2018年8月31日 (金)

春の思い出・日本一桜開花の遅い根室

 根室市は朝日の一番近い街、日本最東端の駅の街、日本一遅い千島桜の開花の街、桜前線の終着点として知られる根室、毎年明治公園の野鳥と千島桜と鉄道の撮影をして根室の春を楽しんでいる。

撮影日5月20日

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千島桜の名所、根室市清隆寺の門

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清隆寺の本堂と千島桜 

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明治時代に国後島から移植されたという清隆寺のチシマザクラ約150年という日本最大の樹令を誇る

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本堂右の千島桜

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根室市旧根室測候所のチシマザクラを標本木として「開花宣言」、「満開宣言」を発表しています、今年の開花は5月13日でした。

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近くの根室市裁判所の千島桜

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明治公園の千島桜は早くも満開を過ぎていた

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明治公園の旧明治乳業のサイロと千島桜

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千島桜と日本最東端の駅ひがしねむろ(無人駅)、白い手すりのホームへ上る階段を上りホームに出る

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ホームから見た駅前の千島桜と付近の民家

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日本最東端の駅ひがしねむろ 左は終点の根室駅方向

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終点の根室駅の日本最東端有人駅の看板

日本最東端の駅のある根室の春は千島桜とともに訪れる。


 

2018年8月27日 (月)

100名城・会津若松城・白河小峰城

 お盆休み旅行の四日目は福島県の日本100名城めぐり、戊辰戦争で幕府軍と戦って自刃した白虎隊で有名な会津若松城(鶴ヶ城)と戊辰戦争の弾丸跡が残る木造で復元した三重櫓の天守の白河小峰城への登城とスタンプ押印の旅。

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廊下橋と本丸石垣

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廊下橋

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石垣の武者走り

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廊下橋を渡ると長い石垣が続く

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本丸入場券売り場から天守閣入口

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天守閣入口

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入口から登城開始

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天守から見た石垣の武者走り

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5層の天守からの城下の風景

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鶴ヶ城城主松平容保と山本八重の装束人形

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南走長屋の廊下

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鉄砲

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千飯
櫓の鉄砲挾間から銃撃する人形像

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南走長屋・千飯櫓出口からの天守閣

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荒城の月碑

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荒城の月

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黒瓦から赤瓦に替わって7年目

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初代の葦名氏から幕末・戊辰戦争の1868年松平氏まで

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お城は中から見るより外観を見る方が良い!登城口のある外観

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山本八重の像と八重の和歌

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5年前に鶴ヶ城を観光した時はNHK大河ドラマの「八重の桜」で山本八重役の綾瀬はるか の人気が出て来た頃であった。綾瀬はるかは人気女優となり、CMでも活躍、あれから早くも5年も経つ、今時は歳を重ねるのも早く感じる。

 

磐越道の会津若松から郡山JCTで東北道を上り、白川中央で下りて白河小峰城へ向かう。

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白河小峰城主7家の家紋

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小峰城跡のパンフレット

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鶴ヶ城よりは小振りの端正なお城だが城壁の石垣は美しい

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前御門と三重櫓の天守

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前御門と呼ばれる本丸の正門

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前御門内からの三重櫓(天守)左の石段から登城する

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戊辰戦争の弾痕のある木材を使用

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天守からの風景

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全て木造で復元してある

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日本100名城のスタンプはここです

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石垣の美しさを誇る

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お城は外から眺めるのが一番です


 

2018年8月26日 (日)

世界遺産・中尊寺・金色堂

 17日午前9時に祖父の出身地・本籍地である秋田県の癒し小町の湯・鷹の湯温泉を出発して、湯沢横手道路・秋田道・東北道経由して世界遺産の平泉の中尊寺・金色堂に向かった。毎日聴いているラジオの第100回全国高等学校野球選手権大会は三回戦に入り、この日は神奈川の横浜と秋田の金足農高が第二試合で熱戦を展開して、金足農の逆転3ランで横浜が3回戦で敗れ去った日であった。地元が敗れた悔しさよりも本籍地の秋田が勝ち残って清々しさを感じたのは、公立・唯一の農高への声援だろうか。東北道の平泉前沢ICで下りて中尊寺に向かった。過去十数年には東北旅行の度に観光したが孫は初めての中尊寺と金色堂である。

