパウ号4

 川岸露天風呂の塩原温泉明賀屋本館の帰路に立ち寄った、鬼怒川で48の世界遺産を含む、世界の有名建築物102点を一日でめぐる世界一周の旅が出来る東武ワールドスクウェアの静態保存のSL。
蒸気機関車ワイパウ号4の車歴と写真は以前に動態保存されていたウエスタン村を走行するワイパウ号4の動態写真と3か国語記載の案内看板も設置されていた。

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下は説明文を読むために更に拡大した案内看板

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蒸気機関車ワイパウ号4の車歴と2006年にウエスタン村休村後に個人の所有を経た後に2017年7月に東武ワールドスクウェアに移設されたと由来がある

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まだ新しく見栄えする木製のキャビン、水タンクがボイラーの上にあるボールドウィン製サドルタンク機 塗装が新しいようだ

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非公式側のシリンダカバーが凹んでいた

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外側台枠になっている、アウトサイドフレームの下回り

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キャビン内見学用の階段で撮りにくかった従輪周辺

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気になる非公式側のシリンダーの凹み

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車歴には124年前の1897年(明治30年)ボールドウィン製造所とありますが同じ製造所で1940年に改造・修理などの特注があったのでしょうか、81年前の1940年は自分の年齢と偶然にも同い年です。

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西部劇でよく見た赤いカウキャッチャーがよく似合うウエスタンスタイル

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ナンバープレートの4の由来が分かりませんが公式側に「ワイパウ号」のエアブレーキ機なのかウエスチングハウス製です

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914mmゲージ、ウェスタン村では星条旗をなびかせて動態運転をしていたそうです

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ボールドウィン製サドルタンク機を後方からの撮影、キャブは木製ですがかなり新しく見えます。連結器は後尾だけにあります。

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木製キャブには鍵が掛かっていましたのでキャブ内部の撮影はガラス窓に外の景色が映り、内部の装置や罐の焚口などの様子がよく映りませんでした。残念至極!

以下は当日の筆者の備忘録

鬼怒川温泉から日光道今市ICに向かう途中で、たまり漬本舗でお土産のたまり漬などと高速道に入る前に道の駅日光で昼食を摂る

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たまり漬本舗駐車場の看板 日光・鬼怒川・塩原に十数度来ているがいつもの店で買い物です

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店内の一部

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たまり漬の一部

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昼食は道の駅「日光」喬粋庵のもり蕎麦、3人は天婦羅そば、蕎麦屋ではもり蕎麦以外は邪道と教えているが往復とも言うことを聞かない3人であった。

東北道では土砂降りの目に合う、羽生PAでTV映画のセットのような鬼平江戸処に寄るが雨で写真はなし、土砂降りの高速道を含めて、孫の初心者運転練習は往復450kmの長距離運転体験をしたことになります。助手席も楽なようで気楽ではありません。

 

 

 

 

2021年6月23日 (水)

二十五分の一の首里城

 帰れマンデーのテレビ番組で視聴した栃木県塩原温泉明賀屋本館で自然湧出の川岸露天風呂で癒された翌日は、塩原温泉と鬼怒川温泉を結ぶ観光道路の日塩もみじラインを孫の運転、助手席でナビのチェック役のドライブ、運転手のリクエストで東武ワールドスクウェアに向かう。途中のカーブで10年前に投宿した日本の秘湯温泉旅で奥塩原新湯温泉・渓雲閣の玄関前を通過すると昔の思い出が頭をよぎる一瞬であった。当時は有料であったが現在は無料となった日塩もみじラインを下り鬼怒川温泉で121号線に入ると直ぐに東武ワールドスクウェアが左側にあり、駐車場に直行した。園内にはユネスコの世界文化遺産に登録されている48物件を含め、22の国と地域102点の建造物が精巧に再現されている。
今回で三度目のワールドスクウェアに入場して最初に目にしたのは世界遺産首里城の登城、2019年10月に原因不明の火災で正殿など8棟が焼失した新規登場の看板であった。

首里城は2015年4月の結婚50年記念の観光旅行であったが、2018年5月から北海道の3名城から始めた日本100名城スタンプラリーの旅は2020年10月までの、姫路城まで60城のスタンプラリーを終えているが残りりの中国・四国・九州・沖縄の40名城を残す。沖縄の日本100名城は首里城、中城城(なかぐすくじょう)、今帰仁城(なきじんじょう)と3つのお城(グスク)があります。2019年10月に琉球王国の首里城が火災で焼失により、今回の旅で2026年に再建前の25分の1の首里城を見ることが出来ました。

撮影日2021年6月16日(水)

