2009年4月28日 (火)

早乙女とセイタカシギ

地元神奈川県では田植には5月中旬から6月上旬と思われます、舞岡公園の小谷戸の田植えもボランティアと市民参加の公開田植えが毎年6月上旬に行われていますが昔さながらの早乙女姿の田植姿も見られます。3月下旬の石垣島では殆どの田んぼは田植えが終わっていました、その田植が終わったばかりの早苗に六羽の可愛いセイタカシギが群れていました。赤と黒が絣姿と赤い襷に幻想なのか錯覚なのかそれとも遠い郷愁なのか早乙女に重なって見えました。明日は昭和を振り返る日です、ガイドの小林さんにはこのような日本の原風景とも言える石垣を案内していただきました。1561_2

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植えたばかりの早苗にも脚の長いセイタカシギは容易にまたいでいます

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今度は群れの全体を撮ったつもりが五羽でした

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ようやく六羽がそれぞれの採餌をしている様子をカメラに収めました、これでも石垣では遅い田植のようでしたが奇麗な水が光輝き早苗もセイタカシギに見守られてスクスク育つと思われる南国の田んぼです。

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最後の写真は24-120のレンズで撮りました、田んぼの後ろの草地の黄色い花もきれいに見えます。ところでこの小さな田んぼの隅は不揃いの早苗なので手植えのように見えます。

最初の写真は田植え直後と思われる田んぼにいた六羽のうちの三羽を撮りました、早苗の緑と脚の赤が映える田園の野鳥風景です、その昔早乙女が絣の着物に赤い襷や赤い手甲・脚絆で田植えをしている姿を彷彿してしまいました、古き良き時代の早乙女による田植えの幻想でしょうか、今日では日本各地で復活してきた田植えのイベントでしか見られない早乙女の姿を石垣でセイタカシギで置き換えて見るのは夢幻を見るようなものです。今日は前書きよりも後ろの駄文が長くなりましたがついでに続けます、早乙女は日本人の姓ですが有名なところは時代小説でご存じ!天下御免の向う傷、額の三日月の刀傷(昨夜は偶然にも三日月でした)直参旗本、早乙女主水之介の黒羽二重の着流し蝋色の鞘の名刀、素足に雪駄ばきに深編笠のお馴染みの市川歌右衛門を思い出します、TV時代になって息子(次男)の北大路欣也に引き継がれて親子二代で早乙女主水之介を演じたのが時代劇愛好家の思いで深いものがあります、ついでに苗の早苗は井関農機の田植え機「さなえ」もそうですが、昔職場に島根県から上京された早苗・美苗の美人姉妹を思い出しました、姉は早苗妹は美苗さんです、妹の美苗さんにはまだワープロが無かった時代に自分のカナ釘流の資料や文書を清書してもらっていました。早苗さんの前は俊子さんその前は七枝さんでした。島根県出身で昨年定年になった後輩が今実家に帰り田植えの時期になったと便りが来ました、三十数年前に故郷を出てから60歳を過ぎての農作業の手習です、あっぱれ者です。農道や畦道は路肩が柔らかいのでトラクターの転倒事故報道も聞いていますので、彼には田植え機などの機械操作の機会が多いのでお怪我のないようにと自省を込めて昨夜メールを入れました。

2009年4月 3日 (金)

田んぼの野鳥

早いもので石垣に出発してから1週間が過ぎた、鳥友とは後から石垣行きを決めたので春休みのハイシーズンにより空席がなく一日前に先着してレンタカーを借りて現地で撮影したブログが到着日3月25日の白色型クロサギである、その他に田んぼで撮影したのが今回の二羽のシギが田植直後の田んぼで仲良く採餌をしていたのを見つけた。苦手のシギチ類はまだあるが鳥名に自信がないので写真はボツにする機会が多い、今回の石垣の朝は遅い6時半でもまだ暗いがそのかわり夕暮れは遅い、ここも夕方6時過ぎに訪れた田んぼである。夕陽に映える3月の田んぼが奇麗で珍しい風景の中で手植えの早苗とセイタカシギ、コアオアシシギと思われるシギの二羽がいた。

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3月末とはいえ石垣の田植えは早い、殆どの田植えが終わり早苗がすくすくと伸びて美苗になっている、そんな田んぼの中で田植え直後の早苗に居る野鳥は見やすい、鳥の方もなぜか田植直後の方によく来るようだ。

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まだ若い鳥のようだ

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嘴が黒く真っ直ぐで細い、足の色も稲の緑よりも緑黄色に見える

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今度は反対側を向いた瞬間に西日により目が光る

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飛んだ時

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二羽が近づいたので相対的な大きさが分かる。セイタカシギL37cm、コアオアシシギL24cmと思われるが自信がない、どなたか教えていただければ幸いです。

2008年10月15日 (水)

奄美のセイタカシギ

奄美の田んぼで関東ではとっくに見られなくなったセイタカシギとツバメに遇いました。08104_125s

小雨降る休耕田です、背羽に雨の雫が光ます、原画には目の赤い部分があり、もっと可愛い表情をしていましたが、縮小したら赤みがなくなりました。

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小雨降る中で健気にもツバメが休耕田の上を餌の虫を採食していました

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晴れた日のセイタカシギとタカブシギ?セイタカシギの前の草むらにシギが一羽隠れています、良く見えませんがクサシギでしょうか

ここは奄美の秋名の田んぼです、ここに来る前に史跡となっている西郷隆盛が蟄居していた家の前を通ってきました。

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今は柿の実がなる秋の風情が漂う蟄居跡の家屋と家の中の床の間の現在の様子

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西郷隆盛は幕府の追及を逃れるために菊池源吾と名前を変えて流人としてここで3年間を過ごしますが、現地妻(島妻)として有力者の龍一族の娘、愛加那と結婚して菊次郎・菊草の二人の子供に恵まれた、菊次郎は後に京都市長までなりました、碑文はこの愛加那を称えるものです、右は鹿児島県指定の文字が見える蟄居跡の記念碑。

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