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世界遺産 平泉のパンフ 

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月見坂の左右にあるお堂を眺めなながら雨上がりの坂をだらだら上る。お盆休みで人の流れが途切れない本堂前の中尊寺の門前 

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お盆休みの中尊寺本堂前の老若男女の参拝客、世界遺産とあって外国人の姿もチラホラ見える。

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混雑しているので遠くからご本尊を拝む 、次は金色堂に向かう

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左は金色堂の御朱印、右は中尊寺本堂の御朱印

 

 

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金色堂内は撮影禁止この写真はパンプをコピー、堂内に入るとスピーカーから本堂の説明が流れる。中央のご本尊は阿弥陀如来、脇侍に観音・勢至菩薩、六体の地蔵菩薩と持国天・増長天が本尊を取り巻いている。中央の須弥壇の内に初代清衡公、左の壇に二代基衡公、右の壇に三代秀衡公と四代泰衡公の御遺体が納められている。

 

 

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国 宝 金色堂 天治元年(1124)の造立で現存する唯一の創建遺構

 

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金色堂覆堂 ここで記念写真を撮るカメラポイント

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現在の覆い堂の中に金色堂がある

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金色堂脇にある松尾芭蕉句碑 五月雨の 降残してや 光堂

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経蔵

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旧覆堂

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上って来た月見坂を下る、御朱印を受け付けるお堂が多い、中尊寺の御朱印は本堂だけで良いそうだが御朱印を集める人はお堂毎に御朱印を授かる人がいる。

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10ヶ所以上のお堂のある月見坂を下り中尊寺第一駐車場まで戻り、仙台へ向かう

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平泉から東北道を上り仙台宮城で下りて仙台城址に到着

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本丸跡の逆光の中に政宗の騎馬像、何回見ても伊達政宗騎馬像は凛々しい

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2011年の東日本大震災で昭忠碑の上にあった鵄(トビ)像が落下して破損、修復後の現在は安全と像の保存に配慮して石塔の前に台座を設けて2016年より修復展示している。

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仙台城の遺構は本丸北面石垣、スタンプは本丸跡にある仙台城見聞館にあります。

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日本100名城の
仙台城祉は本丸北面石垣がお城の面影を残す、この石垣を観てこの日の温泉地の福島飯坂に向かう

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福島県飯坂温泉伊東園ホテルズ 伊東園ホテル飯坂 叶や

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伊東園ホテル飯坂 叶や、365日同一料金、呑み放題付バイキングプランのアサヒスーパードライを飲み放題、宿泊料金は割安の大衆料金

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飯坂温泉はその昔、松尾芭蕉が「奥の細道」の途中で訪れたと言われる歴史のある名湯

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景色はあまり期待できないが泉質は良好

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大浴場つれずれ

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貸切風呂の入口 要予約

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温泉成分表

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卓球

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麻雀

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カラオケ

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インターネットコーナー

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ロビー

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フロント

写真は出発日の朝に撮影

四日目の朝食後は福島飯坂より郡山JCTで磐越道に入り、会津若松に向かう







2018年8月24日 (金)

秋田小町の郷へ

 お盆の16日は津軽路の温泉宿、花禅の庄を朝食後に出発して東北道を上り岩手県盛岡市に向かう。この日の最初の観光地は日本100名城の盛岡市の盛岡城へ、南部氏が築いた総石垣の遺構が生憎の雨天の中に見事な城構えを残していた。
雨の盛岡城を登城したのちは、秋田県立金足農高が初戦・二回戦を勝ち進でいる高校野球のラジオ放送を聞きながら東北道を更に上り北上JCTから秋田道に入り、横手から湯沢横手道路に左折して湯沢で降りる。湯沢市内の髙久家の旦那寺である東山寺(とうざんじ)で先祖の墓参りを済ませてから、平安歌人の小野小町の誕生地(現在の秋田県湯沢市小野)の小町の郷を観光して、この日の温泉地、秋の宮温泉郷鷹の湯温泉に宿泊した。