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2021年4月24日に新展示物 沖縄の歴史・文化の象徴「首里城」が登場!
東武ワールドスクウェア(栃木県日光市)は、沖縄県那覇市にある「首里城」を25分の1の縮尺で製作し、2021年4月24日(土)に展示オープン!
沖縄「首里城」は 1400 年代中期から 1879 年まで 450 余年、琉球王国の政治・文化・経済・外交の中心で、沖縄戦で全焼後に地道な復元工事が進められ、1992 年 11 月首里城公園として公開、2000 年 12 月首里城跡が世界遺産に指定されましたが、2019 年 10 月 31 日未明に発生した火災により正殿をはじめ隣接する 8 棟が焼損しました。当園では、開園当初(1993 年 4 月)より沖縄「守礼の門」を展示しており、今後の新規製作展示物候補の一つとして「首里城」を検討していたところ、思いがけない首里城火災の報道、さらに沖縄を始め国内外で多くの方々が悲嘆に暮れる様子を受け、皆様が僅かでも元気になる力添えができればと首里城の製作展示を決定いたしました。(東武ワールドスクウェアのHP)

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 鮮やかな朱色が沖縄の真っ青な空に映え、あでやかな装飾を誇った首里城。2019年10月31日午前2時35分ごろ、那覇市首里当蔵町の首里城正殿から出火し、隣接する北殿と南殿、書院・鎖之間、黄金御殿、二階御殿、奉神門の7棟にも延焼した。正殿は全焼した。沖縄戦で破壊され、戦後復興とともにウチナーンチュの英知を結集し、この年にようやく全体の復元が完了したばかりだった。沖縄の心、アイデンティティーの象徴、誇りなどとして人々に親しまれ、心のよりどころであり続けた首里城の焼失に県内外に衝撃が広がった。(朝日デジタルより)

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守礼の門 扁額(へんがく)には「守礼之邦(しゅれいのくに)」2000円札の絵柄、下に本物のお札があります

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広福門前の広場

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実際の観光ではこのような構図は見ることが出来ず、首里城全体の配置などを知ることができる

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正殿前の琉球王国の儀式

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正殿前 新春の宴「朝拝御規式(ちょうはいおきしき)」の様子が手に取るように思える

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6年前の写真、広福門 観光した日はここで8:30まで開門を待たされた

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6年前の写真。首里城正殿、琉球王国の政治・外交・文化の中枢として栄えた国王の居城。城内では、日本と中国の建築様式を融合させた独自の芸術性を見る。中心は沖縄最大の木造建築物とされる、沖縄戦で消失して復元された正殿。琉球建築の粋を集めた極彩色の装飾は、その当時の栄華をみることが出来る。

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首里城正殿内部 当日は修学旅行の学生で混雑しておりました

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6年前の2015年4月の沖縄観光旅行の那覇で買い物中にお釣りの中に守礼の門の2000円紙幣を数枚記念に保管してあった。

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趣味で収集した記念硬貨の中に沖縄復帰二十年500円硬貨

 時のうつろいは早いもので結婚50周年記念の沖縄旅行から6年が経つ。二十年前の沖縄観光から数えて6回目となるがそのうち4回は単独のヤンバルクイナ・ノグチゲラ・ホントウアカヒゲなどの沖縄固有の野鳥撮影であり、夫婦旅行の最初は寒緋桜などの沖縄観光と二回目は沖縄の城と歴史の観光であった。

6月23日 今日は沖縄の「慰霊の日」。76年前の沖縄戦で日本軍の司令官が自決して、沖縄での組織的戦闘が終結した日です。現在は緊急事態のコロナとの闘いで厳しい毎日を戦っています。

沖縄県は新規感染者数が最も深刻な「ステージ4」のままで、病床の使用率は約9割となっている。県が16日、宣言延長を政府に求めたことなども踏まえ、沖縄だけ7月11日まで延長する方向となっている。(ネット情報より)

日本100名城スタンプラリーの98番目今帰仁城(なきじんじょう)99番目中城城(なかぐすくじょう)100番目の首里城のスタンプラリーで七回目の沖縄訪問はいつになったら行けるか、そうは長くない余生の中で思案中です。願えれば復元された本物の首里城が見たいものである。
座右の銘はいつまでも「継続は力なり」

 

2021年6月21日 (月)

巣から落ちたクマゲラ雛

 時空の旅人とは大げさな言い草になるが、現役晩年のアラ還世代のその昔、北海道の秘湯を夫婦旅した時に、知床五湖から秘境と呼ばれた知床のカムイワッカ湯の滝の駐車場までレンタカーで走り、駐車場に車を停めて当時は沢登り用の500円で草鞋を買い、このワラジに履き替えて、温泉が流れ落ちるカムイワッカ湯の滝を上り、一の滝まで登り大きな滝つぼの暖かい温泉を泳ぎ秘湯を浴びた記憶がある。

この知床秘境旅から20数年後の2018年6月に知床公園線の砂利道を知床五湖からカムイワッカ湯の滝への途中で鳥友から撮影中のクマゲラ雛が巣から落ちたと情報が入り、ヒナが落ちてから約3時間後の現地に到着した。今回は「落ちた雛シリーズ」の二羽目の第二話となります。

撮影日2018年6月7日

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クマゲラ雛雄が砂利道の脇に疲れたような恰好でいました

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親に救いを求めて鳴いたのか?

