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2022年6月 6日 (月)

日本100名城No65月山富田城

 松江城の次に登城する予定でしたが松江市から隣の安来市に行く予定が出雲市の道の駅キララ多岐で夕日の撮影と宿泊をしたので、出雲市多岐町から9号線で松江市に戻り、45号線を走り安来市広瀬町の月山富田城まで約70km約2時間も戻り時間とガソリンをロスしました。富田城(とんだじょう)の攻城はとんだことになり、島根県安来市でしまらねえ~事になり、これが安来名物のドジョウ掬い踊りのように((´∀`))ケラケラと笑い飛ばすことが出来るかどうか。

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日付は翌日の5月17日です、登城日も間違えるミス続きImg005-3_20220605124301

毛利氏も攻めあぐねた尼子の巨城(日本100名城に行こう)

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山中鹿之助の宿願成就祈願  富田城の御城印、上から尼子氏の「平四ツ目結」真ん中は吉川氏の「丸に三つ引き両紋」下は堀尾氏の「分銅紋」それぞれの家紋

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現在地から頂上の15.本丸までの案内図

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矢印の方向、攻城開始はAM8:47

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石垣の下に山中御殿と本丸登山口の矢印

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こちらの方が分かり易い、月山富田城跡の案内図と矢印の方向

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軍用道路で攻城は610m

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奥の方に石垣が見える

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案内図にあった親子観音(しんし観音)の説明

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七曲り、山城攻めは足が疲れます、決して足軽ではありません

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案内図に描かれていた七曲りの石段

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案内図の七曲りの上にあった山吹井戸跡、井戸らしい面影なし

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案内図の三ノ丸へ疲れた足では 山中御殿はスルー

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途中で諦めたくなる程の上り石段、上り切る意志は石より固し

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左は二ノ丸跡、右は本丸跡へ、これが「段築」と呼ばれる石垣

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三ノ丸の石垣(段築:だんちく)と呼ばれる

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案内図にある西袖ヶ平(にしそでがひら)

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本丸へ110mの案内板、二ノ丸は下山の時に寄ることにする

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本丸の石垣

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本丸跡8:47の攻城開始、9:34に到着、ここまで47分

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本丸跡(上って来た方向)堀切の先は二ノ丸跡

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本丸の奥、高さ190m月山の勝目高守神社、尼子時代は代々城内の守り神であった

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二ノ丸跡の説明板

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二ノ丸跡から本丸方向を望む、この間に見所の深い堀切がある

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二ノ丸からの風景

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本丸の石垣

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塩谷口の石垣と石段

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塩谷口の石垣と石段

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見どころと言われる深い堀、狭間堀跡

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狭間堀跡の深い堀切の下は竹林の竹の子が若竹に成長中

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スタンプ場所、安来市立歴史資料館約2時間の行程後にスタンプ

疲れてくると肝心なスタンプを忘れそうになることが度々起こる、ここはシッカリとスタンプをしてきた。

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