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日本100名城のスタンプ帳、15日は弘前城、八戸市の根城をパスして16日に盛岡城に登城した。

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廊下橋

 

 

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堅固な石垣の遺構のみの盛岡城跡であった、スタンプの場所は、城址公園内のもりおか歴史文化会館にある。

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もりおか歴史文化会館の内部

 

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もりおか歴史文化会館の藩主南部家の家紋と甲冑、スタンプはこの歴史文化会館の受付にあった。
盛岡市から髙久家先祖の旦那寺がある秋田県湯沢市に向かう。自分の知る秋田県湯沢市の有名どころは「稲庭うどん」と「小野小町」であるがこれに秋田県秋田市の金足農高が加わった。所帯を持つ前の本籍地は秋田県湯沢市内館町であった。湯沢市には爛漫や両関などの全国に知られる酒造メーカーがあるが、本家は戦前に酒蔵を廃業していたが分家の高久酒造は「小野之里」の銘柄などを醸造している。あいにく日本酒を呑まないので試飲したこともない。
湯沢市内の東山寺でご先祖の墓参りしてから道の駅おがち・小町の郷公園に向かう。

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 伝説の美女で、六歌仙、三十六歌仙の一人。平安初期の女流歌人の誕生地の伝承がある
 

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花の色は うつりにけりな いたづらに
 わが身世にふる ながめせしまに
桜の花の色が衰え色褪せてしまったように、若かった頃は綺麗だと言われてもてはやされたのに いつの間にか年をとってしまった・・・年をとってくると時間の過ゆくのが早い・・・現代風の意訳ではこの部分に共鳴する歳になった

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道の駅おがちの手前にある小野小町を祀る小町堂の門

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小町堂のたたずまい

小町の郷を後にしてこの日の宿は「癒し小町の湯」と呼ばれる、秋の宮温泉郷の渓流の河畔に建つ一軒家、鷹の湯温泉である。この宿は日本の秘湯を守る会の温泉宿であり、15年前にも日本の秘湯めぐりでお世話になった温泉旅館であった。

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15年前にも投宿した鷹の湯温泉の新しいスタンプ、日本秘湯を守る宿のスタンプを10ヶ所集めるとその中の一軒に無料で泊まれるシステムがある。秋田県には9ヵ所があり、今までに7ヶ所に宿泊して鷹の湯温泉は二度目となる。

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日本秘湯を守る会 鷹の湯温泉の玄関前

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早速温泉へ、普段は女湯であるが16-18時は男湯になる

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夕食

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夕食後の半露天風呂

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鷹の湯温泉の効能書

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16-18時は女湯であったがそれ以外の時間は男湯、湯畑が大雨で濁っていたのか、浴槽の温泉が濁っていた、左が深さ1m30cmもある立ち湯、子供や背の低い女の人は入れない

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翌朝の打たせ湯、湯量の多い鷹の湯では湯量も少なくぬるいのはご愛敬であった

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翌朝の左の立ち湯は1.3mの底まで澄んで見えた、浴槽の奥から手前の湯口に向かって三段階で深くなる、朝の立ち湯は気持ちが良い

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朝の役内川河畔の露天風呂、昨夜の雨は上がったがまだ濁流であった

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旅館の裏手にある役内川の吊り橋

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露天風呂に行く途中にある渓流沿いの足湯

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吊り橋の下は源泉、昨夜の温泉の濁りは役内川の濁流が流れ込んだ?

