2013年2月 9日 (土)

人生は旅

00 今日も過去ブログである、正月4日、旅の途中で新湘南バイパス茅ヶ崎中央付近のニューイヤーフジであるがこの日の目的地は熱海ニューフジヤホテルである。バブル崩壊前の豪華ホテルが今では格安ホテルチェーンの「伊東園ホテルグループ」の傘下にある。

タイトルの「人生は旅」は伊東園ホテルグループ共通の宿のタオルの文字である。
旅館・ホテル業界では当たり前であったシーズン料金を導入せず「365日同一料金1泊2食付、6800~8800円、仲居無し、食事はバイキング」という独自の料金システムするなどして、繁忙期にもこの値段で泊まれることがクチコミで広がり大成功。ウイキペデアで伊東園ホテルグループの生い立ちを調べると、パチンコ・サウナ・キャバレーなどの複合施設の運営を経営していた在日韓国人の実業家が2001年に倒産した伊東園ホテルを買収した、バブル崩壊後の倒産や経営不振に陥った宿泊施設を次々に買収、格安ホテルとして再生させていった。この手法を用いることによって、2012年9月現在、
伊豆静岡県)を中心に、北海道から滋賀県まで、計43館の温泉旅館ホテルが、「伊東園ホテルグループ」として運営されるに至っている。

07311月4日に熱海ニューフジヤホテルのロビーで撮影した本館と隣の別館(アネックス)の模型である。
本館と別館(アネックス)との2棟からなり、客室総数は350室である。かつては、熱海の大規模ホテルを代表する豪華ホテルだったが、経営が悪化、
2005年には、カラオケ店チェーンなど在日韓国人が経営するクリアックスに買収され、「伊東園ホテルグループ」の格安ホテルとしての再生が試みられている。同グループホテルの特徴である、365日統一料金、宿泊料9800円、夕食バイキング、麻雀・囲碁・将棋・カラオケ無料、などが当ホテルでも採用されている(出展:ウイキペディア)

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熱海ニューフジヤホテル・ロビーの正月飾り

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別館アネックス1階の大ホール麗峰入口、麗峰は朝晩の食事バイキング会場となっている。

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麗峰は25メートルの大舞台の舞台も備えており、舞台の上にも食卓が置いてある、収容人数が2000名可能の熱海では最大である。また舞台にはせり上がり機能もある。普段は夕食・朝食のバイキング会場に使われている。買収される前はディナーショーが行われていた。

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  • ここは温泉のハシゴが出来るホテルである、展望露天風呂は本館の11階にあり、「大島」と「初島」という名前。どちらも相模灘に面しており、夜と朝とで男女入れ替わる。夜景、朝日、初島などを眺望でき、源泉かけ流し式。
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  • 本館11階にある朝の展望露天風呂は夕べと男女が入れ替わり、「初島」となっていた、正面に初島が見える。
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    展望露天風呂「初島」の丸窓からの温泉街の風景

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    本館11階の展望露天風呂「大島」「初島」の他に5ヶ所の無料貸切展望露天風呂がある。

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    本館地下二階には大浴場とサウナがある

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    別館アネックスの3階にある、露天風呂『家康の湯』は、源泉「大湯」より引湯している泉質が自慢の露天風呂。徳川家康候も、その効能を大変気に入ったため居城まで運ばせたそうです。チェックイン後に最初にこの温泉に入り、夕食のバイキング開始まで温泉のハシゴが始まった。

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    娯楽施設は卓球・麻雀・囲碁・将棋・ビリヤード・カラオケなど全て無料が当ホテルでも採用されている。マージャン室も広く、カラオケン室も多数あり、アルコール類飲み放題付きの食事は昔を懐かしむ同窓会、クラス会、会社のOB会などに最適かと思われます。
    安価な宿泊費の実現のため、
    人件費は徹底して削減されており、仲居無し、食事はバイキングであり、8名でチェックインした部屋にはすでに布団が8名分敷かれていた(伊東園グループのホテルはこれがスタンダード)。

    昨年の夏にはローマ風呂で一世を風靡した大野屋へ、8月の花火見物には薬石岩盤浴の熱海館へ、この二館ともバブル景気以降の団体客の減少などにより、資金繰りが悪化して2010年以降に伊東園ホテルグループに買収されたホテルであり、365日同一料金、仲居なし食事はバイキングの同じシステムのホテルである。これらのホテルは大人数の家族旅行には便利であるがまだ夫婦二人では利用したことがない。ビール党には飲み放題の生ビールが魅力の一つである。また温泉好きにはチエックアウトの12時まで熱海温泉で癒される。
    タイトルの「人生は旅」は伊東園ホテルグループのホテル共通のタオルである。「人生は旅、伊東園ホテルグループ」の名入りであるがホテル名がない、全国共通のコスト削減に徹する格安リゾートホテルを象徴するタオルである。
    正月三が日、お盆休み、花火などのイベントのある日などは予約が取り難いが人気のあるホテルでもある。