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巣立ちまじかの♂雛は頭頂から後頭まで赤く、嘴は白く虹彩は暗灰色の黒っぽく見える、親鳥の虹彩は白っぽい黄白色なので間違いなく巣立ち前の幼鳥です

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落ちた巣穴には♀のヒナが鳴いていました、ハシゴがなければ届かない高さです

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秘境の観光地、カムイワッカの湯の滝方面にはかなり頻繁に車が往来する砂利道の中央に雛が歩き出すので車に引かれないように交通整理が必要となる。

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砂利道に座り込んだので車掃除用のタオルを持ち出して道路のクマゲラ雛の後ろから近づき容易に雛を抱くように拾い上げた。雛の体温は生暖かい感触がありクチバシでタオルの上から突っつくかれ野生本能なのか初めてヒナを拾った体験です。

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巣穴に近い木の枝を探したが手が届く範囲には見当たらず、やむを得ずヒナの足の爪が掛かりそうな、巣穴に近くの木肌の荒い樹に留める様に離した。

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爪のトリム、巣立ち前のヒナの爪は柔らかく木肌にとまる力は弱そうでした

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巣穴近くの木肌につかまらせたクマゲラ♂雛

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木の上を目指して登り始めたクマゲラ♂雛だが動きがギコチナイ、親鳥を撮影中に目を離したので、この後にこの木から下に落ちてしまい捜したがシダの草むらの中に見えなくなった。これが木肌に必死でしがみつく最後に見た姿になった。

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後頭のみが赤い巣穴のクマゲラ♀雛も心配そうに見守る?

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餌探しのクマゲラ♂親鳥が営巣木近くに戻って来た

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餌のアリがいるような朽ちた木にとまるクマゲラ♂親鳥

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カラスを警戒する「キョーン キョーン」よく響く鳴き声

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親鳥のカラスへの威嚇鳴きは続く

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営巣木付近の樹木を移動しながら親は草むらの中に雛がいるもと感づいているのか執拗にカラスへの威嚇を続ける。落ちたヒナは二度と見ることはなかったが親からの給餌を受けていたものと思われる。(完)

 

 

 

2021年6月18日 (金)

セブンイレブンのツバメの巣

 "人口が減るとツバメの子育ても減る  日本野鳥の会" この見出しは、テレビ朝news 2021/06/17/20:09に配信されていた記事をコピー・転載したものです。(青字の部分)

 人口が減少した地域ではツバメが子育てを行わなくなる傾向にあることが分かりました。 日本野鳥の会は2013年から去年までの8年間、ツバメの巣についてインターネットで情報を募集し、子育てが行われた地域や巣立ったひなの数など全国1万586個の巣を分析しました。 分析結果によりますと、人口が減少した地域ではツバメが子育てをしなくなる傾向にあったということです。

 ツバメは人の出入りが多い住宅の軒下などに巣を作りヘビやカラスなどの危険を避けていますが、人口が減った場所ではその危険が高まり、子育てをやめたとみられています。

 日本野鳥の会はツバメが人の生活に密着していることが表れた結果だとしていて、ツバメを見守ることで自然の変化を知るきっかけにしてほしいとしています」

TV番組で見た川岸露天風呂の明賀屋本館に向かう途中で、那須塩原市三島の道の駅アグリパル塩原のメニューが蕎麦だけの「農村レストラン関の里」で蕎麦の昼食後に、近くのセブンイレブン那須関谷店に寄った際に店の出入り口付近の軒下で撮影したツバメの巣です。

例年ならば道南の福島町の道の駅「横綱の里 ふくしま」で過去三年連続撮影した北海道のツバメの巣を紹介する時期が近付きましたが今年はコロナ禍で閉じ籠り中北海道にはご縁がありません。

撮影日2021年6月15日 14:17~19分(二分間)

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セブンイレブン那須関谷店、糞などが落ちるのでツバメの巣を嫌がるお店がありますがここは愛鳥週間を継続しています。ツバメにとって「継続は力なり」です。

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カメラとレンズはD810と24ー80mmで旅行に携帯した5~6枚/秒の遅いカメラ、孫の買い物を待つ間の2分間に撮影したツバメの子育ての様子です。

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まだツバメの子は小さいので巣の中に給餌している様子です

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4倍~16倍のトリムをしました、咥えているのはトンボ?

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番の給餌もありました

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巣の中は清潔に、ヒナが尻を出す

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更に拡大 糞運びのようです

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ヒナの尻から親鳥が白い糞を咥えるようです

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糞を咥えて飛び出す構え

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飛び出す直前の様子

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飛び出した瞬間はブレました、たった2分間に野鳥撮影の経験から咄嗟に撮影した40ショットの一部です。

今年は最下位に低迷している地元のベイスターズは交流戦3位でこれから期待が出来そう!昨年は最下位6位の東京ヤクルトスワローズでしたが現在は2位に躍進している今年のツバメはみものです。

 

 

 

2021年6月17日 (木)

TVで見た温泉、明賀屋本館


 昨年2月の「帰れマンデー」では伊豆の小京都「修善寺温泉」を目指すバスサンドのTV番組を見て、彼らが癒した登録文化財の新井旅館に3月の誕生月に出掛けた。コロナ禍の始まりでその時の宿泊客は二組だけのガラ空きでした。

