2017年12月 8日 (金)

北見市薄荷記念館・薄荷蒸留館の見学記

 ハッカとミントの違いはよくわからないが和名と英名の違いなのか?正確には植物の品種としては別物らしい、この程度しかハッカの知識はもたない。子供の頃はケガした時のメンソレータム、長じてからはクールミントガムやハッカのど飴やハッカ入りのお菓子やリップスティック。歳をとってからのスポーツ疲労や筋肉痛に肩や足に貼った貼り薬。
最近は追突事故の治療に首筋と両肩・手首の捻挫に鎮痛剤や抗炎症剤としてロキソプロフェンテープを貼っている。いずれもハッカの成分・メントールが含有されている。

6月中旬に北見市付近の道有林でクマゲラの巣立ちを撮影した日に北見市の薄荷記念館と隣の薄荷蒸留館を見学した記録の思い出です。

北見ハッカ記念館HPの解説によると、明治35年頃から生産が始まった北見ハッカは昭和14年に全盛期を迎え、当時世界薄荷市場の約70%を占めるまでに成長し、現在の北見の礎(いしずえ)を形成する重要な産業となりました。このため平成19年11月30日、経済産業省より日本近代化産業遺産として認定されました。この薄荷産業の発展に大きく貢献したのが昭和9年に開業したホクレン北見薄荷工場でした。翌年同工場の研究所として建てられた施設が、昭和58年その役目を終えた工場が解体されると同時に、ホクレン農業協同組合から北見市に寄贈され、昭和61年北見ハッカ記念館として新たな役割を担うべく公開されています。
(北見市指定文化財第11号 平成8年7月8日指定)
(日本近代化産業遺産 平成19年11月30日指定)

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北見薄荷記念館は石北本線北見駅から900mの位置にある  

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薄荷記念館の前にある個人宅の庭に鉄道車両7両は先日のブログで掲載 

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個人宅の鉄道車両保存付近からの薄荷記念館 

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薄荷記念館は薄いピンク色の小さな建物

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記念館のメンソールークリスタル(メントール結晶)の輸出梱包、和名では薄荷脳

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輸出で繁栄した往時の一斗缶(薄荷脳)

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メントール油の標本

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記念館内のメントールの出来るまでの解説

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記念館内部の試験器具類

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庭のハッカとミントの標本畑

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和種:ジャパニーズミント、

品種は「ほくと」

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薄荷蒸留館の建物・庭にハッカの標本畑

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薄荷蒸留館の内部は蒸留装置発達の歴史館

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ハッカ蒸留装置

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乾燥したハッカ200Kgからハッカ油は4kg、たった2%の抽出量

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ハッカ農家の一年間と生産物

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いろいろな蒸留方法の歴史が見られる

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当日の6月21日はハッカの苗を無料配布していた、品種名の札には「スペアミント」

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記念館と蒸留館の庭にハッカの標本畑があり、かなりの品種を栽培している。

戦前世界の薄荷の約70%を生産していた北見薄荷の歴史を今に伝える資料館と農産物の乾燥ハッカや蒸留装置の歴史、ハッカ製品の展示などが見られる別棟の薄荷蒸留館で、今でも日常生活で世話になっているメントールなどのハッカに関する多くの事柄を学ぶことが出来た。

2017年11月26日 (日)

飛瀧神社の御神体は那智の滝

神仏習合の地・熊野権現の熊野那智大社と青岸渡寺の参拝後に、鬱蒼とした原生林の断崖奥から133mの高さから流れ落ちる那智山信仰のシンボル。
那智大社の別宮・飛瀧(ひろう)神社の御神体である那智の滝。
国の名勝・世界遺産に登録されている那智の滝が熊野三山詣でのハイライトであった。

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青岸渡寺本堂後方にそびえ立つ朱色の三重の塔は那智の滝とのコントラストが絶妙な必写のフォトスポット。

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青岸渡寺の甍(いらか)の後方にそびえる那智山の原生林の中に那智の滝