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役内川沿いに立つ鷹の湯温泉

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朝食 4ヶ所の温泉と10ヶの浴槽を満喫した日本の秘湯・鷹の湯温泉でした。
三日目の朝食後は湯沢横手道路・秋田道・東北道経由平泉の中尊寺・金色堂に向かう




2018年8月21日 (火)

盆の旅は津軽路の車旅

 お盆休みに孫の家族と東北へ観光旅行でした。高1の孫の希望は三内丸山遺跡、小生は北海道で3ヵ所巡って来た日本100名城巡りです。愚妻は御朱印巡り、それぞれ観光目的が異なりましたが共通しているのは温泉めぐりです。8月15日の敗戦記念日(一般的には終戦記念日と美化しているが、73年前の5歳の時に旧満州のソ満国境でソ連軍の侵攻により敗戦を迎えた経験から終戦ではなく、戦争に負けた日です。)は73回目の敗戦記念日に津軽観光をしていました。

15日の青森県津軽地方の天気予報は昼過ぎから16日にかけて、雷を伴い断続的に激しい雨が降り、大雨となる見込みの津軽の青森市三内丸山遺跡、鶴田町の鶴の舞橋、弘前市の弘前城、黒石市黒石温泉郷落合温泉・花禅の庄への遺跡と城廻と温泉の旅でした。

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午前9時開門時間、雨上がりの三内丸山遺跡の入口

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特別史跡 三内丸山遺跡のパンフ

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有名な大型掘立柱建物遺跡 直径・深とも2mの穴の中に直径1mのクリの柱(復元)

 

 

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左:大型竪穴建物(復元)と右大型掘立柱建物(復元)

 

 

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一番有名な大型掘立柱建物 柱の間隔4・2m 

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縄文時遊館展示のヒスイ製大珠(たいしゅ)、縄文人はどうやって穴を開けたのか?考えると眠れない!

三内丸山遺跡の次は北津軽群鶴田町の鶴の舞橋へ

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全長300mの日本一長い木の橋の案内板

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雨上がりの津軽富士見湖に架かる三連太鼓橋、渡ると長生きすると言われて家族全員で往復してきました。

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鶴の舞橋からの津軽富士見湖と岩木山は曇り空の下、津軽の旅は弘前城へ

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天守閣見学後に日本100名城のスタンプを押す

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天守閣の移動と石垣補修中の弘前城

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本丸の内側へ70m移動後の弘前城天守

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雨の下乗橋からの天守閣は遠くなりにけり、桜の時季に赤い橋と満開の桜と天守が思い出される

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2013年4月30日撮影、下乗橋から弘前城天守と満開の桜(2013年5月1日桜の夢想)

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弘前城本丸石垣修理事業

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石垣修理の工事

弘前市のとなりの黒石市の黒石温泉郷落合温泉へ、宿の花禅の庄に着くと激しい雨が降り出す、ラジオから津軽地方に大雨・洪水警報が出されていた。

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館内は廊下からエレベーターの中まで全て畳敷きとなっております。畳には音を和らげる効果があり、普段味わうことの出来ない心地よい静けさに包まれています。畳敷きの為スリッパなどはありません。お客様一人ひとりに足袋をご用意し足下からリラックス。花禅の庄HPより

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全館畳敷きの純和風旅館、単純泉で無色透明、リウマチや神経痛に効くと言われている。香り豊かな青森ヒバの内風呂、奥は露天風呂

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十和田石をふんだんに用いた露天風呂は掛け流し、簾の外は四季折々の庭の景色が眺められる

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楽しみにしていた夕食の献立表 地産地消

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夕食

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朝食

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花禅の庄の玄関内部

二日目の16日午前中は盛岡城へ向かう



2018年5月 8日 (火)

松前神楽公開公演の記録

 第71回松前さくらまつり 4月28日~5月13日まで開催されていますが4月30日は松前神楽が国指定・重要無形民俗文化財に指定された記念 に松前城本丸広場にて12時より神楽初からはじまり14時45分の長時間にわたり公開公演されました。400年受け継がれる伝統の舞の記念写真となりました。