今年の4月24日(月)テレビ朝日の「帰れマンデー」タカアンドトシと石塚英彦のTV番組を見ていた家内がこの明賀屋本館の川岸露天風呂に行きたいと言い出して翌日にはネットで6月15、16日に4名の予約を入れて、パンフレットの送付をお願いした時に数日後に下記のパンフレットが届いた。栃木県那須塩原市明賀屋本館まで横浜から約220kmを新米ドライバーの18歳孫が運転、18歳の逆さま81歳の爺が助手席心配そうな雰囲気の後席に81歳の婆と50代の娘の四人旅。
昨年は約150年前の老舗旅館、今回は300年の悠久の時に浸る川岸露天風呂。
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明賀屋の川岸露天風呂は自然に見守られながら、今も枯れることなく湧き続け三百年の歴史を今に伝えています。
平成24年の秋、東日本大震災の時出来たと思われる地割れから温泉が湧いているのを発見しました。温度52度、湧出量毎分135リットルの単純温泉で、色は少し黒っぽい墨湯です。地震の後、大変な目に遭いましたが、地震は意外なお土産を置いていってくれたようです。明賀屋の内風呂には、今までの「ナトリウム塩化物泉」と新しい「単純温泉」の浴槽があり、それぞれ違った効能を楽しむことができます。ナトリウム塩化物泉は保温効果、単純温泉は美肌効果があります。明賀屋の温泉は2本とも自然湧出で、全ての浴槽が源泉かけ流しになっております。
(温度が高めの為、入浴に適した温度にするための加水をしている源泉もあります)自然湧出で源泉かけ流しは全国の温泉でも非常に稀です。2種類のにごり湯で、くつろぎと安らぎのひとときをお過ごし下さい。(明賀屋本館HPより)
撮影日2021年6月15、16日
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6月15日(火)午後2時30分明賀屋本館フロント付近、この日の宿泊客は七組
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3階305号室に宿泊
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待ちかねた露天温泉へ、3階の部屋からエレベーターで地下一階まで降りて川岸露天風呂まで下りの急階段を恐々(こわごわ)88段下りて川岸露天風呂へ
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川岸露天風呂の入口から下の川岸露天風呂と鹿股川の清流
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川岸露天風呂、右端の方から下流方向
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三面の川岸露天風呂、左側から上流方向と対岸の新緑
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川岸露天風呂の後側の露天風呂、黒いホースの掛け流し源泉
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風呂上りは上りの急階段、所々でミシミシと不気味な音がするが傷んだ箇所は修理した様子が見えるので階段は安心、怪談話ではありません。
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露天の次は内風呂に入る
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源泉の色が異なる太古の湯
明賀屋の内風呂は「ナトリウム塩化物泉」と非常にめずらしい”黒みがかった墨の湯”の 「単純温泉」の浴槽があり、それぞれ違った効能を楽しむことができます。 温泉は2本とも自然湧出で源泉かけ流しです。(明賀屋HPより)
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朝風呂を浴びた太古の湯
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風呂上がりの休憩場所
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夕食は隣の306号室で部屋食予約したのは、【肉&川魚 競演】とちぎ和牛最上級A5ランク・霧降高原豚・いっこく野州鶏/岩魚の刺身・山女の塩焼き★個室食
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牛・豚・鳥食べきれないので運転してきた孫に食べてもらう
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部屋からの翌朝の日の出
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娘が撮影してきた女性の川岸露天風呂
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翌朝も88段の急階段を下りて川岸露天風呂へ
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16日朝の川岸露天風呂
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上流側の川岸露天風呂
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朝風呂で癒されても上り急階段は辛いものなり、地階の出口が見えてほっともっとする
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朝風呂の次は朝飯
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朝食も夕食と同じ隣の306号室で部屋食、助手席は温泉旅行の定番は、朝もビールで腹を満たす。
帰路は東北道で大変な目にあった、三車線を走行中に突然の豪雨で前が見えず、新米運転手は初めての経験で真っ青、高速道でブレーキを踏んで止まりそうになるので、追突されるからハザードを点滅して減速走行と指示、速度制限50kmの表示が出ても走行中の車は全て80km以上で走行していたが第三車線で70km走行をして、最寄りのSAに入り休憩すると、死ぬかと思ったと恐怖のセリフ、小止みになりまたSAから出発、予定時間より1時間遅れで無事家路に着いたのは5時であった。途中のSAで交替するかと聞くと孫は運転強硬を主張をする頑固な18歳でした。

2021年6月14日 (月)

江の島神社弁財天参拝ドライブ

 孫の新米運転手の訓練ドライブに週末の土曜日にまん延防止対象地域の藤沢市の江の島を目的地にナビに入力して往復して来ました。
江の島はハヤブサの子育て撮影や、往復に通過する藤沢バイパスの境川に架かる水道橋のチョウゲンボウなどの野鳥撮影で十数年前はよく通った国道1号線のルートです。10時に出発して江の島駐車場着11:50、13時に江の島を出発して、14時には帰着して訓練運転は終了です。往路1・5時間、復路1時間のドライブ訓練でした。

撮影日2021年6月12日(土)

