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2022年6月30日 (木)

日本100名城No.79今治城

 日本100名城No.79今治城、海を思わせる広大な海水の堀と高石垣が残る。慶長7年(1602)藤堂高虎が瀬戸内海に面する砂地に築城したのが今治城である。瀬戸内海の海水を引き込んで3重の堀を巡らせた海城であった。藤堂高虎は築城の名手として名高い戦国武将。7回も主君を変えた世渡りも上手。浅井長政が最初の主君、次は省略、その次は津田信澄(信長の甥)、豊臣秀長(秀吉の弟)、秀長の死後は豊臣秀吉、秀吉の死後は徳川家康、家康の死後は徳川秀忠に仕えた。

登城日5月23日

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御城印の藤堂氏家紋は藤堂蔦紋と松平 (久松)家の「六曜・六つ星」

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天守などの共通観覧券

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今治城案内図

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左は山里櫓と右上天守が覗く

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右端に鉄御門・武具櫓と堀

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城主の権威を示す今治城最大の巨石

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勘兵衛石の由来

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天守入口 観覧券売り場

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天守の階段

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天守からの眺望 「北」 山里櫓と右は今治港

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西 

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藤堂高虎公像と今治城天守

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史上初の層塔型天守の説明

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櫓巡りスタンプラリー①天守②御金櫓③山里櫓④鉄御門武具櫓

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①天守入口

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②御金櫓の入口

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➂山里櫓

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④鉄御門・武具櫓の入口

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武具櫓の内部1、石落とし

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武具櫓の内部2、格子窓

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格子から写した幅の広い堀(海水)

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蒼吹の井戸

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吹揚神社

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藤堂高虎公

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山里櫓と堀

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鉄御門・武具櫓と海水の堀

築城の名手と呼ばれ藤堂高虎の築いた広い堀と海城の今治城でした。

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