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青岸渡寺屋根の甍と那智の滝と原生林

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青岸渡寺の甍と飛瀧神社の御神体の那智の滝

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左に青岸渡寺の三重の塔と右に那智の滝

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青岸渡寺三重塔の屋根に降り注ぐような那智の滝

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那智の滝を中心に青空に三重の塔相輪と右に原生林

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青岸渡寺の境内から那智山の石碑と那智の滝

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飛瀧神社(ひろうじんじゃ)の鳥居と神と崇める御神体の那智の滝

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飛瀧神社の鳥居と御神体の那智の滝

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那智大社の別宮、飛瀧神社には本殿も拝殿もない、御神体は那智の滝

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御神体は那智の滝、本殿も拝殿もない飛瀧神社の拝所舞台からの参拝

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古の人々が神と崇める自然崇拝の那智の滝に虹が射す

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午後二時の参拝に神が応えたのか虹が現る

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飛瀧(ひろう)神社の延命長寿の水は那智の滝のお瀧水

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延命長寿のお瀧水をいただく盃の初穂料は100円也、記念にお持ち帰れます

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この延命長寿のお瀧水をスイスイ二杯も戴いたが果たして御利益は如何に

熊野那智大社と青岸渡寺を参拝した11月2日に撮影した、飛瀧神社の御神体の那智の滝の瀧づくし。

2017年11月22日 (水)

高野山金剛峯寺の一日参拝

 10月31日深夜に横浜を出発して11月1日の午前4時に伊勢神宮外宮の駐車場まで約450Km、1日は伊勢神宮下宮・内宮を参拝して、伊勢・鳥羽を観光して石鏡の温泉宿新八屋に宿泊、2日は熊野速玉大社と那智大社・那智の滝を参拝して、那智勝浦温泉ホテル浦島に宿泊、3日は168号線を熊野本宮大社に向かう途中、9時頃に道の駅瀞峡街道熊野川附近で追突されて3時間のロス、相手側の保険会社が横浜までの代車と車の搬送を申し出たが安全装置の慣れた自車でそのまま旅行を継続、熊野本宮参拝後に有田川温泉鮎茶屋に宿泊、最終日の4日に高野山を目指した。有田川温泉鮎茶屋ー有田ICー(阪和道)-和歌山IC-(国道24号・国道480号)-高野山。 国道480号を和歌山県の有田川町から高野山へと抜けるルート。距離は約160km。山の中ばかり走り、センターラインのない狭い道路、高野山に近づくにつれ道路は狭く坂はきつくなり、距離のわりに時間がかかり約2時間30分のドライブ。
11月1日~4日までの三重県と和歌山県の紀伊山地の霊場と参拝道を約500Km走行、高野山奥之院に午前10時に到着後に奥之院・金剛峯寺・国宝多宝塔の金剛三昧院・壇上伽藍を参拝後に大門などを見物後に午後三時に帰浜の途に就く、横浜に到着したのが五日午前0時過ぎの9時間以上、550Kmのドライブであった。往路450Km、紀伊山地の霊場・参拝道と温泉地で約500Km、復路550Km全行程1500Kmのドライブとなった。追突されてからリアドアが凹んだままで大きなトラブルもなく700Km以上も走行したことになる。
奥之院の生身供は先にUpしたので、今回は同じ最終日の高野山金剛峯寺参拝と11月4日の金剛峯寺別院の六波羅蜜の展示見学と壇上伽藍の観光です。

ナンマイダ ナンマイダ  五十五枚だ 

七十七歳、追突されてもいまだに世にはばかるブログ。写真は55枚です。

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当日のパンフでは開創以来一千百九十余年とあるが今年は一千二百壱年目である

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奥之院駐車場から奥之院の参道入り口

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奥之院参道

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奥之院参道

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奥之院参道の企業の供養塔が数多くある、ロケットは人気がある

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ヤクルトの供養塔、この他に福助・日産など多数の企業名の供養塔がある

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東日本大震災物故者慰霊碑

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無縁塚

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奥之院の御茶処 ここでお茶の接待を受ける

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御茶処の塀越しに紅葉に映える奥之院御供所

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奥ノ院御朱印受付、生身供の御前を準備する処でもある

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奥之院御朱印

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御朱印受付の前を10時30分の生身供の儀式と見物客

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御廟橋の右のたもとに水向地蔵、御廟橋からは撮影禁止となり、弘法大師御廟や燈龍堂など奥之院の写真は撮れない。