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江の島神社・弁財天の御朱印

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まん延防止期間の神奈川県藤沢市、土曜日の江の島の賑わい

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江の島神社の鳥居

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手水舎が変わっています。龍の口から横棒の青竹に、横棒から5本の縦棒の青竹に手水がチョロチョロ出ています。コロナ禍対応なのか手水の作法はいりませんが参拝者には何か物足りない気がします。

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無病息災とコロナウィルス退散祈願の茅の輪(ちのわ)くぐりの前、8の字を描くように茅の輪をくぐりました。

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神符守札所は目の前

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御朱印所は奥にある

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龍神と弁財天由緒の池

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コロナ禍では並んで参拝

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参拝後・江の島神社鳥居より撮影、次々と上って来る参拝客

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正午頃に鳥居の石段を上る参拝客、江の島観光の人は右の道へ

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参拝道の途中に明治時代の黒いポストのある江ノ島郵便局

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初夏の生しらすの季節、どこに入ろうかな

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マスク飲食のポスター

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どこのお店もアルコール飲料は販売していません

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12:30、昼食は孫と二人で江の島名物の生しらす丼

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13時駐車場待ちの車で渋滞模様、神奈川ナンバー以外の県外車がかなり目立つ、マンボウでは黒岩知事が県外に出ないよう、県外からは来ないようとTVで見たが江の島は観光地である。守られていたのは飲食店のアルコール類の販売だけか。
満杯の駐車場に戻り大混雑する前に家路につく、往復とも助手席で道の案内と運転のコツなど教えながら往復60kmを無事に到着して爺の役目を済ます。

 

2021年6月12日 (土)

落ちた罰の悪いツミ雛の「罪と罰」

 漢字の表記は雀鷹(ツミ)と表すタカ目ではキジハトよりもやや小さい日本最小の鷹、タカ類と同じようにオスはメスに比べて小さく、雄27cm雌30cm、W51~63cm。ツミの幼鳥は上面が暗褐色で体下面はバフ白色。胸に暗褐色の縦班、腹にハート型の斑、脇に横斑がある。虹彩は緑灰色みのある黄色。声「ケーケーケーケケケ」と鳴く。野鳥撮影を始めてからよく見かけるようになったのは、”ヒナを拾わないで!!”のキャンペーンポスターと実際に落ちた雛(ヒナ)と巣立ち雛なのか巣から落下したのかの区別がつかない雛、ツバメや雀のような小鳥は巣の下に落ちた雛は風や雨、巣立ち間際の雛の成長で巣が小さく窮屈になり、兄弟に落とされる確率が高くなるようだ。今回は、初めて目撃したある神社に繁殖営巣する小型の鷹、落ちた原因が不明のまだ飛べないツミの幼鳥。そのツミ幼鳥を巣に戻す目撃体験をした、後に巣穴から落ちたクマゲラを拾い上げて営巣木に戻す際の貴重な体験となった。
撮影日2010年7月1日

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ある神社の境内に巣から落ちて来たツミが縮まる(ちぢこまる。言葉の 意味. 寒さや恐怖、緊張などで体を丸め小さくなる。近頃はコロナ禍でどこの都道府県の知事困る) 

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巣から落下した縮こまるツミの拡大、ツミが大きく見える、罪が大きく見えて罰が悪い!親鳥はどんなお仕置きをするのかツミの罪と罰

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落ちたツミを拾い上げる地元のツミ撮影の世話人、ツミ深い思いの人は罪深いとは限らないがヒナを拾ってはいけない罪を犯す、どんな罰があるのか

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石垣の上に取り敢えずツミを移動、手に手袋、心に思いやり、背には見ている野鳥撮影者全員のエール

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飛べないが羽毛が飛ぶほど喜ぶ、落ちてツミ深い幼鳥に見える

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ツミ幼鳥に近づく世話人に向かって「ケーケーケー」泣き叫ぶツミ

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今度は何だーと立ち上がるように見えるが・・・

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世話人のタオルを見て今度は何をする!とツミの様子、ツミにタオルをかぶせる様子。罪を他人にかぶせることとは違うようだ。

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飛べないツミ幼鳥がバタバタする

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ここではカラスや猫に襲われる恐れがあるので巣に戻すと近づく世話人

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暴れるのか逃げるツミ幼鳥の悲鳴が聞こえたようにブレブレ

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今度は何にするのか? 斜に構える! ヒナのくせに非難轟々(ひなんごうごう)

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イカル(怒る)ようだがお前はツミだ、巣立ちそこないのツミ(罪)だ、白状しなくても自分で落ちたツミだ❕

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落ちたツミを掴んでハシゴでツミの巣に戻された

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ツミ幼鳥の足が何故かだら~んと見える落ちたツミ、神社のハシゴが神の救いであった。

野鳥を許可なく捕まえたり、飼育することは法律で禁止されていますがどんな罪と罰があるのだろうか?次回までに勉強しておきます。ところで『罪と罰』は、ロシアの文豪ドストエフスキーの長編小説で代表作。まだ未読ですが本の題名はちょくちょく拝借しています。

2021年6月 8日 (火)

野鶲と郭公の格好悪い喧嘩

 野鶲(ノビタキ)と郭公(カッコウ)の嘴喧嘩の格好悪い回想録です!