  • 2012年11月23日 (金)

    妖怪と松江市内めぐり

    山陰遊悠旅と望みたいが一週間では廻り切れない、鳥取エリアの白兎海岸を出発してから観光地の倉吉エリアと大山エリアの二ヶ所をパス、来られるのはいつになるのか次回の楽しみに、山陰路を遊覧して最後は中海を左に美保湾を右に見ながら出発後2時間のドライブで島根県とよく間違える鳥取県の端にある、境港エリアの水木しげる記念館に10時半に到着。鳥取県境港市は水木しげる先生の出身地、ゲゲゲの女房は島根県安来市のご出身をNHKのドラマで知った。現住所はゲゲゲの女房のロケを行なった深大寺の調布市、水木プロダクションも調布市布田にある、深大寺には鬼太郎茶屋もあり、グッズ販売もしている。なぜ調布にこだわるのか、小生は調布中学を卒業してから25歳まで住んでいた元調布市民である。有名な野鳥写真家も調布市とご縁があると聞いている。
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    黄色いねずみ男のぬいぐるみを着た妖怪が出迎えた、館内は撮影禁止、撮影できるのは記念館の表と中庭にある置物の妖怪、入口の鬼太郎と水木しげる先生の写真まで撮影OK、孫のお土産は「妖怪大百科」、記念館の通りにある商店街の各店には、何か用かいと言わんばかりにそれぞれの妖怪が棲んでいる

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    商店街の妖怪の中を見物しながら通りを抜けると松江までは中海の中、水木しげるロードを走り、宍道湖の畔にある曇天・雨上がりの松江城に到着。

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    重要文化財・松江城、松江開府の堀尾吉晴が5年の歳月をかけて完成した、慶長5年~寛永10年初代藩主堀尾忠氏・2代忠治、寛永11年~14年京極忠高、寛永15年~明治4年まで徳川家康の孫・松平直政から定安まで10代234年間出雲国を領した。石垣は自然石をほとんど加工せずに積み上げた頑丈な積み方で野面積(のづらづみ)と言われる。

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    松江城は千鳥城ともいい、全国に現存する12天主のひとつ。場内に展示されていた甲冑は誰のものか不明、柱は松の一本柱の外側に板を揃えて寄せ合わせ、これに鉄輪で締めて太い柱が作られている。天主から撮影した松江城下、宍道湖が望める。

    松江城を見物したあとは大手前堀川遊覧船乗場からぐるっと松江堀川めぐり。50分間の城下町・水の都松江の十六の橋をくぐる船上からの見物。

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    乗船直後から真っ赤な紅葉が出迎える、船上からの武家屋敷、堀川遊覧船乗場でUターン。堀川めぐりの乗船場所は3ヶ所ある。途中で下りて市内見物してから何度でも乗船できると説明があった。

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    橋の下にアオサギを発見、次は鶴なのか白鷺なのか鳥の像がある、空にトビが飛ぶ堀川の風景

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    内堀から外堀に出ると街中の旧日本銀行松江支店のカラコロ工房前、橋の下花の中にアオサギが佇む、小泉八雲のゆかりの地とあって昼間から雪女も現われる。妖怪を見たあとは怪談の幽霊である。

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    船上からの松江城、紅葉と松江城、突き当たりは出発点の大手前広場発着場。50分間のぐるっと松江堀川めぐりの上がりである。

    堀川めぐりの次は小泉八雲旧居(ヘルン旧居)とその隣にある小泉八雲記念館を見学、記念館内は撮影禁止なので写真はない。

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    庭のある侍の屋敷に住みたいという八雲の希望で、旧松江藩士の武家屋敷である士族の根岸家に5ヶ月間住んでいた。これが現存するラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の旧居である。

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    高浜虚子の句「くわれもす 八雲の旧居の 秋の蚊に」と日本の庭園と題したこの家のたたずまいの書と旧居の庭

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    書斎と愛用の故郷から持ってきた高い机、旧居の庭。

    小泉八雲旧居の隣にある八雲庵で遅い昼食をとる。

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    なかなか歴史のありそうな庭が立派な蕎麦屋の八雲庵、とろろ・大根おろし・うずらの卵、三色蕎麦を注文したがとろろ蕎麦を食し始めた時に写真を思い出し、食べ始めてからの撮影。有名人の色紙がいろいろ飾ってあったが、その中に国民栄誉賞の吉田沙保里がこの店に6年前に来たのを見つけた。

    松江の武家屋敷は小泉八雲旧居と同じ200石から600石の中級武士の家中屋敷がならんでいた塩見縄手の通りに面している。表向きは立派だが裏側の家人の住まいは造りも材質も区別した質実剛健の武士のきびしさを示していた。