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奥之院参道の紅葉

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奥之院を後にして総本山金剛峯寺に向かう、金剛峯寺表門参道入り口の混雑

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金剛峯寺表門

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金剛峯寺主殿

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金剛峯寺御朱印

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金剛峯寺主殿表玄関

 

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高野山MAPより転載の金剛峯寺配置図、上が北

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金剛峯寺

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参拝した11月4日は金剛峯寺別殿で六波羅蜜の展示会が行われていた。

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11月3,4日の御朱印講座の案内

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別殿の蟠龍庭(一部)

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僧侶の衣帯(えたい)の展示

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法具類の展示

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高野山の法会で使われる、美しい音色を奏でる仏具を手に取り、体験できる「密教の音色」

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密教の音色を奏でる仏具がいろいろ展示されていた。

金剛峯寺参拝の次は国宝の多宝塔の別格本山 金剛三昧院へ

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金剛三昧院 国宝の多宝塔

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金剛三昧院本坊

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金剛三昧院本堂 別格本山の参拝は時間の都合でここ一ヶ所のみの参拝

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5時間の滞在では参拝が叶わず、壇上伽藍での御朱印はまたの機会となった

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壇上伽藍で一番大きく新しく目立つのが根本大塔

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金堂

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御影堂

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東塔

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西塔

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中門 中門からの金堂、正面に持国天・多聞天

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増長天

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広目天

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持国天

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多聞天

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中門の由緒書

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高野山の総門 大門 最初に生身供を見るために奥之院から参拝をはじめたので高野山の入口の大門が一番最後になった。

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大門の仁王像 金剛力士阿形像 高さ546cm

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大門の吽形像の金剛力士像 高さ558.0cm

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大門の由緒書

高野山の参拝は一日では廻り切れないのでまたの機会があればと願っている。

2017年11月19日 (日)

高野山奥之院1200年毎日の生身供

 高野山の最奥の聖域 弘法大師御廟で今でも弘法大師空海が生身のまま瞑想を続けているといわれています。その生きている弘法大師空海に1日2回 6時と10時半に食事を運ぶのが 生身供(しょうしんぐ)です。1200年毎日かかさず続いている儀式です。
三連休の3日は
高野山の近くの温泉地・竜神温泉に予約がとれなかったので宿泊した有田川温泉鮎茶屋を7時30分に出発して、10時半の2回目の生身供の時間にどうにか間に合う、10時に奥之院の無料駐車場に到着した。高野山を参拝するからには、TVの放映では見たが生でこの奥之院の
生身供(しょうしんぐ)を見ないと!高野山にお詣りした甲斐がない!それで最初の目的が奥之院から参拝をはじめることにした。
有田川温泉からの道路は高野山に近づくにつれ道が細くなり、坂道がキツクなる、高野山まで後続車はもちろん、対向車が一台もなくこのナビは大丈夫かと思う程心細く、最後の10Kmくらいは時速20Kmのノロノロの安全運転を強いられた、落ち葉の山道であった。

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高野山パンフより生身供の説明を転載

10時15分には御供所の周囲には生身供儀式の見物客が並ぶ

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10時28分頃にカメラを持った大勢の見物客の中を御供所を出発する、コンデジの写真

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コンデジの後ろからの撮影

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目の前に近づくにつれ前の人が邪魔になる

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コンデジの写真二枚目

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目の前を通過

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生身供を運ぶ後姿

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コンデジ三枚目

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左の御廟橋に曲がる直前、御廟橋の手前で一礼する

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御廟橋から奥之院は撮影禁止となっているので橋の袂で見送る。

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御廟橋を渡る生身供を写す、撮影は橋の袂からに制約される

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御廟橋から望む奥之院弘法大師御廟

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一礼してお経を唱えて生身供儀式の様子を遠景で写す。

念願の生身供儀式を拝観できました。10時30分

2017年11月16日 (木)