河原や草原などの草むらに子育ての営巣をする夏鳥のノビタキ(L13cm)と初夏の繁殖期に雄が「カッコウ カッコウ カッコウ」啼きながら飛び、高い木や電線などで囀る托卵鳥「日本にはホトトギス科のカッコウ、ツツドリ、ホトトギス、ジュウイチの4 種が繁殖に際し、営巣、抱卵、雛の世話を自分で行わずに、ほかの鳥(仮親:ヒタキ類・ウグイス類・モズ類・セキレイ類・オナガなど)に任せる習性がある」カッコウは托卵する初夏に渡来する(L35cm)

人と人の喧嘩は誰もがこれまでの人生の中で一度や二度は口喧嘩をしたと思われるが私の場合は若い頃は江戸っ子のせいか、気が短い気性もあり、若い頃は喧嘩早く、口から泡をとばすほどの口喧嘩をした記憶があるが今では原因と内容は全てすっかり忘れて思い出せないが👄喧嘩で勝つコツは自分が正論との思いから、間髪を入れずに大声でまくし立てるのが一番であるが自分よりも低い声で論理的な相手とは苦手であった。
鳥と鳥の嘴(くちばし)喧嘩は嘴が大きい方が有利と思われるがそうでもないようだ、童謡の牛若丸と弁慶の五条大橋の出会いのように小さくても身軽な方が勝つ、小が大を制する。トリの嘴喧嘩は小さくても喧嘩をする正当性が相手よりも強く、攻撃の勢いが強い良い方が勝つようだ。今回のノビタキは托卵した相手のカッコウに対しての学習効果による托卵防止の攻撃なのか、それとも托卵された恨みつらみなからの攻撃なのか?ノビタキにしか解らない謎々??

時は今から去ること15年前の2006年6月8日早朝

場所は釧路湿原・鶴居村・鶴見台・渡辺トメさんの宅地

目的は初の北海道3週間遠征の五日目のタンチョウ撮影

6月の東北海道・釧路の日の出は早く4時前に夜が明ける、まだ薄暗い早朝4時頃に鶴見台駐車場傍らの渡部トメさん宅の庭の木で争う二羽の鳥を目撃したので大砲640のレンズを向けた。カメラはDX。

 

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中西出版「ツルになった おばあちゃん」P17より拡大転載、釧路湿原北側の鶴居村・鶴見台の位置と地図

 

野鶲(ノビタキ)と郭公(カッコウ)の争いの場所は若いタンチョウの来る場所

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鶴居村の鶴見台は「ツルになった おばあちゃん」の本の主人公、渡部トメさんの敷地、冬季はタンチョウの餌付け場所、夏でも若いタンチョウが集まる鶴居村の観光名所です。

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草むらに営巣するノビタキ♂が見張りのように何故か松で待つ

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近くには草地の様子を窺うようにカッコウがとまる。カッコウの大きさは全長35㎝、頭頂部から背中は青みがかった灰色です。胸と腹は白く、背中と同じ色の細い横しま模様があり、翼と尾は黒褐色です。

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鳥類の足の指は通常前3本と後1本ですが、カッコウの足の指は鳥類の中でも珍しい「対趾足」といって前後に2本ずつあります。「対趾足」は木の枝に止まりやすい足の形状なのです。

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鶴見台のタンチョウを撮影中にノビタキとカッコウの嘴喧嘩が始まっていました

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カッコウの止まる木にノビタキが嘴喧嘩を仕掛けたようです、先制攻撃は喧嘩でも戦の常套手段です

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ノビタキL13cm、カッコウL35cm 牛若丸と弁慶の闘いを彷彿とさせる

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この様子をクチバシ喧嘩と名付けましたが、まるで口喧嘩のようにも見えます

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大きさの違いからノビタキはアメリカ軍の爆撃機B29に挑む零戦にも見えます

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迎撃するカッコウの胸に飛び込むかのように見えるノビタキ

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枝葉の中では嘴喧嘩は小が大を制する

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ノビタキが優勢でカッコウが仰向けとなるフォールのような格好悪い姿はレスリングなら負けです

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嘴喧嘩の最後の一枚はカッコウの背後からのノビタキの攻撃の背羽・尾羽が見えます、これでカッコウはノビタキ!です

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嘴喧嘩終了直後のカッコウ、背羽は乱れ羽でしょうか、ノビタキは草原のどこかに飛び去り一安心の様子に見えました。

15年前に初めて目撃した托卵鳥と仮親となるヒタキ類の喧嘩でした。

 

2021年6月 5日 (土)

湯沢から鎌倉へ結の蔵

 11年前に一番下の孫・小2(7歳)翔君と桜が咲き始めた春休みに臨済宗・鎌倉五山(建長寺・円覚寺・壽福寺・浄智寺・浄妙寺)をお参りした時の今小路にある鎌倉五山第三位壽福寺(じゅふくじ)の11年前の山門の写真です。この時は今小路の「結の蔵」の存在は知りませんでした。