神楽初からはじまり、1番~18番までお神楽が舞いました。

 

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神楽初(かぐらそめ)神前に奏上する序曲で「神楽初の曲」を用いる

 

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神楽初(かぐらそめ)

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1.榊舞(さかきまい)神職が朝夕、神前に参進し、御幣と神楽鈴を持ち、神域を祓い清めるという姿を表した一人舞。

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 榊舞(さかきまい)

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2.福田舞(ふくだまい)跡祓い舞とも言われ、四方の神々を拝み、祓い清めて諸々の災いを除き、五穀豊穣を祈る一人舞。

 

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 福田舞(ふくだまい)

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 3.鈴上舞(すずあげまい)女性が神楽鈴と白扇で舞う。天女が天降る様を表す二人舞。

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鈴上舞(すずあげまい)

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4.二羽散米舞(にわさごまい)雌雄の瑞鳥の形をした兜を頭に付けて舞う舞で、夫婦和合・領内平和・五穀豊穣を祝う舞。

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二羽散米舞(にわさごまい)

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二羽散米舞(にわさごまい)

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荒馬舞(あらうままい)

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5.荒馬舞(あらうままい)領主が愛好した馬術の様子を即興的に舞化したとされる一人舞。

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6.山神舞(さんじんまい)山神にご覧いただくために、海鳥が舞い遊ぶ姿の様子を舞う一人舞。

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山神舞(さんじんまい)

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7.千歳舞(せんざいまい)幾千歳の歳を重ねた老翁、長寿の文箱を得て歓喜して舞う翁、三番叟の箱開きの一人舞。

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千歳舞(せんざいまい)

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8.鈴上舞(すずあげまい)女性が神楽鈴と白扇で舞う。天女が天降る様を表す四人舞。

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鈴上舞(すずあげまい)

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鈴上舞(すずあげまい)

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9.獅子舞(五方の舞)「ししまい・ごほうのまい)獅子が悪魔祓いの舞をまって鎮まる舞。

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獅子舞(五方の舞)「ししまい・ごほうのまい)

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10.利生舞(りしょうまい)二羽散米舞を略したものといわれ、鳥の兜をつけず、鈴と扇だけを持って舞う二人舞。

 

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兵法舞(ひょうほうまい)

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11.兵法舞(ひょうほうまい)長刀と刀を持った二人の武人の舞で、戦勝成就を祈る二人舞。

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兵法舞(ひょうほうまい)

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福田舞(ふくだまい))

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12.福田舞(ふくだまい))跡祓い舞とも言われ、四方の神々を拝み、祓い清めて諸々の災いを除き、五穀豊穣を祈る一人舞。

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神遊舞(かんあそびまい)

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13.神遊舞(かんあそびまい)二人の貴人が弓矢をもって四方の悪魔を退散

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14.二羽散米舞(にわさごまい)雌雄の瑞鳥の形をした兜を頭に付けて舞う舞で、夫婦和合・領内平和・五穀豊穣を祝う舞。

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二羽散米舞(にわさごまい)

 

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翁舞(おきなまい)

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15.翁舞(おきなまい)面が白く、背が高くて心優しい翁が、額ににシワが幾重によっても身体堅固で、幾百濟を経て身分の高い位に上った姿を表した舞で、舞の中で願い事を言葉に表し,延命息災・立身出世を祈って舞う一人舞。

 

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三番叟舞(さんばそうまい)

 

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16.三番叟舞(さんばそうまい)背が低く、顔の黒い精力絶倫の老人が子孫に恵まれ、今なお健康長寿であることを喜び、腰をかがめながらも元気よく大地を踏みしめて舞遊ぶ姿を表した一人舞。

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七五三引舞(しめひきまい)

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七五三引舞(しめひきまい)

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17.七五三引舞(しめひきまい)七五三祓舞とも言われ、白扇の舞で四方と中央を祓い、後半に真剣で注連縄を切り払い、悪魔退散・国土安泰・千秋万歳を祝福する一人舞。