熊野本宮大社と大斎原の参拝

 11月2日の一日ではまわりきれなかった熊野三山、11月3日文化の日に南紀勝浦温泉のホテル浦島の専用駐車場を8時半に出発して、熊野三山参拝の三山目の日に散々な目にあった。2日に参拝した熊野速玉大社と熊野那智大社から三山目の熊野本宮大社に向かう国道168号線の鼻白の滝への林道入口付近で追突された。滝マニアには有名な鼻白の滝への林道入口で工事用のダンプが左折した時に後ろに付いていた自家用車がブレーキを踏み、自車もブレーキを掛けて止まった瞬間に後続の軽四輪に追突された。時間は午前9時05分、車を左折車の邪魔にならない道路端にに寄せてハザードランプを点灯して、110番したのが9時07分であった。新宮署のパトカーが来たのが30分後、同署の事故調査の車が着いたのがその十分後であった。

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11月3日文化の日に熊野本宮大社に向かう朝9時05分追突された。100m前方に道の駅「瀞峡街道 熊野川」(どろきょうかいどう くまのがわ)が進行方向道路右側にある。ここは新宮から本宮へのほぼ中間点になる。

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追突したスペイン女性が運転していた軽四輪のレンタカー、日本語が通じず、現場検証と調書の作成で3時間も要して、この日予定していた熊野古道ウオーキングは時間切れとなった。

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追突された現場、鼻白の滝への林道入口、ここで二台前のダンプカーが左折したので後続の普通車がストップ、自車も続いて停車した直後に激突のショック起こる、後続車が追突、外人女性にオカマを掘られる。最近の車はバンパーがないので衝突のショックを吸収する軟構造のお蔭で運転手の自分と後部座席の家内と娘の家族3人とも追突直後はあまり痛みを覚えず、救急車のお世話にはならなかった。帰宅した二日後に3人とも首筋・両肩が重苦しい張りと痛みを感じる、6日(月)整形外科の診立ては頸椎捻挫・両肩捻挫・挫傷などの全治2週間の診断書であった。

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熊野三山の参拝で神仏の加護がなかったのか、それとも神仏のおかげでこの程度の事故で済んだのか、車名がホンダFREED+ なのでプラス思考でこの程度の事故で済んだとポジティブシンキングにすることにした。

追突事故の相手側100%責任のスペイン女性だったので事故調書に3時間も浪費、和歌山県まで来てこの3時間はこの日の観光旅行を台無しにされた。

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気を取り直して予定の熊野本宮大社に到着したのが3時間遅れの午後1時

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熊野本宮大社

熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を合わせて熊野三山といいます。
熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良~平安時代にかけて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、神=仏であるという考え方が広まりました。
その影響を受けた三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏たち)をおまつりするようになります。熊野三山の神秘性はますます高まり、平安時代の末には「浄土への入り口」として多くの皇族や貴族がお参りするようになりました。浄土へお参りし、帰ってくるということは、死と再生を意味します。そのため熊野三山は「よみがえりの聖地」として、今なお多くの人々の信仰を集めています。熊野三山のパンフより

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熊野本宮大社配置の案内図、本宮大社を参拝後に大鳥居の大斎原(おおゆのはら)を参拝する

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鳥居からの参道 

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参道の途中からの階段

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手水

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本殿前の神門

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熊野本宮大社 本殿右の方に八咫烏が見える

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熊野本宮 参拝御朱印

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本殿前のヤタガラス

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JFA サムライジャパンの必勝祈願 熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の熊野三山と青岸渡寺の神仏への必勝祈願

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八咫烏の黒いポスト

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参拝後の帰路

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近くにある熊野古道の坂道下り

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熊野古道坂道上り、上には熊野本宮本殿

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参拝後の参道からの鳥居

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大斎原(おおゆのはら)へ

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日本最大の大鳥居、高さ34m幅42m

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日本一の大鳥居には八咫烏が掲げられている

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日本第一大鳥居建設の意義

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大斎原(おおゆうはら)にある世界遺産の石碑

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大斎原の水害前の絵図

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創建二千五十年式年大祭の趣意

交通事故で熊野古道を歩くプランはなくなり、熊野本宮大社と大鳥居の大斎原だけの参拝となった。

 11月3日の宿は3連休の初日とあって、9月中旬に和歌山県の熊野三山と高野山近辺の有名な温泉宿はなかなか予約が取れず、ようやくネット予約とれたのが有田川温泉鮎茶屋であった、和風旅館と思っていたが現地についてビックリ(@_@)した。同じ敷地内にあるビジネスホテルの「ホテルサンシャイン」の別名が有田川温泉 鮎茶屋 別館でここのツインベットと畳の部屋に一人分の布団が敷いてあった。

