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2022年9月 3日 (土)

大分市若草公園のC55 53

 蒸気機関車の履歴と製造銘板などを見ると昭和12年(1937)に三菱重工業神戸造船所で製造され、地元の日豊本線を中心に活躍したC55 53号車。ネットのデータベース情報では、昭和46年(1971)に廃車解体されてしまったC55 53号機のナンバープレートと製造銘板を同型のC5546に付け替えたそうです。現在は大分市の若草公園に屋根付で、地元で活躍したC55 53として大切に保存されています。機関車の正面、デフとボイラーの間、煙突の上、機関室後部のテンダーの上などに、公園に遊びに来た子供のよじ登り防止用と思われる金網(武者返しの如く)が機関車の印象を変える程の姿になっています。

撮影日2022年7月18日

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C55 53号機の仕様と履歴

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金網で覆われた正面

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金網の武者返しのようなよじ登り防止金網

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機関車の側面にもよじ登り防止金網が張り巡らす

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デフと煙突などの上に、正面からもよじ登れない防止金網

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炭水車の上にも入れないように張り巡らされた金網

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金網の防護柵と真逆な、誰でも気軽に出入り自由な機関室でした

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機関室内部 水位計も圧力計も無事の様です

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焚口戸は閉まっていました

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二つのブレーキもあります

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機関室のスピードメーターもあります

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機関助手席側

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機関室の屋根と炭水車は金網で隙間なく塞がれています

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武者返し(忍び返し)のような金網の防護柵

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炭水車の後尾も忍び返し(武者返し)の様に見えました。

最後にC55形蒸気機関車の誕生と履歴を見て若草公園を後にした

 

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