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獅子舞(五方の舞・面足獅子){ししまい・ごほうのまい・もたりしし}

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獅子舞(五方の舞・面足獅子){ししまい・ごほうのまい・もたりしし}

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獅子舞(五方の舞・面足獅子){ししまい・ごほうのまい・もたりしし}

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18.獅子舞(五方の舞・面足獅子){ししまい・ごほうのまい・もたりしし}面足獅子は、佐々良または猿田彦という天狗が、鎮まっていた獅子を起こして遊び戯れ、最後に獅子に天狗が長い鼻を噛まれて終わる。

 

 

 

2018年5月 7日 (月)

松前神楽・郷土芸能大公開

 北海道では2件目の国指定・重要無形民俗文化財指定記念の400年受け継がれる伝統の舞を観覧してきました。4月29日(祝)松前神楽の前に11時からは松前郷土芸能の舞です。

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松前商店街を門祓いで練り歩く

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一軒一軒のお店を門祓い、獅子舞も一軒一軒舞う

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商店街を行く町内のお偉方?

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松前城広場の特設会場

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門祓いが松前城広場に到着

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特設会場の門祓い

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笛や太鼓と幟の殿が到着 ↓

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門祓いの四役

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大名行列の月島奴振り

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月島奴振り

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月島奴振りの到着

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松前祇園ばやし

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松前祇園ばやしの舞

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松前祇園ばやし

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江良杵振舞の子供達

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江良杵振舞

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江良杵振舞

以上が松前の郷土芸能でした、この後に国重要無形民俗文化財に指定された松前神楽の素晴らしい公開公演がありましたの後日にUPします。

2017年12月 8日 (金)

北見市薄荷記念館・薄荷蒸留館の見学記

 ハッカとミントの違いはよくわからないが和名と英名の違いなのか?正確には植物の品種としては別物らしい、この程度しかハッカの知識はもたない。子供の頃はケガした時のメンソレータム、長じてからはクールミントガムやハッカのど飴やハッカ入りのお菓子やリップスティック。歳をとってからのスポーツ疲労や筋肉痛に肩や足に貼った貼り薬。
最近は追突事故の治療に首筋と両肩・手首の捻挫に鎮痛剤や抗炎症剤としてロキソプロフェンテープを貼っている。いずれもハッカの成分・メントールが含有されている。

6月中旬に北見市付近の道有林でクマゲラの巣立ちを撮影した日に北見市の薄荷記念館と隣の薄荷蒸留館を見学した記録の思い出です。

北見ハッカ記念館HPの解説によると、明治35年頃から生産が始まった北見ハッカは昭和14年に全盛期を迎え、当時世界薄荷市場の約70%を占めるまでに成長し、現在の北見の礎(いしずえ)を形成する重要な産業となりました。このため平成19年11月30日、経済産業省より日本近代化産業遺産として認定されました。この薄荷産業の発展に大きく貢献したのが昭和9年に開業したホクレン北見薄荷工場でした。翌年同工場の研究所として建てられた施設が、昭和58年その役目を終えた工場が解体されると同時に、ホクレン農業協同組合から北見市に寄贈され、昭和61年北見ハッカ記念館として新たな役割を担うべく公開されています。
(北見市指定文化財第11号 平成8年7月8日指定)
(日本近代化産業遺産 平成19年11月30日指定)

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北見薄荷記念館は石北本線北見駅から900mの位置にある  

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薄荷記念館の前にある個人宅の庭に鉄道車両7両は先日のブログで掲載 

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個人宅の鉄道車両保存付近からの薄荷記念館 

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薄荷記念館は薄いピンク色の小さな建物

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記念館のメンソールークリスタル(メントール結晶)の輸出梱包、和名では薄荷脳

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輸出で繁栄した往時の一斗缶(薄荷脳)