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宿泊はこのホテルサンシャインの3F客室 

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夕食は同じ敷地内にある鮎茶屋、結婚式場でもあった。右奥は健康ランドと同じ温泉施設の光の湯、温泉はここに入る温泉入浴券をホテルフロントで何回でも発行してもらえる。 

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有田川温泉 鮎茶屋の玄関の提灯 

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光の湯の露天風呂

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当日の夕食 鮎茶屋の懐石献立

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初めに出された懐石料理、この後に蒸し物や揚げ物・留碗などの暖かい料理が出る、最後は伊勢産こしひかりの食事と香の物と果物が出された

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ホテルの窓越しに鵜飼も見られると言われる有田川(ありだがわ)の朝の風景

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参拝旅行最終日の11月4日、ホテルサンシャイン食堂の朝食、朝食後に高野山奥の院参拝を目指して、停車する度にジロジロ見られるリヤーが凹んだ恥ずかしい車で出発する。

2017年11月13日 (月)

熊野速玉大社・熊野那智大社・那智の滝

 11月2日は鳥羽の宿・新八屋を8時に出発して、内宮・外宮を参拝した伊勢市の高速道に入り、紀勢自動車道・熊野尾鷲道など国道42号線を南下して、三重県尾鷲市・和歌山県熊野市を通過して、和歌山県新宮市に鎮座する世界遺産・熊野速玉大社に到着したのが3時間後の午前11時であった。無料駐車場から境内にそびえる樹齢千年の御神木の梛(なぎ)の木を仰ぎ見る。参拝の1時間後は熊野那智大社と隣の晴岸渡寺に移動して、境内から遥拝した古人が神として崇めた那智の滝を参拝する。世界遺産・聖地の旅は日本一の那智の滝がハイライトであった。

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熊野速玉大社の鳥居

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鳥居からの参道 

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参道左に樹齢千年のご神木の梛(なぎ)は国指定天然記念物 が逆光の中に聳える

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参道の右に熊野神宝館 

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全国熊野神社総本宮の門 

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熊野速玉大社を参拝する人々

 

 

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熊野速玉大社

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熊野速玉大社御朱印

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熊野速玉大社境内、次は熊野那智大社に移動する

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熊野速玉大社から車で1時間の熊野那智大社鳥居、手すりにすがって上る年寄りも参拝する姿があります、熊野三社のうち那智大社が一番階段多く、長く疲れる

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鳥居下で上って来た階段をの下を見る

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宝物殿 今年は酉年

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世界遺産・熊野那智大社

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熊野那智大社

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熊野那智大社御朱印

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熊野大神のお使い、3本足の八咫烏(ヤタガラス)が鎮座していた、神武天皇が大和の国に入る際に道案内したといわれる。

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西国第一札所として名高い古刹が那智大社の右隣りにある

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那智山青岸渡寺の御朱印

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那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)

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ご本尊にカメラを向けられず賽銭箱を写す

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神社と寺の神仏習合している

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青岸渡寺境内からの那智の滝

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120mmレンズの那智の滝

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階段と赤い鳥居が多い熊野那智権現

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世界遺産の石碑

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聖地・那智山の三重の塔と那智の滝、日本三大名滝のひとつ落差133mの日本一の名瀑

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那智の滝を参拝する参道の鳥居

熊野那智大社の駐車場(有料700円)から移動して、那智の滝近くの駐車場(有料500円)に車を置いて那智の滝の参拝

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史跡として亀山上皇参拝記念の木札の碑(複製)がある

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飛滝神社の鳥居と那智の滝

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那智の滝の前で初穂料100円の神盃で長命の水をいただき、長命に欲をかいて二杯も戴く