今回の主題は日本酒が飲めない、25歳からビールを飲み始めてビール一辺倒の一生と思われる小生が飲めない日本酒の酒蔵に縁があったお話です。
このブログが縁でITとCADに精通しているコンサルタントのハトコとメル友になる、
祖父同士が兄弟で、親同士が従兄弟(いとこ)で自分とは六等身の縁戚関係になる「再従兄弟:はとこ」です。彼は廃業する前までの秋田県湯沢市の高久酒造の銘酒「小野之里」を取り寄せて愛飲していたそうです。この高久酒造酒蔵が古都鎌倉に「結の蔵」として17年前に移築再生された資料を一年前に頂いていました。
今回は孫の練習ドライブに鎌倉・今小路の建造物は寿福寺しか記憶にないのでナビにここを運転練習の目的地にした。

 

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大学一年生(18歳)となり春休みに運転免許をとりましたので、私の七人乗りのホンダ・スパーダで翔君の運転で初心者マークを付けて鎌倉までドライブをして来ました。運転席に身長180cmの新米ドライバー、隣の助手席に運転歴60年のベテラン爺さんです。久し振りに爺としての孫の面倒をみました。私の祖父は明治10年に本籍地の秋田県湯沢で誕生して、私が荒川区三河島で誕生した6年前に他界しておりますので祖父を知りません。

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普段貼っている高齢者マークの代わりに初心者マークを前後に貼ってのドライブです。(運転席に少し覗いているのは高齢者マーク)

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6月2日、家から小一時間で約30kmの今小路の寿福寺に到着、当日の寿福寺総門は団体の観光客(見学ツアー?)で蜜でした。門前にある駐車場に駐車して本日の目的地の結の蔵へ徒歩で見学へ、今小路を鎌倉駅方面に向かって歩き出す。

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ここは巽神社 寿福寺から200m 鎌倉駅まで400m

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巽神社前の今小路の案内表示、鎌倉駅方向へ⇨結の蔵へ約30m

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今小路の隣は横須賀線、四輪車通行不能の今小路の歩行者と二輪の踏切

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今小路踏切から鎌倉駅ホーム方面、新宿湘南ライン上下線の待機線にNEX車輛

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今小路に面してここが結の蔵、説明板が見える、重そうな土蔵の戸前が開いてある

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結の蔵の民家再生奨励賞の下に由来の説明板、酒蔵の今は賃貸住宅

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結(ゆい)とは、主に小さな集落や自治単位における共同作業の制度。一人で行うには多大な費用と期間、そして労力が必要な作業を、集落の住民総出で助け合い、協力し合う相互扶助の精神で成り立っている。(ウイキペディアの結の説明)

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結の蔵正面の右側は「0設計室」の移築再生設計事務所 詳しくは下記

URL:http://www.o-sekkei.com/

タイトル:一級建築士事務所 O設計室:民家再生・新築住宅 (o-sekkei.com)

 

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左側はファブラボ鎌倉、21世紀型の学習環境を促進する実験工房

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今小路を観光客を乗せた人力車が通る鎌倉の風景に馴染む結の蔵

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今小路より路地に入り、結の蔵左側面の写真

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結の蔵左側面二階の扉 結の蔵移築再生の一部始終 👇

「結の蔵、民家移築再生はこうして行われた 高久酒造酒蔵」

www.o-sekkei.com/works/photos/04_yuinokura/yuinokura.html

結の蔵は元々秋田県湯沢市の銘酒「小野之里」で著名な高久(たかく)酒造の酒蔵であった。移築前の蔵から発見された棟札には明治21年と記されており大正14年の湯沢市大火や地震・風雪に1世紀以上耐えてきた蔵である。2尺(60cm)間隔に並んだ5寸5分(17cm)角の栗や桧の柱、長さが10間(18m)もある1本物の杉丸太の棟木など構造は雄大であり状態も良かった。さらに大火から蔵を守った厚さ1尺(30cm)の土壁や3か所の巨大な戸前(蔵戸)の仕上げも見事であった。座敷になっていた部分に使われていた総漆塗りの格子戸も精緻なデザインで魅力的だった。

昨年7月北海道の帰路に湯沢図書館でコピーしてきた湯沢の酒造小史

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湯沢図書館の収蔵本。 現在、湯沢市には、日本酒をはじめとした酒類を製造する蔵元が4社あります。全国的に酒の消費が減り、酒蔵の数も年々減少しています。湯沢市も例外ではありません。かつて、最盛期には20を超える銘柄が湯沢の繁華街でも楽しめたものです。今もなお、先人から受け継がれた味を守りながらも、時代を先行する美酒を醸し続ける蔵元です。両関酒造「両関」、秋田銘醸「美酒爛漫」、(株)木村酒造「福小町」、秋田県醗酵工業「一滴千両」の四社です。

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ゆざわの 酒造小史 1頁目は藩政時代、2頁に明治時代、3頁に大正時代、4頁に昭和(現代)の酒造の小史、この2頁の明治時代に高久多兵衛(高砂)は髙久家の本流で「多兵衛」は長男家が継承する屋号でした。高久多吉(小野之里)は分家で次男家の屋号です。40年以上昔に生前の父の指示で湯沢市の東山寺に参拝して本家を訪問した時には酒造業は廃業しておりましたが分家多吉の「小野之里」は繁盛している様子でした。