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    有名な温泉がある島根県でこの日の宿は島根県で唯一の日本の秘湯を守る会・海潮温泉の海潮荘を予約していた。松江から車で30分ほどの山間の出湯はしょっぱいので海潮(うしお)温泉の名がついている、大きな銘石で造られた露天風呂がすばらしい。

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    海潮荘のフロント、露天風呂、内風呂から露天風呂へはガラス戸を押して、そのまま露天風呂へ露天風呂から撮影した内風呂の灯。

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    この日の夕食の献立の一部と御品書きは右下

    80218280_2 14日の朝食はお粥かご飯のどちらかを選択

    この朝は松江方面に戻り、庭園日本一と言われる足立美術館に向った。

     

    2012年11月22日 (木)

    鳥取砂丘と白兎海岸

    今年二度目の鳥取県入りである、北海道から帰浜直後の7月中旬に兵庫県や岡山県に近い八頭町にある八東ふる里の森で4日間、県名の鳥撮り県で昼夜を問わず懸命に野鳥撮影をしていたのでこの時は観光どころではなかった。
    京都府伊根の舟屋を9時半に出発して丹後半島を巡るように走る国道178号をドライブして、撮影済みのコウノトリが居るコウノトリ郷公園のある兵庫県豊岡市をスルーする、3750_4 兵庫県との県境にある岩美温泉で鳥取県入り、 国道9号で白バイが後をつけて来たが何事もなく通過、鳥取砂丘に着いたのは午後1時頃であった。連れ合いが初めての鳥取砂丘はこれがサンド目である。
    4191 砂丘の沖合い右手に浮かぶクジラに似た形の海士島(あもうじま)が見える砂丘に登る前に駱駝と記念撮影。3811 駱駝の上の人は定年後の今でも上の人であるが鳥取砂丘は初めての人でもあった。今日11月22日はいい夫婦の日であるがラクダの上と関係あるやなしや。写真は本人の都合により一部を割愛してあります。3920 砂丘にも川の流れや一部には緑があります。 3990

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    砂丘に登って見た日本海と海士島、砂丘斜面の足跡が黒く見えるのは水分で砂が黒ぽっく見える。砂丘には「あれから40年」の長靴を履いた団体さんがよちよちと砂に足をとられながら登っていた。

    三度目の鳥取砂丘は観光客が少ない文学碑の短歌と俳句を見て廻った文学散歩であった。普段は文学に縁がない、浅学菲才には碑文の文字と意味が読めない、悲しきかな文人の感性は凡人には通じない。ここでサラ川を一句、「サンド目は 俳句も短歌も ハイ苦なり」

    4140 最初の句碑は草で覆われた逆光の中にあった。手前の草を少し払いのけて撮影した。高浜虚子の弟子の 森川暁水(もりかわぎょすい) が昭和12年に詠んでいる。「月荒き 砂丘は古邑 うづむとや」

    4160_4 高浜虚子の句碑は廃屋となっている大きな建物(砂丘荘)の前の松ノ木の下にあった。
    「秋風や 浜坂砂丘 少しゆく」昭和7年に主宰するホトトギスで鳥取砂丘を詠んだ。



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    道路の右側の広場の奥にあった。「砂丘をいくつか越えしが波音のまぢかにきこえて海まだ見えず」詠み人の説明も説明文に掲示されていた。

    4270 有島武男の歌碑は道路の砂丘側、休憩舎の傍で一番目立つ処に建っていたがその文字が薄く文面は読めない。「浜坂の 遠き砂丘の中にして さびしき我を 見出でけるかも」
    これは、大正12年有島武郎が45歳の時に鳥取砂丘を訪れて詠んだ短歌です。その後、武郎は1ヶ月余りで愛人とともに情死してしまいますが、鳥取砂丘はこの歌によって一躍有名になった。

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    有島武男の歌碑から少し先に行った道路が左に曲がり鳥取市街が見える砂丘側にこの二つの案内板が立つ、その後ろにあるのが与謝野晶子と有島武男の歌碑が一つの石に並んではめ込まれてある。

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    「砂丘とは浮かべるものにあらずして踏めば鳴るかなさびしき音に」昭和5年5月25日に与謝野鉄幹とこの地を訪れた与謝野晶子は友人有島武郎への鎮魂歌として、短歌を詠んだ。(短歌・俳句・解説など全てネットからの引用である)

    最初の宿泊はじゃらんで予約を入れておいた鳥取駅前のホテルニューオータニ鳥取である。初日の宿泊は宿への時間が読めないので繁華街の中心にあるホテルを予約したのであるが思ったよりも早く着いた。フロント前のスペースにある小原流の生け花はこのホテルの存在感があった。