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那智の滝の滝つぼ近くの有料の飛滝神社拝所

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神が導いたのか飛滝神社拝所に虹が渡ったのは二時頃

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那智の滝参拝後に車で5分くらいの熊野古道大門坂駐車場(無料)まで降りる。

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世界遺産の説明文は和文・英文・漢文が二つ(中国語と台湾?)ハングル語の五つ、流石は世界遺産、道路に那智大社行のバス停が見える。この無料駐車場に車を置いてバスで那智の滝に向かう観光客や歩いて熊野古道を上る参拝者が見られる。

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ここに八咫烏(ヤタガラス)の石碑

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なでしこジャパン記念モニュメント

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大門坂駐車場から100m、世界遺産・紀伊山地の霊場と参拝道・熊野参拝道中辺路などの案内がある

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大門坂の入口から100mくらい上ると、熊野古道大門坂の石畳の両側に夫婦杉、那智の滝まで全長600m高低差100mの古の石畳が続く古の熊野道、記念写真のみの熊野古道であった。この時間にはここを歩く人は見られない

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この夫婦杉の直ぐ手前にある大門坂茶屋で、平安時代の熊野詣の衣装体験体験ができるらしい。


熊野古道・熊野三山のうち速玉大社と那智大社のニ山を参拝して、熊野本宮大社参拝は翌日の3日にすることにした。宿の那智勝浦温泉のホテル浦島に向かったのは午後2時半であった。


2017年11月 8日 (水)

伊勢神宮(内宮・外宮)参拝

 11月4日高野山壇上伽藍を参拝後の午後3時に出発して、3連休中日の5日午前0時30分の帰浜となった。阪和道・新名神・新東名の渋滞を走り、550Kmを9時間以上の長距離ドライブであった。
疲労困憊にも拘わらず5日(日)は全日本大学駅伝は名古屋市の熱田神宮をスタートして伊勢市の伊勢神宮のゴールまで8区間106・8kmのコースで行われ、横浜市の地元の神奈川大が最終区のアンカー鈴木健吾選手が3km」過ぎに逆転して逃げ切り20年ぶり3度目の優勝を果たしたTV観戦をしました。
10月1日に愛知県田原市の伊良湖岬でタカの渡りを撮影していたが一ヶ月後の11月1日には大学駅伝のゴールの準備をしていた伊勢神宮に家族とお伊勢さん詣でをしていました。
ここには10月31日深夜11時に横浜を出発して、伊勢神宮外宮の駐車場まで440Kmを6時間かけてのドライブで11月1日午前4時に到着、外宮の参拝時間は日の出前の午前5時から始まる。地元の三重ナンバーの車で駐車場の出入が激しくなる、地元の人は暗いうちからの早朝である。外宮をお詣りしてから内宮に参拝するのが順序らしい。

豊受大神宮(外宮)を明るくなった午前6時より参拝して、7時より皇大神宮(内宮)の参拝した。お土産と名物グリルを期待した、おかげ横丁は参拝後の8時20分頃ではまだ一部のお店しか営業していなく大半のお店は開店前であった。(写真等40枚)

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伊勢神宮の参拝は外宮を先に参拝してから内宮を参拝するのが正式のようです。先にお詣りした外宮と内宮の距離は6kmある(神宮司庁広報室パンフレットより) 

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手水舎(てみずしゃ)近くの火除橋(ひよけばし) 

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まだ暗いので神楽殿の受付窓口に明かりが灯る 

 

 

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神楽殿御朱印受付

 

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豊受大神宮(外宮)の御朱印

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平成25年秋の二十年に一度の式年遷宮により古殿地

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古殿地の左側に現在の正宮が板垣越しに見える

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正宮板垣内は撮影禁止の立て札と板垣

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神宮司庁のパンフレットより転載

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多賀宮

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外宮から300mの別宮、午前7時頃の月夜見宮と古殿地

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伊勢の神宮のパンフ表紙

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午前7時30分 内宮の表玄関にあたる宇治橋、朝日で眩しい