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メントール油の標本

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記念館内のメントールの出来るまでの解説

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記念館内部の試験器具類

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庭のハッカとミントの標本畑

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和種:ジャパニーズミント、

品種は「ほくと」

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薄荷蒸留館の建物・庭にハッカの標本畑

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薄荷蒸留館の内部は蒸留装置発達の歴史館

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ハッカ蒸留装置

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乾燥したハッカ200Kgからハッカ油は4kg、たった2%の抽出量

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ハッカ農家の一年間と生産物

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いろいろな蒸留方法の歴史が見られる

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当日の6月21日はハッカの苗を無料配布していた、品種名の札には「スペアミント」

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記念館と蒸留館の庭にハッカの標本畑があり、かなりの品種を栽培している。

戦前世界の薄荷の約70%を生産していた北見薄荷の歴史を今に伝える資料館と農産物の乾燥ハッカや蒸留装置の歴史、ハッカ製品の展示などが見られる別棟の薄荷蒸留館で、今でも日常生活で世話になっているメントールなどのハッカに関する多くの事柄を学ぶことが出来た。

2017年11月26日 (日)

飛瀧神社の御神体は那智の滝

神仏習合の地・熊野権現の熊野那智大社と青岸渡寺の参拝後に、鬱蒼とした原生林の断崖奥から133mの高さから流れ落ちる那智山信仰のシンボル。
那智大社の別宮・飛瀧(ひろう)神社の御神体である那智の滝。
国の名勝・世界遺産に登録されている那智の滝が熊野三山詣でのハイライトであった。

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青岸渡寺本堂後方にそびえ立つ朱色の三重の塔は那智の滝とのコントラストが絶妙な必写のフォトスポット。

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青岸渡寺の甍(いらか)の後方にそびえる那智山の原生林の中に那智の滝

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青岸渡寺屋根の甍と那智の滝と原生林

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青岸渡寺の甍と飛瀧神社の御神体の那智の滝

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左に青岸渡寺の三重の塔と右に那智の滝

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青岸渡寺三重塔の屋根に降り注ぐような那智の滝

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那智の滝を中心に青空に三重の塔相輪と右に原生林

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青岸渡寺の境内から那智山の石碑と那智の滝

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飛瀧神社(ひろうじんじゃ)の鳥居と神と崇める御神体の那智の滝

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飛瀧神社の鳥居と御神体の那智の滝

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那智大社の別宮、飛瀧神社には本殿も拝殿もない、御神体は那智の滝

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御神体は那智の滝、本殿も拝殿もない飛瀧神社の拝所舞台からの参拝

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古の人々が神と崇める自然崇拝の那智の滝に虹が射す

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午後二時の参拝に神が応えたのか虹が現る

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飛瀧(ひろう)神社の延命長寿の水は那智の滝のお瀧水

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延命長寿のお瀧水をいただく盃の初穂料は100円也、記念にお持ち帰れます

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この延命長寿のお瀧水をスイスイ二杯も戴いたが果たして御利益は如何に

熊野那智大社と青岸渡寺を参拝した11月2日に撮影した、飛瀧神社の御神体の那智の滝の瀧づくし。

2017年11月22日 (水)

