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2021年11月11日 (木)

二度目の富岡製糸場

 草津温泉ホテル櫻井に行く前に世界遺産・国宝の富岡製糸場に寄りました。我々老夫婦は二度目の見学であったが娘と孫は初めての見学であった。「富岡製糸場」は2014年に「世界遺産」に登録されてから有名な観光地となったが三年後の2017年4月11日にサクラ満開の日に見学しました。四年前は夫婦で喜寿記念の温泉旅行で法師温泉長寿館に向かう途中に寄りました。富岡製糸場は明治5年に建てられた日本初の模範器械製糸場で、明治政府が養蚕が盛んであった富岡市に設立した日本の近代化と養蚕の機械化を学ぶ旅になりました。

撮影日11月1日

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富岡製糸場の正門で入場前に撮影、ここまで有料駐車場から5分

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上の大人見学券は1000円、JAFの会員証を見せると中段の900円、下の大学生は250円、大人五名で入場

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券売所前の国指定史跡碑、ここは記念写真の場所

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場内の案内図、東西の置眉所と製糸場の三棟が国宝

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国宝の東置繭所を背景に記念写真

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富岡製糸場の歴史 操業開始は官営工場

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創業当時のフランスの機械と工女の写真

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官営から三井家に払い下げて民営化

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明治5年(1872)操業開始から昭和62年(1987)まで115年間操業し続けた歴史の中で原三渓が経営に携わった時期がある。三井家から明治35年(1902)に経営譲渡を受け、昭和13年(1938)に片倉製糸紡績に経営委任するまでの36年間は原合名会社として原三渓が製糸業の経営に携わっていた。横浜と富岡は明治からの縁(えにし)が深かった。

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日本の生糸輸出量が世界一

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横浜三渓園の原三渓との縁を知る、原から片倉へ

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終戦→生産量が飛躍的に伸びる→日本の製糸業の衰退→操業停止

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操業停止→片倉から富岡市へ→富岡製糸場世界遺産へ

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国宝の製糸場入口

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江戸時代の上州座繰り器

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機械はビニールカバーで保護されている

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ビニールカバーが無い機械が一部にある

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現在でも現役で使われている処もあるニッサンHR型自動繰糸機

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自動繰糸機の説明図

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製糸工程ー生糸づくりの流れーその2

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ブリュナエンジン(復元機)の見学

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ブリュナエンジン(復元機)の解説

温泉旅行の途中に寄ったので富岡製糸場の歴史と製糸場の機械などの見学でした。

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