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宇治橋からの五十鈴川

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神苑では菊展

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神苑の右は大正天皇お手植え松

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神苑の左に三重県産清酒奉納の酒樽

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右手の手水舎に向う

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手水舎

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五十鈴川の御手洗場

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神楽殿の御朱印受付窓口

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皇大神宮(内宮)の御朱印

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神楽殿

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正宮の写真はこの階段の下からの撮影はOK

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正宮は写真を撮れないので神宮司庁のパンフより

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正宮の次は別宮の荒祭宮へ」

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荒祭宮

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内宮の参拝後は宇治橋を渡り、商店街とおかげ横丁に向かう

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朝8時20分ではまだ開店前

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赤福餅の赤福は営業中

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おかげ横丁入口は人力車のみ営業中

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おかげ横丁は開店前でした。
11月1日朝4時に外宮駐車場に到着して、明るく成る6時頃から外宮を参拝、そのご内宮を参拝して、開店前のおかげ横丁を覗いてから二見浦に向かう。




2017年10月18日 (水)

親子熊岩

 昨年に続き今年も北海道の道の駅完全制覇をしましたが、後志(しりべし)管内の島牧村の道の駅よってけ!島牧から檜山振興局管内のせたな町の道の駅てっくいランド大成に、更に乙部町の道の駅ルート229元和台へ追分ソーランライン(国道229号)の移動の途中にてっくいランド大成から15分位の海岸にある奇岩に車を停めました。
海中に落ちそうな子熊を親熊が救おうと抱きかかえるように見える親子熊岩。ふだんは怖い印象のヒグマですがこの親子熊岩は親子の深い愛情を表している様に想います。

撮影日2017年7月11日

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駐車した場所からの撮影

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親子熊物語を拡大してみました、これはアイヌの伝説でしょうか

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位置を替えたり撮影角度を替えたりしましたがどこから撮影しても親子熊の愛情あふれる姿でした。


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2016年10月30日 (日)

静態保存20・和寒町郷土資料館D51337号機

 デゴイチの現存保存地、北海道上川郡和寒町字北町61番地の和寒町郷土資

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料館(昔使われていた生活用具や農機具・書類など、和寒町の歴史と先人の生活ぶりを物語る資料の展示)の資料館の外側に屋根付きで蒸気機関車D51337号機が静態保存されている。

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曇り空の公民館前に和寒(わっさむ)町開拓100年記念のモニュメントが建ち、その台座には「あったか心がひかる和寒町わっさむ100年/1999」の記念碑がある。SLはモニュメントの右手に保存されている。


ここには6月13日(月)と一週間後の6月20日(月)の二度訪れている。13日は隣の士別市つくも水郷公園で無惨な姿のデゴイチを見た後だけにここに保存されているデゴイチは大切に保存されて幸せである。

 

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6月13日 雨上がりの公民館前の芝生にツツジが見頃であった。 

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一週間後の6月20日同じ様な処からのショット、花の命は短くツツジの花は小さな白っぽい花と咲き替わる、時のうつろいを花で知る。

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郷土資料館側の公式側は屋根の柱がクロスして入るのでスッキリは撮れない

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郷土資料館が管理するSLとあって保存状態は申し分がない、右手の白い建物は郷土資料館、排障器のスカートにもD51337が浮かび上がる

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6月20日は周囲の芝生に白い花盛り

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左に履歴、右は郷土資料館

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12月に誕生から77年の喜寿を迎える、現役引退から40年も経つが保存状態はすこぶる良好である。

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テンダーからライトが覗く、テンダーの上に屋根のような工作物、冬期にシートを被せる骨組みだろうか、連結器の前にベンチが置かれていた。

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バタフライウインドーの機関室から公式側を撮る

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防寒対応のキャブの下からD51337のナンバープレートとタブレットキャッチャー

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タブレットキャッチャーの大写し

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非公式側の密閉キャブ、タブレットキャッチャーはたたまれています

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D51337の保存位置より和寒町公民館を撮る、撮影日6月13日

 

 

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D51337より和寒町郷土資料館、開館日は水曜日、訪問日は二度とも月曜日であった。

毎回と同じ二日間ともコンデジと一眼の混合写真です。

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