高野山金剛峯寺の一日参拝

 10月31日深夜に横浜を出発して11月1日の午前4時に伊勢神宮外宮の駐車場まで約450Km、1日は伊勢神宮下宮・内宮を参拝して、伊勢・鳥羽を観光して石鏡の温泉宿新八屋に宿泊、2日は熊野速玉大社と那智大社・那智の滝を参拝して、那智勝浦温泉ホテル浦島に宿泊、3日は168号線を熊野本宮大社に向かう途中、9時頃に道の駅瀞峡街道熊野川附近で追突されて3時間のロス、相手側の保険会社が横浜までの代車と車の搬送を申し出たが安全装置の慣れた自車でそのまま旅行を継続、熊野本宮参拝後に有田川温泉鮎茶屋に宿泊、最終日の4日に高野山を目指した。有田川温泉鮎茶屋ー有田ICー(阪和道)-和歌山IC-(国道24号・国道480号)-高野山。 国道480号を和歌山県の有田川町から高野山へと抜けるルート。距離は約160km。山の中ばかり走り、センターラインのない狭い道路、高野山に近づくにつれ道路は狭く坂はきつくなり、距離のわりに時間がかかり約2時間30分のドライブ。
11月1日~4日までの三重県と和歌山県の紀伊山地の霊場と参拝道を約500Km走行、高野山奥之院に午前10時に到着後に奥之院・金剛峯寺・国宝多宝塔の金剛三昧院・壇上伽藍を参拝後に大門などを見物後に午後三時に帰浜の途に就く、横浜に到着したのが五日午前0時過ぎの9時間以上、550Kmのドライブであった。往路450Km、紀伊山地の霊場・参拝道と温泉地で約500Km、復路550Km全行程1500Kmのドライブとなった。追突されてからリアドアが凹んだままで大きなトラブルもなく700Km以上も走行したことになる。
奥之院の生身供は先にUpしたので、今回は同じ最終日の高野山金剛峯寺参拝と11月4日の金剛峯寺別院の六波羅蜜の展示見学と壇上伽藍の観光です。

ナンマイダ ナンマイダ  五十五枚だ 

七十七歳、追突されてもいまだに世にはばかるブログ。写真は55枚です。

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当日のパンフでは開創以来一千百九十余年とあるが今年は一千二百壱年目である

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奥之院駐車場から奥之院の参道入り口

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奥之院参道

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奥之院参道

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奥之院参道の企業の供養塔が数多くある、ロケットは人気がある

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ヤクルトの供養塔、この他に福助・日産など多数の企業名の供養塔がある

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東日本大震災物故者慰霊碑

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無縁塚

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奥之院の御茶処 ここでお茶の接待を受ける

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御茶処の塀越しに紅葉に映える奥之院御供所

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奥ノ院御朱印受付、生身供の御前を準備する処でもある

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奥之院御朱印

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御朱印受付の前を10時30分の生身供の儀式と見物客

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御廟橋の右のたもとに水向地蔵、御廟橋からは撮影禁止となり、弘法大師御廟や燈龍堂など奥之院の写真は撮れない。

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奥之院参道の紅葉

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奥之院を後にして総本山金剛峯寺に向かう、金剛峯寺表門参道入り口の混雑

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金剛峯寺表門

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金剛峯寺主殿

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金剛峯寺御朱印

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金剛峯寺主殿表玄関

 

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高野山MAPより転載の金剛峯寺配置図、上が北

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金剛峯寺

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参拝した11月4日は金剛峯寺別殿で六波羅蜜の展示会が行われていた。

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11月3,4日の御朱印講座の案内

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別殿の蟠龍庭(一部)

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僧侶の衣帯(えたい)の展示

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法具類の展示

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高野山の法会で使われる、美しい音色を奏でる仏具を手に取り、体験できる「密教の音色」

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密教の音色を奏でる仏具がいろいろ展示されていた。

金剛峯寺参拝の次は国宝の多宝塔の別格本山 金剛三昧院へ

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金剛三昧院 国宝の多宝塔

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金剛三昧院本坊

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金剛三昧院本堂 別格本山の参拝は時間の都合でここ一ヶ所のみの参拝

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5時間の滞在では参拝が叶わず、壇上伽藍での御朱印はまたの機会となった

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壇上伽藍で一番大きく新しく目立つのが根本大塔

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金堂

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御影堂

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東塔

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西塔

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中門 中門からの金堂、正面に持国天・多聞天

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増長天

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広目天

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持国天

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多聞天

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中門の由緒書

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高野山の総門 大門 最初に生身供を見るために奥之院から参拝をはじめたので高野山の入口の大門が一番最後になった。

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大門の仁王像 金剛力士阿形像 高さ546cm

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大門の吽形像の金剛力士像 高さ558.0cm

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大門の由緒書

高野山の参拝は一日では廻り切れないのでまたの機会があればと願っている。

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