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    ホテルの日本料理店、山茶花でじげ料理を注文した。じげ料理とは地元の郷土料理で11月の献立は左、料理の写真は右、宿泊者には一割引きの特典があった。

    翌朝13日は神話の海岸を訪れてから鳥取砂丘を後にした。道の駅「神話の里白うさぎ」の駐車場前の海岸にある、4630 大黒さまの作曲者田村虎蔵の記念碑、♪が刻まれた石と後方に見えるのが白兎海岸。
    4600_2 大国主命と因幡の白兎は鳥取県の恋人の聖地。全国の観光地域の中からプロポーズにふさわしいロマンティックなスポットを「恋人の聖地」として選定し、地域の新たな魅力づくりと情報発信を図るとともに、地域間の連携による地域活性化を図って全国に100ヶ所以上もあるそうです。先月は愛知県の恋路ヶ浜と三重県の神島と二ヶ所も見た恋人の聖地であった。右に見える鳥居は白兎神社の鳥居。4800 白兎神社は皇室の紋章である菊花をかたどった菊座石六ヶが社殿の土台に使われている。4880 いかなる旱天・豪雨にも水の増減がないという不増不減の池、神話では大黒様がこの池で皮を剥かれた白兎をこの池の水で洗い蒲の穂でくるんだといわれている。

    神話の里、白兎海岸を後にして国道9号線を島根県方面に下った。

    2012年11月21日 (水)

    天橋立と伊根の舟屋

    27年前の1985年(昭和60年)8月10日(土)から始まった会社の夏季休暇を利用して当時10歳(小5)の息子と二人でスカイライン2000GTで山陰方面にドライブに出掛けたが最初の目的地が天橋立であった。今回は連れ合いと二人で同じようなルートで山陰に出掛けたが最初の目的地は27年前と同じように日本三景のひとつ天橋立である。27年前は京都東ICで下りて一般道を舞鶴方面に走り、天橋立に着いたが、今は遠回りになったが中国道・吉川JCTから舞鶴若狭道を経由して綾部JCTから京都縦貫道に入り与謝天橋立ICまで高速道を走り、横浜から670kmをSAで休み休み12時間かけて午前8時前に与謝天橋立に到着。天橋立駅前の文殊近辺を散策した後に対岸の府中にある斜め一文字の股のぞきの名所に向う。
    天橋立は長さ3.2km、北海道の野付半島(日本最大28km)と同じように砂嘴で形成された景勝地である。

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    与謝町の大内峠から見る「横一文字」、北の傘松公園からの「斜め一文字」、東の栗田峠から望む「斜め一文字(雪舟観)」が天橋立3大観と言われる。

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    どこの観光地にもある観光名所の案内板、天橋立の股のぞきは傘松公園、27年前に息子と二人で股のぞきをした、その後に鳥取の得意先へ出張した帰りに大阪支店の仲間と又、股のぞきに来たのもここである。

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    この時期の一番は8時30分発、乗客は我々二人であった。隣にあるリフトは同じ料金で9時からが始発であった。

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    傘松公園には車でも行けるが丹後海陸交通のケーブルカーからも天橋立斜め一文字が車中からも見える。すれ違った空の2番発のケーブルカー、帰りもすれ違いケーブルカーの右脇にはリフトがあるが寒いのかお客はケーブルカーで上がってくるようだ。

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    斜め一文字天橋立の股のぞき台、半逆光のお立ち台からの天橋立、ここから股のぞきをしたが体が硬くよく見えなかった(大笑い)、この他に新展望台スカイデッキ・スカイテラス・展望ウッドデッキ「コロッセオ」などがあり、二番発で登ってきた高校生で賑わっていた。昔と違いここの施設もかなりリニューアルされていた。

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    ケーブルカーの駅員から上の成相寺からはもっと眺めが良いと勧められて160段の階段を登った休憩所で再度の股のぞきを試みる。

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    ここでも体が硬くて股のぞきは、膝を曲げてもよく見えない!膝を曲げると自分の股しか見えない!27年前の働き盛りとは大違いの体力の衰えを自覚、股のぞきする理由がなくなった。

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    午前8時31分頃の下りケーブルカー車窓からの天橋立斜め一文字

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    下車間際に運転手に断わってケーブルカーの運転台を撮影、いまだに電車に興味深々?

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    ケーブルカーを下りて丹後半島を25分走ると伊根の舟屋の里公園に着く

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    舟屋見物の遊覧船も見えるが逆光の中

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    道の駅舟屋の里公園から海辺に下りて順光の中で舟屋を撮影

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    京都府与謝郡伊根町の舟屋、一階は舟の収蔵庫二階は住居

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    丹後半島の海岸沿いに鳥取砂丘に向う、途中で撮影した屏風岩

    今日のブログのカテゴリーは旅と観光にしてあります。

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