湯沢図書館で閲覧した「湯沢市史」の第二章 酒造 の685頁に「明治七年湯沢町柳町の高久多吉が母方である帯屋市兵衛酒造店を継ぎ小野之里を売出し名声たちまち遠近にきこえ、年を逐うて需要が殖えていった。」の記述後に
「同年前森町伊藤仁
右衛門が酒造店を開業し両関を出した」の記述もありました。

孫の運転練習のコースは、横横高速を朝比奈ICで下りて鎌倉霊園の曲がりくねった上り坂を通り、鶴ヶ岡八幡宮で若宮大路を左折して、二の鳥居前で若宮大路を右折して新米ドライバーに難しいすれ違いがやっとの狭い道に入り、小町通を横切り、鎌倉駅の手前の横須賀線踏切を渡り今小路に出て右折して結の蔵を素通りしてから北条政子・実朝の墓がある鎌倉五山第三位の寿福寺に無事に到着した。今小路を徒歩で鎌倉駅方面に歩き寿福寺から3~4分約250mの結の蔵へ、移築再生した酒蔵は、今小路に堂々と構える遠い親戚の高久酒造の酒蔵でした。
帰路は鶴岡八幡宮の横を通り、一般道の走り方を教えて45分で家路に無事着き爺としての役目を果たしました。

書き忘れました、酒好きだった父親への供養に、苦手な日本酒を死ぬまでに一度は飲みたいと思います。それも秋田県湯沢の日本酒を!

2021年6月 1日 (火)

継続は力なり、15周年の長元坊

 2005年3月 日本野鳥の会に入会して野鳥撮影を開始。この日から遅れること1年3ヶ月の2006年6月1日よりこの「ケンさんの探鳥記」を開始して本日で15周年のブログ記念日。現役時代からの人生訓は「継続は力なり」であった、引退後の林住期に入って最も重要なモットーとなった。自分のモットーを日本語に言い換えると「座右の銘」と言えるが終活においては「生活心得」とも言えます。

「継続は力なり」の実証として、2006年6月1日~2021年5月31日(5476日)までの15年間のブログUP回数は3620回となった。これは3620回÷5479日(15年間)=0・66回
これは66%となり、3日に2日、1ヵ月間に20日のブログアップしたことになります。「継続は力なり」と言えるでしょうか?4万7千枚以上の画像になります。ブログ一回当たり13枚の写真の掲載となります。

3620回÷15年= 241回/年平均 1年間に241回

241回÷12= 20回/月平均  毎月20回の66%

3620回÷5479日=0・66  3日に2回の66%

これらは15年間の平均ですがブログを開始した2006年6月1日~12月31日までの7ヵ月間と2021年1月1日から5月末まで直近の5ヵ月間の始めた頃の熱の入れようとコロナ禍で巣籠中のブログ回数を調査しました。

2006年6月1日~12月31日までの7ヵ月と2021年1月1日~5月31日までの直近5ヵ月間のブログアップの状況を集計する。

2006年の7ヵ月間の日数は214日、ブログアップ回数は162回、最初の6月は慣れないのか?6回のみ、8月は31日間毎日欠かさずアップした驚異的な回数、7ヵ月間のブログアップ合計は野鳥撮影を主に162回であった。

162回÷214日=0・76 四日間に三回の76%

162回÷7ヵ月間=23回/月平均の76%

2021年1月1日~5月31日の日数は151日、ブログは52回

52回÷151日=0.34 三日間に一日平均の34%

52回÷5ヶ月間=10回/月平均(巣籠中の過去ブログ主体)

 

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本日は「継続は力なり」の15年記念日に、幼さが残る長元坊(チョウゲンボウ)の幼鳥というか、巣立ち前の若鳥です。子供の頃にケン坊と呼ばれていましたが長いあいだ元気なケン坊で長続きしました。僧侶のお坊様とか義経の好きな判官びいきの武蔵坊弁慶とか、人の態様を表す暴れん坊将軍の「暴れん坊」「朝寝坊」「風来坊」「けちん坊」「たちん坊」とか、いろいろな「坊」がありますが、「マンボウ」は、2月13日施行の改正新型コロナウイルス特別措置法で導入された「 まん 延 防 止等重点措置」の略称です。いつまで続くのかマンボウは秋田県。
今回はハヤブサ目ハヤブサ科ハヤブサ属の「長元坊」の幼鳥です。

撮影日2005年6月11、17日

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チョウゲンボウの巣穴は水道橋

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藤沢市立石の横浜水道境川水路橋巣穴のダンゴ三兄弟

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巣穴の入口は採餌で汚れている

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餌待ちの三兄弟

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どれもまだ幼い顔をしていますが一番子はどの子?

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巣穴の上には雌の親鳥

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水道橋は穴だらけ 巣穴の♂

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真向かいの穴から巣穴への給餌に♀親

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ここは入口と出口、それに糞出し口の愚痴が出る?

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採餌待ちの兄弟雛

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親が餌を持ってきたa~nn!あ~ん!!

水道橋巣穴のチョウゲンボウ幼鳥でした。

 

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